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ローマの都に火を放ち、妻や実の母親も殺害したとされる皇帝ネロ。「暴君」として知られる男は、実は時... ローマの都に火を放ち、妻や実の母親も殺害したとされる皇帝ネロ。「暴君」として知られる男は、実は時代の先覚者だったのか。その真の姿を追う。 文=ロバート・ドレイパー 写真=リチャード・バーンズ、アレックス・マヨーリ 史料が伝えるところによれば、ネロは最初の妻オクタウィアの殺害を命じ、身ごもっていた2番目の妻ポッパエアを足で蹴って死なせ、母親であるアグリッピナも暗殺したという。さらにネロは、紀元64年に起きたローマの大火を首謀しておきながらキリスト教徒にその罪をなすりつけ、彼らを斬首やはりつけの刑に処したと伝えられている。 残虐非道な「暴君」説はどこまで本当か だが死者は自らの生涯を書き残すことはできない。最初にネロの伝記を書いたスエトニウスとタキトゥスは、ともに元老院とのつながりが強く、ネロの治世を批判的に記した。ローマの元老院が、政治的理由からネロの名声をおとしめようとしたのはまず間違いな
2014/09/01 リンク