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訓読 >>> 滝の上の三船(みふね)の山に居(ゐ)る雲の常(つね)にあらむと我(わ)が思はなくに 要... 訓読 >>> 滝の上の三船(みふね)の山に居(ゐ)る雲の常(つね)にあらむと我(わ)が思はなくに 要旨 >>> 滝の上高く、三船の山に雲がかかっている。その雲のようにいつまでも生きられようとは思っていないのだが。 鑑賞 >>> 弓削皇子(ゆげのみこ)が吉野に遊ばれたときの歌。「滝」は激流の意で、離宮のあった宮滝のあたり。「三船の山」は、宮滝にかかる橋から上流右手に見える山。「常にあらむと」は、いつまでも生きていようとは。なおこの歌の解釈は「三船の山にかかる雲がいつまでもあるとは思わないけれども」とも取れます。この歌の次に、春日王(かすがのおおきみ:伝未詳)が和した歌が載っています。 〈243〉大君(おほきみ)は千歳(ちとせ)にまさむ白雲(しらくも)も三船(みふね)の山に絶ゆる日あらめや ・・・皇子は永久に世にましますことであろう。白雲もまた、三船の山になくなる日があろうか、ありはしない。