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茅沢勤 『習近平の正体』 ( p.72 ) 習近平が7年間の下放生活を経て北京に戻った75年夏、父の仲勲にも... 茅沢勤 『習近平の正体』 ( p.72 ) 習近平が7年間の下放生活を経て北京に戻った75年夏、父の仲勲にも大きな変化が訪れた。河南省洛陽市の洛陽耐火資材工場の副工場長として、妻の斉心と娘の橋橋を帯同しての「病気療養」が許されたのである。これは62年から13年にも及ぶ軟禁生活の終わりを意味し、仲勲は「復活は近い」と確信した。 仲勲は13歳で共産革命に参加した生粋の革命戦士だけに、身体の鍛錬を忘れることはなかった。北京での軟禁生活でも、時間があればわずか7㎡の部屋を歩き回った。洛陽での3年間、雨が降ろうとも毎朝2時間は散歩を欠かさず、それから公衆浴場で汗を流し、新聞と本を読み、午後にはまた郊外のダムまで散歩するという生活を送った。すべて復活に備えるためだ。 (中略) そして78年3月、北京で開かれた中国人民政治協商会議(政協)で、仲勲は政協常務委員となり、実に16年ぶりに中央で復活を果たした
2013/06/05 リンク