2025-09-11

かつて海を抱き、霧を冠したカリオンの王朝

そこには二人の王子があった。

兄は岩の塔のごとく静かに立ち、

父王の影を継ぐ者として人々に仰がれた。

弟は風の笛のように軽やかで、

王宮の調べを己の胸に響かせることはなかった。

ある日、弟は異郷の姫と出会った。

その姫は光をまとうも、

王宮の律に馴染まぬ星であった。

されど弟の眼には、

その光が唯一の道しるべとなった。

こうして弟は、姫に導かれ、

波のかなたへと去り、

城には父王と兄王子とが残された。

そこにあったのは沈黙と嘆き、

そして空虚の鐘であった。

やがて父王の胸に病の影が差し

国土を覆う霧のように広がった。

その報せは海を渡り

弟の耳に届いた。

彼は灰色の門をくぐり、

父王の館の扉を叩いた。

ふたりは茶を分かち、

長き歳月を隔てた言葉を交わした。

その盃より立ちのぼる湯気は、

風となって広間を満たし、

堅く閉ざされた扉に、

かすかなひびを刻んだ。

そのひびはやがて道となるのか、

あるいは石に吸い込まれて消えるのか。

それを知るのは、

ただ霧の向こうに住まう時のみであった。

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