さげすむ
別表記:貶む、蔑む
「さげすむ」とは、他人を自分より能力や人格が劣るもの・価値が低いものとして見くだすことを意味する表現。
ほかに「下げ墨む」という漢字もあるが、墨縄を下げて柱などの傾きを調べることから「推し量る・程度をはかる」という意味が生まれた熟語で、「さげすむ(蔑む・貶む)」の語源になった言葉である。由来となっていても、基本的に「さげすむ(蔑む・貶む)」の意味で、「下げ墨む」という漢字が用いられることはない。
また、「さげすむ」と同様に「他人を見くだす」という意味を持つ言葉に、「嘲る(あざける)」「冷笑」がある。「さげすむ」自体は、人が心の中で抱く感情や価値観の表現であり、何も行動をしていない場合にも使用できる表現だ。それに対して「嘲る」は「ばかにして悪口を言う・笑うこと」、「冷笑」は「他人や何かをさげすみ笑う・せせらわらうこと」というように、表情や行動に表す点が異なる。
「人を蔑む」とは、他人を人格・能力・資質・財産・生まれなど何らかの点で、自分よりも劣った・価値が低い相手とみなして、見くだしたり侮って軽んじたりすることを表現する言い回しである。
「自分を蔑む」とは、自分で自分を他人より劣っていると考えて卑しめ、見くだしたり軽蔑したりすることを意味する言葉だ。「卑下する」ともいう。
「蔑まれる」とは、他人から、その人よりも人格・能力・資質・財産・生まれなど何らかの点で劣った、価値の低い相手だとみなされ、見くだされたり、侮って軽んじられることをいう。「蔑む」の場合は、蔑みの気持ちを感じているのは自分で、「蔑まれる」の場合は、蔑みの気持ちを感じているのは相手である点が異なる。
「さげすんで」とは「蔑んで」と書いて、「蔑む」の連用形である「蔑み」に接続助詞の「で」が付いて、撥音便となった言い回しである。他人を見くだし、侮る気持ちを持って何かを行うことを意味するときに、「さげすんで~する」の形で使用することが多い。たとえば、「(相手を)さげすんで言う・さげすんで笑う」などの用い方をする。
他人に対して直接会話の中で使用する場合、「お願いだから蔑む(さげすむ)ような目で見ないでくれ」、「君には才能があるのだから、自分を蔑む(さげすむ)のは良くない。もっと自信を持ったほうがいい」、「周りと比べてできないと自分を蔑む(さげすむ)よりも、他人が気にならないほど夢中になれることを探そう」といった例文が挙げられる。
「さげすむ」とは、他人を自分より能力や人格が劣るもの・価値が低いものとして見くだすことを意味する表現。
「さげすむ」とは・「さげすむ」の意味
「さげすむ」とは、他人や何かの物ごとを、自分より能力・人格が劣るもの、価値が低いものとみなし、あなどって軽んじたり、見くだしたりすることを意味する表現だ。「さげすむ」を漢字で書くと、「蔑む」または「貶む」になる。「蔑む」には軽蔑、蔑視などの「見くだす、バカにする」という意味を持つ熟語がある。「貶む」は、「さげすむ」のほかに「おとしむ」という読み方もでき、「人を貶む(さげすむ)」は見くだすという意味だが、「人を貶める(おとしめる)行為」という際には、「評判を落とす・価値を下げる・下落させる」という意味に変わるため注意が必要である。ほかに「下げ墨む」という漢字もあるが、墨縄を下げて柱などの傾きを調べることから「推し量る・程度をはかる」という意味が生まれた熟語で、「さげすむ(蔑む・貶む)」の語源になった言葉である。由来となっていても、基本的に「さげすむ(蔑む・貶む)」の意味で、「下げ墨む」という漢字が用いられることはない。
また、「さげすむ」と同様に「他人を見くだす」という意味を持つ言葉に、「嘲る(あざける)」「冷笑」がある。「さげすむ」自体は、人が心の中で抱く感情や価値観の表現であり、何も行動をしていない場合にも使用できる表現だ。それに対して「嘲る」は「ばかにして悪口を言う・笑うこと」、「冷笑」は「他人や何かをさげすみ笑う・せせらわらうこと」というように、表情や行動に表す点が異なる。
「さげすむ」の読み方
「さげすむ」は、「蔑む」「貶む」と書いて、「さげすむ」と読む。「さげすむ」の熟語・言い回し
「さげすむ」の熟語・言い回しは、下記のようなものが挙げられる。人を蔑むとは
「人を蔑む」とは、他人を人格・能力・資質・財産・生まれなど何らかの点で、自分よりも劣った・価値が低い相手とみなして、見くだしたり侮って軽んじたりすることを表現する言い回しである。
自分を蔑むとは
「自分を蔑む」とは、自分で自分を他人より劣っていると考えて卑しめ、見くだしたり軽蔑したりすることを意味する言葉だ。「卑下する」ともいう。
蔑まれるとは
「蔑まれる」とは、他人から、その人よりも人格・能力・資質・財産・生まれなど何らかの点で劣った、価値の低い相手だとみなされ、見くだされたり、侮って軽んじられることをいう。「蔑む」の場合は、蔑みの気持ちを感じているのは自分で、「蔑まれる」の場合は、蔑みの気持ちを感じているのは相手である点が異なる。
さげすんでとは
「さげすんで」とは「蔑んで」と書いて、「蔑む」の連用形である「蔑み」に接続助詞の「で」が付いて、撥音便となった言い回しである。他人を見くだし、侮る気持ちを持って何かを行うことを意味するときに、「さげすんで~する」の形で使用することが多い。たとえば、「(相手を)さげすんで言う・さげすんで笑う」などの用い方をする。
「さげすむ」の使い方・例文
「さげすむ」の使い方・例文には、様々なものがある。たとえば、「相手の努力が見えていれば、他人の仕事を簡単に蔑む(さげすむ)気持ちにはならないはずだ」、「友人たちから蔑み(さげすみ)の視線を向けられるのは、耐えられない」、「怖がるのと蔑む(さげすむ)のとは、全く別の感情だ」といった使い方が可能だ。「蔑まれる」の形での使用例には、「私は仕事ができないから、上司にも蔑まれて(さげすまれて)いる気がする」、「人を蔑むような人間は、最後には自分が蔑まれる(さげすまれる)ものだ」などがある。「蔑んで」は、「彼は私を蔑んで(さげすんで)笑った」、「彼女は、心の中では私を蔑んで(さげすんで)いるに違いない」のように使用可能だ。他人に対して直接会話の中で使用する場合、「お願いだから蔑む(さげすむ)ような目で見ないでくれ」、「君には才能があるのだから、自分を蔑む(さげすむ)のは良くない。もっと自信を持ったほうがいい」、「周りと比べてできないと自分を蔑む(さげすむ)よりも、他人が気にならないほど夢中になれることを探そう」といった例文が挙げられる。
さげし・む【▽蔑む】
さげす・む【蔑む/×貶む】
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