にほんさんだいじつろく【日本三代実録】
読み方:にほんさんだいじつろく
⇒三代実録
日本三代実録
日本三代実録
日本三代実録
日本三代実録
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/07 02:19 UTC 版)
859年〈貞観元年〉8月25日 - 出雲国の俘囚である正六位上吉弥侯黄海を従五位下に叙した。 862年〈貞観4年〉5月10日 - 右京の人で左弁官史生の従六位下於公浦雄、弟の菅雄、主雄ら3人に滋世宿称の姓を与えた。常陸国久慈郡の人である丸子部妋人、茨城郡の俘囚である吉美侯酒田麻呂らを進位三階とした。父母への孝行によるものである。 863年〈貞観5年〉12月16日 - 陸奥国磐瀬郡の人で正六位上勳九等の吉弥侯部豊野が陸奧磐瀬臣の姓を賜った。天津彦根命の後裔だからである。 870年〈貞観12年〉3月29日 - 従五位下対馬守兼肥前権介である小野朝臣春風が奏上して言った。「故従五位上小野朝臣石雄の家の羊革甲一領、牛革甲一領が陸奧国にあります。去る弘仁4年に賊首である吉弥侯部止彼須可牟多知らが叛いて乱となった時、石雄は彼の甲を着て残賊を討ち平らげ、その後、兄の春枝がこれを献上しました。望わくば、羊の革の甲を以って警吏に当たり、帰郷の日に全うして官に献上することを望みます」と。詔をもってこれを許可した。牛の革の甲は陸奧権守小野朝臣春枝が給わった。 877年〈元慶元年〉3月23日 - 陸奧国の人で外正六位上勳五等の吉弥侯部真保に外従五位下を授けた。
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