角川デジックス 代表取締役社長 福田正氏インタビュー「Googleと組んだのは黒船だから」(後編)

 角川グループホールディングスは2008年1月25日,米Google Inc.傘下の米YouTube, LLCが運営する動画共有サービス「YouTube」で,広告配信などの新規事業を展開すると発表した(Tech-On!関連記事)。YouTubeに公式コンテンツを提供するだけでなく,ユーザーがアップロードしたコンテンツを積極的に利用する方針が他社と一線を画す。そのためにGoogle社とYouTube社が開発した動画識別技術を利用し,掲載の可否を判断する。

 日経エレクトロニクスは2008年3月10日号に掲載した特集記事「コピーに自由を,生まれ変わるDRM」のために,この技術の開発に角川サイドから協力し,今後は実際の運用を担うことになる角川デジックス代表取締役社長の福田正氏に話を聞いた。今回は日経エレクトロニクス2008年3月10日号に掲載したインタビュー「Googleと組んだのは黒船だから」の後半部分に加え,紙幅の都合で本誌に掲載しきれなかった内容を含めた(聞き手は竹居智久,山田剛良)。 前編はこちら


-そうした業務を角川グループの中に抱えるのはなぜか。Google社にやってもらうのが筋ではないのか。

 著作者を守り,幸せにするのが,コンテンツ・プロバイダーである我々の仕事。それをGoogle社に任せてしまったら,我々の存在意義がなくなる。その方がずっと恐ろしい。

 ユーザーのアップロードについても同じ。ファンのいないところにエンターテインメントは成り立たない。好意を持っていてわざわざ宣伝してくれる。そんなファンをないがしろにして著作違反だとやっていたら,ファンなんかいなくなります。

 悪いやつはいる。だから我々はアップロードされたファイルを全部見る。そうして,ちゃんと適正なファンかフーリガンかの境目を付ける。効率化は必要だけど,何でも自動で終わるというシステムに僕は全然興味がない。できるだけ一個一個見たい。だいたい,YouTubeを悪く言っているやつほど,中身をちゃんと見てないよね。見てから言えよと思います。

 著作者に対するのと同じように,ユーザー,ファンへのリスペクトがある。見もしないで,書類審査で落とした面接みたいなことはしたくない。迷惑メールの自動フィルタに頼りすぎると,大事なメールを見逃して痛い目に遭うじゃないですか。

 そういう誰もやりたがらない面倒なことを24時間365日やり続けるために,角川デジックスという会社をつくりました。文明や文化の発展の裏には,カスタマー・サポートやメンテナンスの仕組みがある。裏方の仕事が機能して,初めて社会全体が回る。最後はそこに行き着くんだと思います。

 僕はかれこれ10数年,ネットやデジタルでコンテンツ・ビジネスをやったら何が問題になるか,どんな裏方の仕事が必要か考えてきた。会社をつくってノウハウをためて,この日のために準備してきた。うちの社員にはずっと,「見ていろよ,24時間365日のマネジメントをできたやつが,最後は世界を制するんだ」と言い続けてきた。

 だから,YouTubeが登場したときに何が足りないかすぐ分かった。YouTubeがGoogle社に買われて,広告モデルの導入が見えてきた段階で,頭の中でシミュレーションをした。だから,具体的に必要な仕事のイメージはその時から,自分の中にありましたよ。

 例えば,著作者に利益が戻る仕組みは絶対に必要。だから死にものぐるいで広告を入れるか,売らないといけない。お金が戻る仕組みにならないのなら,YouTubeは著作権を侵害するだけの存在になってしまうよね。

-そうは言ってもリスクは大きいように感じる。他社に先行することが後々利益を生むと考えているのか。

 僕はこの取り組みが国内のほかのコンテンツ・プロバイダーにもどんどん広がればいいと思っています。角川グループの映画部門だけでなく,他の映画会社が「もっと邦画を盛り上げようよ。だから僕たちにもやらせてくれ」と言って来たら,角川デジックスは喜んで協力します。

 他社を一切手伝わない方が,囲い込みという面ではいいかもしれません。角川のコンテンツだけがYouTubeで使われて人気になって,著作者に利益を還元する状況になれば,作家さんは「角川でコンテンツを出したい」と言ってくれるかもしれない。でも,そんな小さな考えでは先には進めません。

  この点はGoogle社への協力を始める前に会長に確認しています。「もし『角川グループで囲い込む』というミッションだったら私にはできません」と。会長は「そんなせこいことを考えるな」と言ってくれました。

 我々が持っているノウハウを含めて,今回のスキームや考え方は角川のような会社が一番,使い勝手がよい。だから,ここで臨床実験をやってみんなが安心して使えるしくみを早く作り上げたい。我々はいずれ上場して儲けなければいけないITベンチャーではありませんからね。格好つけるわけではないですが,日本全体が儲かるためにやっているのです。

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