最近読んだ本 2014年8月16日(土)
「クレタ、神々の山へ」 真保裕一著 (岩波書店)

本書は、冒険小説家の著者が、NHK・BS1のシリーズ企画番組に出演するため、ギリシャのクレタ島の山々をトレッキングした時の興味深い紀行文です。クレタ島に2,400mを超える山が2つもあるのを初めて知りました。
「ホワイトアウト」の著者は、山の経験がほとんど無いそうです。本書で、同様の誤解をしている人が多いことを明かしていますが、これには全く驚きました。
今回、5日間も歩き続けるトレッキングなのに、たった2時間試し履きしただけの新品の登山靴で歩いてしまったという著者は、山の経験がほとんど無いというのはどうやら本当のようです。
しかし、クレタ島のトレッキングや大自然が確かな筆致で描写されていますので、読み応えがあり、読み進むにつれてクレタ島を訪ねたくなります。
「いのち五分五分」 山野井孝有著 (山と渓谷社)

本書は、日本を代表する登山家・山野井泰史氏の父親が、息子を登攀に送り出して不安と闘ったり、無事のよろこびを共にした日々の自らの内面を赤裸々に綴ったものです。
タイトルは、高齢の著者と登山家の息子の、どちらの葬式が先になるはかは「五分五分」だという思いからと言います。
山野井夫妻の登山スタイルのみならず、環境や弱者に対する配慮や、謙虚で無欲、そして質素な生き方に改めて深く共感を抱きます。
「万葉集 100分 de 名著」 佐佐木幸綱著 (NHK出版)

4月のEテレのテキストです。著者は、有名な歌人・佐佐木信綱(1872- 1963年)のお孫さんのようです。
「言霊に宿る歌」「プロフェッショナルの登場」「個性の開花」「独りを見つめる」の4回に分けて、分かりやすく万葉集を解説しています。
万葉集は高校の授業以来だったので、放送は欠かさず4回とも新鮮な気持ちで観ました。
まさに日本人の心の原点が、現存する中では日本最古の和歌集「万葉集」の中に豊富に隠されているのです。
日本初の宮廷歌人、柿本人麻呂は、歌を文字で書いて作り、それを推敲するなど作家意識を強く持った歌人だったようです。
なお、山部赤人の有名な代表作。
「田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の貴子に雪はふりける」については、あえて余白については何も言わないで、富士山の背景に青空が広がっていることを鮮明に表現しているのだという、この解説には目から鱗でした。まさに日本人の奧深い感性を感じます。
「万葉集 隠された歴史のメッセージ」 小川靖彦著 (角川選書)

約1250年前に日本で生まれた万葉集という歌集について、比較的分かりやすく解説しており、基礎的な知識が一応網羅できます。
なぜ万葉集の巻一が第21代の雄略天皇の歌で始まるのか。なぜ巻二では第16代の仁徳天皇を慕う歌から始まるのか。そして、万葉集が巻二十まで成立するまでの過程が論理的かつ明快にに述べられています。
最後の書記法や文字法に関しては少し難しいですが、各章の始めに基礎知識がコンパクトにまとめられており、初心者が読みやすいよう工夫されています。コラム欄も参考になります。
「万葉の旅」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)

本書は、1964年に現代教養文庫で出版されたものを、2004年に平凡社ライブラリーで改訂新版されたものです。
著者(1907 - 1998年)は、「万葉集は、それが詠まれた地へ赴き、そこで歌を朗唱することによってはじめて歌の魅力が分かる」という信念から、全国の万葉故地を長年かけて実際に訪ね歩き、独自の万葉学を展開した万葉学者です。
地名ごとに関係する主な万葉歌が紹介され、地理や歴史と歌の解説があり、見開きの左ページに写真が掲載されており、とても読みやすて分かりやすく構成されているのが特色であり、何よりの魅力です。また、その写真が昭和の古いものなので返って趣があります。

若草山と春日山が背景の奈良の大路は、何と昭和27年の趣のある貴重な写真です。
興味ある土地にまつわる歌を探したり、万葉故地を訪ねるときのガイドとしても役立つ良書です。
なお、奈良県明日香村に犬養を顕彰し関係資料を展示する「犬養万葉記念館」が2000年に開設されているようです。是非訪ねてみたいと思います。
「日本人のこころの言葉 大伴家持」 鉄野昌弘著 (創元社)

「万葉集」巻17~巻20は「家持日誌」とも呼ばれ、家持の歌が年代順に並べられており、「防人歌」は家持自身が集めるなど、「万葉集」を代表する歌人であり、優れた編者でもある大伴家持についてもっと知りたいと思って本書を読みました。
早咲きの家持が、42歳のときに詠んだ「万葉集」最後の歌から、生涯を通じてなぜ沈黙してしまったのか、これが最大の疑問です。そして、家持に29首もの恋歌を送った笠郎女に対して、たった2首の白々しい家持の返歌を載せたのはなぜなのか。それは相手に対してあまりにも失礼で残酷なことではなかったのかなど、いくつかの疑問に取り付かれたからです。しかし、前者はやはり歴史的な難問のようです。
なお、家持の代表的な43首を、「人を思う」「生きること、死ぬこと」「ひとり風景と向き合う」の3つ分けて、歌の意味や背景を詳しく分かりやすく解説しているので、改めて歌をじっくり味わうことができます。
「ヘタな人生論より万葉集」 吉村 誠 著 (河出文庫)

本書は、古代の人々の喜怒哀楽が詰まった万葉集の歌の中から、危機管理、過労死、妻に先立たれた悲哀、両親の離婚、孤独、無常などを読み取り、著者の自生論が述べられています。
「万葉集」は、決して人生教訓を残そうとしたものではありませんが、今から1250年も昔に詠み込まれた心情が、そのまま現代にも通じるものが意外に多いことに驚かされます。
「常陸指し 行かむ雁もが 我が恋を 記して付けて 妹に知らせむ」(物部道足)と、遠くへ赴任し、通信手段が何も無く隔絶された状況で望郷の念を切なく詠んだ歌ですが、万葉の人々の逞しさや強さに対し、著者は、生活が便利になった「現代の我々の心は弱くなっているような気がしてならない」と述べます。
「海賊とよばれた男」 百田尚樹著 (講談社)

戦前から戦後の激動の時代の中、一代にして巨大な日本企業を作り上げた、出光興産創業者の故出光佐三氏(1885~1981)をモデルにした自伝的小説です。
2013年の第10回本屋大賞の受賞作のこの作品は、増刷を重ね、2月に増刷で100万部を突破すると発表されただけあり、非常に読み応えがあります。
目先の利や狭い集団の利益を追及するのではなく、常に遠くのもっと大きな大事なものを見据え、国全体のことを考えながら、国や他社を全部敵に回しても、最後まで信念を頑固に押し通したスゴイ店主が見事に描かれています。
まさに、知略と勇気に満ちた偉大な猛将は、今の日本に最も必要なリーダーです。
「空飛ぶタイヤ」 池井戸 潤 著 (講談社文庫)

2002年1月に神奈川県でおきた、三菱自工製の大型車のハブ破損による母子3人死傷事故をモデルにした社会的なエンターテイメントです。
突然襲ってきた災難がきっかけとなり、次々と負の連鎖が始まり、やがて窮地に追い込まれてしまった運送会社。それでも何とか頑張って実直に生き抜こうとする小企業に対して、全く見向きもせずに、プライドがやたらと高く官僚的で、身勝手な大企業や銀行の裏側の論理が見事に描かれています。
自分の家族と従業員、そしてその家族を守るために日夜奮闘する運送会社のひたむきな社長を応援したくなる感動の物語です。
人として社会で生きていく上で、本当に大事なものは何だったのか、ラストが気づかせてくれます。
「鉄の骨」 池井戸 潤 著 (講談社文庫)

本作は、2010年の吉川英治文学新人賞受賞作で、2010年7月には、NHKの「土曜ドラマ」にて放送されたようです。
「談合課」と揶揄される業務課に異動した、純粋な若者・平太の苦悩を描いた熱血青春ものであり、働く意味や建設会社の企業モラルをテーマにした企業小説でもあります。
大型公共工事の指名競争入札の難しい談合問題を正面から取り上げ、建設業界、銀行、東京地検などの本音と建前の世界を非常に分かりやすく立体的に描いており、ストーリー展開も本格のサスペンス並なのが大きな魅力です。
しかし、実は、尾形常務が仕掛ける大逆転の秘策については、早くに読めてしまいますので、むしろその後の業界内での会社の生き方に興味を懐きながら読みました。しかし、結局、期待先行があだとなって中途半端な消化不良感が残りました。明るく社会をリードするような続編が用意されることを期待したいと思います。
「七つの会議」 池井戸 潤 著 (日本経済新聞出版社)

中小企業で起こった不祥事に巻き込まれていく社員や役員を巧みに描いた群像劇です。
本作は、2011年5月から約1年間、「日本経済新聞電子版」に連載され、単行本化に際し、1話を加筆し、8話構成の連作集です。
会社組織の中の人間が非常にリアルで、ストーリー展開もよくできており、自分ならどう行動するかどと考えながら読みました。
ただ、様々な社内会議を題材にしたのはわかりますが、タイトルが今一つ響きません。
「13階段」 高野和明著 (講談社文庫)

第47回江戸川乱歩賞受賞作品です。物語の展開が傑出しているだけではなく、死刑制度や仮出獄、保護観察などについて詳しく取り上げており、一般にはあまり考える機会の少ない問題だけに、非常に考えさせられる点にも高い価値がある作品です。
やや無理があり腑に落ちない点もないではありませんが、用意周到の仕掛けがあるなど著種渾身の作品で、時間を忘れさせてくれるエンターテイメントです。
作家の宮部みゆき氏は、「私は、探偵小説が大好きな性分でして」という、保護司の久保老人の台詞を高く評価していますが、確かにシンプルで的確に心理を描写する巧みさが光っています。
「リフレはヤバい」 小幡 績 著 (ディスカヴァー携書)

本書は、「円安インフレ」の可能性や、リフレ派に対する批判やリスクを分かりやすく述べています。確かに、十分にあり得るシナリオかと思います。
結局、リフレ派の日銀に対する強烈な批判や、リフレ・反リフレ両派の極端な論争は、明確な結果責任が問われるものではなく、単に世論を巻き起こし、注目を集めれば目的が果たせるような類のものです。
しかし、日銀は、常に結果責任を問われつつ、日本経済の発展を考えて、最善の方策を模索している日本唯一の機関です。リスクを考えつつ、苦渋の選択肢が実行なされているものと思います。
したがって、リフレ派の勢いに乗じた安倍政権の意向に、独立機関たる日銀が従わざるを得なくなる環境づくりにむしろ不安を感じます。
その結果、現状において言えることは、残念ながら投資家や相場関係者のみに都合が良い状況になったと言うことです。
「円安シナリオの落とし穴」 池田雄之輔著 (日経プレミアシリーズ)

為替相場の複雑な世界について、これまでの野村證券の経験と実績を踏まえた知識や多くのエピソードなどを多く織り交ぜながら、「ごまかさずに」親切丁寧に述べられた良書です。
外為市場を牛耳るヘッジファンドの行動、ドル円を動かす原動力、為替に影響を与える要素など、どれも誠実に分かりやすく解説しています。
円相場の動きを紙飛行機の理論で明快に解説しています。
風=日米の金利差、機体のバランス=円の需給バランスとし、「紙飛行機は、風が吹くときは風次第、吹かなければ、機体のバランスに従って飛んでゆく。ドル円相場は、日米金利差が動くときは金利次第。あまり動かなければ円需給に従って変化する」
そして、執筆時点の「筆者の紙飛行機は2017年ないし18年から円高方向に旋回しはじめるのではないかと」予測します。
さらに、「良くも悪くも、中国ほど金融危機対応に優れた政治システムを備えた大国はない」のだから、中国経済の崩壊といった事態の可能性は極めて低いと述べています。
「金融政策入門」 湯本雅士著 (岩波新書)

各国の中央銀行の歴史や政策を詳しく解説した上で、リフレ派と反対派のどちらにも偏らずに、両方の意見を詳しく整理し、自説を加えている点が評価できます。やはり、アベノミクスを学習するために最初に読んでおくべき良書です。
著者は、次のように述べます。
「リフレ派ないし金融緩和派と反対派との対立と言っても、それは単なるきっかけの問題ではないかということです。・・・体力が消耗した患者に対して、ともかく意識を回復させるために、副作用をあえてしても強い注射を打つことから始めるか、それとも、副作用を懸念して、初めから漢方薬治療で行こうとするのかの違いではないかということです。注射派といえども、その後の体質改善へ向けての本格的な治療を否定しているわけではないはずです。漢方薬治療はその性質上、効果がなかなか見えてこないという問題があるために、とりあえずはショック療法で対応しようとしているのです」。
そして、安倍内閣・アベノミクスの「大胆な金融緩和」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」の三本の矢については、「もっとも重要なのは最後の一本であって、後の二本はそのために必要な時間を稼ぐために放たれるものであるという認識です」と述べます。
「アベノミクスのゆくえ」 片岡剛士著 (光文社新書) [新書]

本書は、長引くデフレから脱却するためにマイルドなインフレに誘導する政策の実施を主張するリフレ派の立場から、長期停滞の主因については、「このデフレは良いデフレ」、「デフレは構造的要因」、「デフレは人口減少が原因」という認識が、日銀の緩慢な金融政策を容認してきたこと。そして何より、日銀がリスクを恐れ、小出しの政策対応を選択してきたことが悪循環を招いたのだと指摘します。
大胆な金融政策実現のために必要な政策として、各国の中央銀行を比較した上で、日銀法の改正を具体的に論じています。
また、アベノミクスの成長政策としての「試金石となるのはTPPとエネルギー政策である」とし、冷静に現実的な軟着陸の方向を示します。
なお、下村治氏の『日本経済成長論』からの引用が印象的です。
「現在の状況は単純に過去の条件によって機械的に決定されているものでもなく、また将来についての希望という夢に従って勝手に形成されているものでもない。過去の実績を背負い、未来の可能性を頭に描きつつ、われわれ自身が営々として創造し、築きあげるものである」
「『円安大転換』後の日本経済」 村上尚己著 (光文社新書)

本書も、リフレ派の立場から日本経済の低迷の原因と改善策を解説します。
「誰がこのような人物を日銀総裁の席に据えたのか」と、歴代の総裁「個人」の金融緩和の不作為を糾弾するかのような過激さは目に余りますが、グラフや表を多用し、メリハリを付けながら明快で分かりやすく解説しています。
バブル期から現在までの日銀の失策を中心に、日本の金融政策やアベノミクスについて解説し、リフレ派の言い分がコンパクトにまとめられています。
「円高の正体」 安達誠司著 (光文社新書)

本書も、リフレ派の立場から、過去の数値や図表等を駆使しながら、シンプルかつ明快に解説します。
著者は、「現在の日本にとって、円高は明確に『悪』です。その意味では『良い円高』も『悪い円高』もありません」と述べ、一部の専門家やマスコミなどが「円安性悪説」を支持する理由を挙げ、それが現れた背景を詳しく考察し、誤っている点を指摘します。
2011年末の執筆時点で、「マネタリーベースを150兆円まで拡大すれば、円高は止まり、『1ドル=95円』までの円安局面が訪れ、日本経済はデフレから脱却し(その時のインフレ率は1.5%程度)、2%の名目経済成長が可能になる」
さらに、「マネタリーベースを200兆円まで拡大すれば、円高は止まり、『1ドル=115円』までの円安局面が訪れ、日本経済はデフレから脱却し(その時のインフレ率は3%程度)、4%の名目経済成長が訪れ、日本経済は完全復活を遂げることができる」と、具体的な数値まで提示しています。
マネタリーベースは、出回っているお金と、金融機関が日銀に預けている当座預金の残高の合計ですが、2014年2月末の段階で200兆円を超えており、少なくとも資金供給については、大胆な政策が実施されたことが分かります。
「破獄」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

本作は、実在の日本一の脱獄王・白鳥由栄(1907-1979)をモデルに描かれたもので、読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞しています。
犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚、緻密な計画と大胆な行動力、頭脳明晰で怪力のスーパーマンとしか思えないような人物が主人公ですが、戦中・戦後の混乱した時代の刑務所の厳しい実態を背景に、目まぐるしい変化に翻弄されながら繰り広げられる、人間ドラマを見事に描き切っています。
あくまでも凶悪な因人ではなく、脱獄して逃走するも、「主任さんは、私を人間扱いしてくれましたから・・・」と、わざわざ戒護主任のもとへ自首したり、単に煙草をくれたという親切な扱いをされたことで心が動き、自分が脱獄者であることを名乗ってまったり、籠の鳥を放つよう求めたり、非人間的な扱いを拒絶し続けた因人を描いています。
「生麦事件」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

生麦事件は、幕末の1862年に、現在の横浜市鶴見区生麦付近において、薩摩藩主の父・島津久光の行列に乱入した騎馬の4名のイギリス人を、藩士が殺傷(1名死亡、2名重傷)した有名な事件ですが、当時の過激な尊王攘夷論の高まりの中、この事件の処理は国内外の政治問題となり、日本は大激動の時代を迎えることになります。
あとがきで著者は、生麦事件が「幕府崩壊、明治維新成立の上できわめて重要な意義を持つものであることを知った。この事件なくして、あのような大革命はありえなかったことを強く感じた」と述べています。まさに歴史上の大きなターニングポイントだったのです。
本作は、1998年の先品で、著者が2年余に渡って、鹿児島県、神奈川県での綿密な調査を行い、極めて綿密かつ史実に忠実に江戸時代の動乱を描いた壮大な歴史小説です。
「夜明けの雷鳴―医師・高松凌雲」 吉村 昭 著 (文春文庫)

民間救護団体の前身と言われる「同愛社」を創設し、日本の赤十字運動の先駆者とされる医師・高松凌雲(1837-1916)の生涯を描いた作品です。
幕府の奧詰医師として随行員になった凌雲は、 1867年のパリ万国博覧会参加と諸国訪問後、留学生としてパリに滞在し、「神の家」という貧民救済も行っている病院で、西洋医学と医学の精神を学び、帰国後、旧幕府側の医師として函館戦争に参加し、敵味方の区別なく負傷者の治療することを頑なに実践します。
敗戦後、凌雲は、徳島藩中屋敷で謹慎の身となりますが、何を考えたのか藩の待遇があまりにもひどかったので、医師として迎えたいという徳島藩の依頼を固辞するのが印象的です。
「暁の旅人」 吉村 昭 著 (講談社文庫)

幕末の長崎でオランダ人医師・ポンペに西洋医学を学び、日本初の西洋式病院の開設・運営に尽力し、「医学の進歩に貢献した医学者」、松本良順(1832-1907)の生涯を描いた作品です。
旧幕府への忠誠を崩さない会津藩、庄内藩へ赴き医療に尽力するなど、長崎への遊学を認めてくれた幕府に対する恩義を大切にした主人公の生き様を際立たせて描いています。
前作の主人公、高松凌雲(1837-1916)と同様に、旧幕府側の医師として尽力しますが、良順は、榎本武揚が強く勧める「海陽」への乗船を断り、オランダ船で塩釜から横浜へ向かいます。
「冬の鷹」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

ドイツ人医師ヨハン・アダム・クルムスの医学書"Anatomische Tabellen"のオランダ語訳『ターヘル・アナトミア』を、1774年に日本語に翻訳されたのが「解体新書」ですが、本書は、その翻訳者なのに書物に名前が記されなかった、「前野良沢」を主人公にした興味深い小説です。
「解体新書」といえば「杉田玄白」ですが、確かに教科書に「前野良沢」の名前もあったように思います。
特に、「解体新書」の著者として全国に名を広め大蘭方医と称され大成した「杉田玄白」に対して、名声には背を向けてオランダ語研究者として信念を貫き通した孤高の「前野良沢」の半生がリアルに描かれています。
著者は、良沢について次のように語っています。

「私は、良沢の生き方に羨望を感じる。かれの不運は、かれ自身がもたらしたもので悔いはないはずだし、そこにかれの生きた日々の救いが残されている。私には、かれのような弧然とした生き方を理想とする気持ちがひそんでいるが、そのような強靱な神経は持ち合わせていない」
「漂流」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

本書は、土佐の船乗りが漂流し、なんと12年と4ヶ月にも及ぶ苦闘の末ついに生還するという、実際に起こった事件を、鎖国時代の幕府や藩が漂流者を厳しく取り調べた取調べ書を基に、ドキュメンタリー風に仕上げた見事な作品です。
壮絶な無人島生活と、孤立した人間が生き抜くとはどういうことなのかをリアルに描いています。
1785年に4名が漂着した無人島は、江戸の南、約600km、青ヶ島の南、約210Kmの鳥島です。川も水貯まりもない不毛の火山島ですが、アホウドリの営巣地です。
「土佐ノ国の海は、気象変化が激しく、海難事後も極めて多い。『浦司要録』という書類に海難事故の記録が残されている・・・元禄四年(1691)の記録には、破損船数104艘、遭難人員510人、死者・不明者96人、元禄十三年(1700)には、破損船数165艘、遭難人員324人、死者・行方不明者175人と驚くべき数にのぼっている」
著者は、「序」において、当時の多発した漂流事故の背後には、幕府の鎖国政策があったことを述べているのが印象的です。
「破船」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

本作は、1980年7月より1981年12月まで雑誌「ちくま」に「海流」として連載されたものを加筆し、1982年に刊行された名作です。
海にせり出した断崖と奥深く険しい山で閉ざされ孤立した村は、強風で海が荒れた夜に限って「塩焼き」を行い、そして「お船様」の到来を待つという。
リーダーの「村おさ」のもとに見事に統率されたこの村には、貧しい村を存続させていくため、先祖伝来の秘密の掟と知恵があったのです。
こういう風習は、実際に江戸時代前期の日本海沿岸であったそうですが、まさに陸の海賊です。

本書は、冒険小説家の著者が、NHK・BS1のシリーズ企画番組に出演するため、ギリシャのクレタ島の山々をトレッキングした時の興味深い紀行文です。クレタ島に2,400mを超える山が2つもあるのを初めて知りました。
「ホワイトアウト」の著者は、山の経験がほとんど無いそうです。本書で、同様の誤解をしている人が多いことを明かしていますが、これには全く驚きました。
今回、5日間も歩き続けるトレッキングなのに、たった2時間試し履きしただけの新品の登山靴で歩いてしまったという著者は、山の経験がほとんど無いというのはどうやら本当のようです。
しかし、クレタ島のトレッキングや大自然が確かな筆致で描写されていますので、読み応えがあり、読み進むにつれてクレタ島を訪ねたくなります。
「いのち五分五分」 山野井孝有著 (山と渓谷社)

本書は、日本を代表する登山家・山野井泰史氏の父親が、息子を登攀に送り出して不安と闘ったり、無事のよろこびを共にした日々の自らの内面を赤裸々に綴ったものです。
タイトルは、高齢の著者と登山家の息子の、どちらの葬式が先になるはかは「五分五分」だという思いからと言います。
山野井夫妻の登山スタイルのみならず、環境や弱者に対する配慮や、謙虚で無欲、そして質素な生き方に改めて深く共感を抱きます。
「万葉集 100分 de 名著」 佐佐木幸綱著 (NHK出版)

4月のEテレのテキストです。著者は、有名な歌人・佐佐木信綱(1872- 1963年)のお孫さんのようです。
「言霊に宿る歌」「プロフェッショナルの登場」「個性の開花」「独りを見つめる」の4回に分けて、分かりやすく万葉集を解説しています。
万葉集は高校の授業以来だったので、放送は欠かさず4回とも新鮮な気持ちで観ました。
まさに日本人の心の原点が、現存する中では日本最古の和歌集「万葉集」の中に豊富に隠されているのです。
日本初の宮廷歌人、柿本人麻呂は、歌を文字で書いて作り、それを推敲するなど作家意識を強く持った歌人だったようです。
なお、山部赤人の有名な代表作。
「田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の貴子に雪はふりける」については、あえて余白については何も言わないで、富士山の背景に青空が広がっていることを鮮明に表現しているのだという、この解説には目から鱗でした。まさに日本人の奧深い感性を感じます。
「万葉集 隠された歴史のメッセージ」 小川靖彦著 (角川選書)

約1250年前に日本で生まれた万葉集という歌集について、比較的分かりやすく解説しており、基礎的な知識が一応網羅できます。
なぜ万葉集の巻一が第21代の雄略天皇の歌で始まるのか。なぜ巻二では第16代の仁徳天皇を慕う歌から始まるのか。そして、万葉集が巻二十まで成立するまでの過程が論理的かつ明快にに述べられています。
最後の書記法や文字法に関しては少し難しいですが、各章の始めに基礎知識がコンパクトにまとめられており、初心者が読みやすいよう工夫されています。コラム欄も参考になります。
「万葉の旅」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)

本書は、1964年に現代教養文庫で出版されたものを、2004年に平凡社ライブラリーで改訂新版されたものです。
著者(1907 - 1998年)は、「万葉集は、それが詠まれた地へ赴き、そこで歌を朗唱することによってはじめて歌の魅力が分かる」という信念から、全国の万葉故地を長年かけて実際に訪ね歩き、独自の万葉学を展開した万葉学者です。
地名ごとに関係する主な万葉歌が紹介され、地理や歴史と歌の解説があり、見開きの左ページに写真が掲載されており、とても読みやすて分かりやすく構成されているのが特色であり、何よりの魅力です。また、その写真が昭和の古いものなので返って趣があります。

若草山と春日山が背景の奈良の大路は、何と昭和27年の趣のある貴重な写真です。
興味ある土地にまつわる歌を探したり、万葉故地を訪ねるときのガイドとしても役立つ良書です。
なお、奈良県明日香村に犬養を顕彰し関係資料を展示する「犬養万葉記念館」が2000年に開設されているようです。是非訪ねてみたいと思います。
「日本人のこころの言葉 大伴家持」 鉄野昌弘著 (創元社)

「万葉集」巻17~巻20は「家持日誌」とも呼ばれ、家持の歌が年代順に並べられており、「防人歌」は家持自身が集めるなど、「万葉集」を代表する歌人であり、優れた編者でもある大伴家持についてもっと知りたいと思って本書を読みました。
早咲きの家持が、42歳のときに詠んだ「万葉集」最後の歌から、生涯を通じてなぜ沈黙してしまったのか、これが最大の疑問です。そして、家持に29首もの恋歌を送った笠郎女に対して、たった2首の白々しい家持の返歌を載せたのはなぜなのか。それは相手に対してあまりにも失礼で残酷なことではなかったのかなど、いくつかの疑問に取り付かれたからです。しかし、前者はやはり歴史的な難問のようです。
なお、家持の代表的な43首を、「人を思う」「生きること、死ぬこと」「ひとり風景と向き合う」の3つ分けて、歌の意味や背景を詳しく分かりやすく解説しているので、改めて歌をじっくり味わうことができます。
「ヘタな人生論より万葉集」 吉村 誠 著 (河出文庫)

本書は、古代の人々の喜怒哀楽が詰まった万葉集の歌の中から、危機管理、過労死、妻に先立たれた悲哀、両親の離婚、孤独、無常などを読み取り、著者の自生論が述べられています。
「万葉集」は、決して人生教訓を残そうとしたものではありませんが、今から1250年も昔に詠み込まれた心情が、そのまま現代にも通じるものが意外に多いことに驚かされます。
「常陸指し 行かむ雁もが 我が恋を 記して付けて 妹に知らせむ」(物部道足)と、遠くへ赴任し、通信手段が何も無く隔絶された状況で望郷の念を切なく詠んだ歌ですが、万葉の人々の逞しさや強さに対し、著者は、生活が便利になった「現代の我々の心は弱くなっているような気がしてならない」と述べます。
「海賊とよばれた男」 百田尚樹著 (講談社)

戦前から戦後の激動の時代の中、一代にして巨大な日本企業を作り上げた、出光興産創業者の故出光佐三氏(1885~1981)をモデルにした自伝的小説です。
2013年の第10回本屋大賞の受賞作のこの作品は、増刷を重ね、2月に増刷で100万部を突破すると発表されただけあり、非常に読み応えがあります。
目先の利や狭い集団の利益を追及するのではなく、常に遠くのもっと大きな大事なものを見据え、国全体のことを考えながら、国や他社を全部敵に回しても、最後まで信念を頑固に押し通したスゴイ店主が見事に描かれています。
まさに、知略と勇気に満ちた偉大な猛将は、今の日本に最も必要なリーダーです。
「空飛ぶタイヤ」 池井戸 潤 著 (講談社文庫)

2002年1月に神奈川県でおきた、三菱自工製の大型車のハブ破損による母子3人死傷事故をモデルにした社会的なエンターテイメントです。
突然襲ってきた災難がきっかけとなり、次々と負の連鎖が始まり、やがて窮地に追い込まれてしまった運送会社。それでも何とか頑張って実直に生き抜こうとする小企業に対して、全く見向きもせずに、プライドがやたらと高く官僚的で、身勝手な大企業や銀行の裏側の論理が見事に描かれています。
自分の家族と従業員、そしてその家族を守るために日夜奮闘する運送会社のひたむきな社長を応援したくなる感動の物語です。
人として社会で生きていく上で、本当に大事なものは何だったのか、ラストが気づかせてくれます。
「鉄の骨」 池井戸 潤 著 (講談社文庫)

本作は、2010年の吉川英治文学新人賞受賞作で、2010年7月には、NHKの「土曜ドラマ」にて放送されたようです。
「談合課」と揶揄される業務課に異動した、純粋な若者・平太の苦悩を描いた熱血青春ものであり、働く意味や建設会社の企業モラルをテーマにした企業小説でもあります。
大型公共工事の指名競争入札の難しい談合問題を正面から取り上げ、建設業界、銀行、東京地検などの本音と建前の世界を非常に分かりやすく立体的に描いており、ストーリー展開も本格のサスペンス並なのが大きな魅力です。
しかし、実は、尾形常務が仕掛ける大逆転の秘策については、早くに読めてしまいますので、むしろその後の業界内での会社の生き方に興味を懐きながら読みました。しかし、結局、期待先行があだとなって中途半端な消化不良感が残りました。明るく社会をリードするような続編が用意されることを期待したいと思います。
「七つの会議」 池井戸 潤 著 (日本経済新聞出版社)

中小企業で起こった不祥事に巻き込まれていく社員や役員を巧みに描いた群像劇です。
本作は、2011年5月から約1年間、「日本経済新聞電子版」に連載され、単行本化に際し、1話を加筆し、8話構成の連作集です。
会社組織の中の人間が非常にリアルで、ストーリー展開もよくできており、自分ならどう行動するかどと考えながら読みました。
ただ、様々な社内会議を題材にしたのはわかりますが、タイトルが今一つ響きません。
「13階段」 高野和明著 (講談社文庫)

第47回江戸川乱歩賞受賞作品です。物語の展開が傑出しているだけではなく、死刑制度や仮出獄、保護観察などについて詳しく取り上げており、一般にはあまり考える機会の少ない問題だけに、非常に考えさせられる点にも高い価値がある作品です。
やや無理があり腑に落ちない点もないではありませんが、用意周到の仕掛けがあるなど著種渾身の作品で、時間を忘れさせてくれるエンターテイメントです。
作家の宮部みゆき氏は、「私は、探偵小説が大好きな性分でして」という、保護司の久保老人の台詞を高く評価していますが、確かにシンプルで的確に心理を描写する巧みさが光っています。
「リフレはヤバい」 小幡 績 著 (ディスカヴァー携書)

本書は、「円安インフレ」の可能性や、リフレ派に対する批判やリスクを分かりやすく述べています。確かに、十分にあり得るシナリオかと思います。
結局、リフレ派の日銀に対する強烈な批判や、リフレ・反リフレ両派の極端な論争は、明確な結果責任が問われるものではなく、単に世論を巻き起こし、注目を集めれば目的が果たせるような類のものです。
しかし、日銀は、常に結果責任を問われつつ、日本経済の発展を考えて、最善の方策を模索している日本唯一の機関です。リスクを考えつつ、苦渋の選択肢が実行なされているものと思います。
したがって、リフレ派の勢いに乗じた安倍政権の意向に、独立機関たる日銀が従わざるを得なくなる環境づくりにむしろ不安を感じます。
その結果、現状において言えることは、残念ながら投資家や相場関係者のみに都合が良い状況になったと言うことです。
「円安シナリオの落とし穴」 池田雄之輔著 (日経プレミアシリーズ)

為替相場の複雑な世界について、これまでの野村證券の経験と実績を踏まえた知識や多くのエピソードなどを多く織り交ぜながら、「ごまかさずに」親切丁寧に述べられた良書です。
外為市場を牛耳るヘッジファンドの行動、ドル円を動かす原動力、為替に影響を与える要素など、どれも誠実に分かりやすく解説しています。
円相場の動きを紙飛行機の理論で明快に解説しています。
風=日米の金利差、機体のバランス=円の需給バランスとし、「紙飛行機は、風が吹くときは風次第、吹かなければ、機体のバランスに従って飛んでゆく。ドル円相場は、日米金利差が動くときは金利次第。あまり動かなければ円需給に従って変化する」
そして、執筆時点の「筆者の紙飛行機は2017年ないし18年から円高方向に旋回しはじめるのではないかと」予測します。
さらに、「良くも悪くも、中国ほど金融危機対応に優れた政治システムを備えた大国はない」のだから、中国経済の崩壊といった事態の可能性は極めて低いと述べています。
「金融政策入門」 湯本雅士著 (岩波新書)

各国の中央銀行の歴史や政策を詳しく解説した上で、リフレ派と反対派のどちらにも偏らずに、両方の意見を詳しく整理し、自説を加えている点が評価できます。やはり、アベノミクスを学習するために最初に読んでおくべき良書です。
著者は、次のように述べます。
「リフレ派ないし金融緩和派と反対派との対立と言っても、それは単なるきっかけの問題ではないかということです。・・・体力が消耗した患者に対して、ともかく意識を回復させるために、副作用をあえてしても強い注射を打つことから始めるか、それとも、副作用を懸念して、初めから漢方薬治療で行こうとするのかの違いではないかということです。注射派といえども、その後の体質改善へ向けての本格的な治療を否定しているわけではないはずです。漢方薬治療はその性質上、効果がなかなか見えてこないという問題があるために、とりあえずはショック療法で対応しようとしているのです」。
そして、安倍内閣・アベノミクスの「大胆な金融緩和」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」の三本の矢については、「もっとも重要なのは最後の一本であって、後の二本はそのために必要な時間を稼ぐために放たれるものであるという認識です」と述べます。
「アベノミクスのゆくえ」 片岡剛士著 (光文社新書) [新書]

本書は、長引くデフレから脱却するためにマイルドなインフレに誘導する政策の実施を主張するリフレ派の立場から、長期停滞の主因については、「このデフレは良いデフレ」、「デフレは構造的要因」、「デフレは人口減少が原因」という認識が、日銀の緩慢な金融政策を容認してきたこと。そして何より、日銀がリスクを恐れ、小出しの政策対応を選択してきたことが悪循環を招いたのだと指摘します。
大胆な金融政策実現のために必要な政策として、各国の中央銀行を比較した上で、日銀法の改正を具体的に論じています。
また、アベノミクスの成長政策としての「試金石となるのはTPPとエネルギー政策である」とし、冷静に現実的な軟着陸の方向を示します。
なお、下村治氏の『日本経済成長論』からの引用が印象的です。
「現在の状況は単純に過去の条件によって機械的に決定されているものでもなく、また将来についての希望という夢に従って勝手に形成されているものでもない。過去の実績を背負い、未来の可能性を頭に描きつつ、われわれ自身が営々として創造し、築きあげるものである」
「『円安大転換』後の日本経済」 村上尚己著 (光文社新書)

本書も、リフレ派の立場から日本経済の低迷の原因と改善策を解説します。
「誰がこのような人物を日銀総裁の席に据えたのか」と、歴代の総裁「個人」の金融緩和の不作為を糾弾するかのような過激さは目に余りますが、グラフや表を多用し、メリハリを付けながら明快で分かりやすく解説しています。
バブル期から現在までの日銀の失策を中心に、日本の金融政策やアベノミクスについて解説し、リフレ派の言い分がコンパクトにまとめられています。
「円高の正体」 安達誠司著 (光文社新書)

本書も、リフレ派の立場から、過去の数値や図表等を駆使しながら、シンプルかつ明快に解説します。
著者は、「現在の日本にとって、円高は明確に『悪』です。その意味では『良い円高』も『悪い円高』もありません」と述べ、一部の専門家やマスコミなどが「円安性悪説」を支持する理由を挙げ、それが現れた背景を詳しく考察し、誤っている点を指摘します。
2011年末の執筆時点で、「マネタリーベースを150兆円まで拡大すれば、円高は止まり、『1ドル=95円』までの円安局面が訪れ、日本経済はデフレから脱却し(その時のインフレ率は1.5%程度)、2%の名目経済成長が可能になる」
さらに、「マネタリーベースを200兆円まで拡大すれば、円高は止まり、『1ドル=115円』までの円安局面が訪れ、日本経済はデフレから脱却し(その時のインフレ率は3%程度)、4%の名目経済成長が訪れ、日本経済は完全復活を遂げることができる」と、具体的な数値まで提示しています。
マネタリーベースは、出回っているお金と、金融機関が日銀に預けている当座預金の残高の合計ですが、2014年2月末の段階で200兆円を超えており、少なくとも資金供給については、大胆な政策が実施されたことが分かります。
「破獄」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

本作は、実在の日本一の脱獄王・白鳥由栄(1907-1979)をモデルに描かれたもので、読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞しています。
犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚、緻密な計画と大胆な行動力、頭脳明晰で怪力のスーパーマンとしか思えないような人物が主人公ですが、戦中・戦後の混乱した時代の刑務所の厳しい実態を背景に、目まぐるしい変化に翻弄されながら繰り広げられる、人間ドラマを見事に描き切っています。
あくまでも凶悪な因人ではなく、脱獄して逃走するも、「主任さんは、私を人間扱いしてくれましたから・・・」と、わざわざ戒護主任のもとへ自首したり、単に煙草をくれたという親切な扱いをされたことで心が動き、自分が脱獄者であることを名乗ってまったり、籠の鳥を放つよう求めたり、非人間的な扱いを拒絶し続けた因人を描いています。
「生麦事件」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

生麦事件は、幕末の1862年に、現在の横浜市鶴見区生麦付近において、薩摩藩主の父・島津久光の行列に乱入した騎馬の4名のイギリス人を、藩士が殺傷(1名死亡、2名重傷)した有名な事件ですが、当時の過激な尊王攘夷論の高まりの中、この事件の処理は国内外の政治問題となり、日本は大激動の時代を迎えることになります。
あとがきで著者は、生麦事件が「幕府崩壊、明治維新成立の上できわめて重要な意義を持つものであることを知った。この事件なくして、あのような大革命はありえなかったことを強く感じた」と述べています。まさに歴史上の大きなターニングポイントだったのです。
本作は、1998年の先品で、著者が2年余に渡って、鹿児島県、神奈川県での綿密な調査を行い、極めて綿密かつ史実に忠実に江戸時代の動乱を描いた壮大な歴史小説です。
「夜明けの雷鳴―医師・高松凌雲」 吉村 昭 著 (文春文庫)

民間救護団体の前身と言われる「同愛社」を創設し、日本の赤十字運動の先駆者とされる医師・高松凌雲(1837-1916)の生涯を描いた作品です。
幕府の奧詰医師として随行員になった凌雲は、 1867年のパリ万国博覧会参加と諸国訪問後、留学生としてパリに滞在し、「神の家」という貧民救済も行っている病院で、西洋医学と医学の精神を学び、帰国後、旧幕府側の医師として函館戦争に参加し、敵味方の区別なく負傷者の治療することを頑なに実践します。
敗戦後、凌雲は、徳島藩中屋敷で謹慎の身となりますが、何を考えたのか藩の待遇があまりにもひどかったので、医師として迎えたいという徳島藩の依頼を固辞するのが印象的です。
「暁の旅人」 吉村 昭 著 (講談社文庫)

幕末の長崎でオランダ人医師・ポンペに西洋医学を学び、日本初の西洋式病院の開設・運営に尽力し、「医学の進歩に貢献した医学者」、松本良順(1832-1907)の生涯を描いた作品です。
旧幕府への忠誠を崩さない会津藩、庄内藩へ赴き医療に尽力するなど、長崎への遊学を認めてくれた幕府に対する恩義を大切にした主人公の生き様を際立たせて描いています。
前作の主人公、高松凌雲(1837-1916)と同様に、旧幕府側の医師として尽力しますが、良順は、榎本武揚が強く勧める「海陽」への乗船を断り、オランダ船で塩釜から横浜へ向かいます。
「冬の鷹」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

ドイツ人医師ヨハン・アダム・クルムスの医学書"Anatomische Tabellen"のオランダ語訳『ターヘル・アナトミア』を、1774年に日本語に翻訳されたのが「解体新書」ですが、本書は、その翻訳者なのに書物に名前が記されなかった、「前野良沢」を主人公にした興味深い小説です。
「解体新書」といえば「杉田玄白」ですが、確かに教科書に「前野良沢」の名前もあったように思います。
特に、「解体新書」の著者として全国に名を広め大蘭方医と称され大成した「杉田玄白」に対して、名声には背を向けてオランダ語研究者として信念を貫き通した孤高の「前野良沢」の半生がリアルに描かれています。
著者は、良沢について次のように語っています。

「私は、良沢の生き方に羨望を感じる。かれの不運は、かれ自身がもたらしたもので悔いはないはずだし、そこにかれの生きた日々の救いが残されている。私には、かれのような弧然とした生き方を理想とする気持ちがひそんでいるが、そのような強靱な神経は持ち合わせていない」
「漂流」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

本書は、土佐の船乗りが漂流し、なんと12年と4ヶ月にも及ぶ苦闘の末ついに生還するという、実際に起こった事件を、鎖国時代の幕府や藩が漂流者を厳しく取り調べた取調べ書を基に、ドキュメンタリー風に仕上げた見事な作品です。
壮絶な無人島生活と、孤立した人間が生き抜くとはどういうことなのかをリアルに描いています。
1785年に4名が漂着した無人島は、江戸の南、約600km、青ヶ島の南、約210Kmの鳥島です。川も水貯まりもない不毛の火山島ですが、アホウドリの営巣地です。
「土佐ノ国の海は、気象変化が激しく、海難事後も極めて多い。『浦司要録』という書類に海難事故の記録が残されている・・・元禄四年(1691)の記録には、破損船数104艘、遭難人員510人、死者・不明者96人、元禄十三年(1700)には、破損船数165艘、遭難人員324人、死者・行方不明者175人と驚くべき数にのぼっている」
著者は、「序」において、当時の多発した漂流事故の背後には、幕府の鎖国政策があったことを述べているのが印象的です。
「破船」 吉村 昭 著 (新潮文庫)

本作は、1980年7月より1981年12月まで雑誌「ちくま」に「海流」として連載されたものを加筆し、1982年に刊行された名作です。
海にせり出した断崖と奥深く険しい山で閉ざされ孤立した村は、強風で海が荒れた夜に限って「塩焼き」を行い、そして「お船様」の到来を待つという。
リーダーの「村おさ」のもとに見事に統率されたこの村には、貧しい村を存続させていくため、先祖伝来の秘密の掟と知恵があったのです。
こういう風習は、実際に江戸時代前期の日本海沿岸であったそうですが、まさに陸の海賊です。

