私の住んでいる地域では、中部電力が宣伝している。「原子力発電はCO2を出さない環境にやさしい技術です」
産業界がCO2削減といっているときの一番のねらいは、原子力発電推進なのだが、あまりにも本音を露骨に出しすぎたのではないか。
何万年もの間、強烈な放射能を出し続ける放射性廃棄物。それを大量に生み出す技術を、ただCO2を出さないというだけで、環境にやさしいなんて言えるわけないだろう。
私は、放射線取扱主任の免許を持っているので、原子力のことはおぼろげにわかる。原子力技術は、欠かすことのできない技術だから、どんどん推進してほしいと願っている。ただ今回は、原子力技術を宣伝するレトリックが、悪かったということだ。
最近見かける
加藤いづみさんの宣伝ポスターがよい。メガネをかけて飼い犬とたわむれる姿。いままでのイメージとはまったく違うプライベートのいづみさんのようすが、かいまみれて楽しい。
メガネをかけたいづみさんは、チワワが好きな一人暮らしの中年女。それが、メガネをはずすと魅力的なアーティスト加藤いづみに変身するから不思議だ。そういうカラクリがおもしろい。
平井堅の「瞳をとじて」だが、私はずっと別れた恋人の生死が気になっていた。それが、今日カラオケに行って判明した。画面をよく見ていると、最後に魂が天に昇るようすと、それを見つめる平井堅の姿が。
でも、よく考えてみると「瞳をとじて」は、平井堅が映画「世界の中心で愛をさけぶ」のために書き下ろした歌だから当然だ。
現実の世界で妻が発狂してしまった私は、今日も必死に5回くらい歌って、やったコーラスとハモったなどと、よろこんでいるのだった。
昨日、医者に睡眠薬を減らしてもらった。すると、朝5時に目が覚めた。いつもは12時近くまで寝ているのに。朝起きれるようになったことで、社会復帰に一歩近づいたといえそうだ。
眠る時間が長いほど、いつも悪夢を見ていた。毎日、毎日、、
きょう、TVをつけていたら、お笑い水泳大会なるものをやっていた。出演者の半分以上が、みにくい体を隠すためにワンピース型の水着を着けていた。
そんなものやるな。なぜアイドルの水泳大会をやらん。みにくいものは見たくないぞ。
今日は病院に行った。状態が落ち着いていると話すと、医者が薬を減らしてくれた。このまま快方に向かうとよい。
帰ってからは、子どもの工作用にVisual Basicを7年ぶりに使った。7年前とぜんぜんちがう。なんとかスロットマシンゲーム(パチスロ)のプログラムを組んだものの、4時間もかかった。エディタの操作がわからず、ソースコードをどこかにやってしまった。
子どもに教えているが、まだなかなか難しいようだ。
台風が通り過ぎ、天気がとてもよかったので、近くの渓谷に水遊びにいった。子どもたちは魚とりに熱中していた。私は、子どもたちを見守る役目。梅雨のあいだ、家にこもって、体を動かしていなかったので、山道がつらい。これからはネットばかりやらず、外に出よう。
掲示板に書いた話だが、興味深いので転載する。
彼女が心の病になってしまったKaimyuさん。2年半くらい交際を続けたが、病状が回復せず、別れてしまった。別れる帰り道で泣きながら聞いていた歌が「After blue」
私も精神病の妻と別れようとしたのは同じ。別れようとしたとき、聞いていた歌が「悲しいだけの二人じゃなくて」
聞いていた歌によって別れるか別れないかが、決まったような気がしてならない。「After blue」は前向きに生きる歌、「悲しいだけの二人じゃなくて」は、後ろ向きの歌。
心が歌を選んでいるのか。歌が心を動かしてるのか。
Visual Basic を買ってしまった。8千円で子どものおもちゃを買ったつもりだったが、中身を開けてみると、相当高度なことができそうだ。おもちゃにするには高性能すぎる。
インストールは、私の持っているVAIOの不具合があって難儀した。一度インストール操作をやってみれば、すぐわかる不具合だ。サポートのページにパッチがあったので乗り切れた。それにしても、このあいだのSonic Stageの不具合といい、Sonyが実験や実証が甘い会社だというのがよくわかる。
あしたから、いよいよ息子にプログラムを作らそうと思っているが、どこまでやれるか不安。
今日も一日中曇り空。26日が暴風雨の天気予報になっているので、そのとき梅雨が明けるのだろう。
電気店街に息子の夏休みの工作の材料を探しにいった。電気店街の部品店の数は年々減っている。電子工作雑誌もなくなってしまった。いま小学生向けの電子工作のキットを売っているのは一店舗。でもキットを組み立てるだけでは創意工夫がない。それに半田付けをする技術がアナクロなものに思えた。他を探す。
パソコン店に足を伸ばすと、Visual Basic.netが売られていた。小学生でも学割で販売するという。うちの息子は数学ができる。小4だが、中学生の問題をバンバン解いてしまう。プログラミングをやらせてみたかったが、妻が反対した。できるかどうかわからないのに、金を払うのはもったいないという。プログラミングなんて、現代どんな職業についても基本技能だと思うのに。
そのうち、妻も私も体力がなくなってきた。何も買わずに帰った。
何か、光が差し込むようなできごとがあればいいのにね。
私は愛知万博が大好きだ。フリーパスを買って、もう7、8回見に行った。それで、ちょっと気になることがあるので、書き留めておく。
エジプト館。秘宝がこれでもかと展示されている。ロゼッタの石。たしかツタンカーメンの黄金のマスクもあった。自由に手で触れていいみたい。ちょっとまて。こんな秘宝が日本にやってきて、無造作に展示されているわけがないだろう。全部模造品だ。でもそれははっきり表示されていない。
となりのアフリカ館。展示の目玉は、類人猿のルーシーの骨らしい。展示をみてわくわくしたが、これもどうやら模造品らしい。
万博の展示全体にいえることだが、本物と模造品が混在し、わけがわからない。月の石も見たが、あれははたして本物だったのか。
本物には本物、模造品には模造品と、はっきりした表示がほしい。
金曜日は雨は降らなかった。でも、7月26日、27日に梅雨明け豪雨の予報が出た。ちょうど、その日は家族で海水浴に行く予定だった。宿に連絡して、予定を8月1日、2日に変更した。
テレビをつけると、大きな天体望遠鏡をTVショップで売っていた。息子に「ほしいだろ、ほしいだろ」とあおってみたが、興味を示さない。残念。つぎに、家庭用プラネタリウムが登場。ちょっとおもちゃっぽい。
なんとなく、星のいない週末と似ている我が家の週末。
最近、CDやDVDの寿命が話題になっている。初期のころに出たCDがつぎつぎと聞けなくなっているらしい。CDに使われているポリカーボネートが30年しかもたないらしい。たとえば、いまDVDで子どものビデオをとっても、大人になるころには見れなくなっているだろう。ちょっと話が違うが、私はCD-Rに聖子さんのPVを保管していたが、2年で消えてしまった。
聖子さんのCDがいつまで持つか心配だ。バックアップすべきなのだが、民生用には、そんなに長い耐久性を持つメディアはない。頭の痛いところだ。
10年前、テレビでプロレスが見たいと思い、PerfecTVに加入した。番組表をみていたら、ラジオ番組欄に佐藤聖子の名が。聖子さんがパーソナリティをつとめる番組があるらしい。
ところが、そのあと番組欄から佐藤聖子の名は消えてしまい、いちども番組を聞くことはなかった。残念だ。
私の住んでいる地方では、聖子さんの番組が定期的に流れたことはない。週末に東京に行ったときに聞いた程度。
もっとゆっくり聖子さんの番組が聞きたかったと、きょう加藤いづみさんのネットラジオを聞きながら思った。
本日、加藤いづみさんが入籍したという大ニュースが流れた。とてもめでたいことだ。
別に比べる気はないが、こんなニュースを聞くと、聖子さんの結婚問題が心に浮かんでくる。今年でもう35歳。もうすでに結婚したのか、それとも、まだぜんぜんまわりにいい男性がいないのか。心配だ。
加藤いづみさんは職場結婚。そこがいまひとつのところだ。もっと素晴らしい出会いかたはないものかと思う。芸能人の人は、もっとぶっ飛んだ探しかたを工夫してほしい。
たとえば私には、聖子さんよりひとつ年上の独身の弟がいるが、いかがでしょう。
これは、エイプリルフールではない。本日、公式サイトで発表があった。おめでとうございます。本当に良かった。あんなに美しい人が、独身のまま年をとっていくのが悔しくてたまらなかった。ツアー前の発表だったらみんなでおめでとうを言えたのに残念。旦那さんも音楽家ということで、これからご夫婦でコンサートができるかもしれませんね。
先日、またもやカラオケに行った。かぜ気味で、ふつうにしゃべってる分には、何ともならないのだが、歌うとセキがとまらない。
聖子さんが風邪のため中止になった02年1月5日のライブを思い出した。たぶんこんな感じだったのだろう。あのときは聖子さんに無理なことをいったと反省している。
あのときは、たしか柴草玲さんも会場に来ていた。「エメラルド」を演奏する予定だったと思われる。私たちは「エメラルド」生演奏の機会を永久に失ってしまった。
プロレスラーの橋本選手が亡くなってから、もう何日もたった。寂しいものだ。私は学生時代、毎週週刊ゴングを愛読していた。社会人になってからは衛星放送でサムライを熱心に見ていた。
ここ20年くらいのプロレス界の動きの中で、歴史をわけた最大のポイントは何かと言われれば、すぐ答えることができる。SWSの失敗である。
SWSが成功しておれば、いまごろ、どの団体も、IT関連をはじめとしたしっかりとしたスポンサーに支えられ、質量ともに充実した黄金時代を築いていたかもしれない。K1と5対5全面対抗戦をやっても、もっと余裕をもって戦えていただろう。
SWSは最大級のスポンサーの援助を受けながら、つまらない内紛のおかげで、すべてダメにしてしまった。それ以降、スポンサーがプロレスに金を出そうとしても、出せなくなってしまった。プロレス界すべてが資金供給の道を閉ざされてしまったのだ。亡くなった橋本選手もSWSのあった時代に、そういうことを危惧していた。
SWSの罪は大きい。しかし、そのSWSを攻撃した週刊プロレスも極悪だ。私は週刊ゴングしか読まなかった。
うちの娘は小学校1年生。無邪気に友達と遊んでいるのだが...
よく見ると、腰がくびれて、お尻がふくらんでいる。まだ胸は出ていないようだ。親の気持ちとすれば複雑。まだそんなに成長しないでくれという気持ちが大きい。
会社の同僚の娘さんが、やはり赤ん坊のとき、胸がふくらんでいたそうだ。もっともそれは、胎内にいたときのお母さんの女性ホルモンの影響で、すぐたいらになったそうだ。
また加藤いづみさんのライブの話になる。印象深かったから許して。
いづみさんが客からリクエストを受け付けるというコーナーがあった。そこでひとりの客から「ナイチンゲール」という歌のリクエストがあった。ところが10年以上前の歌とあってか、いづみさんは、その歌を忘れてしまって歌えなかった。
聖子さんの場合はどうだろうかと考えた。もうすっかりきれいに自分の歌を忘れてしまっているのかな。現役のときも、ときどき1番と2番まちがえてたからな。
ファンである自分たちが、いまでも毎日熱心に聴いている歌を、歌手本人が忘れてしまうのは悲しい。いつまでも覚えていてほしいものだ。
よく知られている曲はもちろん好きなのだが、それ以外にあげてみる。
・空飛ぶカウボーイ
冬の山陰海岸をひとりでドライブしているときに何度も聞いて好きになった歌。好きな男性が雨の中をバイクで走る絵が見えてよい。
・プラネタリウム
妻との恋愛時代を思い出す歌。またあのころと同じ気持ちになれたらいいね。
・セントジュディーのほうき星
なぜか理由はわからないが心に残る歌。ポール・サイモンの同名の歌は知らない。
・君のこと
かぐや姫の「好きだった人」とか、ジッタリンジンの「プレゼント」を思い出す。せつなさは一級品。
加藤いづみさんのツアーも終了したので、具体的な感想を述べていきたい。私は名古屋TOKUZOでライブを見た。
いちばん驚いたのは、マイクを通さない生声による歌。音量が小さかったが十分聞くことができた。あの声を忘れることはないだろう。坂道を歌ったように記憶しているが、勘違いかもしれない。
よだかの星を朗読し、そのあと星になった涙をアカペラでフルコーラス歌った。話が長すぎて、途中でそのあと起こることを予測できたのが残念。
高橋研さんのコーナーでは、君のことを歌ったのが印象的。研さんが自分の歌として作曲している姿勢が見えてよかった。私も、もっとカラオケでいづみさんを歌ってみよう。
セットリスト的には、空飛ぶカウボーイを研さんのギターで聞けたのがよかった。いままでやったこともあるそうだが、私は、はじめてみた。至福。
最後にサイン会があったのだが、終電がせまっていたので断念した。いづみさんのサインは、すでに持っていると、自分を納得させた。
カラオケで尾崎豊を歌って、殺伐とした雰囲気になったときは、フォークソングを朗らかに歌うことにしている。いちばんよく歌うのは、かぐや姫だ。「神田川」とか「なごり雪」とか「22才の別れ」とかは、もちろんよく歌う。でも最近は、もっと朗らかな歌、「僕の胸でおやすみ」とか「眼を閉じて」とかをよく歌う。つまり私は、かぐや姫の中でも、山田パンダファンなのだ。かぐや姫リスナー歴25年目にしてはじめて気づいた。かぐや姫のなかでも、もっと山田パンダさんの世界に注目してゆきたい。
昨夜NHK教育テレビで、ひきこもりの特集をやっていた。私は、躁うつ病で会社にも行かず、酒飲んでカラオケばかりやっているので、世間から見れば、立派なひきこもりだろう。
それで、ひきこもりの青年に話を聞くインタビュアがいたのだが、精神科医でも心理学者でもなく、歌人だった。歌人?ハァ?
「ひきこもりのあいだ、何してたの」
「パソコン」
「それはいけないよ。中途半端に自分を表現してしまうからね。僕が若いころパソコンがあれば、強烈な2ちゃんねらーになってたと思う」
そうか。私のような人間がパソコンをやってはだめなのか。確かにメンヘル系サイトなんか、みんな中途半端に自分を表現しているからな。自分の気に入らないことは一切無視するし。
でも自分ではリハビリの役に立っていると思うぞ。ネットがなければ、精神の安定が保てず、とっくに自殺していたと思う。
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この歌人のブログにいって、番組に関するエントリーを見てみたら、トラックバックがなかった。他のエントリーは短歌の投稿専門だし。
トラックバックできなくて残念。
カラオケで何を考えながら歌うかは難しい。ふと気がつけば、無念無想で歌っているときもある。そういうのは、心がこもってない。
私の場合、尾崎豊を主に歌う。自分が20歳くらいのころの、孤独で、厳しい作業に耐えていたころのことを思い出す。よる2時ごろ、実験室で作業をしながら、口ずさんでいた。
年末にカラオケ番組に、あるお相撲さんが出て、尾崎の歌を歌っていた。歌っているときは、上京して厳しいけいこをしていたころのことを思い出すと言っていた。だいたい私と同じだ。
子どものころ、沖縄のおじさんが、豚肉の缶詰をいつも送ってきてくれた。沖縄では郷土料理のひとつになっている。私はいつも楽しみでしかたなかった。
先日、スーパーでその缶詰を発見し、さっそく焼いて食べてみた。そのおいしいこと。ちょっと食べすぎて、おなかが苦しくなった。ところが、妻はぜんぜんおいしくないという。子どものころから食べなれてないからか。
その缶詰の名前はスパムだ。迷惑電子メールのスパムは、この缶詰に由来する。なぜ缶詰の名前が、迷惑メールの名前になったかは、
このサイトに正確に書いてある。
私は悲しい。子どものころから大好きだった商品が、突然、悪の代名詞にされてしまうなんて。ひどすぎる。缶詰の会社の人は、せっかく築きあげてきたブランドをめちゃくちゃにされて、怒り心頭だろう。困ったものだ。
ELLISを聴いていたのは十数年前だ。
初めてELLISのライブに行ったのは、どこかの学園祭。そのころは私はひとりぼっちだった。聞きにきている人たちは、みんなカップル。寂しい思いをした。
二度目にELLISのライブに行ったときは、私には恋人(=今の妻)がいた。そのときは、学園祭のときとは逆に、ひとりで来ている観客が目についた。妻が「ひとりで来て涙を流してる人が多かった。ちょっと怖い」と語っていた。
同じライブでもこんなに感じ方が違うものだろうか。ELLISは、私の孤独時代と恋愛時代をつないでいる。
最近、私はHDDウォークマンで、かなりランダムに音楽を聞いている。以前に聞いた音楽でも、日々新しい発見がある。そういった中で、このブログのガールポップのカテゴリーでは、佐藤聖子さん以外の女性ボーカルをとりあげたい。
このごろ、気になっているのが、
ELLISだ。90年代初頭に男女2人組で活躍した。いまではボーカルのELLIさんはソロで活動している。馬場さんと同じく新宿マローネを拠点にしているようだ。
私の持っているCDはただ1枚、「キスまでの1cm」だけだ。だから、あまり深いことも書けない。とりあえず、私にとってのELLISについて書いてみたい。
ELLISは、バリバリのOL向けポップスで、決して男性向けではない。それでも、なぜか、ふとCDを手にとる機会があった。そのころちょっと失恋したことも原因かもしれない。
日曜日、月曜日に、妻とカラオケに行った。(図書館が月曜日休みなので、私は月曜日は休むことが多い)
妻は洋楽ばかり歌うので、私も洋楽を歌った。あまり得意ではないので、楽な歌を歌いたくなる。そこで聖子さんの歌で行こうとした。
聖子さんの曲がない。一日目のDAMで6曲、二日目のJOYで2曲しか入ってない。ちゃんと調べてないけど、減ってるような気がするぞ。大丈夫か。
子どものTV番組をみていると、私が子どものころの番組と大きく違うところがある。それは、まるっきりファンタジーの世界であることだ。わたしが子どものころの番組は、ほとんどが現実世界の世界観と同じだった。いまははじめから、現実と違う世界観で話が作られている。
私たちの子どものころからファンタジーは存在したが、あまりにも現実から離れているものは、少なくとも男の子たちには相手にされなかった。必ず現実との接点が必要だった。たとえばガンダムのような未来SFでも、ミノフスキー核融合炉がああだこうだという設定が必要だった。
ところが、ドラクエ以降、TVゲームという受け皿ができると、ファンタジーは一気に市民権を得た。めんどくさいところはすっ飛ばして、いきなり、剣と魔法の世界でよくなってしまった。子どもがどんなふうに育つか関心がある。剣と魔法の世界を早く抜け出た子どもほど、よく育つのだろうか。