南洋一郎「佐久良探偵と怪盗ルパン」(その2)
いくつか引用してみよう。
(漢字、仮名遣いは現代のものに改めた。)
○冒頭
【A】
関東大震災の年だから大正十二年の元日の夕方であった。山村猛氏は明治神宮参拝の帰りに原宿駅のプラットフォームで電車を待って居た。
日本人には珍しい六尺近い立派な体格。六十歳の老人とは思えない若々しい頬の色。山村氏はホームに群がる人混から離れて、太いステッキに逞しい両手をきちんと載せてどっしりと立って居た。(1月号、P237)
【B】
巨人軍対中日軍の試合がすんで、ファンが後楽園スタジアムからながれだした。
たいへんな人ごみである。水道橋駅まで黒ありのようにぞろぞろとつづいている。
桂木さんもその人ごみの中をふとい竹のステッキを左のひじにぶらさげて歩いていた。
ながい間一ども雨がふらなかったのでひどいほこりだ。もうもうと土けむりがあがって桂木さんの黒靴も灰色にかわっている。(P11)
【C】
(はしがき部分は省略)
ジャイアンツ対ホエールズの試合がすんで、ファンのむれが後楽園スタジアムからながれだした。
たいへんな人ごみだ。水道橋駅まで、黒アリの行列みたいにぞろぞろつづいている。
青年探偵佐久良竜太郎も、その人ごみの中を歩いていた。長いあいだ一ども雨がふらなかったので、ひどいほこりだ。もうもうと土けむりがあがって、佐久良探偵の赤靴も白くよごれている。(P205-206)
○敵の首領の姿(【A】は副首領)
【A】
と、奥の扉が音もなく開いて素晴らしく大きな支那人が静かに山村氏の前に歩み寄った。
「山村大人、ようこそお出で下さいました」
重々しい響きの籠もった満州語。(1月号、P242)
【B】
紳士は黒のモーニングに縞のズボンエナメルキッドの短靴に灰色のスパットというしゃれた見なりで、手には黒いシルクハットを持っている。
美しいし栗色のかみの毛をまん中からきれいにわけ、左の目に片眼鏡をはめこんでいる。非常に上品でものしずかなたいどだ。
年は四十五六歳であろう。みじかい口ひげのかげにかすかなほほえみが浮かんでいる。(略)
「桂木さん、ようこそおいでくださいましたな。」
非常に発音の美しい、なめらかなフランス語でそういった。(P16)
【C】
その紳士は黒のモーニングに縞のズボン、エナメルキッドの短靴に灰色のスパッツという、パリじこみのしゃれた身なりで、手には黒いシルクハットをもっている。
うつくしい栗色のかみの毛をまん中からきれいにわけ、左の目に片眼鏡をはめこんでいる。ひじょうにスマートで上品で、ものしずかな紳士だ。
年は四十五、六才であろう。みじかい口ひげのかげにかすかなほほえみが浮かんでいる。(略)
「ムッシュー・サクラ、ようこそお出でくださいましたな」
ひじょうに発音の美しい、パリ風のフランス語でそういった。(P226-227)
いくら表面をとりつくろっても中身は悪の馬賊(^^;;
○敵の脅し
【A】
何時の間に現われたか、薄暗い部屋の隅々には五人七人づつ怪しい支那服姿の人影が立って居たが、此時一斉に短剣を引き抜いた。
電燈が消えた。殺気のみなぎった暗闇の室内にストーブが赤々と燃え盛って居た。
『死か、青銅鈴を引き渡すか。選べ!』
兇賊の本性を現わした副首領は呻くように低く叫んだ。隅々の賊共もじりじりと山村氏の身近く迫って来た。
山村氏は唇を噛んだ。山村氏は青面鬼賊の如何に恐るべきものかをよく知って居た。其の両刃の短剣には劇毒が塗ってあるのだ。ちょっとした擦り傷からでも猛烈な毒は全身に拡がって命を失わせる。(1月号、P246)
【B】
すると、うすぐらい部屋の四方のすみに三人五人づつ怪しい男が立っていたが、このとき一どにさっと短剣をひきぬいた。
電燈がぱっときえた。すさまじい殺気のみなぎりながれたくらやみの室内にストーブの火があかあかともえ、その火が怪しい男どものものすごい顔をちらちらとてらしていた。
「桂木、黄金鈴をわたすか、それとも貴様の命をわたすか、三分間のうちに返答せいっ。」
とつぜん大怪賊の本性をあらわしたルパンが猛獣のほえるようにさけんだ。と、すみずみの賊どもが短剣をふりかぶってじりり、じりりっと桂木さんの身近にせまって来た。消えうせた怪賊
怪賊どもは桂木さんをとりかこんだ。
そのするどい短剣にはおそろしい猛毒がぬってあるので、ちょっとしたかすり傷からでも、全身に毒がまわって五分とは生きていられないのだ。(P19)
【C】
すると、うしろのうすぐらい部屋のすみに三人五人ずつの怪しい男が立っていたが、このとき一どにさっと短剣をひきぬいた。
電灯がぱっときえた。すさまじい殺気がひろがった。まっくらやみの室内にストーブの火だけがあかあかともえ、その火が怪漢どものものすごい顔を、てらてらと照らしだしていた。
「サクラ、黄金板をわたすか、それともきさまの生命をわたすか、三分間のうちに返答しろ」
とつぜん、大怪盗の本性をあらわしたルパンが猛獣のようにほえた。と、怪漢どもが短剣をふりかぶって、じりり、じりりと佐久良探偵の身近にせまった。二少年の手柄
怪漢どもは佐久良探偵をとりかこんだ。そのするどい、短剣にはおそろしい猛毒がぬってあるので、ちょっとしたかすり傷からでも全身に毒がまわって、五分とは生きていられないのだ。(P238-240)
この後、脅しに屈しない態度を我が身をやけどにさらして示す、山村氏も桂木さんもスーパー熟年である。さすがの佐久良探偵もそこまではしない、代わりに拷問をうける。山村氏も桂木さんも敵の残虐さ故の行為なんだけど、実際に描写がある分、佐久良探偵と対するルパンがいちばん残虐に思えるかも(^^;
文章は全面的に直しているが、ラストの消化不良感は変わらない。題材も持て余し気味で、宝やその鍵もだが、【B】と【C】では孤児たちは途中から空気となってしまう。【B】の桂木さんの長男(蒙古の奥地で行方不明)も伏線と思いきや空気だ(^^;; そもそも主人公が宝を追う理由、敵が子供を誘拐する理由がはっきりしているのは【A】だけなのだ。敵が改心しないうえに、満州に渡ってから超絶駆け足の佐久良探偵版が一番消化不良感増し増しという…(^^;;
余談ながら、 「冒険少年」の同じ号に江戸川乱歩の「黄金の恐怖」という作品が載っている。内容は「黄金仮面」である。改作のヒントはここにあるのかもしれない。
□参考文献・参考サイト
・『南洋一郎と挿し絵画家展』弥生美術館、2004年
・南洋一郎(みなみよういちろう):あきる野市デジタルアーカイブ
http://archives.library.akiruno.tokyo.jp/about/minami.html
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