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2010年11月24日

トラツリアブ その後

Tora

きょうは、2007年以降のトラツリアブについての状況や新たにわかったことを遅ればせながらご報告させていただくとともに、併せて今後の保護をどう進めるかについても記しておきたいと思います。

 
まずはお詫びです。
本来はこの内容をもう少し早く皆様にお伝えすべきでしたが、個人的な事情によりなかなかまとまった文章を書く余裕がなく遅くなってしまいました。お詫びいたします。
 
さて、2007年に書いた「トラツリアブについて」の記事から3年余りが経過しました。以来、ネット上でさまざまなご協力、お気遣いをいただいた方には心から感謝します。
ここで誤解のないようひと言申し上げておきたいのですが、あの記事では、決してブログや掲示板にトラツリアブの写真を掲載しないでほしいとお願いしたわけではありません。しばらくの間、静かに見守ってほしいとお願いしたつもりでした。
その理由は、当時、種としての大切さよりトラツリアブの可愛さだけがクローズアップされてしまった結果、予想以上に多くの人が生息地に入ることにより環境が一変しトラツリアブと宿主であるバッタの生息を脅かしてしまうことを恐れたからです。
以降、当地でのトラツリアブの第一発見者であるI氏や有志の方々に協力を依頼し、個体数の報告をしていただきながら、毎年生息を確認し続けることができています。
08年には研究家や行政への発言力がある昆虫専門の先生方々にも現地を視察していただき、今後トラツリアブの保護のためにはどうすればよいかを意見交換し協議しました。
また、08年~09年にかけて大きな出来事がありました。既存の生息地から数十キロ離れた県内2ヵ所のエリアでトラツリアブが発見されたのです。
さらに10年3月には、僕自身が当面の目標としてきたトラツリアブの岡山県レッドデータブックへの掲載が実現し、行政を巻き込んでの保護へようやく第一歩を踏み出しました。
 
 
■トラツリアブについて新たにわかったこと
 
1.トラツリアブ 笠岡市と倉敷市北部での発見

2008年11月、笠岡市内で、Hさんが自宅の百日草に訪花しているトラツリアブ1個体を撮影されました。それまでは、倉敷市、玉野市の一部でしか見つかっていなかっただけに大きな発見でした。これにより、単に見つかっていないだけでその他の地域でもひっそりと生息しているのではという期待が高まりました。(注:ただし翌年の現地調査では確認できず)

さらに、翌09年11月、倉敷市内北部にて、A氏がサワヒヨドリの花に訪花しているトラツリアブ1個体を撮影されました。実は、この発見のきっかけは、単なる偶然ではなく、もしかしたらここにいるのではないかという推測のもと行動された成果でした。
そのキーワードが次の「セグロイナゴ」です。
 
 
2.宿主は誰?セグロイナゴとの関係

トラツリアブは、わが国で今から100年近く前に初めて紹介されたようですが、当時から稀な種であることと、その後の記録がほとんど残っていないことからその生態はまだ明らかにされていません。ツリアブ科の中でトラツリアブが属する仲間はバッタの卵鞘に寄生することが知られてはいるものの、どの種類のバッタなのかははっきりわかっていません。
研究家の方の話では、トラツリアブはユーラシア大陸にも広く分布していて、海外の事例を含め日本においてもトノサマバッタの仲間の卵鞘に寄生すると言われているそうです。
しかし、この点については予てから僕自身が少し疑問に思っていて、もし当地でトノサマバッタが宿主だとすると以下の説明がつかなくなるのです。

・トラツリアブの生息地周辺で、トノサマバッタを見かけないのはなぜか?
・トノサマバッタは全国各地いたるところにいるにもかかわらず、トラツリアブが当地だけでしか見つかっていないのはなぜか?(全国各地に報告例があってもおかしくないはず)

つまり、もしかすると「トラツリアブの宿主は他のバッタではないのか?」という疑問が僕の頭の中にはありました。
そして、09年はトラツリアブよりむしろ生息地にいるバッタに着目した結果、他の場所では見かけないバッタの存在に気づきました。単独個体では極めて敏捷で飛翔能力が高く、近寄ろうとするとすぐに察知して背の高い草むらに逃げ込むのですが、たまたま道端に出てきた交尾中のペアを撮影することができました。A氏に写真を見せて同定を依頼したところ、これはセグロイナゴであると判明しました。(以下の写真)
 
Seguroinago
セグロイナゴ(岡山県RDB 絶滅危惧Ⅱ類) 2009.10
 
セグロイナゴ(別名セグロバッタ)は複眼にハッキリとした六条の縦縞があるのが特徴で、胸部背面が黒いことからこの名が付いたと思われます。昭和時代にはそれほど珍しい存在ではなく岡山県内でも県南部を中心に多く見られたようですが、近年、急激に数を減らし、09年10月時点ですでに16の都府県(この時点では岡山県では未掲載)でレッドデータブックに掲載されていることがわかりました。その後僕が調査した結果、トラツリアブの生息場所全てにおいてセグロイナゴを確認することができました。
さらに、トラツリアブもセグロイナゴも、
・近年、ともに減少傾向にある点
・出現期がともに11月上旬までで符合する点
・生息好適地の環境が非常にマッチしている点
などから、トノサマバッタよりもセグロイナゴがトラツリアブの宿主である可能性が高いのではないかと推測されます。

その可能性をさらに高めたのが、A氏による前出の倉敷市北部でのトラツリアブ発見です。A氏は、県内でセグロイナゴの記録がある場所でもしかするとトラツリアブが見つかるかもしれないと考え、倉敷市内で過去にセグロイナゴが確認されている場所を記録から数か所ピックアップし再調査されました。そしてついにそのうちの1か所(倉敷市北部)で見事にトラツリアブを発見、撮影に成功されました。(同場所でセグロイナゴも確認済み)
つまり、トラツリアブの生息地すべてからセグロイナゴを確認し、逆にセグロイナゴの生息地から希少なトラツリアブを発見したことは、両者の関係を裏付ける強力な状況証拠といえるのではないでしょうか。もちろん、確実な証拠として、セグロイナゴの卵鞘とトラツリアブの関係を証明するには、飼育等で実際に寄生の事実を突き止める必要がありますが・・・。

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セグロイナゴ幼虫(幼虫でも複眼に六条の縦縞がしっかりある) 2010.10
 
もし皆様の中で、このようにセグロイナゴが生息している場所をご存じの方がいらしゃれば、10月から11月上旬頃ぜひ注意して見ていただきたいです。そこにもしかするとトラツリアブが発生しているかもしれません。ちなみに過去にトラツリアブが確認されている府県は、岡山、大阪、兵庫、三重、和歌山、愛媛と九州の一部です(その他、愛知での目撃例もあるようです)。
今後、幅広い情報をお寄せいただければありがたいです。

 
 
3.岡山県版レッドデータブック2009への掲載

Rdb01
 
トラツリアブを保護していくためには、生息地の保護がまず第一です。
しかしながら、現在の生息地は以前にも書いた通り、私有地や開発の手が入る可能性がある場所が多く、個人の力だけではその行為をストップする手立てはありません。そこで、そういう状況になった時に行政を通じて話し合いの場を設けるには、希少野生動植物として岡山県のRDB(レッドデータブック)に登録してもらうことがまず必要です。
今までトラツリアブについての情報が不足していたこともありますが、僕としては、そもそもトラツリアブが環境省RDBにも岡山県RDBにも登録されていないのはおかしいと思っていて、何とかして登録してもらえないかと考えていました。
そんな時、ちょうどタイミングよく、2008年に岡山県版レッドデータブックが改訂作業に入るという情報を聞き、RDB掲載種の選定を担当されている県の昆虫部会の方々に現地を視察していただく機会を得てご案内させていただきました。
その後、報告と検討の結果、念願叶って2010年3月に改訂発行された岡山県版レッドデータブック2009にトラツリアブ(留意)と、セグロイナゴ(絶滅危惧Ⅱ類)を掲載していただくことができました。
今回、トラツリアブは、選定時期にその他地域での発見もあり「留意」というランクにとどまりましたが、実際のアセスメント(開発が環境に与える影響の程度や範囲、またその対策について事前に予測や評価をすること)では、あまりランクは関係ないとのことです。ただし次回の改訂では、セグロイナゴと同レベルのランクになることはほぼ間違いないでしょう。

【関連リンク】
岡山県版レッドデータブック2009 絶滅のおそれのある野生生物 1,250種
→検索メニューは最下部にあります
トラツリアブはこちら、セグロイナゴはこちら


■まとめと今後の方向性について
 
今後、限られた狭い範囲にとどまらず、トラツリアブという種を保存していくために必要なことを考えた時、そろそろ次のステップに進む時期に来ている思います。
2007年以降、現在のトラツリアブ生息地の保護については皆様のご協力もあり、ある一定の成果を得たと思っています。このことについては冒頭でも触れましたが僕自身も感謝しています。しかしながらこのままずっと情報がクローズされたままだと、逆にトラツリアブの存在自体が希薄になり、万が一危機的状況に直面した時に、行政はもちろん誰も動いてくれません。今後は、行政に対してある程度積極的な働きかけを行い種の保護を訴える場を設けたり、継続的に情報提供していくことも必要になってきます。
さらに、トラツリアブの生息状況については、発生時期が例年10月初旬から11月初旬の約1か月間と短いことから岡山県内あるいは全国的にも情報不足で生息数の把握が不十分な状況です。もしかすると笠岡市や倉敷市北部で発見されたように、県内はもとより全国各地でひっそりと生き続けている可能性も十分あります。
そのために、今後はトラツリアブの生息環境や保護について正しい認識を持っていただくと同時に、広く一般の方々に情報提供を呼びかけその生態や各地の生息状況を明らかにしていくことも重要です。
記事の順序が逆になってしまいましたが、来月、倉敷市環境政策課主催で行われるサイエンスカフェ「いきもの茶屋」は、そういう意味で行政と一般の方々両方にトラツリアブについて理解していただけるとてもいい機会だと思っています。今回あえてチラシにトラツリアブの画像を使ったのはそういう思惑もあったからです。さらに希少動植物としての認識を高めるため、添え字も単にトラツリアブとするのではなく、「岡山県レッドデータブック掲載種 トラツリアブ」としてもらっています。
 
Kankyo

今年は折しも「生物多様性年」です。ご承知のように、地球上の生物はすべて単独で生きることができません。食うものと食われるものの相関関係(食物連鎖)、お互い持ちつ持たれつの絶妙かつ繊細なバランスの中で共存しています。しかしながら環境は常に変化し続けます。歳月が経てば木々や草もどんどん伸び、地面の日当たりが悪くなりそれによって植生も徐々に変わります。そして今までそこで暮らしていた昆虫にとっては住みにくい場所になってしまいます。要は環境は単に手を付けずに放っておけばいいということでなく、「維持」することが重要です。しかしそれは自分一人や少数の人間の力だけでは現実的に難しいことでもあります。
僕自身、今後はトラツリアブをひとつの事例として、絶滅の危機に瀕している身近な動植物をいかに守っていけばよいかを、行政、一般の方々とともに一緒に考えていけたらいいなと思っています。
 

 2010年11月24日 |

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