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減圧症ログ 4 * カミングアウト in 伊豆

2007年09月30日 18:00

週末は伊豆に潜りに行くことになっていた。

「減圧症になったので、しばらく潜れなくなった」

という報告をしなくちゃならない


いつも一緒に潜ってくれてるバディ達に。
いつも温かく迎えてくれるショップに。

これから秋を迎え、ダイビングでは一年の中で一番面白い季節がやってくる。
その矢先に、

「潜れなくなった」

という話をしなくてはならない。


まだ治療も終わってない。
減圧症としての結果すら見えてない。
でも、チャンバーに入った以上は、しばらく潜れないのは決まっていること
※チャンバー治療後は、症状が完全に消えてから6ヶ月以上あけて復帰というのが一般的。


その日の潜りはもちろんキャンセルし、夕方から伊豆に向った。
一人、新幹線に揺られながら、

「伊豆に行くこともしばらくなくなるんだろうな~・・・

と思ったら、すごく寂しくなった


「でも、半年。たったの半年!!」

と言い聞かせる。



その夜は、バディ達は八幡野で潜り、そこのショップの皆と飲むことになっていて、姐はショップのログ付け時間に合わせて行った。
その時に一緒に潜るはずだったバディには事前に話をしていたけど、ガイドFちゃんにはまだだった。そのガイドさんは、一緒に潜ったのは2回位しかないのだけど、八幡野で会うといつもくだらない話で盛り上がり、笑顔を見せてくれる姐の大好きなガイドさんの1人。

飲んでいる途中、そのFちゃんが煙草を吸うのに表に出たところを見計らって追いかけていき、

「実はね、減圧症になっちゃって・・・」

と告白。すごく驚きながらも、やっぱり他にもそういう人はいるから、必ず戻っておいでね、と言ってくれる。体調を気遣ってくれる。そして、

「いつでも飲みにおいでね(笑)」

といつもの笑顔を見せてくれた。
すごく嬉しかった。




翌日、いよいよ姐御用達のショップへ。
昼にお店にいることを確認して、“ちょっと話したいことがあって~”と連絡して寄った。

いつものように他愛ない話をして散々笑った後、切り出した。

「EKちゃん、あのね・・・

「ん?どうしたっすか?

「減圧症になっちゃって。医科歯科大行って、チャンバーに入ってきたの

「えぇ!マジで・・・???!!!!

「うん・・・・



「・・・・・」



「・・・・・」



「いや~!よかったっすよ!姐さんが海で大変なことにならなくて!じゃぁ、少しの休憩だぁ。減圧症かも、なんて心配しながら潜るより、いやー、よかったじゃないっすか。僕も安心ですよ~!!

「ほんと?ありがとー潜らなくても遊びに来ていいかなぁ?来るなって言われても来ちゃうけど

「当り前じゃないっすかーっつーか、絶対来るでしょ?(笑)」

「お金払わないけどねーっ(笑)」


嬉しかった。
ほんっとうに、嬉しかった。

ダイビングと伊豆通いが姐のライフワークになっていると言っても過言ではない生活の中で、突然奪われたダイビング。そこはダイビングショップである以上、“ダイビングをしないなら用事のない場所”となっても不思議じゃない。

迷惑な顔ひとつせず、そして、過度に心配するでもなく(すごく心配してくれてるのはわかるけど)、「いつもと変わらずにいてくれること」がその時、どれだけ姐を救ってくれたか。

そういうことをサラリと出来るところが、スーパーガイドなんだろな


伊豆に来てカミングアウトをして、減圧症について色々な話をして、すこし楽になれた
来てよかった。


伊豆からの帰り、毎日が不安との葛藤だった日々で、久しぶりに“楽しかった”という気持ちになれた。
135号線沿いに海を見ながら、また潜れる日が来るのかな・・・と何となく思う。
“絶対に潜れるようになる”という約束は、誰もしてくれない。



次の治療は火曜日。あと一回、医科歯科大行かなくちゃだ・・・。
頑張るしかない。

まだ、時々、関節が痛い・・・・。
少しだけめまいがする時がある・・・。
でも、あと一回で終わるんだ・・・・。


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減圧症ログ 3 * リバウンドじゃない?!

2007年09月25日 10:30

その後もあまり状態は変わらないまま、最初のチャンバーから一週間が経った火曜日、また医科歯科大に行った。10:30の診察予約。

チャンバーに入るかどうかはわからないけれど、最悪の場合を考えて、一応、また本や雑誌、メモを持って行った。

待合室に行くと、前回一緒だった減圧バディが2人いた。

「あれ、○○さんも~?」

とニコやかに声をかけてくれる。

「今日は診察なんですよ~。チャンバーはまだわかんないんですぅ~

なんて一言二言話しているうちに、先生がひょっこり顔を出して、呼ばれた。



「症状が消えないの?

「はい・・・。チャンバーに入る前はなかったんですけど、チャンバーに入ってる時に時々感じた関節の痛みとかが、ずーっと出てるようになってしまって

うーん・・・・。今日は、チャンバー入る気で来たんだよね?」

(そんな気で来るかよっっ)

「え、えぇ、まぁ。会社は休めるようにしてはきました

「じゃぁ、すぐ着替えて、始まるから。チャンバー入りましょう。」



ガーン・・・
そんなあっさり・・・簡単に言わないでぇぇ~っ!!

なんてぐだってる時間もなく、会社に電話をして、さっさと着替えて、トイレに行って、チャンバーの中に持ってはいるものを用意し、チャンバーの中に行くと、“待ってました!!!”とばかりに

「はい、じゃぁ、全員揃ったので始めますね~」

と技師は言い、そそくさとチャンバーから出て行った。




ゴーン・・・ガッシャーン・・・・



心の準備が出来てるような、出来てないような、、、そんな状況のまま始まった。

今回も、「緊張してますぅ」と言ったからか、そそくさと出て行った技師さんがマイクで「○○さん、大丈夫ですかー?」と聞いてくれるので、OKサインを出しながら「大丈夫でーす」と返事。

前回も一緒だった自称チャンバーマスターの彼は、そんな姐を見て笑っている。
彼のその笑顔に、また救われる。


「結局、また入ることになっちゃったんだ」

「そうなのー。●△&”#%$%=・・・ってわけでね


姐もさすがに2度目。
耳抜きも上手に出来たし、酸素にも酔わなくなった。

それでも、時計の針はなかなか進まない。


他愛の無い話をしたり、うとうとしたり、本を読んだり・・・・
ペットボトルのお茶は、あんまり飲むとトイレに行きたくなりそうなので口を潤す程度。グミを持って入ったので、口直しに時々それを食べる。

xx:xx 右の膝が痛い。
xx:xx 右の手首に鈍痛。
xx:xx 膝の痛み、消える。

感じるままにメモを取る。

そんな感じでようやく5時間が過ぎた。一度目よりも早かったように感じた。


5時間、パイプイスに座って、3畳位の部屋でただ言われるがままに酸素を吸っているだけの時間。いくら“普段はゆっくり本も読めないしぃ~”なんて言っていても、嫌だ。
こんな時間、いらないって思う。



そして、診察。

姐がとったメモを見ながら、先生が言った。


「まれにあるんですよね~・・・チャンバー入ることによってによって古い減圧症を呼び起こしちゃうということが。原因はわからないんだけどね。その可能性もありますね」



なんじゃそりゃーっ!!!

先生はカルテを見ながら、しきりに“うーん・・・”という悩ましい顔をしていた。姐が初見のときに提出したログに、以前にも、ほんの数時間だったけど手や皮膚に痺れを感じたことがあるというところに、改めて線を引きながら、

「もしね、もし、この時に減圧症だったとすると、そういう可能性もなくもないんですよね~。うーん、これかなぁ。でも症状は続かなかったって言ってたよね?」

「はい。。。」

「まぁ、また様子を見てみてください。来週、来られますか?」



ということで、この日は、一週間後の予約を入れられた。
この一週間、様子をみておくように言われる



世の中、全てに白黒つくわけじゃないのはわかってる。
でも、チャンバーの治療をして、症状を話し、それでも、

かもしれないかもしれないかもしれないかもしれない・・・と言う。

この不安さ、不愉快さ、釈然としない気分。
あぁ、これが減圧症なんだと思う。



診察が終わって待合室に行くと、自称チャンバーマスターのTくんが、いつになく落ち込んだ表情で座っていた。

「姐さん、時間あります?お茶でもして帰りませんか?」

最初から姐をはげまし続けてくれた彼の誘いを断る理由もない。
近くのカフェに行き、お茶をした。


彼は(確か)8回目位のチャンバー治療中で、その時点で、「復帰は諦めなさい」と、今日、断言されたという。ダイビングを楽しみながら、マリンコンストラクターという仕事がやりたい!と、自分の将来を描き始めたその矢先のことだっただけに、「これからどうしたらいいっすかねぇ・・・」とつぶやく。
そして、明るく「姐さんのいるITってのはどうなんですか?」なんて。

辛かった。
単に“潜れなくなる”というだけじゃ済まない人もいるんだな~と思う。
そういう意味では、他の病気と変わらず、人生を変えてしまうこともある。
その後、彼がどういう道を選んだのか、姐は知らない。




この頃になって初めて、“もしかして、減圧症って結構シンドイ病気なんじゃないか”となんとなく思い始めた姐だった。



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減圧症ログ 2 * 初チャンバー後・・・

2007年09月20日 18:00

チャンバー治療から2日目の木曜日。

気持ちのうえでは、“やることはやったのだ”と先週からモヤモヤと一人悩んでいた気持ちからすれば、すっきりしていた。
あとは、6ヶ月以上ゆっくりと待って、ダイビング復活の日を待つばかりのはず



・・・・・・・が。



関節が痛い。
もともと「減圧症???」と思った指先のチクチク感や皮膚の微妙な違和感は感じないのだけど・・・

肘が痛い。
右手首が痛い。
歩くと両膝に鈍痛を感じる。

シャワーを浴びて髪の毛を振り上げるとき、フラッとしてしまう。
靴を履くのにしゃがんで立ち上がると、一瞬眩暈がする。
そして頭痛。



関節痛。
めまい。
頭痛。
疲労感。



どれも減圧症の症状のひとつと言われていることだ。


先生は、“2~3日のリバウンドが出る人もいる”と言っていたけど、これってリバウンドなのかなぁ・・・・、という不安が心をよぎる。
リバウンドってことは、一時的にそれを超えればおさまっていくものじゃないのか?
おさまる気配どころか、あっちこっちに違和感が増えていく。

気のせい?気にしすぎ??


先生が“週末までは様子見て、もし痛みが続いたら電話して”と言っていたことを思いだす。

明日は仕事の都合で昼間電話をかける時間は無さそうだ。
医科歯科大へ電話出来るのは(先生や技師と話が出来るのは)だいたい17:00頃までだと思うと、今日か月曜日。。。

この気分のまま週末を迎えるのぉ~???


と思うと、いてもたってもいられなくなり、医科歯科大に電話をした。



電話に出た技師に、“先生にリバウンドの可能性を言われたこと”、“明日は電話できそうもないので今日連絡したこと”等を説明すると、あっさりと、電話で状況を聞いても判断出来ないので、また来週火曜日(○○先生の時)に来て下さい、と予約を入れてくれた。

前回の初診の時は8:30だったけど、今回は10:00(だったかな?10:30かな?)。
また、来週病院に行くことになった。

週末に症状がおさまってくるかもしれないけど、それはそれとして・・・
チャンバーの翌日からの体の状況を、毎日、簡単なメモにしておく


そうして、“ここで先生にはもう会いたくないですぅ~”と別れを告げた○○先生に、また会うことになった。



減圧症と診断されチャンバーに入り、消えるはずの症状は消えたけど、なかった症状が現れ・・・・ なんてことを意識する毎日の中で、「ダイビングが出来ない」ということについては、正直、考える余裕がなかった。

代わりに、改めて減圧症関連のホームページを見たり、MLに参加したりして、減圧症の実情や罹患者が抱えている様々な問題を知り、「減圧症の恐ろしさや、減圧症の医療(潜水医学)の実態」を感じていくこととなった。



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減圧症ログ 1-3 * 初診の日

2007年09月18日 20:00

それぞれが検査着から私服に着替え、診察の順番を待つ。
診察が終わり出てくる減圧バディ(←どうよ? 笑)の中では、

「また、明日も来なくちゃだ・・・」

という人が続いた。そして、いよいよ姐の番。
なんせ、所見は“減圧症の疑い”。

疑いは晴れるのかーっっ!!!


そして結論は・・・・



「やっぱり軽い減圧症だったでしょうね」




って、最初と変わんないじゃないのよぉぉぉ~っっ
減圧症だったかもしれないかもしれないかもしれない???


いや、よく考えれば、“かも”が付かないのだから、軽い減圧症だったってことにしよう。
うん、そうしよう
じゃないと、これから潜れない6ヶ月に納得がいかない。
と、自分を納得させる。


チャンバー後の診察では、チャンバーに入っている間にどのような変化が自分の体に起きたかを説明し、出た後の自分の体調がどうであるか、を話する程度。
まぁ、“かもしれない”患者に対しては、最初のチャンバー後にどういった結論を出すのか、が一番の目的なのだから、こんな感じなのかな、と思った。

先生に、

「減圧症だったとして、私の潜り方とかに何か問題があったってことなんでしょうか。本当に思い当たらないというか・・・今までの何年間の中で特別な潜り方をした日だったとは思わないんです。あ、前の日にお酒飲んで潜りましたけど、、、、そ、それもいつものことなんですぅ。。。」

と聞いてみた。すると先生は、

「タンクをしょってダイビングをすること、海の中にいること自体が特別なことだからね。原因がはっきりしている場合もあるし、今回みたいにはっきりしていない場合もよくある。ただ、○○さんの場合は、ずっと潜っていることによって潜在的に窒素が溜り気味になってた、という事は考えられますね。まれに、何かのきっかけで古い減圧症を悪化させることもある。何がきっかけかはわからない
けれど・・・。あ、お酒はあんまり関係ないですよ。潜る直前とかじゃない限り(笑)」


と説明してくれた。

原因がはっきりしないと予防できない、という点では釈然としなけれど、減圧症にはわからないことがいっぱいある、という情報は得ていたので、そういうもんか・・・と思う。前夜のお酒はあんまり関係ないっつーのがせめてもの救いか(笑)


そして先生は、

「・・・と言うことで、○○さんは、今回で終わりでよいでしょう。特に大きな痛みも残っていないようだしね。ただ、2-3日はリバウンドということで時々痛みが出る人もいるので、それは慌てないでいいですよ。もし、週末・・・金曜日位まであまり痛みが出るようだったら、また電話してください。」

と最後の説明をしてくれ、終わった。
姐は、最後に、

「本当にありがとうございました。え~っと・・・もうこの場で先生には会いたくないですけど(笑)」

と言うと、先生も

「はは、そうだね」

と言って笑ってくれた。
潜水医学では有名な○見先生ではなかったけれど、いい先生だった。
いつか一緒に潜ってみたいけど、思い出したくもないような。。。ごめんね、先生(笑)



診察室を出ると、減圧バディの1人が姐に話しかけてきた。

「○○さん、さっきの話だとXXに住んでるんですよね?僕もなんです

「あぁ、そうなんですかぁ!すごい偶然。XXに住んでる人で2人も同じ日にチャンバー?(笑)すごいことですよねぇ~

「ですね~

ということで、これからお互い仕事に戻るのもなんだしってことで、地元XXで減圧トークをしようということになった。バディを増やすきっかけはどこにでもあるものだ(笑)


XXではちょっと有名で週末は並んでいて絶対に入れないお店に行って、中生を即座に発注し「チャンバーに乾杯!!」をした←2人とも懲りてない?(笑)

彼は約1年前に減圧症に罹患。その時も2度チャンバーに入った後、6ヶ月を待って復帰。何本か潜った後に、再発だという。
しかもその再発のポイントが、姐の減圧症のきっかけになったかも、というポイントと同じ。
しかもしかも、同じ週末にそこにいたっつーことがわかった。すごい偶然!!

だけど不思議なもので、お互い減圧症の話が終わったら、やっぱりそこはダイバー、なんでダイビングを始めたか、普段はどこで潜ってるか、等々海話に花が咲いた

気分が滅入る一方だった長~~~~~~い一日。
ともすれば“何でこんなことに???”と考えてしまいそうだった一日。
彼と飲みに行ったことで、少し気が晴れた


(注!)ちなみに・・・・チャンバー治療後にすぐお酒ってあんまりよくないみたいそりゃー、そうだよねぇ、血流良くなれば神経に障る。後から知るところによると、減圧症になった人でその後しばらく禁酒しているって人が沢山いた・・・・
でも、その時は知らなかったし、なんせ、先生の“あんまりお酒は関係ない”だけをしっかり覚えていたもんで~ ま、飲んでしまったものしゃーないけどね。



思いもよらなかった減圧症とその治療。

もう終わったのだ。
後はおとなしく来るべき復活の時を待つのみ・・・
こうなってしまった以上、しょうがない。うん
神様が与えてくれた休息のとき、なのでしょう。


減圧バディと別れ、“すっかりバタバタしていたけど、そうそう、姐幹事の10月連休の初串本、潜れないって皆に言わなくちゃなぁ~・・・”と今後のダイビングが無くなるんだってことを、改めて考えながら帰路についた。



初診の日*おわり


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減圧症ログ 1-2 * 初診の日

2007年09月18日 17:00

地下に戻って、“さぁ、返事をするぞ”なんて覚悟を決め・・・ようと思う間もなく、先生が診察室から顔を出し、姐のことを探していた。

「あ、○○さん!!どうしますか?入りますか?」

「あ、は、はい。入ります・・・

「じゃ、着替えて、最初の説明があるので。時間がないから少し急いでください


“ひぃえ~っ!そんな急なぁ・・・・

なんて思ったけど、既に外待合にいる、今日チャンバーに入るのであろう方々は、着替えて移動を始めている。急がなくちゃ


人間ドックとかの検査着のようなものに着替えて、5時間行けなくなるトイレに行き、チャンバーの副室に呼ばれる。
チャンバーの中がチラリと見えたけど、まずは技師の説明をしっかり聞く。
いよいよだと思うと、ドキドキ・・・


酸素吸入マスクは個別に用意され、ビニールの部分には姐の名前が○○○○様とマジックで書かれていた。後から情報によると、この名前は通常自分で書くらしい。医科歯科大に「マイ酸素吸入マスク」キープだ(いらねって。)

「じゃ、大丈夫ですね?」

「はい・・。でも、ちょっと怖いです。閉じ込められる感じがして、怖いです

と伝えておく。


姐は、閉所恐怖症ではないけれど、状況によって少し不安神経症気味なところがある。走っている地下鉄が止まったり、飛行機のドアが閉まる瞬間、なんとも言えない嫌な気持ちになったりすることがある。嫌な汗が出てきたり。

だから、地形のすごいダイビングでも穴を通る時は、さっさと通り過ぎたいタイプだ。


そんな姐にとって、

「5時間も閉じ込められる」

ということと、

「出たくでもすぐに出られない」

という状況は、考えただけでもどーにかなりそうな嫌な気分だった


そのことを、ダイビングと同じようにガイド代わりの(?)技師に伝えておく。技師は、外のカメラでちゃんと気にしてみてるから気分が悪かったら遠慮なく言ってくださいね、と笑顔を見せた。
少し安心


本屋さんの袋に、本を何冊かと、ノートを持ち込んだ。
ペットボトルの蓋は開けておかなくてはならないと習った。


並べられたパイプイスが5個と、下半身に軽く麻痺がある人のためのソファみたいなイスが1つ。全部で6人(♂4人♀2人)だった。


いよいよ始まる。
さっきの技師が、「では皆さん大丈夫ですね、始めます」と言ってちゃっちゃと事務的な言葉を残し出て行くと、まるで潜水艦のドアが閉まるように(って潜水艦は乗ったことないけどさー)、重いドアがゆっくりと閉まった。


ゴーォー・・・・ン  ガッシャーン


咄嗟に

「やっぱり、止めるぅぅぅ!!!出してぇぇぇぇぇ!!!!!!!

と叫びたくなる。・・・が、我慢。

最初はその気持ちとの戦いだった。
自分がパニックになって叫びだすんじゃないかと、そんな風にも思った。嫌な汗が手のひらにじっとり。

外のマイクから

「では、酸素を吸ってください。加圧していきます」

と放送が入り、とりあえず周りを見ながら同じことをする。

向かいに座った、最初に声をかけてくれた彼が「ニッコリ」と笑ってくれた。
彼は余裕だ。とりあえず、彼と同じように、した。


最初の一時間くらいだろうか、時間が過ぎるのがものすごく遅かった。ずっと恐怖との戦いだった。本のページをめくっても、同じところばかり見てしまう。「大丈夫、大丈夫」と何度も深呼吸をする。
減圧症の症状が出てるとか消えてるとか、それどころじゃない感じ


なんだか気持ち悪い。
自分の頬と酸素マスクの間を少し開ける。これが、酸素中毒というやつだろうか。また口にあててみるけど、息苦しい。思い切って一度外し、少し深呼吸をする。もう一度マスクを着ける。


やがて、体も気持ちも慣れてきて、ようやく気持ち的に落ち着いたかな~・・・という頃、笑顔の彼Tくんが話しかけてきた。

「すごい緊張してるでしょ。初めてなんだよね?俺なんかもう8回目。チャンバーマスターだよ(笑)」

「あはは。ありがとう、少し落ち着いた

なんて言っていると、隣の♂が

「初めてなんですか?」と話しかけてくれた。


やがて、最初のチャンバーマスターTくんを中心にみんなが色々と話だした。


1年前にチャンバーに入り、1年経って再発した♂。
前回入った時には脊髄のMRIまで取り、脊髄が人よりも細いことが判明。自分で、それが理由で減圧症になりやすい体質なんだと思う、と言っていた。それでも、それを理解した上で、もぐり続けたいと言う。

一度減圧症かな?と思い、○○大学に行き、治療はここまでと言われ、治ったような気がして、また潜ってしまい悪化させ、○○大学では診てもらえずに関西からやってきた♂。
彼は、チャンバーに入っている途中で動かなかった指の関節が動くようになったみたい。

ずっと沖縄で潜っていて、子育てと事業のためにダイビングをしばらく中止していて、ようやくまた沖縄で潜れそうだから・・・、とリフレッシュダイブをIOPにしに行って減圧症になってしまった♂。エグジット中から足に力が入らなかったらしい。もう一度、一度だけでいいから沖縄の海で再び潜りたいと言っていた。

ダイビングをレジャーでしつつ、海に橋を作ったりするマリンコンストラクターという仕事に魅力を感じ、“これを自分の職業にしよう!”と思った矢先に減圧症になり、お医者さんにマリンコンストラクターは諦めなさい、といわれてしまった、姐に笑顔で話しかけてくれた♂、Tくん。自分の将来について悩んでいた。

関西でアドバンス講習の途中に、夏休みが取れたからとグアムに行き、帰りの飛行機で異常な頭痛を感じ、すぐに病院にきたという♀。まだ30本くらいらしい。ホテルを取って3日連続でチャンバー治療。


そんな6人だった。
その時の状況も、ダイビングに対する環境も想いも、全く違う6人が、同じ日に、一緒にこんな小さな部屋に閉じ込められているなんて。
今この時間、世間から隔離されて、ニュースの1つもわからない閉ざされた部屋にいる6人。
否が応でも何となく結束力が生まれる。

いや、本当は結束力じゃなくて、「自分だけじゃないんだ」という一人悩んでいた気持ちが少しだけ救われる、、、そんな気持ちだったと思う。



途中、医科歯科大側のちょっとしたハプニングもありつつ、無事、終了。
あの重いドアがゆっくりと開いた瞬間は忘れない。。。


待合室に戻り、順番に着替えを済ませ、先生との診察を待つ。
朝8:30に来たのに、既に17:00を過ぎていた。
病院での一日は、まだ終わらない。



つづく・・・

減圧症ログ 1-1 * 初診の日

2007年09月18日 08:30

いよいよ当日。
まだまだ夏の名残で暑い日だった。シャワーを浴びて、まるでダイビングに行くような、半袖のTシャツとジーンズに着替え、予約した時間より30分位早く着くように家を出た

大学病院っていうと、何からなにまで“待たされる”イメージ
ところが、イマドキの大学病院はすごいシステム化されていて、びっくり

初診の受付をやり終えて、「地下の高気圧治療室へ行ってください」と言われたのだけど、時間を見るとまだ30分位早かった。

行ってみようかな、と思ったけど、なんだか怖くて。出来るなら行きたくないもんだから(往生際が悪い・・・)出来るだけギリギリに行こう・・・・と思いながら、総合受付のソファでぼーっとしていた。なんだか、心細い。

症状は殆ど消え失せているような気がする。



やがて時間になったので覚悟を決めて、地下へと降りていった。



高気圧治療室と書いた角を曲がると、いきなり外待合に既にチャンバー着(?)に着替えている人が何人かいた。なんだか、リアル・・・

とーってもおっとりとした治療部の事務の人に書類を渡し、所在無げな感じで外待合のソファで待つ。
何をしたらいいかわからず、ものすごく緊張しながら様子をうかがっていた。


ふと顔をあげると、いかにも“ダイビングインストラクターです”風な♂がニコッと笑ってくれた。彼は朝ごはんの菓子パンをそこで食べていて、余裕な感じ。

「初めてですか?
「そうなんです・・・もう、すっごーい緊張してて・・・・
「ダイビングのガイドさん?
「いいえ、いいえ。ただのレジャーダイバーです
「大丈夫だよ、そんなに緊張しなくても。
「いや、もう、超こわーい・・・


なんて話をしているうちに、いよいよ・・・呼ばれた



中に入ると色黒の愛想のよさそうな先生がいらっしゃって、色々ヒアリングされた。
今までの症状、関節の傷みはないこと、過去にそういえば・・・ということがあること、普段の潜り方、年間本数等々。そんな話をしていると、少し落ち着いてきた。

先生はとても感じのいい人で、姐とは気が合いそうなタイプ(笑)
先生は姐が作って行ったログを丁寧に見て、重要と思われるところに線を引きながら聞いてくださった。


それから、検査をしましょう、と言われ場所を移動。
処置室のようなところに入り、検査着に着替えるように言われる。

その頃には、なんだかもう落ち着いていた


まずは、筋力の検査。
チョキをして指を広げてみてください、とか、思い切り腕を押し付けてみてください、とか、力の入らないところはないかどうか、の検査。

それから、ルレットで検査。
肩から指先までをコロコロ・・・っとされて、痛さを感じないところはないか、左右で違うところはないか、を聞かれる。足も内腿や膝の脇あたりをコロコロ・・とされた。

そして、最後は保冷材で検査。
ルレットと同じところに保冷材をツーッとあてて、冷たさを感じないところ、左右で違うところはないか、両手、首筋、両足あたりを検査される。

検査は以上。


姐の反応は・・・と言えば、「全く感じないところはない、左右同じ」。。。
しいて言えば・・・右上腕部に少~し違うところがあるよな、ないよな。。。。
違うっちゃ違うし、同じっちゃ同じ・・・ そんな感じ。


そして、先生の診断結果は・・・



『減圧症の疑い



つまり、「減圧症かもしれないかもしれないかもしれないけど違うかもしれないかも」みたいな。



“そんな診断ありかよーっっ!!!!”と心の中で思う。


「チャンバー入った方がいいですか?
「うーん・・・絶対に入らないと、という状態ではないけど、診察の一部という位置付けで入る感じですね。チャンバーに入って気になっている症状が消えれば、逆に“減圧症”という診断になるかな。○○さんの場合は、診断の一部としてチャンバーに入るということになりますね。」

「入らなかったらどうなるんでしょうか?
「このまま何も起こらないかもしれないし、次にはもっとひどい症状で現れることもあるかもしれない。それは今の段階ではなんとも言えないね。」

「どれくらいの確率ですか?
「確率で言えばね、もし6月に気になったピリピリ感が減圧症の症状だとしたら、その間に約10本。年間90本潜っている中で、10本中2度って考えると少ないわけではないよね。わかる?」
「なるほど・・・


この前まで、“疑い”だったら“じゃぁ今度にします!”と言って帰ってくるつもりだった。
でも、検査をして“疑い”があると言われ、“このままだったら何が起こるかわからない”と言われると・・・何となく断念する気持ちになった。

そんな姐の気持ちを察してか、先生はこうおっしゃった。


「じゃぁ、少し考えてみていいですよ。まだ診察があるので。15分~20分くらいかな。落ち着いて考えてみて、入るということであれば入れますから。」


“ひぃえ~・・・自分で決めろってか・・・!!!!?


それが正直な気持ちだった。


とりあえず、診察室に戻る先生。
姐は、診察室には行かず、総合受付のある一階に行く階段を上りながら、“チャンバーに入る”ことを決めた。


気持ちとしては、“なんだかわからない疑いを抱えているのは嫌だ”と思ったこと、“頻繁に潜ってるのだから窒素が溜ってることもあるかも”と思ったこと、そして心のどこかに、“ダイビングはもう充分やった”という気持ちがあった。


一階に行き、外に出て、会社に電話を入れ、お休みをもらう。
一階のコンビニに行き、ペットボトルのお茶を買う。

それから、大きく深呼吸をして、また地下に戻っていった。



つづく・・・

ダイビングとは関係のない話(笑)

2007年09月18日 00:00

このOceanLineは、ご存知のとおり、ダイビング話を中心に、海のこと、
沖縄のこと、サザンのことetc・・・を、思うがままに、まるで大好きなバディ達とお話してるように書いてきた(だから長くなる 笑)
このOceanLineは姐にとって、とっても大切な宝物で、これからもこのスタイルは崩さないつもり


反面、OceanLineとは関係のない色々なことをどこかに残しておきたいな~という思いも以前からあったりしたので、いよいよ、OceanLineもロクに更新できないくせに、調子にのって、もう一つのブログを立ち上げちゃいました~

その名も・・・・


『姐達』(あねたつ)



“海の話じゃないのなら、姐には興味ないぜ”というバディは無視していただいて構いません(笑)

もし“海女じゃない姐ってどんななの~?”と怖いもの見たさ旺盛なバディは、是非、お立ち寄りの上、姐の達人目指してください(なんじゃそりゃ 笑)


基本的には、湿っぽい話は抜きの、「take it easy的お気楽ブログ・気が向いたら更新」系ではございます


ログとは関係のない海の写真も載せていこうかな~と思ってます♪
(と、さりげなく海ネタをニンジンにしてみる 笑)


どちらも、どうぞ、ごひいきに

減圧症ログ * プロローグ 4

2007年09月17日 23:30

祝日だったこの日は一日を家で過ごす。
午後からいよいよ、明日の診察の時に必要になる、「ログ」を用意するためPCに向った。

姐の宝物・ログブックを見ながら、

“しばらく潜れなくなっちゃうのかな・・・

と思うと、寂しいような、悲しいような、悔しいような。

全てのネガティブな感情が沸き起こってくる・・・かと思ったけど、意外にもそのログブックを懐かしく見ている自分がいた。こんなことあったな、こんなヤツ(魚)いたな~とか。
遠い目をしながらアルバムをめくるような姐がいた。

今までのダイビング生活に対する満足感がそうさせていたのかな。
何となく、これで卒業か・・・!?というような


そして、病院で用意された「ログ」を記入しながら、過去を振り返っていて、思い出したことがあった。
そう、この指先のチクチク感・・・・以前にもあったな、と。

約1年前2006.10と、約3ヶ月前2007.6だ。
どちらも、一日だったか、何時間だったか・・・少しか感じなかったのだけど、“あれ?”と思った記憶がゆっくりと、でも鮮明に蘇ってきた。
そのことを正直に書く。思い出せる限り具体的に。

そっかー・・・・もしかしたら、あの時既に・・・・

いやいや、考えまい
素人が想像してあーだこーだ考えたところで、明日にはもう結論が出るんだし。


そう思いながら、寝た。
会社には、「病院に行くので午後からにして欲しいんですけど、もしかしたら、そのまま検査になるかもしれないので休むかも・・・」といっていた。

減圧症ログ * プロローグ 3

2007年09月13日 23:30

状態は似た感じ。
あんまり変わらない。気にすればチクチクしているようだし、気にしなければ平気なような
でも、実際にチクチクするかどうかは別として、精神的にはもう既に気にしないってのが無理・・・という感じで、神経は事あるごとに指先に集中してしまう。


そして、自分で決心したとおり(大げさ。)お昼休みに思い切って医科歯科大に電話。


すると、女性の方が出て、色々なことを聞かれた。

「発症したと思われるのはいつですか?」
「火曜日の夕方です」

「発症のきっかけとなったダイビングはいつですか?」
「日曜日です」

「場所はどこですか?」
「伊豆大島です」

「じゃぁ、帰りに飛行機とかは乗っていないですね?」
「はい、ジェット船で帰ってきました」

「その時の水深はどれくらいですか?」
「多分、最大で23mくらいだと思います」

「原因と思い当たること・・・急浮上とかそういうのはありましたか?」
「全くありません」

「どんな症状ですか?」
「時々指先がちくちくっていうか・・・ピリピリする感じです。正座をして足が痺れた時にピリピリするやつの軽いのが指先にある感じ・・・です。」


うーん、覚えているのはこれくらい。なんだか、ログを用意して電話すればよかった、と思った

電話口の女性は、そこまで聞くと、診察の予約確認をして夕方までに折り返します、と言った(と思う。)テキパキと事務的だったけど、感じ悪くはなかったな。


それからと言うもの、仕事に戻っても、

“はぁ~・・・チャンバーかなぁ・・・嫌だなぁ・・・5時間も閉じ込められるなんて・・・

と思うだけでお腹が痛くなる感じ。

そうこうしているうちに17:00近くなり、折り返しの電話がないことに気づく。
もう待っている気分も嫌なので、再度電話をかけてみる。

すると今度は男性♂が出た。
この男性♂は、Webでも軽く噂になっている“態度が悪い♂”だったと思う(笑)

でも、それを知っていた姐は

「お忙しいところ、本っっ当にすみません~~

なんてニコやか(風)に話をするとまんざらでもなさそうだった(笑)←余裕?!


結果的には対応してくれたが、“症状が軽微であること、既に日曜日から日にちが経っていること、翌日は既に予約いっぱいで入れないこと、でもってその後は三連休で病院は休み”ってことから、最初の診察は翌週の火曜日、つまり“最初に指先がチクチクするかも?!”と思ってからちょうど一週間後、ということに決まった。


その後は、予約を入れてしまったこともあり、なんだか後は“なるようにしかならんわ”と思っていた。ダイビングが出来るとか出来ないとか、後のことはあまり考えていなかったように思う。

姐自身の気持ちも、「600本潜ってればね・・・年間90本も潜ってればね・・・窒素もたまってるかもねぇ」くらいに落ち着いていた。

そして、症状の方はこの木曜日をピークに、だんだんと減っていき、あまり気にならないっちゃならない・・・という程度に。

ただただ、“チャンバーに5時間閉じ込められる”というのを想像すると、その恐怖感の方が大きく悶々とした日々を過ごした。。。

減圧症ログ * プロローグ 2

2007年09月12日 23:30

朝起きて、手をグーパーしてみる。
別に何ともない。

“やっぱり気のせい???

と思いながら、シャワーを浴びる。

そう思いながらもやっぱり気になっていて、皮膚に熱いお湯をあててみて、

“何か変かなぁ・・・?!別に、普通だなぁ・・・

なんて確認してみる。気のせいだったかな?と思った頃、出社の準備をしていると、チクッとした。
ピリピリっとした。

“・・・あ、今、ピリピリしてる。やっぱり減圧症・・・?!



姐の仕事はIT企業の事務職なので、一日中キーボードをいじっていると言っても過言ではなく、指先は常に動かしている
仕事をしながらも、神経が指先に集中しているのがわかる。

“なんともないじゃん。キーボードも普通じゃん・・・

と思ったかと思うと、

“あ、ピリピリした

の繰り返し。
昼休みにまた減圧症関係のWebを見る・・・ひぃえ~・・・怖い・・・と思う。


夜、信頼できるバディに相談すると、

「体調よりも、“心配ぃぃ~っ!気になるぅ~!”て言ってる姐さんの精神面が心配。多分違うと思うけどねぇ。そんなに気になるなら病院にとりあえず電話だけでもしてみたら?

と言われた。
別のバディから、“減圧症かもしれないかもしれない”状態でもチャンバーに入ることがある話を聞いていた姐。“減圧症かもしれないかもしれない”状態なのにチャンバーに入ったら、ダイビング出来ないじゃん、6ヶ月もっっ!!!というのが、大きな問題。
そりゃー、問題。

ダイビングは趣味とは言え、姐のライフワークの1つであって、それが無くなるなんて考えらんねぇ!という感じ。


そして、色々話した後に、姐は強気に言った。

「そうだよね~!もし、“減圧症かもしれないけど、チャンバー入る?”って言われたら、“じゃぁいいです、入りません”って言えばいいんだもんねー!”


翌日、電話をしてみようと決める
本当に、いざとなったらそう断ればいいと思っていた。

少し気が楽になった

減圧症ログ * プロローグ 1

2007年09月11日 23:30

“なんか指先が時々チクチクする・・・
“そういえばなーんとなく右腕の皮膚に違和感があるよな、ないよな・・・

って最初に思ったのは夕方頃。

姐の周りに減圧症になったバディがいて、皮膚の違和感の話は聞いていた。

“えぇ~っ・・・も、もしかして???

そう思ったらいてもたってもいられなくなって、仕事中にこっそりWebを調べたりした。
けど、半期決算前で仕事に追われているうちに医科歯科大の電話受付時間は過ぎてしまう。


落ち着いた頃にもう一度、神経を集中させてみるけれど、

“あれ、でも、やっぱりチクチクなんてしてないや・・・


その症状は出てきたり消えたり。
うーむ・・・悩ましい。


“関節は・・・全然、痛くないしなぁ・・・
“やっぱり思い過ごしかも?!



そう思いながら、なんとなく不安に包まれつつも、ぐっすり寝った

「夏休みの出来事 2007」 第六章・捨てる神ありゃ拾う神あり

2007年09月07日 19:30

※ここまでのお話はこちら

===

八丈行きが中止決定となって、呆然とした頭で“いつもの伊豆”に誘拐されない方法を一生懸命考えていた姐


そして、脳裏にとある映像が浮かんだ。


(ここからはフラッシュバック映像としてお楽しみ下さい)

それは、東海汽船の携帯サイト・・・
CellInfo1.jpg


八丈島は最後の到着地なので、当然下のほうに掲載されている
最初のページから・・・
CellInfo3.jpg


下のほうへスクロールして、あの憎き△マークを確認・・・
CellInfo2.jpg



ん?待って。


もう一度、スローモーションで見てみましょう
(ここからはバディの皆さん、スローな気分で見てみてね 笑)
CellInfo3.jpg



はっ!


・・・・


そうよ、そうよっ!
行ける島があるじゃない~~~っ!!





伊豆大島
CellInfo4.jpg



その場にいた、バディSSとバディHMは大島バージン
姐は何度も行ったことあるけど、そんなの問題じゃない
↑変り身の早さ。

島よ、島!!


伊豆半島じゃないのよぉ~っっ!!!
よぉ~っ、よぉ~っ、~っ、っ、っ(こだま)


(以上、フラッシュバック終了。)


ということで、ここからが素晴らしかった。

早速、東海汽船に電話←今どき?
席はまだ空いているらしい


ということは、受け入れ先のショップと宿を探さなくてはっ
我らは4人・・・が、翌日土曜日組みは7人なのだ。総勢11人を受け入れてくれるサービス or ショップ・・・・果たしてあるのかっ?
明日の話であーる。


スーパーガイドEKちゃんがいつも利用するショップさんに連絡するも「ガイドはやってもらうにしても、宿が無理です・・・」と泣けちゃう返事


がーん



そして、放心状態、再び。
IMG_0002.jpg
(イメージ)


ガイドはいるのよっ!11人で手をつないで潜れば大丈夫よ、きっと!

でも泊まるところがーっっっ・・・・
大島で野宿は嫌だぁ~・・・


と思いつつ。

一応、まがりなりとも(?)ショップツアーなので姐は(こう見えて少しは)遠慮していたのだけど、姐が個人で利用するショップ2件のことを考えていた。1件は、たまたま会社の子が同じ週末に夏休みで大島に行き、体験ダイビングをしたいということでショップに聞いていたので週末はNGということがわかっていた。

と、残すところあと1件。

去年、「黒マグロ」を見た・・・あのショップだ。
でも、お友達バディYKちゃんの御用達ショップで、姐は1度だけ一緒に連れて行ったもらった程度


う~ん・・・聞いてみるかなぁ・・・姐のことわかるかなぁ・・・それにしてもぉ~・・・・・ショップさん同士の付き合いとかもあるんだろうし~・・・・
うーむ、うーむ、うーむ・・・・


が、スーパーガイドEKちゃんとは遠慮する仲でもあるまい!ってことで思い切って口にする。

「EKちゃーん。姐が1度だけ利用したショップがあるんだけど、聞いてみる?
「あぁ~・・・いや、でも姐さんに申し訳ないっすよぉ
「ううん、OKかどうかはわからないけどさぁ。ここまできてNGってものね~。一応、かけてみる?姐のこと覚えてなかったら恥ずかしいけどぉ
「いや、ほんとっすか?じゃぁ、頼んでみてもらっていいっす?


ということで、電話をしてみる。

(ドキドキ・・・

「はい、ケンボーダイビングです」
「あ、あの・・・去年、一度だけYKちゃんと一緒に行ったことがある○○ですけど・・・お分かりになりますか?」(ドキドキ)
「あ・・・えっと・・・あ、ごめんなさい。ちょーっと電波の悪いところに行ってしまうので、また折り返してもらっていいかな?20分後くら・・・ツーツーツー」

「・・・」


「どうでしたかぁ?」←無理ですよねぇ風。
「うーん、切れちゃったからまたかけてみるぅ。姐のことわからなかったみたい・・・

再び、待ち。
IMG_0002.jpg
(イメージ)


20分後。

「度々すみません。○○ですが・・・
「あぁ、さっきはすみませんね。○○さん・・・??」
「あ、あの、去年YKちゃんと行って、黒マグロ見たんですけど・・・あ、その後忘れものして○#$&!★@■△」←軽く弾丸トーク。
「あぁ~、わかりますよ。【姐さん】でしょ?」
「はいはいぃ!!そうです、そうです~
「最初に言ってくれればいいのに(笑)覚えてますよ

やったぁ~!!(第一関門突破。)


そしてそこからは、今日の顛末を弾丸トーク。
そして、、、

「○#$&!★@■△・・・という事で、今、機材持って潜る気マンマンなダイバーが4人、羽田で途方に暮れているって状態なんですぅで、更には明日合流チームが6人いて、総勢10人なんですね。でも、もしかしたら全員参加しないかもなので、最低4人で最高10人っていう・・・すごく流動的な状態なんですけど、別のショップには断られてしまって・・・ど、どうでしょう?

「それは大変だったねぇ!・・・・

(ドキドキ・・・)

そしてオーナーKさんは言ってくれた!!

「是非、うちに来てくださいよ


「マジですかぁぁ!!!!!!!


なんと、話を聞いてみると、この週末はもちろん大島も台風の影響をばっちり受けるという予想のもと、オーナーKさんは自分のところのお客様を断ってしまっていたらしい。ところが、予想を裏切って大島の回復はことのほか早く、Kさんも残念無念がっていたところだった

つまり、ガイドさんも空いているし、その断ったお客さん用の宿泊施設もばっちぐーで空いているというのだ

なんとなんとーっ
見事、第二関門突破!!
もしKさんが目の前にいたら、もう飛びついてハグしてあれもんのこれもんで収拾つかない状態だったことでしょう


早速、スーパーガイドEKちゃんに報告をすると、大喜び

お店同士の話もあろうかとあとは直接話してもらい、モロモロOKで、意外や意外、こんなにも早く、姐的・・・


「夢の Kさん & Kちゃん コラボ」


が実現することに!!!


・・・感動っす
諦めなくてヨカッタっす
(八丈行けなくてヨカッタ!とうっかり思ってしまったくらい 笑)



我ら4人は嬉々として「さて、これからまずは何をすべきか?」と冷静且つニヤニヤしながら相談を始めた。

っと、ANAのお姉さんが近寄ってきて

「お客様、こちらのお荷物は機内へのお持込でしょうか?
「あ、いえ、ちょっと場所を借りていただけなので、すぐに移動しますので~


気づけば既に「佐賀行き」も飛んでいて、行き先は「熊本」に変わっていた



まずは、、、

- 今回の八丈行き中止を土曜日組に伝える
- 更に、土曜日組で伊豆大島でも一緒に行く人を募る
- 更に更に、出来れば今夜一緒に竹芝から出るべく竹芝集合を促す

だ。この時の連携プレイは素晴らしかった!!

バディ妹HMはもちろん何もせずに荷物番(さすが妹族!笑)
他3人は、手分けをして土曜日組に電話をする。事情を話して、「どうするっ?」と結論を迫る。
いきなり電話がかかってきて、ものすごい早口で状況説明を受け、「だから今夜竹芝に集合できる?」と言われた他のバディも、さぞやビックリだっただろう(笑)

にもかかわらずっ


金曜夜竹芝集合したバディ→3人
土曜朝にジェットで追いかけるバディ→2人
あえなくキャンセル→1人

と、なんとまぁ、思わず笑っちゃう行動力(笑)
ステキ、ステキッ!!



・・・と言うことで、長い長~い一日の「今後の予定」がようやく決まった頃にはすっかり薄暗くなっていて、キャンセル待ちで玉砕したゲートには3時間もいた
でも、羽田空港には朝6:30から19:00まで、12時間30分-(マイナス)2時間(遊覧飛行)・・・10時間30分の滞在だ(エバるとこじゃないけど


そんなこんなありながら、姐の夏休みは、

「6:30羽田集合、八丈島上空経由、羽田空港乗換え、竹芝桟橋22時30分発伊豆大島行き


ということに、ようやく落ち着いた!(笑)



金曜組4人は、えも言われぬ達成感と共に浜松町で乾杯すべく、ガラガラ機材バック持ってようやく羽田空港を後にしたのでした・・・



つづく・・・・ (さぁ、もうここからは安心して読めるわよお付き合いありがとう 笑)


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「夏休みの出来事 2007」 第五章・運命の瞬間(とき)

2007年09月07日 16:00

※ここまでのお話はこちら

===

空席番号、17番をお持ちのお客様~、17番をお持ちのお客様~

17番からの始まり。
いーんじゃない、いーんじゃない?あと6人よ!

オトコの人が意気揚々と前に出る。
うーむ。その格好は釣り??




空席番号、18番をお持ちのお客様~、18番をお持ちのお客様~



・・・



誰も出てこない
いいぞ、いいぞ、諦めたのねぇ~




空席番号、19番をお持ちのお客様~、19番をお持ちのお客様~



・・・



4-5人のグループの中の♂が1人前に出て、周りの友達と何やら相談するもささっと前に出た。
“お友達とは続き番号じゃないのぉ~???”
なぁんて、人様のグループの心配なんざしている・・・・場合じゃなかった!!









「以上でございます。













へっ?以上?たった2人???







それって、それって、昨日確認した3便の空席情報と同じじゃーん!!!(どうやら、空席は2席のみだったらしい)



_| ̄|○ _| ̄|○ _| ̄|○ _| ̄|○




さぁて・・・・・





いよいよ・・・・・・・・・・・・・






放心状態。







流石にぐったり。
今朝からの、いやっ、2日前からの脅かされた日々が走馬灯のように脳裏をよぎる。脱力じゃ。


さてさて、放心状態の4人。
そんな4人に目もくれず、八丈行きの飛行機へと向う乗客の皆々様。

その時姐は思っていた。


“どうか引き返してきますようにっっ!!”(意地悪。)



他のキャンセル待ちの人達は、いつの間にか消えうせ、我ら4人は既に表示が「佐賀」に変わったゲート前の椅子にしばし座り込んでいた。


「さて、、、どうするぅ??
「どうしよっかー・・・
「我らが行かないと、明日の土曜組も行けないってことになるよねぇ
「とりあえず・・・・


「船っ?!



さっそく携帯で東海汽船の出航情報を調べると・・・・・・△。
つまり条件付きでの出航

ツアーリーダーのEKちゃんがまずは現地へ乗れなかったことを電話しつつ、条件付き東海汽船の相談。

そして、現地ショップからは「止めるべし」のアドバイス。


東海汽船の条件付きはかなり揺れることが予想され、最悪、接岸出来ずに引き返した場合、その揺れの中で20時間弱を過ごすことになる。
船の中はさながら悪夢のような状況を呈するらしい(大げさ。)

さすがの我らも「20時間」という時間にビビる
波が高くて我らが引き返している間に空は快適、土曜日組みが空を飛んで八丈へ・・・すれ違いってことも最悪あるわけで。

そしていよいよ苦渋の決断をする時が。。



八丈ツアー 中止




_| ̄|○ _| ̄|○ _| ̄|○ _| ̄|○(再び。)


さて、どうするか・・・と力尽きそうになっていた姐を、スーパーガイドEKちゃんのこの言葉がやる気にさせた。
IMG_0002.jpg



「この際、今から熱海の温泉ホテルでもとって、皆でのんびりした後、明日は伊豆ってことにしますかねぇ~。どうでしょう??





熱海?伊豆?なに、それ??

夏休みなんだってばぁぁぁぁ!!!
(何度い言ったらわかるのっ



ふぅ~・・・あやうく熱海に監禁され、伊豆に拉致られるところだったわ
しっかりしなくちゃっっ(やる気。)


落ち着いて、色々考えてみる



“●#$”☆▲%×◇・・・”←姐の頭の中の様子。



そう言えば・・・・


さっき東海汽船の携帯サイトを見たとき・・・


・・・





つづく・・・ (ちょっとジラし過ぎですかい? 笑)



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「夏休みの出来事 2007」 第四章・ようこそ東京へ

2007年09月07日 14:30

※ここまでのお話はこちら

===


ついさっき乗ってた感のあるバスに再び揺られ、ターミナルビルへ。

そして指定されたカウンターに走る!4人で走る!!
隣には別のおばちゃんが走ってる!
負けられないっっ!!(笑)
おばちゃんが先か、我らが先かっっ!!!

   
       


そしてゴーーーール!!!というところで、目指したカウンターが違ってた
おばちゃんは“払い戻し手続き”、そして我らはもちろん“予約変更”!なぁ~んだ、焦って損したぜっ
P1110196.jpg


ということで、我ら4人は見事に1番に並び、それぞれの半券を渡して次の便[16:05]への振替をお願いした。次の便は満席で、空席待ち・・・ということに。

でも、実際、我らが乗った10:30の便も最初は“満席”だったけど、乗ってみたらガラガラ。きっと今日の16:05便も諦めた組がいることでしょうだって、台風が通り過ぎた後だものーっ!被災地かもしれなくて、海も荒れ荒れかもしれない八丈に、それでも行く・・なんつーけったいな輩はそう多くないはず

キャンセル待ちは23番~26番。
ま、微妙だけど、あり得ない番号でもなし!

ということで、手続きが終わって振り返ると長蛇の列。

「ふっふっふ~、遅いわよ、あなたたち。振替には走らないとっ」←経験者の余裕。

と心の中でほくそ笑んで、さぁて時間潰すか~ってことで、到着ロビーに向う。

そうそう、ちなみに
ANAの八丈便には機内サービスが無い。
キャンディーが配られる程度で、お茶の一つも出てこない。

んが。

毎度のことながら、羽田に引き換えす・・・となった途端にドリンクのサービスが始まる。毎度のことながら思う。

「あるんじゃーん!!」(笑)

45分のフライトじゃぁ、お茶を出す暇もないけど、2時間のフライトとなればお茶も出すってことでしょう。
ま、そんなお茶、飲まないほうがシアワセですけどーっ


我らは出発ロビーの、多分、「その時間に余ってたとこ」に到着したわけで、到着ロビーに行かないと、ターミナルから出られない。

手続き後に、にこやかに微笑む地上係員のお姉さんの指示に従って言われた方向に向う。

引き返す途中の飛行機でも、手続きカウンターでも、「この度は大変申し訳ございません」というANAのスタッフ。

「まぁ、あなたたちが悪い訳じゃないからいいよの、許して差し上げるわ

と何となく特別対応な感じが気分いいような・・・(単純)。


が、すぐにそれは大いなる勘違いと気づく(笑)


お姉さんが見えなくなるあたりから、その先の指示は・・・・
P1110197.jpg


手書き(笑)
天下のANAともあろう飛行機会社がっ!
しかも、その辺にあった紙風


到着ロビー方面に向うと、全くもって嬉しくない看板が我らを迎えてくれた

P1110198.jpg


・・・ここへ来たかったわけじゃありませんからーっっ!!!


器材は一度ピックアップしなくてはならず、バゲージの案内を見ると・・・
P1110201.jpg



ない


八丈島から到着したのにっ、到着便に乗ってないっ!!!
到着したのに、したのにぃ~っ!!!


そして、極めつけは・・・・

P1110202.jpg


止まってるバゲージコーナー(笑)


そりゃー、タダで戻ってきた客の荷物を回すお金はありませんって?
2時間も飛行機乗せて、全額払い戻さなきゃならない客の荷物は自分で取りに行きなさいって?
えぇえぇ、そうでしょうともーっっ!!!(気持ちはわかる。)


ANAのおじさんが唖然とした器材を再び持って、羽田空港内をうろつく我ら。

・・・


「さぁて、どうしますかね~
「いや~、まずは乾杯っしましょ~よぉ~
「だよねぇ~!八丈着いても、潜らないわけだしぃ~
「しかも金曜、平日の昼間だもん!こんなチャンス逃すわけにはっ!!!

・・・決してくじけない、ひたすら前向きなご一行。


かんぱぁぁい!!!(だから、何に? 笑)
P1110204.jpg



ビール飲んでほどよく気持ちよくなって、朝からの顛末を思い出しては笑いながら、時間を潰し・・・

ていたら、キャンセル待ちの呼び出し時間の15分前があっと言う間にやってきた。
再び指定されたゲートに向かう。
キャンセル待ちってことは、まだ乗れるかどうかわからないので、器材は預けずに持ったまま、搭乗口に向うのだ。

そして、そして、その搭乗口が「こんな先にあるのぉ~っ」って・・・“羽田の裏に来い”と呼び出し食らってるくらい、遠かった しくじった!!

この期に及んで「お呼びしたのですが、ご不在だったので次の方に・・・」という訳には行かないっ!

器材持って、ずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずんずん・・・・・歩く、歩く、歩く。

ドキドキドキドキ・・・・


ようやく搭乗口にたどり着くと・・・機材の到着が遅れていたお陰でその発表も10分遅れ

ふぅ~、助かったぁぁ!!!  

しかし、、、、_| ̄|○(ぐったり)



そして、間もなく

「空席待ちのお客様をお呼び出しいたします。空席待ち番号・・・・」

の呼び出しが始まった・・・


まるで受験の後の合格発表を待つような気分だった



・・・つづく (まだまだ続きます 笑)


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「夏休みの出来事 2007」 第三章・浪漫飛行

2007年09月07日 12:40

※ここまでのお話はこちら

===


飛行機の座席は、姐ツアー(んなのあったっけ?)ではお約束の「合コンシート」で設定されていた。

前方 
後方

いや、本当は急遽の便振替によって、偶然にもそうなってしまっただけなんだけどーっ

前方 伊豆&長野から上京、素朴系フレッシュカップルチーム!
後方 定年退職後のんびり八丈湯煙旅行、フルムーンカップルチーム!

・・・に、見えなくもなくもなくもなくもないかもしれないかもしれなくもない(笑)
それぞれに分れて、座席に


スッチー(古。)が言う。

「本日は、揺れることが予想されますので、どなた様もシートベルトをしっかりと・・・

姐は船酔いもするし、ジェットコースター系も嫌いで、飛行機が揺れる・・・ていうのは本当にダメ
しかも、姐“アネロン”は器材バックに入れてしまって手元になく、若干、不安が募るものの、八丈までは40分!というのを励みに、至って普通、且つ、微笑みを絶やさないようにしていた(つもり。)

やがて、飛行機は離陸し、間もなく富士山が見え、前方フレッシュカップルが子供のように2人揃って窓に張り付いているのを、バディSUさんに知らせようと横を向くと、バディSUさんも張り付いてた(笑)

「あれ?別にそんな揺れてないじゃーん

そう、離陸時に少し揺れたものの、それはいつもの飛行機の揺れ程度で、全然楽勝!!やったっ

上空では、シートベルト着用サインが消える時間もあり、まぁ普通の飛行。一安心であーる


やがて、機長のアナウンス

「順調に飛行を続けておりますが、着陸時には揺れることも予想されます。が、飛行に問題はありませんのでご安心ください。」

そして、いよいよーっ

「当機は間もなく着陸態勢へと入ります。どなた様もシートベルトをしっかりとおしめください」
「尚、揺れることが予想されますが、飛行に問題は全くございませんので・・・」

っていうアナウンスが怖いのよーっっ!!!!という乗客1人(姐。)の心の声が届いたか否かを確認する間もなく、飛行機は明らかに高度を落とし、車輪も出て着陸態勢に入っていった


雲が厚いもののその雲も無事少しの揺れで突破し、いよいよ八丈の海と島が見えてきた!

「これいー感じじゃないのぉ?
「うーん、でも、結構ギリギリまでチャレンジするけどわからないんだよねぇ」←経験者。



「島見えてきたよ
「ほんとぉ?!いや、まだ侮れないよ、ホント」←経験者。

ぐらっ
ぅいーん・・・(飛行機頑張るの音)

「頑張ってるねぇ

ぐらぐらっ
ぅいーんぅいーんぅいーん・・・(飛行機更に頑張るの音)

「あ、でも、いけそうじゃない?」←経験者、ようやく認める。

ぐらぐらぐらぐらっっ
ぅいーんぅいーんぅいっぅいっ・・・・

ぅいーーーーーーーーーーーん・・・・


「・・・・・・・」
「・・・・・・・」


「上がってね?
「上がってるね


んがっ!!

1度くらいで諦めるはずはないっ←経験者(そろそろ、しつこい。)


「八丈小島が見えるよ
「ぐるっと回ってやり直すんだよ、きっと
「そっかー

・・・・・・(ぅいーんの頑張る音が聞こえてこない)

「姐さん、八丈が背中に見えてるけど・・・
「ぐっ、ぐるーーーっと大きく回ってやり直すんだよ、きっと
「そ、そ、そっかー

・・・(ぅいーんの頑張る音が聞こえてこない・・・どころか次第に穏やかな飛行に


とおもむろにアナウンスが。

「当機は八丈島空港への着陸を試みましたが、天候悪化により現在、東京国際空港へと飛行を続けております。詳細については機長より後ほどアナウンスがありますので、今しばらくお待ち下さい



・・・・・



むっ、無念


_| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○(4人分。)


その後の機長の言うことにゃー、安全基準の風力を既に超えていた模様で要はあっさりと諦めましたーっということでした


前を見ると、さっきまで涙をぬぐうジェスチャーだったスーパーガイドEKちゃんが何やら口で言っている。

何々

「・・・八丈なら・・・皆で・・・(い)(ず)!!??」

「・・・何言っちゃってるの?!伊豆?何ソレ、どこソレ?だって、夏休みだって言ってるでしょーっっっ!!

姐のサインはこうだっ!

・・・・・・・・・
(俺たちひょうきん族の神様風←わかるでしょーっ?笑)


なんてジェスチャーで会話していると、やがて、ついさっき味わった感のあるシートベルト着用しなくていいよ時間に。

スーパーガイドEKちゃんが来て軽く打合せ。
っつーか、打合せ・・・っていうより、指示(笑)

「いぃ?ここで悲しんでる暇はないのよっ!一番最初に飛行機を出てバスに乗るでしょ?座っちゃだめよ、座っちゃ。出口に近いところにいて、空港に着いたら、超ダッシュで「空席待ち」の1番前に並ぶのよっ!!ここで勝負が決まるんだからね!転んじゃだめよ、転んじゃ!!

ほっほっほー
ダテに空港に引き返すの3度目じゃないんだもんねーだ(自慢。)←合ってる?
伊豆に連れて行かれてたまるかっ!(笑)

「いやー、サスガっすねぇ。勉強になりますなぁ

どこまでも前向きな心の大きいである(笑)


やがて、飛行機は無事、「さっきもここにいなかったっけ?」的羽田空港に着陸。
到着時刻は、忘れもしない、12:40。飛び立ってからまる2時間である。

着陸し、席を立つことが出来るようになって前方カップルを見ると、スーパーガイドEKちゃんの姿が既になかった。

スッチーは「今後の手続きについては、到着後○○カウンターにてご説明・・・」と言っている。

あれ?どこ行っちゃったんだろう・・・と思っていたら、タラップから一番に降りたったその男、スーパーガイドEKちゃん!!

格好いいっ!!やる時はやるのよねぇ~っっ


ということで♪

約2時間の「八丈島遊覧飛行、しかも無料!」を楽しんだ金曜組4人。

いざ、最終便16:05への振替に急いだのでした~



つづく・・・(つまり、振り出しに戻ったってこと!!ね、長いでしょぉ~?! 笑)


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「夏休みの出来事 2007」 第二章・ドラマチックエアポート

2007年09月07日 10:30

※ここまでのお話はこちら

===


7日、朝目覚めると・・・ 大雨
これって台風のサナカ?それとも、ただの大雨?!
・・・こうなりゃ、どっちでもいーんだけど

台風の進路はこんなことになっていた
9-2.jpg



あら、意外と大丈夫??なんて思いながらも、TVをつけるとお約束の

「現在、xxx港に来ています!現在の風速xxx・・・・・」。

アナウンサー張り切り過ぎ
そして、どのチャンネルも同じ


はいはい、負けませんよ、姐はっ


そんな、くじけそうになる姐を勇気付けたもの
それは、ANAのWebで見た

「9月7日 7:30発 ANA821便  欠航」

の文字(笑)

ふっふっふーっっ!!
変更しておいて正解!きゃーっ、やるぅ~>自分。 (自画自賛)


9時集合の羽田目指していざ出発。
ガラガラバックに宅急便のビニールかぶせ、傘を差しながら引っ張る姐。

ちょうど出勤時間に重なっていて、やや微妙な空気。
スーツを雨に濡らしたリーマン達が、あちこちで会社に電話しているその中を、“がーらがーら”言いながら突き進む。

何となく・・・視線が痛い。
でも、姐は心の中でつぶやいていた!

「えぇ、八丈島ですけど、何か?夏休みなの、ほっといてっっ!!」

・・・が正直、沖縄いく風を装っていたりもして(どんな風に?)


羽田に向う途中、これまた伊豆から羽田に向っているスーパーガイドEKちゃんからメールが。

「まず、問題は僕が羽田に着けるのか~!です・・・。が、頑張ります。」

・・・そうよねぇ、今となっては一番心配だわっ!
遂に、スーパーガイド不在のショップツアーか?!(一応、初。)

そしてそのメールは続く。

「そして、現地はかなりな被災地という感じらしいっす。どんな状況かわかりませんが、ここは勇気ある撤退もありかと・・・(泣)とりあえず、向かいますが、全員揃ってキャンセルも考えなくてはかもしれませんm<_ _>m」

・・・。

ひ、被災地・・・・


流石の姐も、冷静になる。
姐は幸運なことに、今まで本格的な“被災経験”はないけれど、TVで見る色々な災害の模様は、本当に大変そうだ。そんな中、ガラガラひっぱって、「潜りにきましたぁ~ 夏休みなんですぅ~」・・・言ってていい場合じゃない うん。

と、ともかく、向おう、羽田に!
かなりブルー入りつつも、とりあえずの目標は、「金曜出発組み 4人が無事に羽田集合!」これである!!一歩っつ、一歩っつ!!

八丈に行くかどうか、なんてまだまだ先のことに思えた瞬間だった・・・


長野から東京のお姉ちゃんの家に前泊していたバディ妹HMから一番ノリのメール。
羽田での混雑具合を「TVに映っちゃうかもぉ~」とノリノリ。バディ妹HMも、ようやくの夏休み!その気持ち、わかるよぉ~っっ!!!

羽田手前で合流のバディSUさん
スーパーガイドEKちゃんからの被災地メールを同じく受け取っていて、「どーするー?!
一家の主(?)、若干神妙な面持ち風も、羽田に着くと「部長が北海道から出張で帰ってくるんだよぉ~」とびくびく(笑)頑張って死守した金曜日のお休みなんだよね、うん


羽田に着くと、まず、エレベーターを上がったところに毛布に包まって寝ている人がちらほら。前夜からのキャンセル待ちだろう。

そして、待ち合わせ場所の時計台に向うと、TVでよく見るあの光景。

長蛇の列。
200709140907000.jpg



既に早朝の便、そして、東北方面の便には「欠航」が出ていて手続きが大変そうだ。バディ妹HMと無事合流し、まずはその列に2人で並ぶ。
本当は、Skipでチェックインだったのだけど、前日に変更したためにカウンターでのチェックインと言われていた。

並んだ途端に、弾丸トーク炸裂!(笑)このヤキモキ感をどんなに皆と分かち合いたかったことかっ!!!

弾丸トークを繰り広げながらも、どこぞの「空港報道班(だったっけ?)」という腕章をしたカメラらしきものが近づいてくるとカメラ目線を忘れない我ら。

・・・カメラ目線じゃ映りませんからーっっ(笑)


そうこうしていると見慣れたが!
そう、伊豆からスーパーガイドEKちゃん、到着!!!
いやーん、良かったよぉぉぉ~!!!(イメージ)


男すぃ~、は荷物を守りながら、今後の相談。
女すぃ~、はとりあえず列に並び、放送に耳をすます(がトークは絶えない 笑)


やがて、放送が入った。

「八丈島行き ANA823便は天候調査により、条件付きのフライトとなりました。手続きは6番カウンターにてお願いいたします」(風)


キャーッ、条件付きとは言え、、、、

飛ぶのねぇ~、ねぇ~、ねぇ~っっっ!!!(こだま。)


6番カウンターに移動するとき、男組のところに寄り、相談。

「ねぇ、飛行機飛ぶって!!でも、どうしようか・・・

“被災地”という言葉がよぎる。

姐は言った。

「飛行機どうこうよりもね、やっぱり、“被災地”には行けないよね。招かざる客にはなりたくないよね。
だから、もう一度、現地ショップに確認して、その思いを伝えて、ぶっちゃけ“潜れないかもだけど来てもいいよ”なのか、“それどころじゃなくて困る”なのか、聞いてみようよ
姐はさ、なんせ、夏休みだから潜れなくても来ていいよって言ってくれるなら、行きたいけどね!

全員が合意し、そして、その連絡はスーパーガイドEKちゃんに任せ、バディSUさんは荷物番、姐とバディ妹HMは6番カウンターへと並んだ。


10:00 スーパーガイドEKちゃんに聞く。

「どぉ?
「いや、今、連絡着いたんですけど、屋根の修理しているみたいで、“ちょーっと待って、すぐ折り返す”って・・・
「そっかぁ。じゃ、連絡待とうね。とりあえず並んどくね。」


10:10 スーパーガイドEKちゃんに再び聞く。

「どぉ?
「いやぁ~・・・連絡ないんっすよぉ~・・・忙しいのかなぁ~・・・


10:15 バディ妹HMと列の真ん中ぐらいで、不安になる。

「ねぇ、私達のフライト10:30だけど、大丈夫なのかなぁ?
「でも、普通、“xx便のお客様!”とか呼ばれるしぃ~
「だよねぇ・・・・」(おとなしく待つ。)


10:20 スーパーガイドEKちゃんに、三たび、聞く。

「まだ連絡なぁい?やっぱり、ヤバいのかなぁ・・・ でも、いくらなんでもそろそろ決めないと・・・
「ですよねぇ・・・ さっきかけたんですけど、出ないんですよ・・・・
「そっかぁ・・・


10:25 いよいよ不安になり、列すっとばして近くのカウンターで係員のおじさん捕まえる。

「あのぉ~、今、6番カウンターに並んでたんですけど、飛行機10:30なんですけど、大丈夫なんですか?
「じゅ、10時半ですかっ!!???」(時計ちらり)
「はい。八丈行きの・・・ 呼ばれないんで平気かと・・・」(汗)
「えっと、皆さまおそろいですか?チケットは・・・」(時計ガン見)
「あ、今、集めますっっ」(涙目)

係員のおじさん、汗かきながら頑張ってくれる
姐、祈るっ!間に合ってっ!!

・・って言うか・・・・

「私達、行っていいのか、ハチジョーッ!!!!!!!!」

と思って振り返ると、スーパーガイドEKちゃんが電話で話しながら近づいてきた。

「#$&△●★*ですね!わかりましたっ!ありがとうございます!!!じゃ、とりあえず向うんで~!!!!

と言いながらサイン出たぁ!


やったぁぁぁ!!!やったぁ~、やったぁ~、やったぁ、たぁ、たぁ、ぁ、ぁ・・・(こだま、再。)


はっ!
おじさん、間に合ってっ、お願いっっ!!!!

カウンターに身を乗り出して心配そうにしている我らを見て、おじさんは言ってくれた。

「少し遅れているので、間に合います。大丈夫ですよ。預ける荷物はありますか?」
「はい、全部で4つ。」
「じゃぁ、もう締め切っているので機内に持ち込むことになりますが」
「わかりましたぁ!」
「では、セキュリティゲートDのところで!」

我らは荷物に戻り、走ってゲートDへ。
そしておじさんと姐達の目があった瞬間、、、、

「こ、この荷物ですか??(汗)」

・・・そりゃそうだ、器材バック4個
ごめんね、おじさん・・・

「わかりました電話しておくので急いで搭乗口に向って下さい!」

思った以上にヤルおじさんだったありがとうっ、おじさんっっ

おじさんとはゲートでお別れし、小走りに搭乗口に向うと、既に、

「八丈島行き最終案内でございます」とお姉さんが叫んでる。

「乗ります、乗りますぅぅぅ~!!!!」



と手を振りながら走り、荷物をその場で預け、そして飛行機まで向うバスにようやく乗り込む。


「間に合ったぁぁ!!!!!


ホントだったら4人で輪になってくるくる回りたい心境だった(笑)が、そこは大人(一応。)
冷静に見回すと、バスの中には我らのダイビングバック4個と一緒に、サーフボードが横に並べられていて、それを見ながら

「この台風明けに八丈行くバカ、ダイバーだけじゃないねぇ~(笑)」(ヒソヒソ)
「いや、状況的にはサーファーのが有利っすよ、姐さん(笑)」(ヒソヒソ)

・・・そっか。


何はともあれっ

4人が無事に会え、八丈からもOKをもらい、飛行機にも何とか間に合い・・・
やがて飛行機は定刻より20分程度遅れて、台風一過の青空の中、飛び立ったのでした~


つづく・・・(まだまだよ~ 笑)


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「夏休みの出来事 2007」 第一章・フィートウ現る

2007年09月06日 20:00

姐の夏休みは、7~9月の好きな時に3日
そして、伊東の按針花火でも書いたけど、1日は8月に、そして、残りの2日は・・・

毎年恒例!(2回目だけど・・・)


イエローフィンでゆく! 「八丈島」 (通称:エロッパチ)


に決定!
去年はお試しツアーだったけど、今年は軽く声をかけたら・・・

なんと11人が参加

7日(金)~10日(月)の4日組 3人(含む姐
7日(金)~9日(日)の3日組 2人
8日(土)~9日(日)の2日組 3人
8日(土)~10日(月)の3日組 3人

と、相変わらずの“勝手気まま”っぷりではあるものの(笑)、その勝手気ままさが大好きな姐は、皆の気ままに添うべく、ちゃっちゃと旅割を手配したのは6月終わり(遠い目)

7月最初に最終参加確認をして、チケット代を払い込んで、後は9月の当日を待つばかり~な2ヶ月を過ごしていた。8月の猛暑極まりなかったお盆のときも、汗をかきかき、せっせと出社、それもこれも、この9月の夏休み~を満喫したいがゆえ


そんなこんなで2ヶ月が過ぎ、「いよいよ来週末が八丈よ!」っていう頃、太平洋の真ん中では台風9号が発生していた。かなりひっそりと・・・


そして1週間位過ぎて、気まま過ぎるバディ達の1人からようやく初めての確認メールが届き、ほっとしていた9/4頃、すっかり忘れていた言葉がTVから流れてきた。

「台風9号はゆっくりとした速度を保ったまま北西に進路を取り、週末には東海から関東に上陸する恐れがでてきました」

へっ?
こっち来てんの?

うっそーっ!!!!!!


地図上にある伊豆諸島の点々が、まるでそのまま台風9号の予定進路の点々とでも言わんばかりの予想図

この時の姐の衝撃を、どうしたら文字で伝えられるかしらーっっ

_| ̄|○

とりあえずわかり易いところでこんな感じ?

・・・なんてことはどーでもよく、ともかく凹んだわけですわ・・・
何とかしてっ!!と、ともかくボヤいてみた5日。

そして、どーにもならないことに気づかされた6日。
進路予想図は、どんぴしゃ!!
9-3.jpg



6日と言えば、要は「明日から2日間お休みしますぅ」の前日なわけで、やらなきゃならない仕事はそれなりにある。

だけどぉ~・・・手につくはずもなく


1時間おきに台風の進路を確認しては溜め息。
6日の夜からいよいよ関東も暴風圏内に?!という情報の元、部下の一人が不安そうに話しかけてくる。

「帰れなくなるとかありますかね~?!

「別に今日帰れなくても全然いいのよ、問題は明日っ

「・・・

周りの部下にも、何となく緊張感が走る・・・違った意味で(笑)


既に6日の八丈島行きの飛行機は全て欠航。
7日発については、特に何の情報もアップデートされていなかった


んが、遂に夕方、いてもたってもいられなかった姐は、こっそりオフィスを抜け出すとANAに電話をかけていた←?


「明日の1便の八丈行きなんですけど、今の時点でどうなるとかわからないですよね~・・?
「そうですねぇ、今の時点ではなんとも・・・
「どうなるかわからないということは、旅割なので便の変更とかも無理なんですよね~・・・(ダメモト)」
「いえ、お客様、今回はこの状況ですので、今日明日の便については変更と取消しを承っておりますが・・・

なんとーっ!!
かけてみるものだわっ!そりゃーそうよねっ!
日本国民1億2千万(←古い?)、誰もが知ってる台風9号の八丈直撃!!!(そうか?)
あったりまえだのクラッカーよねぇ~っ!(←古い?)

という訳で、振替を試みるも、3便=16:05の空席は2名分、我ら金曜発は全部で5人
その時点で空席が5席残っていたのは、次の2便=10:30だけだった。

かなり微妙・・・とは思ったものの、しゃーない。
7:30よりはマシだろう!ということで、5名分を振替。

ちょっと一安心した姐は、ヤキモキの中、少しばかりの朗報と、早速ショップに連絡してみる


※ちなみに、これ、就業時間中の出来事。いいのか?ジャーマネ!!(笑)←権力行使。


いつものスーパーガイドEKちゃんが相当喜んでくれるものと張り切って電話する姐

「聞いてぇ~ あのね、飛行機なんだけどぉ~、#$&△●★*!(しゃべりまくり)」
「姐さーん、ありがとうございますぅ!! んがですね・・・・」


_| ̄|●


すっかり忘れておりました、姐。
そう、現地、八丈島の状況を・・・あぅっ(遅。)

当然ながらものすごい状況になっていて、もし来られたとしても、潜れるかどうかはわからない。
仮に潜れたとしても、神湊のみかも。
そして、それも泥水ダイブかもーっっ・・・

そ、そ、そうだよねぇ~っ・・・

この時点で、スーパーガイドEKちゃん(ダイビング担当)からは現地の状況が、姐(飛行機担当)からは便の変更がそれぞれに伝えられ、バディYNさんがキャンセルになった(寂。)
でも、ある意味、賢明な判断かも

でもね、でもね、、、、姐にとってはね、、、、


夏休みなのぉぉぉ~っっっ!!!!!!!!!


豪雨降りしきる中、それでもガラガラバックに器材とお泊りセットを詰めていた6日夜。
台風のスピードは、キモチ、早まっていた。
9-1.jpg



さぁ、どうなる、姐っ?!


つづく・・・(今回は長いよっ 笑)


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