『キングスマン:ゴールデン・サークル』 アメリカなんて大嫌い!?
【ネタバレ注意】
『キック・アス』、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』、『キングスマン』と傑作を連発してきたマシュー・ヴォーン監督だが、続編のメガホンをみずから取るのははじめてのことだ。
しかし、さすがはヴォーン監督。傑作の続編『キングスマン:ゴールデン・サークル』は、またも傑作だった。
■「ゴールデン・サークル」とは?
気になったのは副題の「ゴールデン・サークル」だ。原題は『Kingsman: The Golden Circle』で、邦題はそのままカタカナ表記にしただけだ。
前作は原題が『Kingsman: The Secret Service』で、キングスマンの説明である「シークレットサービス」が副題になっていた。
本作の副題「ゴールデン・サークル(黄金の環)」は敵の組織名なのだが、副題にするにはインパクトが弱い。『007/スペクター』のように半世紀以上も敵として知られた組織の名前なら、副題につくと「おぉ、とうとうスペクターと正面切って対決か」と興味もそそられるが、本作で初登場の組織名を副題にしても宣伝効果はたかが知れている。しかも、劇中の「黄金の環」は、敵組織の手下がメンバーの印として金の環の刺青をしているだけで、さして重要なアイテムではない。
金に執着する怪人物ゴールドフィンガーが登場する『007/ゴールドフィンガー』や、万年筆やらライター等のお洒落アイテムを組み合せると黄金銃(golden gun)になる『007/黄金銃を持つ男』や、秘密兵器ゴールデンアイを巡って戦う『007/ゴールデンアイ』にあやかって、「ゴールデン…」という副題にしたかったのだろうが、007シリーズの諸作に比べるとインパクトの弱さは否めない……。
そう思っていたら、もともと予定されていた副題は「ゴールデン・トライアングル」だと知って納得した。
ゴールデン・トライアングル、すなわち「黄金の三角地帯」は、世界最大の麻薬密造地帯として知られてきた。タイ、ミャンマー、ラオスの国境が接する三角形の地域で、麻薬の原料となるケシが大規模に栽培されている。サイボーグ009たちが麻薬を生産するネオ・ブラックゴーストと戦う『サイボーグ009 黄金の三角地帯編』でご存知の方も多いだろう。
なるほど、「黄金の三角地帯」なら知名度は高いし、ポピー・アダムス率いる麻薬密売組織との戦いを描く本作を的確に表現しており、まさに副題にピッタリだ(ちなみに「ポピー・アダムス」という名前は、麻薬の原料となるケシ(ポピー)の仄めかしと、ボンドガール最多出演のモード・アダムスへの敬意を表したものだろう)。
だのになぜトライアングル(三角)がサークル(円)になってしまったかというと、一般公開に先駆けて三回ほど試写会を開いたところ、集まった観客の誰も「黄金の三角地帯」を知らなかったからだという。
ギャフン。
「黄金の三角地帯」の麻薬取引には、CIAの関与が取り沙汰されたこともあるというのに、米国人は呑気なものだ。
まぁ、それはそれで良かったのかもしれない。悪名高き「黄金の三角地帯」だが、現在ケシ栽培は減少し、合法的なコーヒー栽培や観光業が盛んになっている。いまさら麻薬密造地帯として知名度を上げることはないかもしれない。
それに本作は、ポピー・アダムスのアジト「ポピーランド」の場所をカンボジアと設定している。しかし、カンボジアは、タイ、ミャンマー、ラオスからなる「黄金の三角地帯」から外れているので、ゴールデン・トライアングル扱いするのは筋違いであろう(ポピーランドのセットがカンボジアの有名なタ・プローム寺院に似ていたこともあり、カンボジア政府は同国および同国の有名な寺院を「犯罪の温床」と描写した場面が「容認できない」として、本作の国内上映を禁止した)。
■異質な世界のぶつかり合い
さて、前作『キングスマン』は、英国人が寄ってたかって米国人をとっちめる話だった。傲慢な米国人の悪党だけでなく、教会に集まっていた米国の民衆まで皆殺しにして、英国人――スウェーデンの王女も関わっているからヨーロッパ人というべきか――だけが勝利を味わう映画だった。イギリス人のマシュー・ヴォーンが制作・監督・脚本を兼ねて、ブリティッシュ・ユーモアを全開にしていたわけだが(『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』では、マシュー・ヴォーンは監督・脚本だけを担当したせいか大人しい)、『キングスマン:ゴールデン・サークル』は前作以上に米国人をおちょくり、けちょんけちょんにしていて面白い。
まず、オープニングで米国人の心の歌「故郷に帰りたい(カントリー・ロード)」が流れてニヤリ。2017年は『エイリアン:コヴェナント』『ローガン・ラッキー』そして本作と、同曲を取り上げた映画が続いたけれど、他の二本の米国映画が故郷に帰りたい気持ちを素直に歌い、特に『ローガン・ラッキー』では感動的に使われたのに対して、ブラック・ユーモアの権化マシュー・ヴォーンがそんな使い方をするはずがない。
案の定、本作には、カンボジアの奥地に1950年代の米国の街並みを再現して故郷を懐かしむ、狂った米国人犯罪者ポピー・アダムスが登場する。そして、ポピーランドに乗り込んだ英国人のマーリンが、ポピーの手下どもに向けて大声で歌いまくるのがこの曲だ。マーリンの心情としては「こんなところまで来て何してやがるんだ、米国の田舎者。とっとと故郷へ帰りやがれ、バカヤロー」くらいの思いであろう。米国ウェストバージニア州の州歌となるほど親しまれているこの曲を、米国人犯罪者への挑発として歌うとは、嫌がらせにもほどがある。
ポピーが行う処刑の方法もひどい。ポピーは気に入らない人間をミンチにして、ハンバーガーを作るのだ。よりによって、米国を代表する料理ハンバーガーにするところがミソである。これを見たら、もうハンバーガーを食べたくない……。
犯罪を取り締まるべき米国大統領も、独りよがりのひどい人間として描かれる。おそらく劇中で最低の人物だが、独特の話し方や長すぎる赤いネクタイや高価なカフリンクス等の特徴が、第45代米国大統領ドナルド・トランプに共通するといわれる。
そして、劇中の事件を報じるテレビ局がよりによってFOXニュース。FOXニュースは、トランプを支持し、トランプに支持される右派メディアとして知られる。ドナルド・トランプの支持者が普段見ているメディアこそがFOXだ。トランプを支持する観客は、反トランプ色の強いCNNの画面がスクリーンに映ったら引いてしまうかもしれないが、FOXニュースであれば普段から見慣れているから違和感なく受け入れるだろう。本作はそうやって右派の観客に歩み寄っておきながら、トランプによく似た大統領の傲慢さと残酷さを見せつける。
もとより、本作を配給する20世紀フォックスもFOXニュースも、同じ21世紀フォックス傘下のグループ会社だから、FOXニュースを取り上げてそのニュースキャスターを本人役で起用するのはおかしなことではない。しかし、皮肉屋のヴォーン監督が、視聴するニュース番組にも党派性が現れる米国に向けてFOXニュースばかりを取り上げる意味を、勘繰らずにはいられない。
しかも、暴走する大統領を諌めて、リベラルな(CNN的な)発言をする首席補佐官の名前がフォックスなのだ。もうFOXニュースを運営する21世紀フォックスのグループ全体への皮肉としか思えない。
英国のキングスマンに相当する米国の諜報機関ステイツマンの扱いもひどい。ケンタッキー州を拠点とするステイツマンのメンバーは、どいつもこいつもテンガロンハットを被ったステレオタイプのカウボーイ野郎。しかも必殺技が投げ縄ときた。米国東部のエスタブリッシュメントや西海岸のIT業界や映画界の人間は無視して、南部や中西部の白人を戯画化したような設定だ。南部・中西部の白人は、まさに共和党の支持層、ドナルド・トランプの支持層と重なっており、本作は彼らをキングスマンに匹敵するヒーローとして持ち上げて、劇中に引っ張り出したのだ。前作で皆殺しにされたのは、他ならぬこれらの人々なのに。
公式サイトに掲載されたマシュー・ヴォーン監督の言葉は、とても知的でかっこいい。
「アメリカとイギリスは同じ言語を使うが、文化的には大きく違っている。この特別な関係を扱ってみたかった。前作で人々が気に入ったのは、ハリーとエグジーの異質な世界がぶつかり合う部分だった。アメリカ文化とイギリス文化の衝突で、その点を継続したいと思った。(略)私は子供の時にはカウボーイ映画が大好きだった。カウボーイはものすごくクールなキャラクターだと思い、アメリカらしいもので楽しみたいと思った。」
かく云うヴォーン監督が描いたステイツマンは、男性ばかりが表舞台で活躍し、黒人女性が裏方に押し込められている組織だ。人気俳優チャニング・テイタムが登場するからどれだけ活躍するかと思えば、下手を打ってただ寝てるだけ。凄腕エージェントのジャック・ダニエルズことウィスキーは、とんでもない悪党だ。
結局、こんな米国人たちには頼らずに、またしても英国人ばかりが活躍して米国人犯罪者をやっつける。ついでに米国大統領も投獄される。ハリーなんて、米国風にテンガロンハットを被っているときは調子が悪いが、英国風のスーツ姿になると絶好調。
出来上がった映画は、またも米国人をけちょんけちょんにこき下ろすものだった。
かくの如き映画で、雪山で危機に陥ったウィスキーが、米国人の誇りともいえる星条旗のパラシュートをなぜか背負っていたなんて、米国をおちょくるにもほどがあろう。もちろんこれは『007/私を愛したスパイ』のオープニング、雪山で危機に陥ったジェームズ・ボンドが、なぜかユニオンジャックのパラシュートを背負っていたシーンのパロディだ。
このユーモアを米国の観客に感じ取ってもらいたいものだが、残念ながら米国での興行成績は前作の128百万ドルから100百万ドルへ下がってしまった(いずれも2018年1月8日現在)。残念なことだ。代わりといってはなんだが、英国での成績が24百万ドルから33百万ドルに増加したのは面白い。
中国での成績も74百万ドル(香港を合せると79百万ドル)から116百万ドル(同121百万ドル)に増加し、米国の成績を上回った。おちょくる側ではなく、おちょくられる側でもなく、他人事であるほうが気楽に笑えるのかもしれない。
■007への愛と超越
前作の記事で、私は『キングスマン』の面白さを語るのに『007は二度死ぬ』を引き合いに出した。
前作に負けず劣らず007シリーズへのオマージュやパロディに溢れた本作だが、今回なんといっても目立つのは、これまた私の好きな映画『女王陛下の007(On Her Majesty's Secret Service)』との類似だ。
『007は二度死ぬ』を最後にショーン・コネリーが(この時点では)降板した後に作られた『女王陛下の007』(1969年)は、過去の007シリーズとは違うカラーを出そうとした、アンチテーゼのような映画だった。プレイボーイで、いつも違う女性をはべらせているジェームズ・ボンドが、一人の女性を真剣に愛して結婚する。それまで海を舞台にすることが多かった同シリーズが、『女王陛下の007』ではアルプスの雪山での戦いを中心とする。重要な女性キャラクターが死亡する等。
これらの特徴は『キングスマン:ゴールデン・サークル』にも見受けられる。
『キングスマン』シリーズはマシュー・ヴォーン監督の007愛から生まれたわけだが、愛すればこそ自分でも同じことをやり、心の中で「知ってる奴、本物を思い出して感動してくれ!」と叫びたくなることもあれば、愛すればこそ違う要素を加えたくなることもあるだろう。完璧な作品というものはそうそうないから、何度も見返すほど好きであれば、「自分ならこうするのに」という"修正点"も見えてきてしまうものだ。
たとえば、E・R・バローズの小説をこよなく愛するフィリップ・ホセ・ファーマーは、その模倣作、階層宇宙シリーズで、バローズ作品の至らない点を改善している。E・R・バローズの作品ではヒーロー、ヒロインが狭い部屋に何日も閉じ込められることがよくあるのだが、ファーマーは同じような状況下で排泄物をどう処理するのか等をきちんと書いた。バローズ作品を一読しただけでは気にならないような細かいことまで敢えて書くその姿勢に、バローズ作品への愛情の深さがうかがえる。『宇宙戦艦ヤマト2199』も、作り手が『宇宙戦艦ヤマト』を愛すればこその作品だろう。
結果として『女王陛下の007』に似たのは、007シリーズ全般へのアンチテーゼとしての意味と、先行するアンチテーゼ作品である『女王陛下の007』へ敬意を払ったからだろう。『女王陛下の007』はなかなか人気があるようで、クリストファー・ノーラン監督も自作『インセプション』で『女王陛下の007』にならって雪山のアクションシーンを撮っている。
それにしても、本作の主人公エグジーが、てっきり行きずりの関係だと思われた前作の王女と真剣な交際を続けていたのは驚きだし、美女クララと寝る任務を与えられて拒絶するのも、007らしくなくていい。というか、多くのアクションヒーローらしくない(エグジーを演じたタロン・エガートンは実際にクララと寝る場面の演技を拒絶したため、彼女の股間に延びる手はクララ役のポッピー・デルヴィーニュの夫のものだ)。
前作で国際的な秘密組織のエージェントに、そして紳士になったエグジーが、相変わらず下層階級の友人たちを大切にしているのも嬉しい。主人公の故郷や古くからの友人を描き続けるのも、007をはじめとするスパイアクション映画に見られないものだし、同時に、紳士であることと生まれとは関係ないという前作のテーマを受け継ぐものでもある。
こうして本作は、007シリーズと同様のスパイアクションでありながら、007シリーズとは一線を画す魅力を放つ。
しかも、『キングスマン:ゴールデン・サークル』は、007シリーズがいまだ成し得ないことも実現した。
1962年公開の第一作から2015年の第24作『007/スペクター』に至るまで、007シリーズでは女性がラスボスになったことがない[*]。『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』ではラスボスに近い位置に女性がいたが、ともあれ女性の殺し屋や幹部はいても、女性が悪の組織の最高権力を握ることはなかった。善玉に関しては、1995年の『007/ゴールデンアイ』から007の上司をジュディ・デンチが演じるようになったけれど、これはMI5初の女性長官ステラ・リミントンが情報公開を推進し、情報機関の長官が女性であることが知れ渡ったためだ(007が所属するMI6の長官には、実際にはまだ女性が就任したことはない。なお、劇中で007の上司は「M」と呼ばれるが、現実のMI6長官は「C」と呼ばれる)。
本家007シリーズが女性を悪の親玉にできないのであれば、自分がやってやろうと思うのがクリエイターたるものだろう。
1960年代風のアクションコメディ『ミニオンズ』(2015年)には、悪党の中の悪党としてサンドラ・ブロック演じるスカーレット・オーバーキルが登場した。そして本作のラスボスを務めるのが、麻薬王、おっと麻薬女王のポピー・アダムスだ。
もっとも、たとえラスボスといえども、女性を殺して物語を締めくくるのは気が引けるのか、本作の最後にはボスでもない男性との対決が待っている。
日本では、『宇宙からのメッセージ』(1978年)のように皇帝ロクセイア12世を操る真のラスボスが太公母ダークで、善玉の中心がエメラリーダ姫だったり、『里見八犬伝』(1983年)のようにラスボスが妖婦玉梓で、善玉の中心が静姫だったり、『乱』(1985年)のようにラスボスが楓の方だったり、『隠し砦の三悪人』(1958年)のように善玉の中心が雪姫だったりと、善悪問わず女性が最高位にあり、女性のラスボスを倒して物語を終えるのは珍しくない。米国でも、『眠れる森の美女』(1959年)のマレフィセントや『リトル・マーメイド』(1989年)のアースラのように、女性のラスボスの例がある。
暴力的な描写を特徴とするマシュー・ヴォーン監督でさえ、女性を倒して締めくくるのを避けるとは、紳士の国イギリスならではの配慮だろうか。
いずれにしろ、『キングスマン:ゴールデン・サークル』が、前作に続いて007シリーズへの愛とアンチテーゼをたっぷり盛り込んで楽しませてくれることは間違いない。
だが、それだけでは済まさないのがマシュー・ヴォーン監督だ。監督は、ラストの結婚式のシーンによって、「ゴールデン・サークル(黄金の環)」が結婚指輪の意味でもあることを示す。ポピー・アダムスが手下の体に黄金の環を刻み込んだのも、彼女へ忠誠の証として身につけさせたかったのだろう。
結婚式は順調に進み、指輪の交換になるのだが、これが他の映画と全然違う。指輪の交換と云いつつ、映画やテレビドラマの多くが、花婿が花嫁に指輪をはめるところしか映さないのに対して、本作は花嫁である王女が花婿であるエージェントに指輪をはめるところしか映さない。
007シリーズだったら、女性に指輪をはめてもらうジェームズ・ボンドなんて想像できない。ところが本作は、あっさりと女性のほうを能動的な存在として描き切った。いともたやすく007の先へ行ってしまったのだ。
『On Her Majesty's Secret Service(女王陛下の諜報部員)』というのであれば、やっぱりそれくらいやってみせなきゃ。
■はじまりの終わり
本作は、キングスマン創設者による次の言葉を紹介して終わる。
「This is not the end. It is not even the beginning of the end. But it is, perhaps, the end of the beginning.」
(これは終わりではない。終わりのはじまりですらない。しかしあるいは、はじまりの終わりかもしれない。)
これは、1942年11月10日に、英首相ウィンストン・チャーチルが述べた言葉だ。第二次エル・アラメイン会戦で遂に英軍がドイツ軍を撃破したことを受けて、ここから英国の勝利に転じるであろうことを謳ったものだ。
映画の最後のこの言葉には、二つの意味が込められているだろう。
一つは、キングスマン創設メンバーの一人がウィンストン・チャーチルであること。もう一つは、『キングスマン』シリーズはこれで終わりではなく、まだシリーズ化の足固めを終えたばかりだということだ。
なお、先に試写会での観客の反応について述べたが、もう一つ、試写の反応を受けて変わってしまったことがある。
試写バージョンでは、最後の戦いが終わったところにマーリンが這ってきて、助けてもらうシーンがあったのだ。そしてマーリンは、義足をつけて結婚式に列席する。
ところが、試写を観た観客の「騙された」「感動が台無しだ」という反応に、ヴォーン監督はマーリンが生きていることをうかがわせるシーンをすべてカットしてしまった。
たしかに、死んだと思われていた人物が実は生きていたというネタを一本の映画の中で二度もやるのは興醒めかもしれない。だが、このカットのおかげで、マーリンは死んだままになってしまった。映画の冒頭でチャーリーが義手をつけて出てきたのは、後々マーリンが義足になっても唐突に感じさせないための伏線でもあったろうに。
現在構想中と伝えられるシリーズ第三作や、ステイツマンのスピンオフ映画では、是非ともマーリンを登場させて欲しいものだ。
[*] 007シリーズ全24作のうち、次の6作品はエルンスト・スタヴロ・ブロフェルドがラスボス(黒幕)である。
『007/危機一発』(後に『007/ロシアより愛をこめて』に改題)
『007/サンダーボール作戦』
『007は二度死ぬ』
『女王陛下の007』
『007/ダイヤモンドは永遠に』
『007/スペクター』
なお、イオン・プロが関わっていない『007/カジノ・ロワイヤル』(1967年)と『ネバーセイ・ネバーアゲイン』を加えて全26作としても、女性のラスボスがいないことには変わりない。
『キングスマン:ゴールデン・サークル』 [か行]
監督・制作・脚本/マシュー・ヴォーン 脚本/ジェーン・ゴールドマン
出演/コリン・ファース タロン・エガートン ジュリアン・ムーア マーク・ストロング ハル・ベリー ジェフ・ブリッジス ペドロ・パスカル チャニング・テイタム エドワード・ホルクロフト ソフィー・クックソン ポッピー・デルヴィーニュ エミリー・ワトソン マイケル・ガンボン ビヨーン・グラナート エルトン・ジョン
日本公開/2018年1月5日
ジャンル/[アクション] [アドベンチャー] [サスペンス]
『キック・アス』、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』、『キングスマン』と傑作を連発してきたマシュー・ヴォーン監督だが、続編のメガホンをみずから取るのははじめてのことだ。
しかし、さすがはヴォーン監督。傑作の続編『キングスマン:ゴールデン・サークル』は、またも傑作だった。
■「ゴールデン・サークル」とは?
気になったのは副題の「ゴールデン・サークル」だ。原題は『Kingsman: The Golden Circle』で、邦題はそのままカタカナ表記にしただけだ。
前作は原題が『Kingsman: The Secret Service』で、キングスマンの説明である「シークレットサービス」が副題になっていた。
本作の副題「ゴールデン・サークル(黄金の環)」は敵の組織名なのだが、副題にするにはインパクトが弱い。『007/スペクター』のように半世紀以上も敵として知られた組織の名前なら、副題につくと「おぉ、とうとうスペクターと正面切って対決か」と興味もそそられるが、本作で初登場の組織名を副題にしても宣伝効果はたかが知れている。しかも、劇中の「黄金の環」は、敵組織の手下がメンバーの印として金の環の刺青をしているだけで、さして重要なアイテムではない。
金に執着する怪人物ゴールドフィンガーが登場する『007/ゴールドフィンガー』や、万年筆やらライター等のお洒落アイテムを組み合せると黄金銃(golden gun)になる『007/黄金銃を持つ男』や、秘密兵器ゴールデンアイを巡って戦う『007/ゴールデンアイ』にあやかって、「ゴールデン…」という副題にしたかったのだろうが、007シリーズの諸作に比べるとインパクトの弱さは否めない……。
そう思っていたら、もともと予定されていた副題は「ゴールデン・トライアングル」だと知って納得した。
ゴールデン・トライアングル、すなわち「黄金の三角地帯」は、世界最大の麻薬密造地帯として知られてきた。タイ、ミャンマー、ラオスの国境が接する三角形の地域で、麻薬の原料となるケシが大規模に栽培されている。サイボーグ009たちが麻薬を生産するネオ・ブラックゴーストと戦う『サイボーグ009 黄金の三角地帯編』でご存知の方も多いだろう。
なるほど、「黄金の三角地帯」なら知名度は高いし、ポピー・アダムス率いる麻薬密売組織との戦いを描く本作を的確に表現しており、まさに副題にピッタリだ(ちなみに「ポピー・アダムス」という名前は、麻薬の原料となるケシ(ポピー)の仄めかしと、ボンドガール最多出演のモード・アダムスへの敬意を表したものだろう)。
だのになぜトライアングル(三角)がサークル(円)になってしまったかというと、一般公開に先駆けて三回ほど試写会を開いたところ、集まった観客の誰も「黄金の三角地帯」を知らなかったからだという。
ギャフン。
「黄金の三角地帯」の麻薬取引には、CIAの関与が取り沙汰されたこともあるというのに、米国人は呑気なものだ。
まぁ、それはそれで良かったのかもしれない。悪名高き「黄金の三角地帯」だが、現在ケシ栽培は減少し、合法的なコーヒー栽培や観光業が盛んになっている。いまさら麻薬密造地帯として知名度を上げることはないかもしれない。
それに本作は、ポピー・アダムスのアジト「ポピーランド」の場所をカンボジアと設定している。しかし、カンボジアは、タイ、ミャンマー、ラオスからなる「黄金の三角地帯」から外れているので、ゴールデン・トライアングル扱いするのは筋違いであろう(ポピーランドのセットがカンボジアの有名なタ・プローム寺院に似ていたこともあり、カンボジア政府は同国および同国の有名な寺院を「犯罪の温床」と描写した場面が「容認できない」として、本作の国内上映を禁止した)。
■異質な世界のぶつかり合い
さて、前作『キングスマン』は、英国人が寄ってたかって米国人をとっちめる話だった。傲慢な米国人の悪党だけでなく、教会に集まっていた米国の民衆まで皆殺しにして、英国人――スウェーデンの王女も関わっているからヨーロッパ人というべきか――だけが勝利を味わう映画だった。イギリス人のマシュー・ヴォーンが制作・監督・脚本を兼ねて、ブリティッシュ・ユーモアを全開にしていたわけだが(『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』では、マシュー・ヴォーンは監督・脚本だけを担当したせいか大人しい)、『キングスマン:ゴールデン・サークル』は前作以上に米国人をおちょくり、けちょんけちょんにしていて面白い。
まず、オープニングで米国人の心の歌「故郷に帰りたい(カントリー・ロード)」が流れてニヤリ。2017年は『エイリアン:コヴェナント』『ローガン・ラッキー』そして本作と、同曲を取り上げた映画が続いたけれど、他の二本の米国映画が故郷に帰りたい気持ちを素直に歌い、特に『ローガン・ラッキー』では感動的に使われたのに対して、ブラック・ユーモアの権化マシュー・ヴォーンがそんな使い方をするはずがない。
案の定、本作には、カンボジアの奥地に1950年代の米国の街並みを再現して故郷を懐かしむ、狂った米国人犯罪者ポピー・アダムスが登場する。そして、ポピーランドに乗り込んだ英国人のマーリンが、ポピーの手下どもに向けて大声で歌いまくるのがこの曲だ。マーリンの心情としては「こんなところまで来て何してやがるんだ、米国の田舎者。とっとと故郷へ帰りやがれ、バカヤロー」くらいの思いであろう。米国ウェストバージニア州の州歌となるほど親しまれているこの曲を、米国人犯罪者への挑発として歌うとは、嫌がらせにもほどがある。
ポピーが行う処刑の方法もひどい。ポピーは気に入らない人間をミンチにして、ハンバーガーを作るのだ。よりによって、米国を代表する料理ハンバーガーにするところがミソである。これを見たら、もうハンバーガーを食べたくない……。
犯罪を取り締まるべき米国大統領も、独りよがりのひどい人間として描かれる。おそらく劇中で最低の人物だが、独特の話し方や長すぎる赤いネクタイや高価なカフリンクス等の特徴が、第45代米国大統領ドナルド・トランプに共通するといわれる。
そして、劇中の事件を報じるテレビ局がよりによってFOXニュース。FOXニュースは、トランプを支持し、トランプに支持される右派メディアとして知られる。ドナルド・トランプの支持者が普段見ているメディアこそがFOXだ。トランプを支持する観客は、反トランプ色の強いCNNの画面がスクリーンに映ったら引いてしまうかもしれないが、FOXニュースであれば普段から見慣れているから違和感なく受け入れるだろう。本作はそうやって右派の観客に歩み寄っておきながら、トランプによく似た大統領の傲慢さと残酷さを見せつける。
もとより、本作を配給する20世紀フォックスもFOXニュースも、同じ21世紀フォックス傘下のグループ会社だから、FOXニュースを取り上げてそのニュースキャスターを本人役で起用するのはおかしなことではない。しかし、皮肉屋のヴォーン監督が、視聴するニュース番組にも党派性が現れる米国に向けてFOXニュースばかりを取り上げる意味を、勘繰らずにはいられない。
しかも、暴走する大統領を諌めて、リベラルな(CNN的な)発言をする首席補佐官の名前がフォックスなのだ。もうFOXニュースを運営する21世紀フォックスのグループ全体への皮肉としか思えない。
英国のキングスマンに相当する米国の諜報機関ステイツマンの扱いもひどい。ケンタッキー州を拠点とするステイツマンのメンバーは、どいつもこいつもテンガロンハットを被ったステレオタイプのカウボーイ野郎。しかも必殺技が投げ縄ときた。米国東部のエスタブリッシュメントや西海岸のIT業界や映画界の人間は無視して、南部や中西部の白人を戯画化したような設定だ。南部・中西部の白人は、まさに共和党の支持層、ドナルド・トランプの支持層と重なっており、本作は彼らをキングスマンに匹敵するヒーローとして持ち上げて、劇中に引っ張り出したのだ。前作で皆殺しにされたのは、他ならぬこれらの人々なのに。
公式サイトに掲載されたマシュー・ヴォーン監督の言葉は、とても知的でかっこいい。
「アメリカとイギリスは同じ言語を使うが、文化的には大きく違っている。この特別な関係を扱ってみたかった。前作で人々が気に入ったのは、ハリーとエグジーの異質な世界がぶつかり合う部分だった。アメリカ文化とイギリス文化の衝突で、その点を継続したいと思った。(略)私は子供の時にはカウボーイ映画が大好きだった。カウボーイはものすごくクールなキャラクターだと思い、アメリカらしいもので楽しみたいと思った。」
かく云うヴォーン監督が描いたステイツマンは、男性ばかりが表舞台で活躍し、黒人女性が裏方に押し込められている組織だ。人気俳優チャニング・テイタムが登場するからどれだけ活躍するかと思えば、下手を打ってただ寝てるだけ。凄腕エージェントのジャック・ダニエルズことウィスキーは、とんでもない悪党だ。
結局、こんな米国人たちには頼らずに、またしても英国人ばかりが活躍して米国人犯罪者をやっつける。ついでに米国大統領も投獄される。ハリーなんて、米国風にテンガロンハットを被っているときは調子が悪いが、英国風のスーツ姿になると絶好調。
出来上がった映画は、またも米国人をけちょんけちょんにこき下ろすものだった。
かくの如き映画で、雪山で危機に陥ったウィスキーが、米国人の誇りともいえる星条旗のパラシュートをなぜか背負っていたなんて、米国をおちょくるにもほどがあろう。もちろんこれは『007/私を愛したスパイ』のオープニング、雪山で危機に陥ったジェームズ・ボンドが、なぜかユニオンジャックのパラシュートを背負っていたシーンのパロディだ。
このユーモアを米国の観客に感じ取ってもらいたいものだが、残念ながら米国での興行成績は前作の128百万ドルから100百万ドルへ下がってしまった(いずれも2018年1月8日現在)。残念なことだ。代わりといってはなんだが、英国での成績が24百万ドルから33百万ドルに増加したのは面白い。
中国での成績も74百万ドル(香港を合せると79百万ドル)から116百万ドル(同121百万ドル)に増加し、米国の成績を上回った。おちょくる側ではなく、おちょくられる側でもなく、他人事であるほうが気楽に笑えるのかもしれない。
■007への愛と超越
前作の記事で、私は『キングスマン』の面白さを語るのに『007は二度死ぬ』を引き合いに出した。
前作に負けず劣らず007シリーズへのオマージュやパロディに溢れた本作だが、今回なんといっても目立つのは、これまた私の好きな映画『女王陛下の007(On Her Majesty's Secret Service)』との類似だ。
『007は二度死ぬ』を最後にショーン・コネリーが(この時点では)降板した後に作られた『女王陛下の007』(1969年)は、過去の007シリーズとは違うカラーを出そうとした、アンチテーゼのような映画だった。プレイボーイで、いつも違う女性をはべらせているジェームズ・ボンドが、一人の女性を真剣に愛して結婚する。それまで海を舞台にすることが多かった同シリーズが、『女王陛下の007』ではアルプスの雪山での戦いを中心とする。重要な女性キャラクターが死亡する等。
これらの特徴は『キングスマン:ゴールデン・サークル』にも見受けられる。
『キングスマン』シリーズはマシュー・ヴォーン監督の007愛から生まれたわけだが、愛すればこそ自分でも同じことをやり、心の中で「知ってる奴、本物を思い出して感動してくれ!」と叫びたくなることもあれば、愛すればこそ違う要素を加えたくなることもあるだろう。完璧な作品というものはそうそうないから、何度も見返すほど好きであれば、「自分ならこうするのに」という"修正点"も見えてきてしまうものだ。
たとえば、E・R・バローズの小説をこよなく愛するフィリップ・ホセ・ファーマーは、その模倣作、階層宇宙シリーズで、バローズ作品の至らない点を改善している。E・R・バローズの作品ではヒーロー、ヒロインが狭い部屋に何日も閉じ込められることがよくあるのだが、ファーマーは同じような状況下で排泄物をどう処理するのか等をきちんと書いた。バローズ作品を一読しただけでは気にならないような細かいことまで敢えて書くその姿勢に、バローズ作品への愛情の深さがうかがえる。『宇宙戦艦ヤマト2199』も、作り手が『宇宙戦艦ヤマト』を愛すればこその作品だろう。
結果として『女王陛下の007』に似たのは、007シリーズ全般へのアンチテーゼとしての意味と、先行するアンチテーゼ作品である『女王陛下の007』へ敬意を払ったからだろう。『女王陛下の007』はなかなか人気があるようで、クリストファー・ノーラン監督も自作『インセプション』で『女王陛下の007』にならって雪山のアクションシーンを撮っている。
それにしても、本作の主人公エグジーが、てっきり行きずりの関係だと思われた前作の王女と真剣な交際を続けていたのは驚きだし、美女クララと寝る任務を与えられて拒絶するのも、007らしくなくていい。というか、多くのアクションヒーローらしくない(エグジーを演じたタロン・エガートンは実際にクララと寝る場面の演技を拒絶したため、彼女の股間に延びる手はクララ役のポッピー・デルヴィーニュの夫のものだ)。
前作で国際的な秘密組織のエージェントに、そして紳士になったエグジーが、相変わらず下層階級の友人たちを大切にしているのも嬉しい。主人公の故郷や古くからの友人を描き続けるのも、007をはじめとするスパイアクション映画に見られないものだし、同時に、紳士であることと生まれとは関係ないという前作のテーマを受け継ぐものでもある。
こうして本作は、007シリーズと同様のスパイアクションでありながら、007シリーズとは一線を画す魅力を放つ。
しかも、『キングスマン:ゴールデン・サークル』は、007シリーズがいまだ成し得ないことも実現した。
1962年公開の第一作から2015年の第24作『007/スペクター』に至るまで、007シリーズでは女性がラスボスになったことがない[*]。『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』ではラスボスに近い位置に女性がいたが、ともあれ女性の殺し屋や幹部はいても、女性が悪の組織の最高権力を握ることはなかった。善玉に関しては、1995年の『007/ゴールデンアイ』から007の上司をジュディ・デンチが演じるようになったけれど、これはMI5初の女性長官ステラ・リミントンが情報公開を推進し、情報機関の長官が女性であることが知れ渡ったためだ(007が所属するMI6の長官には、実際にはまだ女性が就任したことはない。なお、劇中で007の上司は「M」と呼ばれるが、現実のMI6長官は「C」と呼ばれる)。
本家007シリーズが女性を悪の親玉にできないのであれば、自分がやってやろうと思うのがクリエイターたるものだろう。
1960年代風のアクションコメディ『ミニオンズ』(2015年)には、悪党の中の悪党としてサンドラ・ブロック演じるスカーレット・オーバーキルが登場した。そして本作のラスボスを務めるのが、麻薬王、おっと麻薬女王のポピー・アダムスだ。
もっとも、たとえラスボスといえども、女性を殺して物語を締めくくるのは気が引けるのか、本作の最後にはボスでもない男性との対決が待っている。
日本では、『宇宙からのメッセージ』(1978年)のように皇帝ロクセイア12世を操る真のラスボスが太公母ダークで、善玉の中心がエメラリーダ姫だったり、『里見八犬伝』(1983年)のようにラスボスが妖婦玉梓で、善玉の中心が静姫だったり、『乱』(1985年)のようにラスボスが楓の方だったり、『隠し砦の三悪人』(1958年)のように善玉の中心が雪姫だったりと、善悪問わず女性が最高位にあり、女性のラスボスを倒して物語を終えるのは珍しくない。米国でも、『眠れる森の美女』(1959年)のマレフィセントや『リトル・マーメイド』(1989年)のアースラのように、女性のラスボスの例がある。
暴力的な描写を特徴とするマシュー・ヴォーン監督でさえ、女性を倒して締めくくるのを避けるとは、紳士の国イギリスならではの配慮だろうか。
いずれにしろ、『キングスマン:ゴールデン・サークル』が、前作に続いて007シリーズへの愛とアンチテーゼをたっぷり盛り込んで楽しませてくれることは間違いない。
だが、それだけでは済まさないのがマシュー・ヴォーン監督だ。監督は、ラストの結婚式のシーンによって、「ゴールデン・サークル(黄金の環)」が結婚指輪の意味でもあることを示す。ポピー・アダムスが手下の体に黄金の環を刻み込んだのも、彼女へ忠誠の証として身につけさせたかったのだろう。
結婚式は順調に進み、指輪の交換になるのだが、これが他の映画と全然違う。指輪の交換と云いつつ、映画やテレビドラマの多くが、花婿が花嫁に指輪をはめるところしか映さないのに対して、本作は花嫁である王女が花婿であるエージェントに指輪をはめるところしか映さない。
007シリーズだったら、女性に指輪をはめてもらうジェームズ・ボンドなんて想像できない。ところが本作は、あっさりと女性のほうを能動的な存在として描き切った。いともたやすく007の先へ行ってしまったのだ。
『On Her Majesty's Secret Service(女王陛下の諜報部員)』というのであれば、やっぱりそれくらいやってみせなきゃ。
■はじまりの終わり
本作は、キングスマン創設者による次の言葉を紹介して終わる。
「This is not the end. It is not even the beginning of the end. But it is, perhaps, the end of the beginning.」
(これは終わりではない。終わりのはじまりですらない。しかしあるいは、はじまりの終わりかもしれない。)
これは、1942年11月10日に、英首相ウィンストン・チャーチルが述べた言葉だ。第二次エル・アラメイン会戦で遂に英軍がドイツ軍を撃破したことを受けて、ここから英国の勝利に転じるであろうことを謳ったものだ。
映画の最後のこの言葉には、二つの意味が込められているだろう。
一つは、キングスマン創設メンバーの一人がウィンストン・チャーチルであること。もう一つは、『キングスマン』シリーズはこれで終わりではなく、まだシリーズ化の足固めを終えたばかりだということだ。
なお、先に試写会での観客の反応について述べたが、もう一つ、試写の反応を受けて変わってしまったことがある。
試写バージョンでは、最後の戦いが終わったところにマーリンが這ってきて、助けてもらうシーンがあったのだ。そしてマーリンは、義足をつけて結婚式に列席する。
ところが、試写を観た観客の「騙された」「感動が台無しだ」という反応に、ヴォーン監督はマーリンが生きていることをうかがわせるシーンをすべてカットしてしまった。
たしかに、死んだと思われていた人物が実は生きていたというネタを一本の映画の中で二度もやるのは興醒めかもしれない。だが、このカットのおかげで、マーリンは死んだままになってしまった。映画の冒頭でチャーリーが義手をつけて出てきたのは、後々マーリンが義足になっても唐突に感じさせないための伏線でもあったろうに。
現在構想中と伝えられるシリーズ第三作や、ステイツマンのスピンオフ映画では、是非ともマーリンを登場させて欲しいものだ。
[*] 007シリーズ全24作のうち、次の6作品はエルンスト・スタヴロ・ブロフェルドがラスボス(黒幕)である。
『007/危機一発』(後に『007/ロシアより愛をこめて』に改題)
『007/サンダーボール作戦』
『007は二度死ぬ』
『女王陛下の007』
『007/ダイヤモンドは永遠に』
『007/スペクター』
なお、イオン・プロが関わっていない『007/カジノ・ロワイヤル』(1967年)と『ネバーセイ・ネバーアゲイン』を加えて全26作としても、女性のラスボスがいないことには変わりない。
『キングスマン:ゴールデン・サークル』 [か行]
監督・制作・脚本/マシュー・ヴォーン 脚本/ジェーン・ゴールドマン
出演/コリン・ファース タロン・エガートン ジュリアン・ムーア マーク・ストロング ハル・ベリー ジェフ・ブリッジス ペドロ・パスカル チャニング・テイタム エドワード・ホルクロフト ソフィー・クックソン ポッピー・デルヴィーニュ エミリー・ワトソン マイケル・ガンボン ビヨーン・グラナート エルトン・ジョン
日本公開/2018年1月5日
ジャンル/[アクション] [アドベンチャー] [サスペンス]
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【theme : アクション映画】
【genre : 映画】
tag : マシュー・ヴォーンコリン・ファースタロン・エガートンジュリアン・ムーアマーク・ストロングハル・ベリージェフ・ブリッジスペドロ・パスカルチャニング・テイタムエドワード・ホルクロフト
⇒comment
こんにちは
こんにちは。
マーリンのラストシーンのお話し(試写の反響でカットになってしまったこと)、とても興味深かったです。
やっぱり彼は生きていて欲しいキャラクターの一人でしたし。
私は、テキーラがマーリンの後釜に座るのだとばかり思っていたので(「そんな頭脳は持ち合わせていないっぽいよ」というのは言いっこなしで)、貴記事を拝見したら、自説全く異なっていることがわかりました。
いずれにしても次回作が楽しみです。
マーリンのラストシーンのお話し(試写の反響でカットになってしまったこと)、とても興味深かったです。
やっぱり彼は生きていて欲しいキャラクターの一人でしたし。
私は、テキーラがマーリンの後釜に座るのだとばかり思っていたので(「そんな頭脳は持ち合わせていないっぽいよ」というのは言いっこなしで)、貴記事を拝見したら、自説全く異なっていることがわかりました。
いずれにしても次回作が楽しみです。
Re: こんにちは
ここなつさん、こんにちは!
完成した映画を観たマーク・ストロングは驚いたでしょうね。
前作で死なせてしまったハリー・ハートを本作に出すのは苦労したことでしょうが(ヴォーン監督は本作にコリン・ファースを出演させる方法として、ハリー・ハートのゾンビを出そうか、双子の兄弟を出そうかと云っていたそうです)、今回はマーリンを死なせるつもりはなかったわけですから、次回作で是非出して欲しいですね。今回カットしたシーンから次回作をはじめて欲しいくらいです。
次回作が待ち遠しいです!
完成した映画を観たマーク・ストロングは驚いたでしょうね。
前作で死なせてしまったハリー・ハートを本作に出すのは苦労したことでしょうが(ヴォーン監督は本作にコリン・ファースを出演させる方法として、ハリー・ハートのゾンビを出そうか、双子の兄弟を出そうかと云っていたそうです)、今回はマーリンを死なせるつもりはなかったわけですから、次回作で是非出して欲しいですね。今回カットしたシーンから次回作をはじめて欲しいくらいです。
次回作が待ち遠しいです!
なんと!
マーリン、そんな裏話があったんですか!
とはいえ次作で彼がしゃあしゃあと復活しても誰も文句言わないでしょうけど(笑)
とはいえ次作で彼がしゃあしゃあと復活しても誰も文句言わないでしょうけど(笑)
Re: なんと!
onscreenさん、こんにちは。
是非しゃあしゃあと復活して欲しいです。
復活しないとそれこそ怒るぞ、という話です
是非しゃあしゃあと復活して欲しいです。
復活しないとそれこそ怒るぞ、という話です
No title
マリーンにはメカ足で大爆走してほしいです。
でも、池とか海とかには弱い。重いしショートするからね。
いや、機動力が付くからもうバックアップ側でなくてもいいでしょ。
でも、池とか海とかには弱い。重いしショートするからね。
いや、機動力が付くからもうバックアップ側でなくてもいいでしょ。
Re: No title
fjk78deadさん、こんにちは。
『600万ドルの男』路線も取り込んでしまうわけですね。
私としては、002(ジェット・リンク)みたいに空を飛んで欲しいです。
『600万ドルの男』路線も取り込んでしまうわけですね。
私としては、002(ジェット・リンク)みたいに空を飛んで欲しいです。
No title
こんにちは。二度目の書き込みとなります。
これは前作が大変面白かったので応援の意味も込め今作は奮発して劇場鑑賞してみましたが、ちょっと期待はずれでした。
考えたり論評を拝読すると私にとってエグジーの成功&成長録が無い点とユーモアのネタ元への関心や理解度の差が大きく響いてしまったようです。簡単に言うとスティーブ・ジョブスとトランプ大統領への興味の差だったかも知れません。理解度の差(客観性)はともかく興味の差(主観性)でココまで差が出てしまうのをロジックでなく生々しく体感出来たのはナドレックさんの論評込みで分かり得た事なので大変感謝致します。
理解という意味では前作ぐらい描いてもらわないと英国紳士を感じられない自分が残念です。コリン・ファースをはじめとする「英国俳優だから」で感じるにはまだまだ教養が足りないってことですよね。
マーリンは当然そうですがロキシーも復活して欲しいですね。ハリーがあそこまでいけしゃあしゃあと生きてましたよ?とやられたら普通の死に方程度では誰でも復活していいような気がしちゃいます(笑)。
それにしてもオマージュもの・パロディものは敷居が露骨に高いので浅学の身には厳しいですね。かろうじて雪山は引っかかりましたが後は何も分かりませんでした(笑)。
これは前作が大変面白かったので応援の意味も込め今作は奮発して劇場鑑賞してみましたが、ちょっと期待はずれでした。
考えたり論評を拝読すると私にとってエグジーの成功&成長録が無い点とユーモアのネタ元への関心や理解度の差が大きく響いてしまったようです。簡単に言うとスティーブ・ジョブスとトランプ大統領への興味の差だったかも知れません。理解度の差(客観性)はともかく興味の差(主観性)でココまで差が出てしまうのをロジックでなく生々しく体感出来たのはナドレックさんの論評込みで分かり得た事なので大変感謝致します。
理解という意味では前作ぐらい描いてもらわないと英国紳士を感じられない自分が残念です。コリン・ファースをはじめとする「英国俳優だから」で感じるにはまだまだ教養が足りないってことですよね。
マーリンは当然そうですがロキシーも復活して欲しいですね。ハリーがあそこまでいけしゃあしゃあと生きてましたよ?とやられたら普通の死に方程度では誰でも復活していいような気がしちゃいます(笑)。
それにしてもオマージュもの・パロディものは敷居が露骨に高いので浅学の身には厳しいですね。かろうじて雪山は引っかかりましたが後は何も分かりませんでした(笑)。
No title
ナドレックさんの007への造詣の深さに脱帽です。いままでジュリアン・ムーアに関しては特にどうと思ったことなかったのですが、この映画ではなぜかときめきました。エプロンつけてハンバーグこねてる姿が悪の女王にしてはあまりにも家庭的で、そのギャップに萌えたのだと思います。
年末から年始にかけて『オリエント急行』、本作品、『パディントン2』と英国系の映画にひたっています。『パディントン』もある意味「真の紳士とはなんぞや」を追求した映画でした。エグジー君も立派な紳士になったかと思いきや、相変わらず「ファック」を連発してましたねえ…
年末から年始にかけて『オリエント急行』、本作品、『パディントン2』と英国系の映画にひたっています。『パディントン』もある意味「真の紳士とはなんぞや」を追求した映画でした。エグジー君も立派な紳士になったかと思いきや、相変わらず「ファック」を連発してましたねえ…
Re: No title
TGさん、こんにちは。
過剰なほどの英国調が前作の魅力でしたが、本作は少々雰囲気が変わりましたね。前作が英国紳士を強調したのに対し、本作は米国のウエスタンスタイルと対比することで英国らしさを浮かび上がらせる手法でした。そこは好みの分かれるところかもしれませんね。
現在公開中のアメリカ映画『ジオストーム』では、米国人が単純明快なヒーローである一方、英国人は頭でっかちな皮肉屋で鼻持ちならない人物として描かれているのが興味深いです。どっちもどっちですね。
ロキシーもぜひぜひ復活して欲しいです。
『キック・アス』もそうですけど、マシュー・ヴォーン監督は重要なキャラクターをあっさり殺しますね。それによって主人公の情念を燃え立たせる狙いがあるのでしょうけど、たぶんそのこと以上に、敵の手下はあっさり殺されるのに味方はなかなか死なず、たとえ死んでもその前にたっぷり見せ場を用意してもらえる非対称性への反発があるのではないかと思います。だから同監督の作品では、これからもたくさんのキャラが死ぬでしょうけど、どうか平然と復活させて欲しいものです。
過剰なほどの英国調が前作の魅力でしたが、本作は少々雰囲気が変わりましたね。前作が英国紳士を強調したのに対し、本作は米国のウエスタンスタイルと対比することで英国らしさを浮かび上がらせる手法でした。そこは好みの分かれるところかもしれませんね。
現在公開中のアメリカ映画『ジオストーム』では、米国人が単純明快なヒーローである一方、英国人は頭でっかちな皮肉屋で鼻持ちならない人物として描かれているのが興味深いです。どっちもどっちですね。
ロキシーもぜひぜひ復活して欲しいです。
『キック・アス』もそうですけど、マシュー・ヴォーン監督は重要なキャラクターをあっさり殺しますね。それによって主人公の情念を燃え立たせる狙いがあるのでしょうけど、たぶんそのこと以上に、敵の手下はあっさり殺されるのに味方はなかなか死なず、たとえ死んでもその前にたっぷり見せ場を用意してもらえる非対称性への反発があるのではないかと思います。だから同監督の作品では、これからもたくさんのキャラが死ぬでしょうけど、どうか平然と復活させて欲しいものです。
Re: No title
SGA屋伍一さん、こんにちは。
本当は、本文中に凄腕エージェントが美女軍団と戦う『電撃フリント・アタック作戦』のことも書いていたのですが、あれは結局「やっぱりフリントには敵わないわ、ウッフン」という映画なので、本記事で触れるのはやめました。
ところが、マシュー・ヴォーン監督が007シリーズと並んで好きな映画として挙げているのは『電撃フリント・アタック作戦』。
https://news.mynavi.jp/article/20150809-a134/
シリーズ一作目の『電撃フリントGO!GO作戦』(こちらは普通の007のパロディ)ではなく、わざわざ二作目の『アタック作戦』を挙げるところが、アンタも好きねぇ~という感じです。私も『GO!GO作戦』以上に『アタック作戦』が好きですけど。
ちなみにモード・アダムスがボンドガールを務めた『007/オクトパシー』のプロットは、『電撃フリント・アタック作戦』に通じるところがあります。
エプロンつけてハンバーグこねてる悪の女王は良かったですね。
ジュリアン・ムーアがとても魅力的でした。
本当は、本文中に凄腕エージェントが美女軍団と戦う『電撃フリント・アタック作戦』のことも書いていたのですが、あれは結局「やっぱりフリントには敵わないわ、ウッフン」という映画なので、本記事で触れるのはやめました。
ところが、マシュー・ヴォーン監督が007シリーズと並んで好きな映画として挙げているのは『電撃フリント・アタック作戦』。
https://news.mynavi.jp/article/20150809-a134/
シリーズ一作目の『電撃フリントGO!GO作戦』(こちらは普通の007のパロディ)ではなく、わざわざ二作目の『アタック作戦』を挙げるところが、アンタも好きねぇ~という感じです。私も『GO!GO作戦』以上に『アタック作戦』が好きですけど。
ちなみにモード・アダムスがボンドガールを務めた『007/オクトパシー』のプロットは、『電撃フリント・アタック作戦』に通じるところがあります。
エプロンつけてハンバーグこねてる悪の女王は良かったですね。
ジュリアン・ムーアがとても魅力的でした。
試写版が見たい!
ナドレックさん、ご無沙汰です。
毎度、映画制作の裏事情や作品にすり込まれている様々な仕掛けなど、多岐にわたる詳細なリサーチ、大変興味深く拝読しております。ポピーランドがなぜ東南アジアの山奥にあるのか、ようやく謎が解けました。
ラスボスの名前も陳腐だなぁ~と思っていたら、ちゃんとした意図があったのですね。大学で英語を勉強していたのに、ポピーという単語の意味すら浮かんでこない自分が情けないです。
もしよろしかったら、当方の拙い感想文に一言コメントを頂けますと有り難いです。
毎度、映画制作の裏事情や作品にすり込まれている様々な仕掛けなど、多岐にわたる詳細なリサーチ、大変興味深く拝読しております。ポピーランドがなぜ東南アジアの山奥にあるのか、ようやく謎が解けました。
ラスボスの名前も陳腐だなぁ~と思っていたら、ちゃんとした意図があったのですね。大学で英語を勉強していたのに、ポピーという単語の意味すら浮かんでこない自分が情けないです。
もしよろしかったら、当方の拙い感想文に一言コメントを頂けますと有り難いです。
Re: 試写版が見たい!
SunHeroさん、こんにちは。
本作は麻薬を推進する組織と酒を推進する組織の戦いで、麻薬と酒とどっちがマシと考えるか、を問う構図にもなっていて興味深いですね。本作の回答は、「どちらも使い方次第」ということでしょうか。
貴ブログで述べられているように選曲が上手くて、音楽も印象的な映画でしたね。
本作は麻薬を推進する組織と酒を推進する組織の戦いで、麻薬と酒とどっちがマシと考えるか、を問う構図にもなっていて興味深いですね。本作の回答は、「どちらも使い方次第」ということでしょうか。
貴ブログで述べられているように選曲が上手くて、音楽も印象的な映画でしたね。
ウイスキーが「とんでもない悪党」って書き方はどうなんですか?彼は決して悪人ではないと思いますよ
Re: タイトルなし
未記入さん、こんにちは。
コメントありがとうございます!
この記事の公開からはや数ヶ月、ようやく突っ込んでいただけて嬉しいです。「とんでもない悪党」と書いたら誰かが突っ込みを入れてくれるかも、と期待していたのですが、何ヶ月経っても誰も言及してくれないので、空振りだったかなと残念に思っていたところです。たいへんありがとうございます。
さて、未記入さんはウイスキーが悪人ではないとお考えなんですね。
ウイスキーは大勢の麻薬中毒患者を死なせようとし、その大量死を邪魔する者も片っ端から殺そうとします。それは一般的には「悪いこと」だと思うのですが、未記入さんはなぜウイスキーが悪人ではないと考えるのでしょうか。理由を教えていただけますでしょうか。
コメントありがとうございます!
この記事の公開からはや数ヶ月、ようやく突っ込んでいただけて嬉しいです。「とんでもない悪党」と書いたら誰かが突っ込みを入れてくれるかも、と期待していたのですが、何ヶ月経っても誰も言及してくれないので、空振りだったかなと残念に思っていたところです。たいへんありがとうございます。
さて、未記入さんはウイスキーが悪人ではないとお考えなんですね。
ウイスキーは大勢の麻薬中毒患者を死なせようとし、その大量死を邪魔する者も片っ端から殺そうとします。それは一般的には「悪いこと」だと思うのですが、未記入さんはなぜウイスキーが悪人ではないと考えるのでしょうか。理由を教えていただけますでしょうか。
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