■誰が環境汚染の費用を払うのか?<岡本式中国経済論50>■
1.はじめに
1月半ばから北京の大気汚染が話題になりました。北京のみならず多くの都市で汚染を示すPM2.5が上昇したといいます。私も2月下旬に北京に行きました。やはりスモッグというか霧で500mぐらいしか先を見通せない感じです。
北京オリンピック前後から、大気は改善したように思いましたが、中国の大気汚染は深刻なものだったことがわかります。
2.原因と対策
このような大気汚染は何が原因になっているのでしょうか。中国科学院大気物理研究所のモニタリング調査によると、北京の微小粒子状物質「PM2.5」の最大の発生源は、自動車で、その比率は約4分の1。その次は石炭業と輸送業で、それぞれ5分の1を占める、といいます。これで全体の65%となります。
石家荘(河北省)では、燃料7割、工業生産2割、交通運輸1割という数値も出ています(ただしネットで出回っている情報で、その根拠は見つかりませんでした)。
数値はさておき原因は自動車 と 工場 と 石炭(暖房燃料)であると言えそうです。
まず、工場への罰則が低いということが問題です。
WSJの記事から
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中国で排出ガスに関するデータの報告を拒否した場合の法令に基づく罰則金の最高額はわずか5万元(約75万円)で、排出基準を上回った場合の罰則金も最高でこの2倍の10万元にとどまる。罰則金に関しても透明性を欠いているが、国営メディアによると中国の環境保護省は2011年に、監視装置を停止させたり、データを操作したり、ガス排出量が基準を上回ったりした11の発電所に罰則金を科したという。
違反企業には中国電力投資集団公司、中国国電集団公司、中国華電集団公司、中国大唐集団なども含まれている。米経済誌フォーチュンの「グローバル500」にも選ばれている中国大唐集団は国有企業であり、所有する3つの発電所が違反を犯していた。それぞれの施設の罰則金の合計が15万元を超えたことはない。
規制の執行にあまり透明性がないとはいえ、工場がなぜ不正を行うかは容易に理解できる。すでに設置が義務付けられている排出ガス制御装置を使うよりも、基準を上回る排出量に対する罰則金を支払う方が安上がりなのだ。
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次に、中国では自動車の排出基準と燃料であるガソリンの質が議論されています。
新車(自動車)の排ガス基準は、国家1級排出基準(国I)、国家2級排出基準(国II)と分けられており、もっとも厳しい基準は国家4級(国IV)です。国IIIは2004年から導入され、国IVは北京(08年)、上海(09年)の大都市が先行して導入していますが、国III以上の自動車は全体の4分の1以下です。したがって、大部分の自動車の排ガス基準は古いままですので、実際の排ガス基準が効果を示すにはまだ時間がかかるでしょう。(排ガス基準はあくまで新車だけですので、中古車市場には基準が適用されるようになるかどうかはなんとも言えません。)
もう一方で、中国の自動車燃料(ガソリン)の質についても議論になっています。
現在、中国ではヨーロッパ基準を導入しています。硫黄含有量の低い燃料を供給することが求められています。国Vは欧州規制「ユーロV」に相当しますが、国Vでは硫黄含有量の上限が10ppmに抑えられます。
実際の中国では、2010年5月に国III基準(硫黄含有量の上限が150ppm)が導入されているのが現状です。広東、上海では2010年8月に国IVが導入され、2012年6月に北京では国Vが導入されました。2月に発表された新規制によると国Vは2014年までに中国全土に導入するとしています。
問題は、国IV、国Vであっても現実には「過渡期」ということで中国石化(国有大企業)は国III基準のガソリンを供給している疑いがあることです。実際、硫黄含有量を減らすには脱硫装置をガソリン精製工場に設置しなければなりませんが、企業のコストが増加することでもあるので、全面的な導入が遅れています。中国石化は世論の流れを受けて、今年の2月1日に自己のグループに属する9つの企業に対して来年から全面的に国IV基準のガソリンを供給するように指示しました。
また北京市内のガソリンスタンドでも国Vの基準を満たすガソリンは少ないのではないかという報道もあります。
3.経済学がいう環境対策
経済学では、環境問題を外部性の問題として捉えています。経済取引以外の側面で他の経済主体に影響を与えるものが外部性です。ガソリンの売買を考えてみると、ガソリンを購入して自動車に乗る、のは経済取引ですが、それによって排出される有害ガスは外部性の問題になります。
そこで経済学では、外部性を内部化する、すなわちガソリンの取引において排ガス分を含めた価格で取引するようにしようとします。例えばガソリンが100円で取引されるときに、排ガス対策を政府が行うための費用などとして環境税を10円徴収するようにします。
そうすると、ガソリン価格が110円になるので、今までよりも高くなり、ガソリンの使用料は減ります。消費者が自動車運転を控えることによって、環境にやさしい経済活動が可能になります。
もう一つの解決方法は所有権をはっきりさせるということです。大気というのは誰のものかわかりません。そこで大気を汚せる量(排ガスを排出できる量)を各企業に割り当て、節約できたらその枠を売り、枠をオーバーしたら他から買うというシステムを導入します。いわゆる排出権取引です。でも企業に排出権取引を課すことはできても個人には不可能です。
ですから現状としては環境税を導入することによって、環境に悪い物質の取引を抑えることが理想となります。
4.誰が負担するのか?(谁来买单?)
さて問題は環境税のような環境保護の費用を、「誰が負担するのか」という問題があります。
上海で国IV基準が採用された時には、1リットルあたり0.3元、北京で国V基準が採用されるようになった時には0.2元、ガソリン価格は上昇したといいます。つまりガソリンの精製工場の脱硫装置コストは消費者に価格転嫁されました。今回の中国石化の決定、全燃料を国IV以上にするコストは誰が負担するのか話題になっています。
中国石化は国有企業であり利潤率も大きい企業です。一般庶民としては中国石化に利潤を圧縮してコストを負担してほしいという願いもあります。
一方で、大きな声では言ってませんが、政府・国有企業も国民のガソリン消費を減らしてもらいたいという気持ちもあります。3月に開かれた全人代でも環境保護は企業と家計の意識改善が必要であると主張されています。家計自身も環境保護に責任を負ってもらいたいという意図の表れでしょう。
1972年OECDは環境費用の負担については「汚染者負担の原則」(PPP: Polluter-Pays Principle)を打ち出しています。生産工程で出た有害ガスを排出する工場については、環境を汚した費用を汚染を排出した工場が持つべきだという考えです。
汚染者負担の原則から考えると、自動車利用による大気汚染の費用は誰がもつべきでしょうか。自動車メーカーか、ガソリン精製工場か、はたまた消費者でしょうか。自動車メーカーやガソリンメーカーが環境保護の費用を消費者に負担させるのも問題ですし、すべて自動車メーカーやガソリンメーカーが負担するのも問題です。
社会システムとして3者による費用負担の分担が理想ですが、「どれだけ」負担するのかは、環境保護にどれだけ費用がかかるか、費用を明確にする必要があります。また「どれだけ」の汚染に関する費用を、3者がそれぞれ負うべきか、決定するのは難しいです。
経済学の教科書としては、環境汚染費用の内部化を説くわけですが、実際にその汚染に関する社会費用を計算することは技術的に難しいのが現状です。
*岡本信広さんの新刊が発売されています。中国の様々な側面を「政府の退出」をキーワードに描き出す内容です。
<参考>
「
北京の大気汚染、自動車の排気ガスが最大の汚染源に―中国科学院調査」(、2013年2月28日アクセス)
「
【オピニオン】中国の大気汚染減らすには本物の透明性と罰則強化が不可欠」『ウォール・ストリート・ジャーナル』
「
中国大気汚染の絶望的な排出源構成と規制遅れ」『Blog vs. Media 時評』
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*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2013年2月9日付記事を、許可を得て転載したものです。
日本の技術と資金で環境改善が行われている事実が明らかになりましたね。
2009年に日本企業が技術を提供し、総事業費115億円の8割近くを提供して完成した天然ガスを使った発電発熱施設で、年間約30万トンの石炭使用量削減に成功しているそうです。
中国の一般市民には日本の貢献は知らされていないそうですが(笑)