気ままな生活

               ♪音楽と本に囲まれて暮らす日々の覚え書♪

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バックハウスにまつわるエピソードとSP録音

バックハウスはあまり逸話の多い人ではなく、CDのブックレットでも、同時代の人にとってはもっぱら演奏会を通して知られていただけであって、その生活は謎のままだった...と書かれている。
今では、インターネットで見つけたプロフィールやレビューをいろいろ読むことができるおかげで、昔はあまり気にとめていなかったことや知らなかったことを発見できる。

バックハウスが生まれたのは1884年3月26日
 3月26日は、奇しくもベートーヴェンが亡くなった日。運命的というのか、不思議なめぐり合わせ。


1931年にスイス・ルガーノに移住、1946年にスイス国籍取得
ルガーノでのアポロ劇場ライブ録音(1953年、60年)が残っている(『Great Pianists』(10CD・BOX))
そういえば、ベートーヴェン・ピアノソナタ全集の録音場所は、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールだった。

当時スイスに住んでいたリパッティ、ハスキル、バックハウスが一緒に移っている写真もある。(クララ・ハスキル写真館


愛用していたピアノは、ベーゼンドルファー
DECCAのスタジオ録音は、ほとんどがベーゼンドルファー。
ベーゼンドルファー社から、20世紀最大のピアニストに贈られる指環(ダイヤモンドが散りばめられている)を贈呈されている。

1930年頃までは、ベヒシュタインを(も?)愛用していたらしい。(ベヒシュタイン社ホームページの情報
1969年のライブ録音(audite盤)では、ベヒシュタインを弾いている。


レコーディングに熱心
1909年にグリーグのピアノ協奏曲を約6分間録音した。
これはこの曲最初の録音というだけでなく、ピアノ協奏曲で最初の録音だった。
1928年には、世界で最初にショパンのエチュード全曲を録音した。


”ショパン弾き”で有名だった
ショパンのエチュード録音は、コルトー盤と共に決定盤とみなされ、ショパン弾きとして知られていたという。
そのエチュード録音を聴くと、今時のヴィルトオーゾピアニスト並みに、テンポは結構早く、メカニックの切れは良い。
タッチが軽やかで、技巧の切れ味もよく、すっきりとしたフォルムで、後味がとても爽やか。
肩に力が入ったような力みがあまり感じられないのは、技巧的な余裕があるのだろう。(このぼやけた音質のせいもあるかも)
意外だったのは、《別れの曲》など、テンポの遅い叙情性の強い曲は、バックハウスにしては、とってもロマンティック。

Wilhelm Backhaus plays Chopin Etudes Op.10


Wilhelm Backhaus plays Chopin Etudes Op.25



バックハウスのショパン録音はライブも含めて、結構いろいろ残っている。
これは1952年のバラード第1番。タッチがシャープで硬く、ルパートも緩めで、速いテンポのところはやや直線的に聴こえる。
若い頃よりも、ロマンティシズムが薄れているような気はするけれど、ルバートたっぷりのウェットな甘さはないので、後味はすっきり。


Wilhelm Backhaus plays Chopin Ballade N. 1 Op. 23 in G minor



”鍵盤の獅子王”
若い頃のバックハウスは”鍵盤の獅子王”と呼ばれていた。
1950年代以降のモノラル・ステレオ・ライブ録音を聴いても、そういうイメージは全然沸かなかった。
でも、1920~30年代のSP録音を聴いて、ようやく納得。まさに”鍵盤の獅子王”の如く、疾風怒涛のベートーヴェンを弾いていた。
Youtubeに音源があるのは、1927年の「悲愴」、1934年の「月光」、1937年の「第32番」。
SP時代には、1934年の「告別」や、「田園」「狩」も録音していたらしい。

この古いSP時代の演奏を聴いていると、音質は当然のことながら非常に悪いけれど、壮年期(40歳~50歳前半)のバックハウスが、どういうベートーヴェンを弾いていたのかがよくわかる。
滅法速いテンポ、タッチの鋭さと精密さ、力感・量感豊かで骨太な力強い打鍵、気力が漲り怒涛のような急速楽章の迫力が凄い。
メカニックがこれだけ優れているのに機械的な無機質さは感じさせないし、特にテンポ設定はバックハウス独特のものがある。
急速楽章の途中で緩徐部分が出てくると、たいてい大きくテンポを落としている。
繊細な情緒表現をする人ではないので(第32番ソナタの第2楽章の極端に速いテンポは有名)、このテンポの大きな変化のおかげで、速くて力強いだけの単調な演奏には聴こえない。
急速部分のテンポは、後年よりもさらに速く、その精密なタッチと指回りの良さは、今の時代のヴィルトオーゾと言われるピアニストと遜色ないように思える。

「悲愴ソナタ」は、第1楽章の急迫感は凄い。テンポの速さと打鍵の鋭さが際立ち、切迫感に満ちている。後年と同じく、途中の緩徐部分で大きくテンポを落として、柔らかい表情がつき、前後の部分とコントラストがくっきり明瞭。
第2楽章で面白いのは、急速楽章とは反対に、中間部で急にテンポが随分速くなり、左手の和音連打はまるで駆け足のように忙しい。最後に主題が再現されると、何事もなかったように元のテンポに戻っている。
第3楽章も速めのテンポで、時々表情が和らぐことはあっても、悲愴感が消えることなく緊張感が張り詰めている。

Wilhelm Backhaus plays Beethoven "Pathétique Sonata" (1927)




「月光ソナタ」の圧巻は第3楽章。すこぶる速いテンポでも、力強くシャープでなおかつ精密な打鍵のメカニックの切れが凄い。一気呵成に弾き込んで行く怒涛のような演奏の迫力は、まさに”鍵盤の獅子王”を彷彿させる。

Wilhelm Backhaus plays Beethoven Sonata Op. 27 No. 2 "Moonlight" (1934)



ピアノ・ソナタのSP録音の復刻盤は、”EMIクラシックス・グレイト・アーカイヴ"シリーズでCD化されている。
ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番
(2005/02/02)
バックハウス(ウィルヘルム)

試聴する



グリーグのピアノ協奏曲を移調して演奏
リハーサルのときに、本来のイ短調よりもピアノが半音低く調律されていたので、そのときは変ロ長調に移調してそのまま演奏。
演奏会では、正しく調律し直されたピアノで、本来のイ短調で弾いたという。


「暇な時にはピアノを弾いています」
多忙な演奏活動の余暇をどう過ごしているのか、記者に聞かれたとき、バックハウスはしばらく考えて、「余暇にですか?暇なときはピアノを弾いています」と答えたという。
国内盤の全集のブックレットに載っていたし、他のCDの解説でも何度か読んだくらいに有名な話。
毎日、練習や演奏会でピアノを弾き、その合間の暇なときにも、ピアノを弾き...と、ピアノ一筋の生活だったのが、いかにもバックハウスらしい。



<参考情報>
ヴィルヘルム・バックハウス[Wikipedia]
Wilhelm Backhaus[英文Wikipedia]
バックハウス,ヴィルヘルム[総合資料室/一世(issei)による歴史的ピアニスト紹介]
バックハウスとスイス[スイス音楽紀行]
公権力から常に寵愛を受け成功したピアニストのヴィルヘルム・バックハウス[くすのきJrのブログ]
バックハウスの面白いエピソードがいくつか。ナチス・ヒトラーとのバックハウスとの関係についても書かれている。
いずれも、英文のWikipediaに詳しく記載されている。それによると、ヒトラーはバックハウスのファンだった。ナチスによる政権把握後、1933年にバックハウスはミュンヘンのフライトでヒトラーに同行して、個人的に会っている。同年、”Nazi organization Kameradschaft der deutschen Künstler (Fellowship of German Artists)”の専属アドバイザーになるなど、当時の彼らとの関係を示す文献が残っている。
いずれも1930年代半ばまでの話なので、ルガーノに移住してからは、彼らとの関わりも徐々に薄れていったのかもしれない。

吉田秀和『世界のピアニスト』(新潮文庫は絶版。現在は、ちくま文庫版が入手可能。収録内容が若干異なる)

世界のピアニスト―吉田秀和コレクション (ちくま文庫)世界のピアニスト―吉田秀和コレクション (ちくま文庫)
(2008/05/08)
吉田 秀和

商品詳細を見る
吉田秀和『世界のピアニスト』(ちくま文庫の紹介文)
興味を惹かれたピアニストについて調べるときに、いつも最初に読むのがこの本。
バックハウスは長らく聴いていなかったので、これに載っている評論はほとんど読んでいなかったし、昔読んだとしても内容は全然覚えていなかった。
読み直して見ると、バックハウスについては、グールド、グルダに次いで頁数が多く(36頁ほど)、モーツァルトとベートーヴェン(ステレオ録音ではなくて、モノラル録音に関して)、ブラームス(特にピアノ協奏曲第2番)の3節に分かれている。
特にベートーヴェン演奏の評論が私には納得できることが多く、その他にも、モーツァルト演奏の特徴、フォルテの響きの多彩さと美しさ、ブラームスの第2楽章に関する演奏解説とかを読むと、なるほどと思えてくる。
この本のなかで取り上げているピアニストのなかでは、一番説得力と納得感を感じたし、好きではないモーツァルトの曲でも、聴き直してみても良いかな..という気にさせられる。

昔どこかで読んだけれど、それが何の本か思い出せなかった文章が、これに載っていた。

「とりあげた曲がすぐれていればいるほど、演奏の質も高くなる」
「ヴィルトオーゾであるといっても、音楽的価値の低いものを常人の想像をはるかに超えた名技で飾るということのできない人でもあった。」

この文章が記憶に残っていたせいか、バックハウスを聴くなら、初期の作品ではなく、傑作といわれる作品~《ハンマークラヴィーア》や《熱情》、《ワルトシュタイン》、後期ソナタなどが良いのだろうとずっと思っていた。
でも、ピアノ・ソナタ全曲について、「多かれ少なかれ、他の人からはきけない何かがきこえてくる」とも書かれている。
いずれにしても、せっかく手に入れたモノラル録音の全集なので、全曲をきちんと聴きたい。

Tag : ベートーヴェンショパンバックハウス

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。

|  ♪ ヴィルヘルム・バックハウス | 2013-06-25 18:00 | comments:6 | TOP↑

No title

こんばんは。興味深い記事をありがとうございます。知らないこともたくさんあり勉強になりました。

手元にショーンバーグのThe Great Pianistsがあったのでバックハウスのところを読んでみようと思ったのですが、なんとバックハウスの項がありませんでした。歴史的に代表的なピアニストはほとんど項を割いて言及されている本ですので、少し意外でした。ポリーニの項で、「ポリーニは自身のピアニストとしての成長に影響を受けたピアニストたちとして、コルトー、バックハウス、フィッシャー、ギーゼキング、ハスキル、ルービンシュタインを挙げた」と書かれていました。

ちなみにこの本はケンプもほとんど言及されていません。この本が書かれた時、バックハウスやケンプはアメリカで重要視されていなかったのか気になります。

| ミッチ | 2013/06/26 19:04 | URL |

ショーンバーグとカイザー

ミッチさま、こんばんは。

なぜか急にバックハウスのベートーヴェンがしっくりくるようになったので、興味が湧いてきて伝記などを調べてみました。

「The Great Pianists」は読んだことがありませんが、翻訳書は日本語訳が酷いので有名なようですね。
本書は1967年頃の出版ですから、すでにバックハウスの評価は定まっていたのではないかと思います。
ケンプの方はどうかわかりませんが、バックハウスは1950年代から、カーネギーホールなどでリサイタルなどを何回も行っていますし、没後評価が高くなったというタイプの人ではないように思えます。
ショーンバーグは、バックハウスを”German school"のピアニストの典型と評していましたから、その当時はあまり評価していなかったのかもしれませんね。

ヨアヒム・カイザーの「現代の名ピアニスト」の目次を見ると、バックハウスもケンプも載っています。
ドイツの批評家ですから、バックハウスもケンプも外すことはないでしょうし、カイザーはバックハウスを高く評価していたそうです。吉田氏もカイザーの評論を参考にしています。

そういえば、最近記事に書いた”現役ピアニストが選んだ「10人の偉大なピアニスト」” というランキングに、ケンプは入っていましたが、バックハウスは選外でした。
同業者のピアニストにとって、今でも影響力が強いのは、バックハウスよりもケンプの方なのですね。
バックハウスのピアニズムは、お手本とするには、彼でしか成し得ないものが非常に多いように思えますから、この結果にはなるほどと思いました。

| yoshimi | 2013/06/27 01:23 | URL | ≫ EDIT

バックハウス

yoshimiさん、お久しぶりです。

バックハウスの記事とは意外ですね。(笑)
それほどお好きではないのかなぁと思っていましたので・・・

僕の場合はベートーヴェンのソナタに関しては、やはりバックハウス中心になってしまいます。それも新録音の方で。旧盤よりも新盤が自分には「しっくり」きます。
他の演奏家の良いところもどんどん聴き取りたいものですが、バックハウスのように自然に入ってきてくれる演奏って中々無いのです。
ケンプやアラウ、あとは誰だろう・・・。

| ハルくん | 2013/06/28 12:55 | URL | ≫ EDIT

モノラル録音のバックハウスは好きですが...

ハルくん様、こんにちは。
お久しぶりです。

バックハウスの記事は、今までもいくつか書いていますよ。
確かに、バックハウス自体が凄く好きというわけではありませんが、嫌いというわけでも無くて、好きな演奏もあります。
ピアノ・ソナタ全集については、ステレオ録音の方は今でもピタっとこないものが多いので(ライブ録音で良いと思ったものはありますが)、書くことがなかったというわけです。
総じていえば、モノラル録音の演奏の方が、ステレオ録音よりもずっと好きですね。それに、今回聴いたSP録音の演奏も好きです。
たぶん、技巧的にしっかりした演奏が好きなためでしょう。アラウにしても、晩年のデジタル録音の新盤は技巧的な崩れが目立つので、ほとんど旧盤を聴いてます。

今の時点で、私が最も自然に聴けるのは、レーゼルのライブ録音になるでしょう。(曲によっては違うこともありますが)
アラウ、バックハウス、ケンプとも、それぞれ独特の癖(テンポ、アーティキュレーション、ソノリティ、叙情感などの点で)があるので、逆にそういう個性的なところに興味を惹かれます。
でも、これもその時々でよく変わりますので、数年後は全く違ったことを言っているかもしれませんが...。

そういえば、ケンプが日本のリサイタルで連続演奏したというピアノ・ソナタ全集のライブ録音が、もうすぐ発売されますね。
HMVでもTowerrecordでも、予約殺到(とTowerではPRしてますが)しているみたいです。

| yoshimi | 2013/06/29 00:01 | URL | ≫ EDIT

バックハウス

yoshimiさん、おはようございます。

ホントですね。バックハウスの記事随分書かれていたのですね。大変失礼いたしました。(汗)
バックハウスは不思議な演奏家で、若い頃の技巧、造詣がしっかりしている演奏も良いですが、晩年のミスだらけの演奏がつまらないかというとむしろその逆で、凄い力で引き付けられる演奏が多々あります。
元々自分は指揮者なんかでも大巨匠タイプの悠揚迫らざる演奏が好きで、総じて演奏家晩年の演奏に惹かれることが多いのですが、バックハウスの場合にもそれが当てはまるのだと思います。
ピアノの音そのものも大好きなのです。ベーゼンドルファーの音をよく言われますが、たぶんタッチそのものが美しく、どんな楽器でもその美しさは変わらないような気がします。
一例はモーツァルトのK331の第1楽章やK595の第2楽章ですが、左手と右手の和音の響きは誰よりも美しく感じます。単に楽器のせいだけでは無いと思うのですよねぇ。一般に名手、巨匠と呼ばれているピアニストの多くがタッチに「力み」を感じさせるのとは大きく異なる気がします。
確かに「仙人のような」とは言いませんが、演奏家の存在や楽器の存在を忘れさせるのがこの人の最大の特徴かな。ですのでやはり晩年に近い方の演奏が大抵の場合に音質面も含めて好きなのです。「ハンマー」も「ディアベッリ」も自分としてはDECCAの優秀なステレオ録音で聴いてみたかったなぁ。

| ハルくん | 2013/06/29 11:31 | URL | ≫ EDIT

晩年と壮年期の演奏は違いますね

ハルくん様、こんにちは。

バックハウスの録音を聴いていると、力強くも、柔らかくも、どちらのタッチでも綺麗に弾ける人ですし、単純なスケールやアルペジオのパッセージでも、美しく聴こえます。
おっしゃる通り、ピアノという楽器の違いというよりも、バックハウスのタッチがその美しさの理由でしょう。

私が演奏を聴くときは、ミスタッチ自体はさほど気にしませんし(程度問題ですが)、バックハウスは、高齢のわりには、打鍵自体はかなり正確な方だと思います。
それよりも、打鍵の張り・切れの良さ・粒の揃い・コントロール力などは、音を聴いてわかる部分がかなりありますし、技巧面以外でも気になることがいろいろあるので、結局、心技体の3つのバランスが最も良いものを聴くとなると、私の場合はモノラル録音を選ぶことになりますね。
音質が良いに越したことはないですが、バックハウスのモノラル録音は50年代初期にしては、そう悪くはないようにも思います。
晩年よりも壮年期の演奏の方が好きなのは、アラウ、ゼルキンなど、好きなピアニストでも同じです。(曲によっては違うこともありますが)
こういうのは好みの問題なので、人それぞれですね。
でも、唯一の例外として、ホルショフスキだけは、晩年の演奏の方が好きです。
特に彼のバッハは格調高く威厳があり、神々しいものを感じます。

| yoshimi | 2013/06/29 12:11 | URL | ≫ EDIT











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