リヒテル&ブリテン指揮イギリス室内管 ~ ブリテン/ピアノ協奏曲
イギリス人が書いたピアノ協奏曲というと、20世紀以降の作品でも結構いろいろあるわりには有名な曲は少ない。
CHANDOSやNAXOSがイギリス人作曲家(スコット、ティペット、ハウエルズ、ローソーン、オルウィン、ブリス、トヴェイト、ヴォーン=ウィリアムズ、バックス、ナイマン、カーウィスン、グーセンスなど)のピアノ協奏曲をシリーズもののように録音している以外はあまり見かけない。
現代イギリスのピアノ協奏曲(とピアノ独奏曲)は、米国やドイツ・フランスにロシアの有名なピアノ協奏曲に比べて、和声的には調和的なものが多いので聴きやすいとは思うけれども、どうも地味な感じがするのと、メカニカルなちょっと厳つい雰囲気だったり、主題があまり印象的でないものが多いような気がして、繰り返し聴く曲はほんの少し。
そのなかで、いろいろ屈折した一筋縄ではいかないようなところはあるけれど、作曲家の煌くような才気が刻印されているのがブリテンのピアノ協奏曲。何度聴いても面白くて、英国に限らず現代もののピアノ協奏曲で特に好きな曲の1つ。
ブリテンはピアノが得意だったわりになぜかピアノ作品の数も録音もとても少なくて、ピアノ独奏曲はスティーブン・ハフが若い頃にVirginに録音した作品集くらい。これはあまり知られていないアルバムなので、聴いたことがある人は少ないはず。この録音を聴いてハフに興味を持ったことと、曲自体も現代的なスマートさがとても洒落ていて、現代もののピアノ小品集のなかでは一番よく聴いたアルバム。
ピアノ協奏曲の方は独奏曲よりもずっと有名なので録音も多く、ブリテンの指揮&リヒテルのピアノによるスタジオ録音という定番の他に、ゴトーニやオズボーンなど技巧確かなピアニストが録音している。ちょっと面白いのが、指揮もするしジャズも弾くので有名なイギリス人ピアニストのジョアンナ・マクレガーがNAXOSに録音していること。
ブリテンはピアノ協奏曲をもう一曲書いていて、”ディヴァージョンズ”という変奏曲形式の左手のためのピアノ協奏曲。
これは録音が少なく、知られているのは1954年のカッチェン(ブリテン指揮による改訂版の初録音。モノラルなのが残念)、それよりも新しいところでは、フライシャー(2種類)、ドノホー、それについ最近録音したオズボーンくらいだろうか。(ラップというピアニストの1951年の録音があって、聴いたことはないけれど、通常演奏される1954年の改訂版ではなく初版を弾いているはず。)
この曲は、ラヴェルの左手のコンチェルトほどにはピアニスティックではないけれど、それでも左手だけで弾いているとは思えないところも多くて、変奏もいろんなアイデアがあってとっても面白い。
それほど地味だとは思えないのに、どうしてこんなに演奏されないのかと思うけれど、左手だけで弾く現代音楽のコンチェルトというと敬遠される?
ブリテンに委嘱したピアニストのヴィトゲンシュタインは、人気のあるラヴェルの左手のコンチェルトは技巧的難易度が高すぎたこともあってか気に入らず、委嘱した数多くの作品のなかで、このブリテンの”ディヴァージョンズ”を最も高く評価していた。
ブリテンの作品は自ら指揮した録音がかなり残っていて、ピアノ協奏曲もイギリス室内管弦楽団を指揮して録音している。このときのソリストはリヒテル。
リヒテルのピアノだと、ブリテンの才気の煌きや独特の陰影・シニカルさといった複雑に絡み合ったいろんなニュアンスが鮮やかに聴こえてくる。含蓄に富むというのか、音の間からも詩情が立ち上ってくるような素晴らしい演奏。他の録音と聴き比べるとそれがよくわかる。
ブリテンはなぜかリヒテルと相性が良かったらしく、これ以外の協奏曲ではモーツァルトのピアノ協奏曲第22番と第27番(オールドバラ音楽祭のライブ録音。評判が良い演奏)、ブリテンとリヒテルがピアノを弾いているモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」、シューベルトの「アンダンティーノ変奏曲」とドビュッシーの「白と黒で」を録音している。
このCDの収録曲はいずれもブリテンの指揮で、リヒテルがピアノを弾いたピアノ協奏曲と《シンプルシンフォニー》、《青少年のための管弦楽入門》というカップリング。
《青少年のための管弦楽入門》は、《ピーターと狼》と一緒に、音楽の”レコード鑑賞”の時間に聴かされた曲。《ピーターと狼》ほどに印象に残っていないけれど。
《シンプルシンフォニー》は、典雅なところは《青少年のための管弦楽入門》と似ているけれど、ずっと現代風で、古い皮袋に新しいお酒を入れたような感じ。私にはこの曲の方がいろいろ工夫があって印象的だった。ブリテンが20歳の時に書いた初期の作品とはいえ、ブリテン独特の陰影が漂っているし、弦楽がピッチカートでずっと引き続ける第2楽章の旋律の響きがちょっと変わっていて面白い。
ピアノ協奏曲 Op.13(1938年)
ブリテンが得意とする組曲形式のコンチェルト。トッカータ、ワルツ、即興曲、マーチという性格の違った4つの楽章で構成されている。
タイトルをそのまま受け取って聴いていると、ちょっと違和感があるように思えるのは、現代音楽だからというよりも、ブリテン独特の明暗が交錯するシニカルなところがあるから。
ブリテンの伝記映画のなかで、バーンスタインが言っていたのは、ブリテンの音楽は創意工夫が凝らされて明るくチャーミングだがそれは表層的なものであって、本当にその奥にあるものを聴きとれば、濃い翳りのようなもの、悲痛感や孤独がもたらす苦難のようなものに気づくはずだ、と言っていた。
ピアノ協奏曲の初演は1938年8月のロンドンで、ブリテン自身がピアノを弾いている。
ブリテンの作品解説によると、ピアノがもつ多様で重要な特徴(巨大なコンパス、打楽器的な性質、適切なフィギュレーション、など)を探求した曲で、ピアノ付きの交響曲ではなく、管弦楽伴奏付きのBravura(ブラブーラ:高度な技巧を必要とする華麗な) Concerto。
通常演奏されるのは1945年の改訂版で、初版の第3楽章Recitative and Ariaが、Impromptuに差し替えられている。
第1楽章 Toccata
伝統的なソナタ形式で2つの主題が全編変形されながら展開。
最初の主題は、木管が弾くパルスのような和音の上を、ピアノソロがマルテラートのようなオクターブで、飛び跳ねるように弾いている。
軽快でユーモアを感じさせる旋律がとても印象的。トッカータらしい速いテンポと音の詰まったパッセージが続き、縦横無尽に動き回るピアノが躍動的。
もう一つの主題は、ゆったりしたテンポで少し短調がかった叙情感のある主題で、弦楽から木管へと引き継がれていく。
この主題を分けるのが、管楽器が弾くファンファーレのようなモチーフ。主題2つとこのモチーフが絶えず変形されながらコロコロと入れ替わり、変形のパターンやピアノとオケの楽器の響きがカラフルで、旋律自体はとてもシンプルな音型なのに、最後まで飽きることなく面白く聴けてしまう。
カデンツァに入るまでは、軽快で明るい色調が基調になっていて、現代的なシャープさとスマートさを感じさせるブリテンらしいセンスの良さと才気溢れるところが素晴らしく鮮やか。
カデンツァは雰囲気が一変して、かなりファンタスティック。
弦楽とハープが弾いていた第2主題をモチーフに、ピアノが間にゆったりと打ち込むような和音を挟みながら、アルペジオとスケールでとても華麗な動き。次に管楽器が弾いていたファンファーレ的なモチーフを、弦楽の羽音のような響きを背景に、回顧するように静かにピアノ弾いて、何かが始まりそうな予兆を感じさせるやや不可思議な雰囲気。
ラストはピアノが急に飛び出して、上行するユニゾンのアルペジオで力強くリズミカルに終る。
第2楽章 Waltz
ホルンの静かな4/2拍子の音を引いた後で、ソロのヴィオラ(それからクラリネット)が優雅なワルツのテーマを提示。
これを受けて、ピアノが静かなファンファーレのようにふんわりと入ってきてから、優雅なワルツのテーマを弾き始める。
このワルツの旋律は、ちょっと方向感が定まらないような浮遊感があって、サーカスのような雰囲気。ピアノがこの旋律を弾き始めると、さらにシニカルな感じも加わったような。
トリオに入ると対照的な雰囲気で、まるで旋回するように鍵盤上をマルカートなタッチで素早く動き回るピアノと力強いスタッカートのトゥッティに変わって、再び冒頭のワルツの旋律に。ここはフォルテでかなり盛大な感じで、これはとってもサーカス風。
やがて元通り静かで優雅なワルツに。ピアノが弾くワルツがちょっと調子を外したような和声の響きがあって、レトロな雰囲気。オケも静かにワルツを回想して、最後はクラリネットとホルンがコーダでファンファーレを静かに鳴らしてエンディング。
第3楽章 Impromptu
主題は1945年に改訂。元々は”Recitative and Aria”で、たまたま1937年4月のラジオ劇”King Arthur”のために書かれたもの。
冒頭はピアノ・ソロで、とても密やかなでやや不安げな旋律。
続いて、ピアノソロのまま弾けるようにフォルテでカスケードのような旋律が上行下降して、やがてピアノの伴奏を背景にオケが同じように主題を弾いている。
前半はこの主題の変形。途中で、《ディヴァージョンズ》の第4変奏”Arabesque”と同じパターンの旋律が出てきて、これがピアノが柔らかいタッチでゆっくりと下降していくとても幻想的な響き。
中間部では第2楽章のワルツが変形されて挟まれて、軽快でちょっと不可思議なタッチ。夜中におもちゃの人形たちが密かに起き出して動き回っているような。
警告するような強いワルツにクレッシェンドしてから、再びテンポが元にもどって、また冒頭の静かでやや重苦しい主題に。
全体的に不安感や不可思議で不確定な雰囲気が強く漂う即興曲。
第4楽章 March
作曲年から、第2次大戦が忍び寄ってくる脅威に対するブリテンの信条が音楽的に表現されていると解釈されている楽章。
反戦主義的なブリテンを連想させるように、この楽章はMarchが象徴するものを風刺しているようなシニカルなマーチ。
冒頭は、コントラバス・ドラム・管楽などの低音とピアノが、抜き足差し足風なプロローグ。
やがてちゃんとした行進曲風な旋律をピアノが弾き始める。これはどこかで聴いたことのある旋律。オケが弾くマーチはどこか人食ったような調子はずれところがあるのが可笑しい。
これも最後まで元気な行進曲風で続かずに、弱音で内省的な旋律に変わって、中間部になると、戦場のマーチらしく、勇壮な雰囲気のラッパや、戦場を駆け回っているような音の詰まったパッセージのピアノが登場するけれど、短調主体で華やかというよりは、戦場の混沌とした様子を表すような暗い色調。
終盤は、再び最初の明るく元気な輝かしい行進曲が再現されるけれど、これも長続きせず、再び混乱した戦場に舞い戻ったようにオケとピアノが騒々しくなり、第1楽章の主題が再び現われる。
最後はちょっと嫌味っぽく明るさのなくなった和音が飛び跳ねて、突き放したようなエンディング。
”ハフ~ブリテン/ピアノ小曲集”に関する記事
”カッチェン~ブリテン/ディヴァージョンズ”に関する記事
ブリテンの伝記映画DVD『A Time There Was』(紹介記事はこちら)
輸入版のみ。日本語だけでなく英語の字幕もないので、ブリテンを知っている人達へのインタビューのところはスピードが速くて(それにかなりくだけた表現が多くて)、聴き取りにくい。
ブリテンにまつわる記録映像はあるにはあるがそれほど多くなくて、インタビュー映像とオペラに関するエピソードやダイジェスト映像が多い。ブリテンはオペラが有名なので仕方がないとしても、ラストでは、ピアーズが演じている『ヴェニスに死す』の映像が延々と(10分くらい?)流されるのには閉口。
ブリテンのオペラに興味がある人には良いだろうけど、私はオペラは全く観ない(聴かない)ので、このDVDはあまり面白くなかった。残念。
CHANDOSやNAXOSがイギリス人作曲家(スコット、ティペット、ハウエルズ、ローソーン、オルウィン、ブリス、トヴェイト、ヴォーン=ウィリアムズ、バックス、ナイマン、カーウィスン、グーセンスなど)のピアノ協奏曲をシリーズもののように録音している以外はあまり見かけない。
現代イギリスのピアノ協奏曲(とピアノ独奏曲)は、米国やドイツ・フランスにロシアの有名なピアノ協奏曲に比べて、和声的には調和的なものが多いので聴きやすいとは思うけれども、どうも地味な感じがするのと、メカニカルなちょっと厳つい雰囲気だったり、主題があまり印象的でないものが多いような気がして、繰り返し聴く曲はほんの少し。
そのなかで、いろいろ屈折した一筋縄ではいかないようなところはあるけれど、作曲家の煌くような才気が刻印されているのがブリテンのピアノ協奏曲。何度聴いても面白くて、英国に限らず現代もののピアノ協奏曲で特に好きな曲の1つ。
ブリテンはピアノが得意だったわりになぜかピアノ作品の数も録音もとても少なくて、ピアノ独奏曲はスティーブン・ハフが若い頃にVirginに録音した作品集くらい。これはあまり知られていないアルバムなので、聴いたことがある人は少ないはず。この録音を聴いてハフに興味を持ったことと、曲自体も現代的なスマートさがとても洒落ていて、現代もののピアノ小品集のなかでは一番よく聴いたアルバム。
ピアノ協奏曲の方は独奏曲よりもずっと有名なので録音も多く、ブリテンの指揮&リヒテルのピアノによるスタジオ録音という定番の他に、ゴトーニやオズボーンなど技巧確かなピアニストが録音している。ちょっと面白いのが、指揮もするしジャズも弾くので有名なイギリス人ピアニストのジョアンナ・マクレガーがNAXOSに録音していること。
ブリテンはピアノ協奏曲をもう一曲書いていて、”ディヴァージョンズ”という変奏曲形式の左手のためのピアノ協奏曲。
これは録音が少なく、知られているのは1954年のカッチェン(ブリテン指揮による改訂版の初録音。モノラルなのが残念)、それよりも新しいところでは、フライシャー(2種類)、ドノホー、それについ最近録音したオズボーンくらいだろうか。(ラップというピアニストの1951年の録音があって、聴いたことはないけれど、通常演奏される1954年の改訂版ではなく初版を弾いているはず。)
この曲は、ラヴェルの左手のコンチェルトほどにはピアニスティックではないけれど、それでも左手だけで弾いているとは思えないところも多くて、変奏もいろんなアイデアがあってとっても面白い。
それほど地味だとは思えないのに、どうしてこんなに演奏されないのかと思うけれど、左手だけで弾く現代音楽のコンチェルトというと敬遠される?
ブリテンに委嘱したピアニストのヴィトゲンシュタインは、人気のあるラヴェルの左手のコンチェルトは技巧的難易度が高すぎたこともあってか気に入らず、委嘱した数多くの作品のなかで、このブリテンの”ディヴァージョンズ”を最も高く評価していた。
ブリテンの作品は自ら指揮した録音がかなり残っていて、ピアノ協奏曲もイギリス室内管弦楽団を指揮して録音している。このときのソリストはリヒテル。
リヒテルのピアノだと、ブリテンの才気の煌きや独特の陰影・シニカルさといった複雑に絡み合ったいろんなニュアンスが鮮やかに聴こえてくる。含蓄に富むというのか、音の間からも詩情が立ち上ってくるような素晴らしい演奏。他の録音と聴き比べるとそれがよくわかる。
ブリテンはなぜかリヒテルと相性が良かったらしく、これ以外の協奏曲ではモーツァルトのピアノ協奏曲第22番と第27番(オールドバラ音楽祭のライブ録音。評判が良い演奏)、ブリテンとリヒテルがピアノを弾いているモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」、シューベルトの「アンダンティーノ変奏曲」とドビュッシーの「白と黒で」を録音している。
Britten:Simple Symphony, Klavierkonzert,The Young Persons Guide To The Orchestra (2006/09/27) Sviatoslav Richter, English Chamber Orchestra, Benjamin Britten 試聴する(米国amazon)[Britten Conducts Britten Vol.4 -DISC1/Track1-4] |
このCDの収録曲はいずれもブリテンの指揮で、リヒテルがピアノを弾いたピアノ協奏曲と《シンプルシンフォニー》、《青少年のための管弦楽入門》というカップリング。
《青少年のための管弦楽入門》は、《ピーターと狼》と一緒に、音楽の”レコード鑑賞”の時間に聴かされた曲。《ピーターと狼》ほどに印象に残っていないけれど。
《シンプルシンフォニー》は、典雅なところは《青少年のための管弦楽入門》と似ているけれど、ずっと現代風で、古い皮袋に新しいお酒を入れたような感じ。私にはこの曲の方がいろいろ工夫があって印象的だった。ブリテンが20歳の時に書いた初期の作品とはいえ、ブリテン独特の陰影が漂っているし、弦楽がピッチカートでずっと引き続ける第2楽章の旋律の響きがちょっと変わっていて面白い。
ピアノ協奏曲 Op.13(1938年)
ブリテンが得意とする組曲形式のコンチェルト。トッカータ、ワルツ、即興曲、マーチという性格の違った4つの楽章で構成されている。
タイトルをそのまま受け取って聴いていると、ちょっと違和感があるように思えるのは、現代音楽だからというよりも、ブリテン独特の明暗が交錯するシニカルなところがあるから。
ブリテンの伝記映画のなかで、バーンスタインが言っていたのは、ブリテンの音楽は創意工夫が凝らされて明るくチャーミングだがそれは表層的なものであって、本当にその奥にあるものを聴きとれば、濃い翳りのようなもの、悲痛感や孤独がもたらす苦難のようなものに気づくはずだ、と言っていた。
ピアノ協奏曲の初演は1938年8月のロンドンで、ブリテン自身がピアノを弾いている。
ブリテンの作品解説によると、ピアノがもつ多様で重要な特徴(巨大なコンパス、打楽器的な性質、適切なフィギュレーション、など)を探求した曲で、ピアノ付きの交響曲ではなく、管弦楽伴奏付きのBravura(ブラブーラ:高度な技巧を必要とする華麗な) Concerto。
通常演奏されるのは1945年の改訂版で、初版の第3楽章Recitative and Ariaが、Impromptuに差し替えられている。
第1楽章 Toccata
伝統的なソナタ形式で2つの主題が全編変形されながら展開。
最初の主題は、木管が弾くパルスのような和音の上を、ピアノソロがマルテラートのようなオクターブで、飛び跳ねるように弾いている。
軽快でユーモアを感じさせる旋律がとても印象的。トッカータらしい速いテンポと音の詰まったパッセージが続き、縦横無尽に動き回るピアノが躍動的。
もう一つの主題は、ゆったりしたテンポで少し短調がかった叙情感のある主題で、弦楽から木管へと引き継がれていく。
この主題を分けるのが、管楽器が弾くファンファーレのようなモチーフ。主題2つとこのモチーフが絶えず変形されながらコロコロと入れ替わり、変形のパターンやピアノとオケの楽器の響きがカラフルで、旋律自体はとてもシンプルな音型なのに、最後まで飽きることなく面白く聴けてしまう。
カデンツァに入るまでは、軽快で明るい色調が基調になっていて、現代的なシャープさとスマートさを感じさせるブリテンらしいセンスの良さと才気溢れるところが素晴らしく鮮やか。
カデンツァは雰囲気が一変して、かなりファンタスティック。
弦楽とハープが弾いていた第2主題をモチーフに、ピアノが間にゆったりと打ち込むような和音を挟みながら、アルペジオとスケールでとても華麗な動き。次に管楽器が弾いていたファンファーレ的なモチーフを、弦楽の羽音のような響きを背景に、回顧するように静かにピアノ弾いて、何かが始まりそうな予兆を感じさせるやや不可思議な雰囲気。
ラストはピアノが急に飛び出して、上行するユニゾンのアルペジオで力強くリズミカルに終る。
第2楽章 Waltz
ホルンの静かな4/2拍子の音を引いた後で、ソロのヴィオラ(それからクラリネット)が優雅なワルツのテーマを提示。
これを受けて、ピアノが静かなファンファーレのようにふんわりと入ってきてから、優雅なワルツのテーマを弾き始める。
このワルツの旋律は、ちょっと方向感が定まらないような浮遊感があって、サーカスのような雰囲気。ピアノがこの旋律を弾き始めると、さらにシニカルな感じも加わったような。
トリオに入ると対照的な雰囲気で、まるで旋回するように鍵盤上をマルカートなタッチで素早く動き回るピアノと力強いスタッカートのトゥッティに変わって、再び冒頭のワルツの旋律に。ここはフォルテでかなり盛大な感じで、これはとってもサーカス風。
やがて元通り静かで優雅なワルツに。ピアノが弾くワルツがちょっと調子を外したような和声の響きがあって、レトロな雰囲気。オケも静かにワルツを回想して、最後はクラリネットとホルンがコーダでファンファーレを静かに鳴らしてエンディング。
第3楽章 Impromptu
主題は1945年に改訂。元々は”Recitative and Aria”で、たまたま1937年4月のラジオ劇”King Arthur”のために書かれたもの。
冒頭はピアノ・ソロで、とても密やかなでやや不安げな旋律。
続いて、ピアノソロのまま弾けるようにフォルテでカスケードのような旋律が上行下降して、やがてピアノの伴奏を背景にオケが同じように主題を弾いている。
前半はこの主題の変形。途中で、《ディヴァージョンズ》の第4変奏”Arabesque”と同じパターンの旋律が出てきて、これがピアノが柔らかいタッチでゆっくりと下降していくとても幻想的な響き。
中間部では第2楽章のワルツが変形されて挟まれて、軽快でちょっと不可思議なタッチ。夜中におもちゃの人形たちが密かに起き出して動き回っているような。
警告するような強いワルツにクレッシェンドしてから、再びテンポが元にもどって、また冒頭の静かでやや重苦しい主題に。
全体的に不安感や不可思議で不確定な雰囲気が強く漂う即興曲。
第4楽章 March
作曲年から、第2次大戦が忍び寄ってくる脅威に対するブリテンの信条が音楽的に表現されていると解釈されている楽章。
反戦主義的なブリテンを連想させるように、この楽章はMarchが象徴するものを風刺しているようなシニカルなマーチ。
冒頭は、コントラバス・ドラム・管楽などの低音とピアノが、抜き足差し足風なプロローグ。
やがてちゃんとした行進曲風な旋律をピアノが弾き始める。これはどこかで聴いたことのある旋律。オケが弾くマーチはどこか人食ったような調子はずれところがあるのが可笑しい。
これも最後まで元気な行進曲風で続かずに、弱音で内省的な旋律に変わって、中間部になると、戦場のマーチらしく、勇壮な雰囲気のラッパや、戦場を駆け回っているような音の詰まったパッセージのピアノが登場するけれど、短調主体で華やかというよりは、戦場の混沌とした様子を表すような暗い色調。
終盤は、再び最初の明るく元気な輝かしい行進曲が再現されるけれど、これも長続きせず、再び混乱した戦場に舞い戻ったようにオケとピアノが騒々しくなり、第1楽章の主題が再び現われる。
最後はちょっと嫌味っぽく明るさのなくなった和音が飛び跳ねて、突き放したようなエンディング。
”ハフ~ブリテン/ピアノ小曲集”に関する記事
”カッチェン~ブリテン/ディヴァージョンズ”に関する記事
ブリテンの伝記映画DVD『A Time There Was』(紹介記事はこちら)
Benjamin Britten: A Time There Was (Dol) [DVD] [Import] (2006/11/21) Tony Palmer 商品詳細を見る |
輸入版のみ。日本語だけでなく英語の字幕もないので、ブリテンを知っている人達へのインタビューのところはスピードが速くて(それにかなりくだけた表現が多くて)、聴き取りにくい。
ブリテンにまつわる記録映像はあるにはあるがそれほど多くなくて、インタビュー映像とオペラに関するエピソードやダイジェスト映像が多い。ブリテンはオペラが有名なので仕方がないとしても、ラストでは、ピアーズが演じている『ヴェニスに死す』の映像が延々と(10分くらい?)流されるのには閉口。
ブリテンのオペラに興味がある人には良いだろうけど、私はオペラは全く観ない(聴かない)ので、このDVDはあまり面白くなかった。残念。
Tag : ブリテン
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