私たちはまた春を迎える。
今週は仕事のスケジュールが
完全に崩壊していて、
朝から晩まで、全速力で
走りきっても追いつかない状態。
無事乗り切れることを祈ります(笑)。
日記の代わりに。
__________
毎年、この季節になると落ち着かなくなる。木の芽が吹き、花のつぼみが膨らみ、風が爽やかに薫る。やがて来るもの、まだ形になっていないものへの憧れの気持ちが強くなる。
脳はもともと、現実に存在しないものをイメージする能力を持っている。外界からの刺激を受動的に取り入れるだけでない。認識とは、現実(今ここにあるもの)と仮想(今ここにないもの)の出会いであるというのが、脳科学が切り開きつつある人間観である。内なる世界観に基づいて、様々な仮想を自ら作り出す。仮想を世界の上に重ね合わせる。そこに、創造性が立ち現れる。
昨年の暮のこと。朝一番の飛行機で出張から帰ってきた私は、羽田空港のレストランでカレーライスを食べていた。クリスマスソングが流れていた。隣の席に、家族連れがいた。五歳くらいの女の子が、三歳くらいの女の子に向き直り、次のような質問を発した。
「ねえ、サンタさんて本当にいると思う?」
それから、大きい女の子は、サンタの実在性について、自分の考え方を独り言のように話し始めた。
「私ねえ、サンタさんて、本当は・・・・・だと思うの・・・・・」
春の気配が深まるにつれ、あの時のことを繰り返し思い出す。
サンタの本質は仮想である。5歳の女の子にとってのサンタの切実さは、それが現実にはどこにもないということの中にある。あの時、あの女の子は、仮想というものの切実さについて語っていたのだ。
花見の季節である。桜の花は、何とも言えない質感に満ちている。ほんのりとした色づき、優美な花びらの形。感覚の中にあふれる質感を、現代の脳科学は「クオリア」と呼ぶ。春の空気に触れて心の中に立ち上がるそこはかとない憧れもクオリアである。サンタがプレゼントを持ってくるという予感もクオリアである。五歳の女の子も、私たちも、様々なクオリアのかたまりとして世界を体験している。
酒を持ってふらりと出かける。満開の桜の木の下に座る。手を叩き、空を見上げる。宴の後、どこか完全には満たされない気持ちが残る。酔いが覚めた後の幻滅だけではない。おそらく、私たちは、仮想を希求する心が現実に肩すかしされてしまったことを感じるのだ。
それでも、私たちはまた桜の花を見に出かける。
桜の木に近づく私たちは、サンタのことを思う五歳の女の子と同じように胸を弾ませている。数字にも言葉にもできない、たおやかで繊細で、そして切実なクオリアたちに導かれ、私たちはまた春を迎える。
2002年3月、讀賣新聞文化欄に掲載されたエッセイ
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3月 25, 2009 at 06:36 午前 | Permalink
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コメント
茂木先生こんにちは♪
現実と仮想の出会い、なんて素敵なのだろうと思いました。。
感覚の中に溢れる質感。春は風も薫り、新しい季節への移り変わり、なにか素敵なクオリアがそこらじゅうに。見つけるのが愉しいのです♪
昨夜久方ぶりに高速を、ビル群の明かり赤色の点滅がやけに綺麗でした。東京は狭い。あっという間に街は消えて、静岡に。暗がりでなければ富士が見えたかなあなんて思いながら。静岡は長く。
そして雪まじりの北陸道を走り、まだこちらの桜たちは蕾でかじかんでおります。
関東も今日は寒いのでしょうかしら。先生、風邪などひかぬようお気をつけて下さいね。夕方からもお仕事がんばってください(/≧ω≦)/。・゜゜゜゜・。♪♪♪
投稿: wahine | 2009/03/27 17:03:02
いよいよ、春が本番を迎えようとしています。吹く風と共に、心も軽く明るくなり始める、そんな時期が来ていますね…。
若し人間に、クオリアを生み出す脳の力がなかったら、この世は、豊さと夢と、潤いと、哲理も祈りもない世界になっていたろう。
春はほわほわとした、やさしい仮想を沸き上がらせてくれる。
茂木さん、どうかお仕事頑張って下さいね。
投稿: 銀鏡反応 | 2009/03/26 5:47:53
茂木さんへ
わたしはまた学びたくなった。
わたしはまた本を読みたくなった。
わたしはもう一度いろんな事を書き留めたくなった。
これらが、私が茂木さんから受けた影響です。
茂木さんの書かれた、密度の濃い文脈を心で感じれとれる事に感謝したいです。
お仕事、週末に向けて「軟着陸」出来ます様にお祈りしております。
投稿: hana | 2009/03/26 0:11:37
もうすぐ春ですね♪私の地域は天気は良くてもまだ風が冷たいです。
ときどき暖かい日がくると、ペットのウサギと散歩にでます。
冬はさすがに外に出せないけど、今時期に散歩させるとなんだか嬉しそうに見えます。やっぱり、直に触れる土の感触はウサギも気持ちいいものなんでしょうね。ウサギのクオリアやー!
茂木さんは、最近お忙しいんですね。
忙しいと、ふと力を抜いたときに風邪をこじらせたりするので・・ご自愛ください☆
私の就活は、ユニクロか小さなパスタ屋さんかどちらかに決めたい所。
どちらにしても、一生懸命学んで働きたいです。
投稿: もととうほう高校 | 2009/03/25 23:51:29
私も春に憧れます。
そして…いまだ形になっていない物を形にしたいと切に願います(^ ^)
肩すかしをくらうのは、もうイヤです(T_T)
だからでしょうか?ここ最近、今年中に形に出来るかな?と、思いつく…というか、ふと考えた時に浮かびます(^ ^)
投稿: 奏。 | 2009/03/25 22:52:40
茂木健一郎様
このエッセイを初めて読ませていただいたとき
どんなに心がはずんだことでしょう。
今も同じように、けれどどこか違うようでもある
脈うつことを感じます。
美しいものを感じられたとき、このままときが
とまってしまえばいいのにと思います。
生きていることはこわいことなのだと
しっかりわかっていたいとおもいます。
投稿: Yoshiko.T | 2009/03/25 22:36:08
春は大好きな花の季節です。
まだ肌寒い頃の梅。
桜より、一足先に咲き誇る辛夷や木蓮。
そして艶やかな一瞬の宴のような桜。
いちばん好きなのは辛夷の花だと、つい最近気が付きました。
子供の頃、春が来て一番早く目にする木の花が、白い鳥か蝶の群れのような辛夷だったのです。私にとって辛夷は、春が来た喜びと結びついている。
だれもが等しく、春をむかえられますように。
無理しないで、ご自愛下さいね。
無事乗り切れること、私もお祈りしています。
投稿: 楠 | 2009/03/25 22:09:53
おはようございます!(^^)!
茂木さん、大丈夫ですか?¿?
こんな時、日頃の走り込みが効きますね!(^^)!
私もです!
みんなで一緒に乗り切りましょう~❢❢❢❢
…おかげで、にきびが人生の中で最高にできちゃった!!
4月10日までには治るように、そっちも頑張りますが、
もし治らなかったら茂木さんに会えないよ~(;;)クスン
花粉とつぼみとにきびのクオリアに包まれて…
今日もしあわせな一日であります様に(^_-)-☆⋆✿✿
投稿: 夏輝 | 2009/03/25 20:43:14
桜を思い浮かべると、そわそわします。
町中が桜一色になっていて夢の世界にいるような気がしたのだけど、、
私の中で勝手にイメージ肥大してしまっているのでしょうか、、今年も確かめに出かけたいと思いました。
出かけるためにも、まずは私も今週の仕事を踏ん張って生きて乗り切りたいと思います。
投稿: たいち | 2009/03/25 20:36:33
文章を読んでいると、サンタが花見を
している姿を思い浮かべてしまいました。
最初は、普通に花見を楽しんでいる人達
にまざり、赤い服を着て、少し暑くるしい
サンタが独りでポツリ居る姿と、沢山の
サンタさん達がウジャウジャいる姿。
しかもトナカイを桜の木に結んでしまい
怒られてしまっている、サンタたち。
そんな事を思い浮かべてしまいました。
きっと、頭の中で、サンタと桜を何とか
結びつけようと、思考回路が出した結果の
ような気がします。
私の頭の中の思考回路は、常に違和感を
解消しようと、努力してくれているのかも
しれないと、思いました。
投稿: ぱろっと | 2009/03/25 19:18:58
昨年11月に父が死にました。
2004年に脳梗塞で倒れ、左半身に麻痺が残りました。
施設でのリハビリをいやがり、
毎朝、母に近くの公園まで車椅子を押させ、
砂場の柵につかまって歩いたり、
ジャングルジムにぶらさがったりしていました。
公園をぐるっと囲む桜が咲くのを基準に年をかぞえ、
桜齢(さくらよわい)4歳を喜んでいました。
今年から父の齢を重ねる花見にもなります。
投稿: 島唄子 | 2009/03/25 16:15:49
茂木先生こんにちは♪
先生はいつもお忙しいimageなのですが、今週は更に崩壊なのですね。(/_;),
どうかお身体には気をつけて、お仕事頑張って下さいませ。
銀色の雨粒に春の風に先生が無事乗り切られますよう、祈っております。・゜゜゜゜・。
○○○
○ ・ω・ ○ ☆★☆★☆
○○○
c(_uuノ
また後程
ゆっくり
コメントさせて
いただきます。
☆Me ka mahalo☆
投稿: wahine | 2009/03/25 14:16:37
やっと、また春を迎えますね〜。
くれぐれもお身体に気を付けて、乗り切ってくださいね。
投稿: Lee | 2009/03/25 9:59:12
茂木さん、お仕事頑張って下さいね!
投稿: yuuki | 2009/03/25 9:46:11
奈良でメダカを眺めておられた時のように、今日も忙しい中で「空白」の時を楽しまれているんでしょうね。
「憧れ」は、生きるエネルギーになりますね。アウシュビッツでの苦しい生活の中での生きるエネルギーは「憧れ」だった。と何かで読みました。
レオ・レオニの「フレデリック」のように、素敵な仮想を語るネズミをみんな待っています。
アインシュタインだって、ヴァイオリンを弾いてなければ、あんなスゴいこと思いつかなかっただろうし・・・
「憧れ」を抱くとき、何とも言えない、淡い懐かしさを感じてしまう。
投稿: シリンクス | 2009/03/25 9:13:42
桜の季節は、確かにそわそわしますね。満開の時期を見計らって花見に行かなくては…と天気を気にしてみたり、露店のお好み焼きは食べておきたいとかいろんなことが頭に巡ります(笑)さて、クオリアの質は、人生の質量に比例するわけなんでしょうか。ヒトの想いの深さは見て計れないけれど、そのヒトにとってはとても大切なことってありますよね。それぞれの人間の経てきた経験によって、物事の感じ方は変わってくるというか…。多少の差異があるのは当然なんですが。ひとりひとりの心が感じるものが『クオリア』なんでしょうか。脳というフィルターが感じたものが『クオリア』なのか。果たして脳と心は同一であると考えていいものなのか。
ここからここまでという線引きは、難しいですよね。たまたま調べたいことがあって、県の図書館の医学書を片っ端から濫読した経験がありますが、とにかく人体に起こることの線引きは難しいんだなぁ…という気持ちにさいなまれたことを思い出しました。
その時の私は、5歳の女の子のサンタさんに対する想いと同じような気持ちになったんだと思います。
期待と諦めが混じったような、ほろ苦い味というか。それも人生の味。
先生のお仕事が、なんとか乗り切れるように、心よりお祈り申し上げます♪
ありがとうございました。
投稿: ゆみっち | 2009/03/25 8:50:49
茂木先生、おはようございます!(´・ω・`)全速力なのに、ブログアップしてくださり、ありがとうございます♪なんか小鳥たちに忘れずご飯与えてくれてる感じがします(笑)
昨日はワールドベースボールの決勝戦日本勝ちました!おめでとうございます~(ノ^^)八(^^ )ノ
物凄い闘いでみんな神懸かりでしたね~野球もサッカーも芸術だ!と実感しました。特にすごかったのは10回表のイチローの決定打ですね!あの全世界が注目する中での冷静さ、ぞくぞくしました!
韓国の選手も強くて、みんなみんな研ぎ澄まされた美しい顔されてました!
素晴らしかったです!とまだ興奮覚めやらぬ状態です(笑)
そう、お花見の季節到来ですね~桜の季節は散るまで落ち着きません汗
毎年軽く不眠症になります。
ブログにアップされたサンタクロースのお話は「脳と仮想」のきっかけになったエピソードですよね。「脳と仮想」素晴らしかったです。私が特に好きなのは①脳と仮想②生きて死ぬ私③脳整理法④欲望する脳⑤脳の中の文学(順不同)かなぁ…何度も読み直したくなります。それでは、今日も1日駆け抜けて下さ~い!私も今日は終業が遅いけど頑張りますたい(><;)
投稿: 眠り猫2 | 2009/03/25 8:31:46
ひたすら走る茂木先生、素敵です!!応援してます!!
投稿: ふぉれすと | 2009/03/25 7:22:26