ディープ・ステートについて真面目に考察したい人向けの叩き台
Aaron Good 氏による American Exception: Empire and the Deep State のレビュー。
トランプが流行らせたお陰で、「デイープ・ステート(deep state/深層国家。以下DS)」と云う用語は、主に右派やトランプ支持者のMAGA系の人達が無闇やたらと使う様になってしまった。殆どが適当な使い方をしているのは輸入先の日本でも同じことで、日本でカタカナの「ディープステート」と云う言葉が出て来る時には、大抵は「世界を陰で操る闇の秘密結社」の代名詞みたいに使われている。つまり陰謀史観に登場する「フリーメイソン」とか「イルミナティ」とか「ユダヤ賢人会議」とか「コミンテルン」とか「カバール」等の最新版だ。
だがこの用語は元々はアメリカ帝国主義の実態を暴いて来た暦とした研究者であるピーター・デイル・スコット氏が、トルコの政治形態を説明する為に作り出した、ちゃんと地に足の着いた政治分析用語だ。本書は、スコットや、C・ライト・ミルズ、マイク・ロフガン、マイケル・ドイル、マイケル・グレノン等の既存の研究を援用・批判しながら、第2次世界大戦後に出現したグローバルな広がりを持つアメリカ帝国の政治形態をDS概念を使って分析した、現時点では最もアカデミックなDS研究の書だ。
国家が建前通りには動いていないことを説明する時によく持ち出されるのが、二重国家理論だ。これは所謂「表の国家」と「裏の国家」とに国家システムを二分し、民主的な意思決定プロセスとは無関係に、国民が一切関知しないところで時に重要な国家レヴェルの決定を下す権力構造が「裏の国家/影の政府」である、と云う具合に説明される。この説明は、深層政治(deep politics)の表出と見做して良い個々の事件、例えばJFKの暗殺とかウォーターゲート事件とか9.11とかに於て、国家が建前通りに機能していないことが露になる度に、その正しさが裏付けられる。
この時重要なのが主権概念であって、これは暴力の合法的使用の独占を可能にする能力が存在している所を指すと同時に、カール・シュミットの言う「例外状態」を決定する能力(超法規的権能)が存在している所をも意味する。例外主義とは「法の抑制の制度化された一時停止」を可能にするものであって、例外主義に於ける主権者とは平たく言えば所謂「表の国家」を迂回して「超法規的措置」を執りつつ、自らは不処罰で済ませられるアクターを指す。
著者のグッド氏はこの二重国家の区分を以下の様に3つに増やしている。
1)public state(PS):公の国家。憲法で定められた表の国家。「マディソン的」国家。
2)(national)security state(SS):(国家)安全保障国家。「トルーマン的」国家。具体的にはCIAやFBIに代表される法執行機関であり、これには無数のフロント組織や協力機関も含まれる。これはPSによる完全な統制を受け付けない国家の中の国家であり、或る程度の自律性を持った官僚組織である。
3)deep state(DS)
グッド氏が二重政治理論よりも三重政治理論の方が適切だと主張する理由は、例えばウォーターゲート事件に典型的に見られる様に、SS(実行犯であるCIA)がDS(黒幕)から切り捨てられると云うケースが見られるからだ。つまりSSとDSの利害が食い違っている事例に於ては、両者は別物であると考えた方が適切に理解出来る、と云う発想だ。DSは必要と有らばSSを切り捨てることも出来るのであり、従ってその権力ヒエラルキーに於てSSより上位の存在だと考えられる。
DSを簡単に言い表すならば、「捉え難く、権能を持ち、超国家的な、反民主的権力の源泉」と云うことになる。これは法や社会の制約を受けず、それがPSの内外から行使する超法規的措置は屢々犯罪的な手法を含んでいるので、DSを構成する金融界の”overworld”は、その実行アクターを確保する為、犯罪的な”underworld”(具体的にはマフィア等)と結び付いている。日本の自民党がヤクザと繋がっているのと同じで、そうやって汚れ仕事を引き受ける手足を確保しておくのだ。
DSを構成する人々とは、例えばフリーメイソンだのイルミナティだのと云う何等かの秘密結社の成員なのではなく、例えばピーター・フィリップス氏やデヴィッド・ロスコプ氏の言う「グローバル・パワー・エリート」の様に、同じ様なエリート向け学校を出て、同じ様なゴージャスなライフスタイルを送り、同じ様な帝国主義的思想的背景を持ち、同じ様なコネで出世した経歴を持つ、白人男性の権力者達のグループ、一種の超上流の社会階級だと考えた方がすっきりするだろう。彼等はその強大な権力に比べれば驚く程狭いサークルの中で完結してお互いを見知っているので、「仲間を見分ける為の秘密のサイン」等はそもそも必要無い。
陰謀史観がお好きな人にとっては些か拍子抜けする様な結論かも知れないが、現実の歴史のダイナミクスの複雑さを考えると、これらを何百年もの歴史を通じて単一のアクターに還元する見方は些か無理が有る様に思う。歴史解釈のひとつとして、それぞれの国家の、或いはもっと広いブロックのDSには実はかなりの連続性が見られるのではないか、と云う見方は興味深いものだとは思うが、それは必ずしも目の前の深層政治事象を理解する役に立つとは限らない(寧ろ視野を曇らせてしまう可能性が高いのではないかと私は思う)。チョムスキーの様に「陰謀などどうでも良い」とバッサリ切って捨てる姿勢は不誠実だと思うが、陰謀に関わる物語部分だけを重視して構造的な問題を手抜きで済ませる様な人々も私は信用出来ない。それは「DSは不滅の実体である」と云う幻想に繋がることになる。
私は厳密に考えるならば寧ろ、深層政治が表面化するその都度、主権を行使する主体として立ち現れて来るものを指してDSと呼ぶのが適切なのではないかと考える。DSを実体としてよりも寧ろ先ず現象として捉え、その都度真の主権者として同定可能な人々やグループを辿って行った方が、学問的にはより堅実な手法だろう。スコットは「DSは構造的であるよりもシステム的である」と表現しているが、これは私の言っていることと基本的には同じだと思う。DSをソリッドな単一の実体として前提してしまうと、現実の歴史のダイナミクスに於けるDSの可塑性や多重性、或いは内部分裂に気付き難くなってしまう。
グッド氏の理論に私が不満を覚える点は2つ有る。先ずひとつは、今述べた様に三重政治理論を採ってしまうと、DSが常に一枚岩として機能している、と想定する傾向を強めてしまう可能性が有るからだ。私は寧ろ二重政治理論の儘、DSをもう少し緩く解釈して、時には分裂したり対立したりすることも有り得る、と云う風に想定した方が、現実の深層政治事象を柔軟に解釈出来るのではないかと思う。
具体例を挙げて説明しよう。熱心なトランプ信者達は、トランプをDSを打倒する為に立ち上がった反体制派ヒーローだ、と信じる傾向が有る。確かに2016年のロシアゲート事件は、PS(トランプ大統領候補。後に現役大統領)に対してSS(CIAやFBI、そしてMI6)が反旗を翻した事件の様に見える。また2021/01/06の議会襲撃事件には、明らかにカラー革命のパターンが見て取れる(つまり平和的なデモ隊を一部の扇動分子が乗っ取って、マスコミと協力して、恰も抗議活動全体が暴力的なものであるかの様な印象を作り出す)し、ヴェネズエラや香港でのカラー革命工作で先槍を担いでいたマルコ・ルビオ議員が、自分達が他国に対して仕掛けて来た工作をいざ自分達が仕掛けられる番になると云う事態に直面して、あの時は本気で慌てていた様に見える。だがこれは単純にPSがSSに裏切られたケースなのだろうか? トランプの閣僚や取り巻き議員連中、選挙キャンペーンのメンバーを見ると、ビッグマネーかそれに繋がる人々、つまりDSを構成する overworld のメンバーが多い。彼自身もまたホテル王の富豪だし、トランプは寧ろDS側の人間だと考える方が自然だろう。トランプを貶めようとするこれらの陰謀は、DS対PSと云うより、寧ろPSを巻き込んだDSの内部分裂の結果として捉えた方がもっと単純に理解出来るのではないかと私は思う。
2024年2月にトランプ派の御用ジャーナリスト、タッカー・カールソンがモスクワを訪れ、プーチン大統領の生の声を米国に伝えると云う事件が起こった。これだけ見るとカールソンはDSが仕掛けているウクライナ戦争に反対している、反DS派の様に見える。だがロシア以外についての彼の発言を聞いたことの有る人なら誰でも知っている通り、彼は反戦派には程遠い。彼は「今はロシアと戦っている場合じゃない、中国との戦いに備えるべきだ」と言っているだけであって、戦争自体は寧ろ推進する側の人間だ。地政学アナリストのアンドリュー・コリブコ氏の区分に従えば、米国はウクライナ戦争を巡って(2024年3月現在)、ロシア封じ込めを優先する「リベラル・グローバリスト派閥」と、新冷戦の本丸である中国封じ込めを優先する「保守ナショナリスト派閥」とに分かれて分裂している。トランプやカールソンは後者の陣営であって、今はDS内では前者が優勢なので、彼等は結果的にDSに逆らっている様に見えるものの、風向きが変われば彼等自身がDSの代表として機能することになるだろう。
従ってグッド氏の三重政治理論の図式は、こうしたDSの内部分裂を上手く捉えられないのではないかと思う。overworld に君臨するパワー・エリート層は確かに基本的には同じ様な帝国主義的価値観で動いてはいるが、常に意見が一致していると想定するのは単純だし、その様な解釈は時に不都合を生む。
私がグッド氏の理論に不満を覚える2点目は、DSの広がりに関してだ。グッド氏は自分の理論を、第2次世界大戦後に出現したアメリカ帝国に焦点を当てていると断っているので、その意味では彼は何も間違ったことは言っていないのだが、現在のパワー・エリート層はグローバルな広がりを見せているので、戦後のアメリカ合衆国一国の内部にだけ注意を向けていたのでは見えなくなる部分が大きいのではないかと思う。
その好例が気候変動問題だ。この本の中で触れられている様に、グッド氏は「人為的な原因による気候変動」のプロパガンダを信じる側の人間の様だが(COVID-19パンデミック詐欺等もそうだが、新左翼等には科学を騙る詐欺に引っ掛かり易い傾向が有り、この嘘に気が付くのは右派に多い為、その所為で左派は却って意固地になってこれが陰謀であると云う事実を認めようとしない傾向が有る)、気候変動詐欺は正に、グローバルな規模でPSを乗っ取る為の試みの一環だ。その背後に有るのは「自然の金融化」、つまり日本語的な表現をするなら「地球の民営化」と云う目標であって、潜在的には地球上の「自然資産」の全てを金融商品化しようと云う、究極の新自由主義的イデオロギーが潜んでいる(国家が介入する政策を何でもかんでも見境無しにリバタリアン的に「社会主義」とか「共産主義」と呼ぶ人も多いが、新自由主義の旗手サッチャーの「社会などと云うものは存在しない」と云う言葉を思い出してみれば判る様に、新自由主義は寧ろ反-社会-主義と呼ぶべきイデオロギーだ。これを社会主義と一緒くたにするのは明らかに馬鹿げているし様に私には思われるし、完全に倒錯した言葉の誤用だと思う。更に、新自由主義者が重んじる「個人」とは第一には生身の人間のことではなくて個々の法人のことなので、新自由主義とは反-人間-主義であるとも言える。反共主義は戦後の自由民主主義陣営、即ちブランド変更によってイメージ回復を図ったナチ陣営のトレードマークなので、DSを共産主義者の集まりだと非難する人達は、正に自分が批判している筈の当の相手のレトリックをなぞっていることになる)。
これの力学を理解するには、国際政治に於ける深層政治―――つまりロビー活動(或いはメガ・ロビー)やもっと犯罪的な介入や干渉によって既存の国民国家システムを乗っ取ってグローバルなガヴァナンス・システムを構築しようと目論む、スーザン・ジョージ氏の云う「影の主権者(shadow sovereign)」の働きを押さえておくことが不可欠になる。だがグッド氏の構図では、これを何処に位置付けたら良いのか、いまいち判然としない。国家システムの乗っ取りを企んでいるのは先に挙げたDSのリベラル・グローバリスト派閥であり、これはリベラルで普遍志向的なイデオロギー(西洋式民主主義とか人権とか科学の権威とか)をグローバルなレヴェルで布教して押し付けるミッションを担っている現代の宣教師達だが、過去の15世紀以降の「新大陸」の宣教師達と同じく、彼等の背後には帝国主義的な野望が透けて見える。この権力構造を分析するには、三重政治理論では些か余計な荷物が多いのではないかと思う。まぁこの辺の詳細を詰めるのは今後の研究者達の課題になるだろう。
これらの点についての留保を除けば、「アメリカ帝国の属国諸国にとっては、米国こそが即ちDSである」と云うグッド氏の命題は極めて正しい様に思う。これは日本に於ては特に顕著であり、米国以外で世界で最もDS研究を(無闇に大風呂敷を広げる陰謀史観ではなくて)真面目にやらなければいけない国は日本ではないのか、とさえ思う。
日本はDSに支配されている国家である、と云うことは、自分の頭で考える者であれば子供でも気が付くことが出来る。何しろ、この国は教科書通りに動いていないどころか、教科書自体に、この国は憲法が主張している様な建前では動いていないと云うことが堂々と書いてあるのだ。例えば9条2項には戦力を持たないとはっきり書いてあるのに、誰がどう見ても戦力である自衛隊が(最初は「警察予備隊」と呼んで国民を騙して作られた)厳然として存在している。戦争放棄を謳ってあるのに、人類史上最悪の軍事基地帝国に国土を明け渡し、各地の侵略戦争の拠点として自国の領土を使わせている。三権分立を謳ってあるのに、憲法の教科書には「統治行為論」などと云うふざけたことが悪びれもせず書いてあって、日本の司法は一番肝心な場面で、憲法で定められた責務を放棄しますよと堂々と宣言している。人権尊重と書かれてあるのに、国家が率先して人権侵害を推進する事例など珍しくも無い(原発とか在日米軍基地とか)。憲法は日本の最高法規と明記してあるのに、憲法破り(裁判所が違憲だと判決を出した行為)が罰せられもせず白昼横行している。民主主義を謳ってあるのに、CIAが戦犯達に作らせた政党(この事実が暴露され、CIAもまたその事実関係を認めたのは1990年代だ)が殆どの時期に亘って一党支配している。法体系と云うのは原則的に論理的にカチッと組み合わさって少しの水漏れも無いようにしなければいけない。詐欺のことを「法律の抜け穴を潜る」と表現することが有るが、日本国の国体である筈の日本国憲法には、抜け穴どころか、誰にでも見える真正面の位置にどでかい穴が幾つも空いているのだ。
長年の多くの研究で明らかになっている様に、これらの日本国の国家としての根本に関わる問題の全てに、米国が関与している。表向き日本を独立させた上で日本を実効支配して東南アジアに於ける軍事基地ネットワークの重要拠点として利用しようとするアメリカ帝国の存在が無ければ、日本国はここまで歪な形にはならなかっただろう。ここで「世界史を統べる闇の勢力」とかの話をする必要は全く無い。それは当面は世界史に興味を持つアカデミックな人々に任せておいても差し支え無いことだと私は思う。必要なのは地道な検証作業を積み重ねることだ。そうやって主権を喪失した属国としての日本の真の姿を白日の下に晒さなければ、日本人は多極化へ向かう時代の趨勢の中で、自国の立ち位置が全く掴めない儘先へ進んで行かなければならなくなる。
元々旧冷戦後の米国の一極覇権にはあちこちでボロが出ていたが、ロシアの特別軍事作戦は多極化へ向かう世界(特にグローバル・サウス)の動きを一気に加速した。これを受けて2022/06/09、ロシアのプーチン大統領はサンクトペテルブルク国際経済フォーラムに於て、世界は主権国家と植民地とに二分されるだろう、「その中間は無い」と警告した。この発言に対する西洋市民の反応は3つに分かれるだろう。
1)ウンウン、全くその通りだと頷く。
2)ハァ?何訳の分かんないこと言っての? とにかくお前が軍を引けば、ウクライナは2023/10/07にハマスが奇襲攻撃を実行する以前のガザ地区の様に平和になるんだよ。え、ウクライナのナチス? そんなもんは「ロシアのプロパガンダ」でしょ? だってテレビがそーゆってたもん。必要なことは全てテレビが(しかもタダで!)教えてくれるよ。今までテレビが嘘吐いたり間違ったことを伝えたりしたことなんて有った?
3)そもそもそんな発言が有ったこと自体を知らない。
主権に関するまともな考察や研究が期待出来るのは基本的に1)の人達だけだが、これは極めて少数派と来ている。だがやらなければ日本も、米帝も他の属国諸国も、これから先へは進めない。西洋式政治形態が建前通りに機能していないことに対する危機感自体が広がっていることは、例えば欧州の世論調査結果からも明らかだ。だが具体的に何がPSの障害になっているのかを特定出来なければ、多極化時代に適応出来ず、喪われた偽善だらけの「ルールに基付く国際秩序」の夢に耽って退嬰を続けるしか無くなるだろう。真摯なDS研究はもっと普及しなければ駄目だ。だが議論そのものが存在しない状況ではどうにもならない。本書は、先にも指摘した様に私には不満点も残るものの、その為の良い足掛かりになる。
トランプが流行らせたお陰で、「デイープ・ステート(deep state/深層国家。以下DS)」と云う用語は、主に右派やトランプ支持者のMAGA系の人達が無闇やたらと使う様になってしまった。殆どが適当な使い方をしているのは輸入先の日本でも同じことで、日本でカタカナの「ディープステート」と云う言葉が出て来る時には、大抵は「世界を陰で操る闇の秘密結社」の代名詞みたいに使われている。つまり陰謀史観に登場する「フリーメイソン」とか「イルミナティ」とか「ユダヤ賢人会議」とか「コミンテルン」とか「カバール」等の最新版だ。
だがこの用語は元々はアメリカ帝国主義の実態を暴いて来た暦とした研究者であるピーター・デイル・スコット氏が、トルコの政治形態を説明する為に作り出した、ちゃんと地に足の着いた政治分析用語だ。本書は、スコットや、C・ライト・ミルズ、マイク・ロフガン、マイケル・ドイル、マイケル・グレノン等の既存の研究を援用・批判しながら、第2次世界大戦後に出現したグローバルな広がりを持つアメリカ帝国の政治形態をDS概念を使って分析した、現時点では最もアカデミックなDS研究の書だ。
国家が建前通りには動いていないことを説明する時によく持ち出されるのが、二重国家理論だ。これは所謂「表の国家」と「裏の国家」とに国家システムを二分し、民主的な意思決定プロセスとは無関係に、国民が一切関知しないところで時に重要な国家レヴェルの決定を下す権力構造が「裏の国家/影の政府」である、と云う具合に説明される。この説明は、深層政治(deep politics)の表出と見做して良い個々の事件、例えばJFKの暗殺とかウォーターゲート事件とか9.11とかに於て、国家が建前通りに機能していないことが露になる度に、その正しさが裏付けられる。
この時重要なのが主権概念であって、これは暴力の合法的使用の独占を可能にする能力が存在している所を指すと同時に、カール・シュミットの言う「例外状態」を決定する能力(超法規的権能)が存在している所をも意味する。例外主義とは「法の抑制の制度化された一時停止」を可能にするものであって、例外主義に於ける主権者とは平たく言えば所謂「表の国家」を迂回して「超法規的措置」を執りつつ、自らは不処罰で済ませられるアクターを指す。
著者のグッド氏はこの二重国家の区分を以下の様に3つに増やしている。
1)public state(PS):公の国家。憲法で定められた表の国家。「マディソン的」国家。
2)(national)security state(SS):(国家)安全保障国家。「トルーマン的」国家。具体的にはCIAやFBIに代表される法執行機関であり、これには無数のフロント組織や協力機関も含まれる。これはPSによる完全な統制を受け付けない国家の中の国家であり、或る程度の自律性を持った官僚組織である。
3)deep state(DS)
グッド氏が二重政治理論よりも三重政治理論の方が適切だと主張する理由は、例えばウォーターゲート事件に典型的に見られる様に、SS(実行犯であるCIA)がDS(黒幕)から切り捨てられると云うケースが見られるからだ。つまりSSとDSの利害が食い違っている事例に於ては、両者は別物であると考えた方が適切に理解出来る、と云う発想だ。DSは必要と有らばSSを切り捨てることも出来るのであり、従ってその権力ヒエラルキーに於てSSより上位の存在だと考えられる。
DSを簡単に言い表すならば、「捉え難く、権能を持ち、超国家的な、反民主的権力の源泉」と云うことになる。これは法や社会の制約を受けず、それがPSの内外から行使する超法規的措置は屢々犯罪的な手法を含んでいるので、DSを構成する金融界の”overworld”は、その実行アクターを確保する為、犯罪的な”underworld”(具体的にはマフィア等)と結び付いている。日本の自民党がヤクザと繋がっているのと同じで、そうやって汚れ仕事を引き受ける手足を確保しておくのだ。
DSを構成する人々とは、例えばフリーメイソンだのイルミナティだのと云う何等かの秘密結社の成員なのではなく、例えばピーター・フィリップス氏やデヴィッド・ロスコプ氏の言う「グローバル・パワー・エリート」の様に、同じ様なエリート向け学校を出て、同じ様なゴージャスなライフスタイルを送り、同じ様な帝国主義的思想的背景を持ち、同じ様なコネで出世した経歴を持つ、白人男性の権力者達のグループ、一種の超上流の社会階級だと考えた方がすっきりするだろう。彼等はその強大な権力に比べれば驚く程狭いサークルの中で完結してお互いを見知っているので、「仲間を見分ける為の秘密のサイン」等はそもそも必要無い。
陰謀史観がお好きな人にとっては些か拍子抜けする様な結論かも知れないが、現実の歴史のダイナミクスの複雑さを考えると、これらを何百年もの歴史を通じて単一のアクターに還元する見方は些か無理が有る様に思う。歴史解釈のひとつとして、それぞれの国家の、或いはもっと広いブロックのDSには実はかなりの連続性が見られるのではないか、と云う見方は興味深いものだとは思うが、それは必ずしも目の前の深層政治事象を理解する役に立つとは限らない(寧ろ視野を曇らせてしまう可能性が高いのではないかと私は思う)。チョムスキーの様に「陰謀などどうでも良い」とバッサリ切って捨てる姿勢は不誠実だと思うが、陰謀に関わる物語部分だけを重視して構造的な問題を手抜きで済ませる様な人々も私は信用出来ない。それは「DSは不滅の実体である」と云う幻想に繋がることになる。
私は厳密に考えるならば寧ろ、深層政治が表面化するその都度、主権を行使する主体として立ち現れて来るものを指してDSと呼ぶのが適切なのではないかと考える。DSを実体としてよりも寧ろ先ず現象として捉え、その都度真の主権者として同定可能な人々やグループを辿って行った方が、学問的にはより堅実な手法だろう。スコットは「DSは構造的であるよりもシステム的である」と表現しているが、これは私の言っていることと基本的には同じだと思う。DSをソリッドな単一の実体として前提してしまうと、現実の歴史のダイナミクスに於けるDSの可塑性や多重性、或いは内部分裂に気付き難くなってしまう。
グッド氏の理論に私が不満を覚える点は2つ有る。先ずひとつは、今述べた様に三重政治理論を採ってしまうと、DSが常に一枚岩として機能している、と想定する傾向を強めてしまう可能性が有るからだ。私は寧ろ二重政治理論の儘、DSをもう少し緩く解釈して、時には分裂したり対立したりすることも有り得る、と云う風に想定した方が、現実の深層政治事象を柔軟に解釈出来るのではないかと思う。
具体例を挙げて説明しよう。熱心なトランプ信者達は、トランプをDSを打倒する為に立ち上がった反体制派ヒーローだ、と信じる傾向が有る。確かに2016年のロシアゲート事件は、PS(トランプ大統領候補。後に現役大統領)に対してSS(CIAやFBI、そしてMI6)が反旗を翻した事件の様に見える。また2021/01/06の議会襲撃事件には、明らかにカラー革命のパターンが見て取れる(つまり平和的なデモ隊を一部の扇動分子が乗っ取って、マスコミと協力して、恰も抗議活動全体が暴力的なものであるかの様な印象を作り出す)し、ヴェネズエラや香港でのカラー革命工作で先槍を担いでいたマルコ・ルビオ議員が、自分達が他国に対して仕掛けて来た工作をいざ自分達が仕掛けられる番になると云う事態に直面して、あの時は本気で慌てていた様に見える。だがこれは単純にPSがSSに裏切られたケースなのだろうか? トランプの閣僚や取り巻き議員連中、選挙キャンペーンのメンバーを見ると、ビッグマネーかそれに繋がる人々、つまりDSを構成する overworld のメンバーが多い。彼自身もまたホテル王の富豪だし、トランプは寧ろDS側の人間だと考える方が自然だろう。トランプを貶めようとするこれらの陰謀は、DS対PSと云うより、寧ろPSを巻き込んだDSの内部分裂の結果として捉えた方がもっと単純に理解出来るのではないかと私は思う。
2024年2月にトランプ派の御用ジャーナリスト、タッカー・カールソンがモスクワを訪れ、プーチン大統領の生の声を米国に伝えると云う事件が起こった。これだけ見るとカールソンはDSが仕掛けているウクライナ戦争に反対している、反DS派の様に見える。だがロシア以外についての彼の発言を聞いたことの有る人なら誰でも知っている通り、彼は反戦派には程遠い。彼は「今はロシアと戦っている場合じゃない、中国との戦いに備えるべきだ」と言っているだけであって、戦争自体は寧ろ推進する側の人間だ。地政学アナリストのアンドリュー・コリブコ氏の区分に従えば、米国はウクライナ戦争を巡って(2024年3月現在)、ロシア封じ込めを優先する「リベラル・グローバリスト派閥」と、新冷戦の本丸である中国封じ込めを優先する「保守ナショナリスト派閥」とに分かれて分裂している。トランプやカールソンは後者の陣営であって、今はDS内では前者が優勢なので、彼等は結果的にDSに逆らっている様に見えるものの、風向きが変われば彼等自身がDSの代表として機能することになるだろう。
従ってグッド氏の三重政治理論の図式は、こうしたDSの内部分裂を上手く捉えられないのではないかと思う。overworld に君臨するパワー・エリート層は確かに基本的には同じ様な帝国主義的価値観で動いてはいるが、常に意見が一致していると想定するのは単純だし、その様な解釈は時に不都合を生む。
私がグッド氏の理論に不満を覚える2点目は、DSの広がりに関してだ。グッド氏は自分の理論を、第2次世界大戦後に出現したアメリカ帝国に焦点を当てていると断っているので、その意味では彼は何も間違ったことは言っていないのだが、現在のパワー・エリート層はグローバルな広がりを見せているので、戦後のアメリカ合衆国一国の内部にだけ注意を向けていたのでは見えなくなる部分が大きいのではないかと思う。
その好例が気候変動問題だ。この本の中で触れられている様に、グッド氏は「人為的な原因による気候変動」のプロパガンダを信じる側の人間の様だが(COVID-19パンデミック詐欺等もそうだが、新左翼等には科学を騙る詐欺に引っ掛かり易い傾向が有り、この嘘に気が付くのは右派に多い為、その所為で左派は却って意固地になってこれが陰謀であると云う事実を認めようとしない傾向が有る)、気候変動詐欺は正に、グローバルな規模でPSを乗っ取る為の試みの一環だ。その背後に有るのは「自然の金融化」、つまり日本語的な表現をするなら「地球の民営化」と云う目標であって、潜在的には地球上の「自然資産」の全てを金融商品化しようと云う、究極の新自由主義的イデオロギーが潜んでいる(国家が介入する政策を何でもかんでも見境無しにリバタリアン的に「社会主義」とか「共産主義」と呼ぶ人も多いが、新自由主義の旗手サッチャーの「社会などと云うものは存在しない」と云う言葉を思い出してみれば判る様に、新自由主義は寧ろ反-社会-主義と呼ぶべきイデオロギーだ。これを社会主義と一緒くたにするのは明らかに馬鹿げているし様に私には思われるし、完全に倒錯した言葉の誤用だと思う。更に、新自由主義者が重んじる「個人」とは第一には生身の人間のことではなくて個々の法人のことなので、新自由主義とは反-人間-主義であるとも言える。反共主義は戦後の自由民主主義陣営、即ちブランド変更によってイメージ回復を図ったナチ陣営のトレードマークなので、DSを共産主義者の集まりだと非難する人達は、正に自分が批判している筈の当の相手のレトリックをなぞっていることになる)。
これの力学を理解するには、国際政治に於ける深層政治―――つまりロビー活動(或いはメガ・ロビー)やもっと犯罪的な介入や干渉によって既存の国民国家システムを乗っ取ってグローバルなガヴァナンス・システムを構築しようと目論む、スーザン・ジョージ氏の云う「影の主権者(shadow sovereign)」の働きを押さえておくことが不可欠になる。だがグッド氏の構図では、これを何処に位置付けたら良いのか、いまいち判然としない。国家システムの乗っ取りを企んでいるのは先に挙げたDSのリベラル・グローバリスト派閥であり、これはリベラルで普遍志向的なイデオロギー(西洋式民主主義とか人権とか科学の権威とか)をグローバルなレヴェルで布教して押し付けるミッションを担っている現代の宣教師達だが、過去の15世紀以降の「新大陸」の宣教師達と同じく、彼等の背後には帝国主義的な野望が透けて見える。この権力構造を分析するには、三重政治理論では些か余計な荷物が多いのではないかと思う。まぁこの辺の詳細を詰めるのは今後の研究者達の課題になるだろう。
これらの点についての留保を除けば、「アメリカ帝国の属国諸国にとっては、米国こそが即ちDSである」と云うグッド氏の命題は極めて正しい様に思う。これは日本に於ては特に顕著であり、米国以外で世界で最もDS研究を(無闇に大風呂敷を広げる陰謀史観ではなくて)真面目にやらなければいけない国は日本ではないのか、とさえ思う。
日本はDSに支配されている国家である、と云うことは、自分の頭で考える者であれば子供でも気が付くことが出来る。何しろ、この国は教科書通りに動いていないどころか、教科書自体に、この国は憲法が主張している様な建前では動いていないと云うことが堂々と書いてあるのだ。例えば9条2項には戦力を持たないとはっきり書いてあるのに、誰がどう見ても戦力である自衛隊が(最初は「警察予備隊」と呼んで国民を騙して作られた)厳然として存在している。戦争放棄を謳ってあるのに、人類史上最悪の軍事基地帝国に国土を明け渡し、各地の侵略戦争の拠点として自国の領土を使わせている。三権分立を謳ってあるのに、憲法の教科書には「統治行為論」などと云うふざけたことが悪びれもせず書いてあって、日本の司法は一番肝心な場面で、憲法で定められた責務を放棄しますよと堂々と宣言している。人権尊重と書かれてあるのに、国家が率先して人権侵害を推進する事例など珍しくも無い(原発とか在日米軍基地とか)。憲法は日本の最高法規と明記してあるのに、憲法破り(裁判所が違憲だと判決を出した行為)が罰せられもせず白昼横行している。民主主義を謳ってあるのに、CIAが戦犯達に作らせた政党(この事実が暴露され、CIAもまたその事実関係を認めたのは1990年代だ)が殆どの時期に亘って一党支配している。法体系と云うのは原則的に論理的にカチッと組み合わさって少しの水漏れも無いようにしなければいけない。詐欺のことを「法律の抜け穴を潜る」と表現することが有るが、日本国の国体である筈の日本国憲法には、抜け穴どころか、誰にでも見える真正面の位置にどでかい穴が幾つも空いているのだ。
長年の多くの研究で明らかになっている様に、これらの日本国の国家としての根本に関わる問題の全てに、米国が関与している。表向き日本を独立させた上で日本を実効支配して東南アジアに於ける軍事基地ネットワークの重要拠点として利用しようとするアメリカ帝国の存在が無ければ、日本国はここまで歪な形にはならなかっただろう。ここで「世界史を統べる闇の勢力」とかの話をする必要は全く無い。それは当面は世界史に興味を持つアカデミックな人々に任せておいても差し支え無いことだと私は思う。必要なのは地道な検証作業を積み重ねることだ。そうやって主権を喪失した属国としての日本の真の姿を白日の下に晒さなければ、日本人は多極化へ向かう時代の趨勢の中で、自国の立ち位置が全く掴めない儘先へ進んで行かなければならなくなる。
元々旧冷戦後の米国の一極覇権にはあちこちでボロが出ていたが、ロシアの特別軍事作戦は多極化へ向かう世界(特にグローバル・サウス)の動きを一気に加速した。これを受けて2022/06/09、ロシアのプーチン大統領はサンクトペテルブルク国際経済フォーラムに於て、世界は主権国家と植民地とに二分されるだろう、「その中間は無い」と警告した。この発言に対する西洋市民の反応は3つに分かれるだろう。
1)ウンウン、全くその通りだと頷く。
2)ハァ?何訳の分かんないこと言っての? とにかくお前が軍を引けば、ウクライナは2023/10/07にハマスが奇襲攻撃を実行する以前のガザ地区の様に平和になるんだよ。え、ウクライナのナチス? そんなもんは「ロシアのプロパガンダ」でしょ? だってテレビがそーゆってたもん。必要なことは全てテレビが(しかもタダで!)教えてくれるよ。今までテレビが嘘吐いたり間違ったことを伝えたりしたことなんて有った?
3)そもそもそんな発言が有ったこと自体を知らない。
主権に関するまともな考察や研究が期待出来るのは基本的に1)の人達だけだが、これは極めて少数派と来ている。だがやらなければ日本も、米帝も他の属国諸国も、これから先へは進めない。西洋式政治形態が建前通りに機能していないことに対する危機感自体が広がっていることは、例えば欧州の世論調査結果からも明らかだ。だが具体的に何がPSの障害になっているのかを特定出来なければ、多極化時代に適応出来ず、喪われた偽善だらけの「ルールに基付く国際秩序」の夢に耽って退嬰を続けるしか無くなるだろう。真摯なDS研究はもっと普及しなければ駄目だ。だが議論そのものが存在しない状況ではどうにもならない。本書は、先にも指摘した様に私には不満点も残るものの、その為の良い足掛かりになる。
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