出版業界は電子書籍を巡って大騒ぎとなっている。さまざまなプラットフォームが乱立し、これまで静観していた出版社が電子書籍に乗り出してきた。電子書籍を取り上げた雑誌や書籍も目立つ。こうした動きのきっかけとなったのは、米アップルの新型端末iPadであることは明らかだろう。出版業界としては、恐れと同時に期待も大きく、何かせずにはいられないという気持ちも正直なところだ。

 今回、我々もiPad上で読める電子書籍を出すことにした。タイトルは「ネットワーク開発物語」(画面)。「IP」「イーサネット」「Web」の3大ネットワーク技術がいかにして開発されたのかをつぶさに追ったネットワーク開発史だ。ビント・サーフ、ボブ・メトカフ、ティム・バーナーズ=リーなど、直接開発にかかわった技術者を取材し、本人にしか語れない内容を盛り込んだ。これ自体は有料で販売するが、コンテンツの一部は無料版の「インターネット開発物語」としても提供する。App Storeに並んだら、ぜひ試しに手に取ってみてほしい。

画面●「ネットワーク開発物語」
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 10月13日にアップルに申請したばかりなので、App Storeに登録されるまでにはもう少し時間がかかるだろう。本当は、10月18日から開催される「ITpro EXPO 2010」に間に合わせるために、もっと早く申請するつもりだったのが、制作作業が遅れてしまった。電子書籍の制作が、いつも作っている紙の書籍とは勝手が違ったからだ。今回は、その制作作業を通して感じたことをお話しよう。

電子書籍も校正作業は紙に依存

 今回の電子書籍は、完全な書き下ろしではない。以前、私が「日経NETWORK」という雑誌で記者をしていたときに執筆した4本の特集記事がベースとなっている。それぞれIP、イーサネット、Web、ルーターの開発史を取り上げた25ページ前後の大型特集だ。

 記事を書いたのが2001~2006年とやや古めの記事だが、テーマが時間経過にも耐え得る“昔話”なので、今でも十分読み応えがある。しかし、手間とコストを省くため、過去の記事をそのまま電子化するという安易な方法は取りたくなかった。紙にはスペースの制約があるが、電子書籍ではその制約が緩和される。そこで以前は書けなかった内容をふんだんに追加することにした。

 内容だけではなく、見せ方についても紙とは違った最適な方法があるはずだと考えた。デバイスの表示特性に合わせて素材の見せ方を変えなければならないというのは、今回制作とデザイン、ビューワー開発の面で協力していただいたクロスデザインの持論でもある(関連記事1関連記事2)。今回は、そうした思想を生かし、iPadに最適化した読みやすいビューワーを開発してもらった。

 このように書くと格好よく見えるが、実際の制作作業は実に泥臭いものだった。

 比較のため、紙の場合の制作作業を簡単に説明する。まず記者(当社の場合、記者が編集作業を行う)が素材(テキストや図版)とラフレイアウトを作り、制作部に渡す。制作部では、ラフレイアウトに基づいてレイアウトを切り、テキストとIllustrator(グラフィックソフト)で仕上げた図版をInDesign(DTPソフト)に投入して校正紙を作る。その後、赤字を入れた校正紙を編集部と制作部で何度かやり取りし、赤字がなくなったら印刷所に入稿となる。

 ポイントは、校正作業に必ず紙が介在することだ。以前からPDFを紙に出力することなく、ディスプレイ上で校正作業を行うという提案がなされてきた。しかし、実際には画面上で校正作業を済ませるのはミスや漏れにつながりやすい。紙に出力して赤字を入れて校正するというのが、どこの出版社でもいまだに取られている方法だろう。

 これに対し、今回の電子書籍ではどうか。電子書籍といっても、大きく二つに分けられる。iPadの場合でいうと、まずビューワーアプリケーションだけをあらかじめ用意し、その中で複数の電子書籍を購読する、いわゆる「In App Purchase」を利用するタイプがある。紙のページをそのまま電子化して配信するものが多い。もう一つのタイプは、アプリ単体が一冊の本となっている、つまりコンテンツとビューワーが一体となっているタイプである。

 今回我々が作った電子書籍は、後者のタイプを採用している。このビューワーとコンテンツが一体となっていることが、思わぬ苦労を招くことになった。コンテンツだけを取り出すことができないので、校正作業に面倒な手順を踏まなければならなくなったのだ。