「IPTV」という用語から連想できるサービスは幅広い。IPマルチキャスト技術を使ってテレビ受像機向けに番組を放送する「IPマルチキャスト放送」から,インターネットの様々なWebサイトで視聴できる映像配信サービスまで,IPネットワーク経由で視聴できる映像サービスはすべてIPTVの範ちゅうに入るのかも知れない。

 前者はテレビで見るものだし,後者はパソコンのモニターで見るものだ。IPTVの「TV」の部分を「テレビ受像機で見る」という意味で捉えれば,テレビ受像機を使ったIPマルチキャスト放送だけを狭い意味でのIPTVと認識することもできる。しかし,パソコンのモニターのように映像を視聴できるものはすべて「TV」だと大まか考えれば,インターネットの映像配信サイトもIPTVのように思えてくる。

次世代のIPTV技術の標準化活動が進行中

 今のところ厳密に区分けしにくく,混同されがちな「IPTV」だが,技術の標準化の世界では,一定の要求基準を満たすサービスとして定義づける動きが出ている。例えば,通信技術の国際標準化機関である電気通信連合(ITU-T)は,2006年夏から「IPTVフォーカスグループ」(IPTV-FG)を設置して「IPTV」のサービス要件や技術仕様の検討を始めている。また国内でもITU-Tの動きをにらみつつ,総務省や通信事業者,家電メーカー放送局らが共同で,IPTV技術の標準仕様を策定するための活動が進んでいる。

 これらの標準化活動において,IPTVは既存のIPマルチキャスト放送のようなサービスとは一線を画したサービスとして位置づけられている。放送を視聴するだけでなく,オンデマンドで見たい番組を視聴したり,高画質な映像をダウンロード配信したり,携帯電話機など様々な機器と連携して,映像をやりとりするといった「統合型映像サービス」を実現すること目指している。

 特に日本においては,地上デジタル放送を電波で受信するのと同等の画質/サービスを再現する「IP同時再送信」に対応することも目標の一つに掲げられている。日本の通信事業者,家電メーカー,放送事業者らで構成する「IPTVフォーラム」は,このような統合型映像サービスを実現する次世代IPTVの標準仕様を2007年中にも策定する計画だ。

北京五輪前にIPTV対応テレビが登場する?

 次世代IPTVは,統合型映像サービスを実現するだけでなく,テレビ受像機そのものがIPTVサービスの受信機能を備えることになる点でも,既存のサービスとは大きく異なるものになる。

 現在提供されているNTTグループの「4th MEDIAサービス」やソフトバンクの「BBTV」といったIP放送サービスは,専用のセットトップボックス(STB)を事業者から調達し,テレビにつなぐことが前提となっている。欧米ほどケーブルテレビ(CATV)サービスが普及していない日本では,このSTBをテレビにつないでもらう手間が,普及の壁になっているという意見がある。

 これに対して,IPTVフォーラムでは仕様を標準化することで,各メーカーがそれぞれ自社のテレビ受像機にIPTV機能を搭載できるようになると考えている。

 家電量販店でIPTV対応テレビが買えるようになれば,ユーザーはそれを自宅のブロードバンド回線につなぐだけで,IP放送をはじめとした統合型映像サービスを,好きな事業者から受けられるようになる。家電メーカーにとっても,IPTVへの対応は低価格化競争の激しい薄型大画面テレビ市場において,テレビの付加価値を維持する手段となる。2007年中に標準仕様が固まれば,2008年の北京オリンピック開催の時期に合わせて,各メーカーがIPTV対応機能をうたうテレビを最新機種として投入してくる,というシナリオも見えてくる。

家庭ではパソコンが2台目のテレビに浮上

 一方,こうした動きと並行してパソコンの世界でも,YouTube現象に見られるように映像配信の利用は爆発的に伸びている。地上デジタル放送はワンセグチューナーを使えば手軽に受信できるし,映像ファイルのストリーミング視聴や,高画質映像のダウンロード購入といったブロードバンドと親和性の高いサービスは,現時点ではテレビよりもパソコンの方が利用環境が整っている。統合型の映像サービスを利用する端末として考えれば,パソコンの方が今のところIPTV端末に近いとも言えそうだ。

 しかしパソコンは,映像を視聴する上での操作性やユーザーインタフェースといった部分がテレビに比べて劣っているのは否めない。そこで,マイクロソフトやアップルといったパソコンOSのベンダーは,こうした課題の改善に取り組む姿勢を見せている。

 例えば,マイクロソフトは「Windows Vista」の家庭向け版に,画面から3メートル程度離れて操作することを想定した新インタフェース「Windows Media Center」を標準搭載し,パソコンをテレビ並みに簡単に操作できるようにしようとしている。また,アップルは,パソコンを使って「iTunes Store」からダウンロード購入した映像や音楽をテレビに表示する専用機「Apple TV」を発売した。iTunesに限らず,ダウンロード購入できる映像コンテンツを提供するサイトは増えつつある。ストリーム映像では画質に不満を持つユーザーにも対応していけそうだ。

 しかし,パソコンをリビングのテレビに接続して映像ソフトを楽しむ人が増えるか,と問えば,前述のSTBの問題と同様にハードルは高いと言えるだろう。

 マイクロソフトはこうした課題に対して,「パソコンを家庭のメインのテレビに接続してもらうことにはこだわらない」としている。日本では,リビングの大画面テレビのほかに,寝室や自室などに自分専用の“サブテレビ”を持つ家庭は珍しくない。「リビングのテレビは薄型大画面テレビに買い換えられていくだろうが,画面20インチ程度のサブテレビはノートパソコンでも代替可能だ」というのだ。映像ソフトを楽しむだけでなく,外出前に少し天気予報をチェックするといった使い方でも,パソコンなら充実した既存のWebコンテンツを活用できる。単なるサブテレビ以上の利便性を提供できる,というわけだ。

 このようにパソコンのIPTV化は,前述した標準化活動とは関係なく,家庭のニーズに対応する形で浸透していく可能性がありそうだ。

 IPTV対応テレビとパソコンのIPTV化。いずれのアプローチにも可能性があり,IPTVが普及していく過程では,多くのビジネスチャンスが広がることが期待できる。そこで通信・放送融合の専門誌である日経ニューメディアでは,「IPTVサービス2.0が始動,次世代エンターテインメントビジネスの全貌」と題したセミナーを5月28日に開催する。IPTVの進化の方向性を,様々な業界の立場から本音で語ってもらう。興味のある方はぜひ参加していただきたい。