井出草平の研究ノート

早期教育を受けた子はAD/HDや発達障害になる?

「パパ、ママたちへの警鐘 早期教育で病んだ子どもたちが増えている」
『週刊朝日』2009年09月18日号 (記者:中釜由起子)
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20090909-02/1.htm


『週刊朝日』に元北海道大学教授の澤口俊之氏の発言として以下のようなことが載っていた。

元北海道大学教授で、現在、人間性脳科学研究所所長の澤口俊之氏は言う。
「いちばん重要なのは、脳の発達パターンに合わせるということです。われわれの研究所で、0歳児から追跡調査を続けたところ、早期教育を受けた子は、1歳児でもキレやすく、6歳くらいになると、多動性傾向が非常に強く、注意力散漫であることがわかりました。
今、幼児教室や幼稚園などでなされているIQテストや教育などは、科学的根拠がないものが多い。子どもの脳は未分化で、乳幼児のころに教えたことが脳の方向性を決めてしまうので、『とりあえずやらせる』 のは危険です」
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20090909-02/5.htm
『週刊朝日』2009年9月9日号, pp112


澤口氏はAD/HDとは言っていないものの「多動性傾向が非常に強く、注意力散漫であること」はAD/HDにであろう。早期教育で人間はキレやすくなり、AD/HDになりやすいということを言っているようだ。澤口氏は「IQテストや教育などは、科学的根拠がないものが多い」と批判するが、この溝口氏の発言が科学的ではない。AD/HDは遺伝子的要因の問題であり、後天的にAD/HDに「なる」ことはないからである。最も有名なエビデンスはバージニア州の双生児研究である。AD/HDの遺伝子寄与率54〜82%、環境寄与率0%と結果が出ている(AD/HDは900組が対象)。つまり、環境いかんによってAD/HDになったりはしない。もちろん早期教育を受けた/受けていないも関係ない。


この記事には他にも問題がある。

児童精神科医として25年間診察を続けている青山学院大学教授の古荘純一氏も、「ここ数年、とりたてて発育環境に問題がないのに親に噛みついたり、髪の毛を引っ張ったり、ものを投げつけたりする乱暴な1〜3歳児に数多く出会います。家族以外の人とのかかわり方がわからず、同年代の子の輪に入れない3〜5歳の子も多い」
 と言う。彼らに共通するのは、診療室では「いい子」で、大人の行動を常に注意深く観察しているが、些細なことでキレるということ。そして、英語のDVDやお受験など、小さいころから早期教育を受けている。「発達障害」と診断される、「始終」落ち着きがなく、乱暴な子どもたちと違い、常に乱暴なわけではないのが一番の特徴だ。
『週刊朝日』2009年9月9日号, pp111
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20090909-02/2.htm


1〜3歳の子どもに他害行為があるのはごく普通のことである。発達障害など関係なくても他害行為を働く児童は珍しくない。穏和でかわいい赤ちゃんをイメージしているからなのかよくわからないが、子どもというのは、本来的に暴力性があるものであって、ここに出されている例は全く問題はない。わざわざ児童精神科に連れてくる親が増えただけの話であろう。
「「発達障害」と診断される、「始終」落ち着きがなく、乱暴な子どもたち」書かれてあるが、発達障害の子どものすべてが多動性を持っていたり、常に乱暴なわけではない。また「常に乱暴なわけではない」がパニックを起こして突然、暴力性を発現させる広汎性発達障害の児童もよくいる。むしろ常時暴力をふるっている発達障害の子どもという方が珍しい。このあたりは記者が発達障害をよく理解していないことが出ている。


かなり以前のことだが、自閉症はインテリの子どものかかる病気と言われたことがあった。それは、経済的に恵まれている家庭の親たちが我が子の症状に気づき、病院に連れて行った結果、自閉症はインテリの子どものかかる病気と思われてしまったのだ。それがインテリの子育て批判へ、親へ誹謗中傷へと向かったのである。この記事でも同じことがが繰り替えされているように思える。小さいころから早期教育を子どもに与えられる家庭は比較的裕福な層である。そういう層の親は子育てに熱心であるため、我が子のことをよく見ている。よく見ていると、子どもの問題を発見しやすい。そして、本やインターネットなど知的資源や社会的資源を得ることに長けているため、この子どもたちは児童精神科に連れてこられやすい。その結果、教育熱心な親の子どもたちがクローズアップされてしまい問題であるかのように見えてしまうのだ。


幼児教育批判をしたいがために、この記者はかつての過ちをまた繰り返ようなことを書いているのではなかろうか。