« [書評]心理学で何がわかるか(村上宣寛) | トップページ | [書評]世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで(飯田泰之) »

2010.03.16

採用試験の検査がダメな理由について少し考えてみる

 そういえばというのも変だが、心理学者村上宣寛氏には2005年の著作で「「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た」(参照)があり、各種心理テストを批判している。正確には、血液型人間学、ロールシャッハ・テスト、矢田部ギルフォード性格検査、内田クレペリン検査が批判対象になっていて、すべての心理テストがウソというものではない。そして、ではなにが正しいかという話の言及は本書にはあまりない。

cover
心理テストはウソでした
講談社+α文庫
 ネット的には、同書については、血液型人間学の批判に関心が集まったかのようだが、私個人としてはロールシャッハ・テスト批判にいたる村上氏と奥さんの物語が絶妙に面白かった。アマゾンを見ると、本書は文庫本にもなっているようだ(参照)。
 面白いといえば、本書のエピローグ「仕事の能力は測れるか」も面白い話だった。リクルートのSPIに触れた学生との対話で。

「リクルートのSPIの半分は学力検査問題で、高得点の人は、当然、中学校、高校の成績が良いだろうが、会社に入って何ができるかはわからないな。SPIの高得点者が会社に入るとスゴイ仕事ができるということがあればいいんだが、ほとんど証拠はないな」
「ええっ、そうなんですか」
「そうなんだよな。専門的には妥当性研究をしないといけない。さすが、リクルートは研究しているようだが、はっきりした証拠はないな。ものすごーく低い関連性ならあると思うが、そんなもの宣伝には使えないよな(後略)」

 そのあと、A8という適性検査にも触れて、話はこう続く。会社が必要な人材を得るための研究について。

「でも、研究は難しいんじゃないですか」
「いや、簡単だよ。SPIやA8の予測が本当に正しいかは、追跡調査すれば簡単にわかるよ。面接、SPI、A8などの点数を2、3年保存して勤務成績なり営業成績と突き合わせればいいだけの話だ。この程度のことがわからないなら人事部は馬鹿だろう。知っていてやらないのなら人事部は怠慢だろう。どっちみち、そんな人事部なら要らないな。また、逆に、会社内部で成績優秀者を選抜して、普通以下の成績の人と比較する方法もある。つまり、両方のグループに、SPIやA8を実施して、どの検査問題で差がでるかを調べればいいんだ。差の出た検査問題を集めて適性検査を作ると、妥当性の高い検査ができるんだ。しかし、SPIやA8はそんな作り方はしてないだろうな。だから予測力は期待できないよ」

 ではそうした問題を書籍で扱ったらという話の流れが期待されるが、ここで話は終わってしまい、これが「[書評]IQってホントは何なんだ? 知能をめぐる神話と真実(村上宣寛): 極東ブログ」(参照)で触れた2007年の同書につながっていく。

 SPIの性格検査分野では、都澤らによってメタ分析が行われている。基準は上司による職務遂行能力の評価である。33の個別研究、延べ被験者数5844名を対象としたのが分析1、12の個別研究、延べ被験者数1607名を対象としたのが分析2である。
 補正後の妥当係数は0.05程度高いが、それでも0.2を超えるのは、活動意欲の0.21(分析1)と0.27(分析2)だけである。その他の性格尺度はすべて0.20未満である。活動意欲がビッグファイブの良識性(勤勉性)の下位特性に該当したから相関があったのだと思う。SPIの性格検査は、ほとんど職務遂行能力を予測していないのではないか。

 見方によってはそれほど違和感のない結果紹介でもある。ではなぜ、効果のない検査が企業で放置され、あるいは新入社員の命運を分けるような場で利用されているのか。

 リクルートグループには職務遂行能力評価と各テスト問題の相関データがあるはずだから、そのデータを基にテスト問題の見直しを組み換えをすれば、ある程度の改良は可能なはずだ。いくら妥当性研究をしても、その結果を利用してテストを改良しなければ、予測力のあるテストにはならない。原理は単純だが、大きな労力が要求される。利益が上がっているので、放置されているのだと思う。

 その後の2年間にこの問題が改善されたかどうか私は知らない。改善されていないのではないか。なぜなのかについて、利益が上がっているから放置されているのではないかというが村上氏の見解だが、私は、もしかしたら別の理由かなと思った。その話題に入るには、もう一つ関連して次の村上氏のコメントを考えたい。先のエントリでも触れた一般知能gの関連である。

 リクルートグループのNMATやGATは、なぜ、こんなに予測力が小さいのか。筆者に言わせれば理由は簡単である。日本の職務遂行能力評価が特殊であるという仮説より、NMATやGATが一般知能gを十分に測定していないという仮説のほうが成り立つと思う。つまり、筆者は、知能テスト自体に問題があると思う。頭の良い人と悪い人を十分に分別していない可能性がある。

 一般知能gについてその存在をめぐる話は先のエントリで少し触れたが、村上氏のこのコメントは、意外というか、あるいは少し下品な言い方になるが、本音のようなものが見られる。頭の良い人と悪い人の差はgに依るもので、それが企業集団に生かされていない。つまり、日本企業はgを求めていない、ともなるだろう。
 おそらくそうなのではないか。そしてその理由だが、検査テスト業界の利潤の問題より、「日本の職務遂行能力評価が特殊」であることと合わせて、実は、日本企業はgをそもそも求めていないのではないか。逆にgを入社時に抑制することが企業の存続に適性であることの合理的な結果が日本企業の活動ではないのか。
 SPIについて、村上氏は、中学校・高校の成績が良い人が高得点になると見ていたが、つまり、これはセンター試験なりの結果と相似になることであり、日本の大学の系列を相対的に模倣するようになっているはずだ。別の言葉でいうと、企業は概ね、日本の大学の序列を受け入れることが結果的に人事上のメリットがあるとしているという結果の反映ではないのか。
 もちろん例外なり、臨界的な許容範囲も広いのではないかと思うし、日本の大学の序列がイコール大学の派閥ということでもないだろう。が、それでもそこに結果的に集約される傾向はあり、企業はそれを好んでいるのでないか。
 より強くそう言うためには、少し遡って、センター試験の結果がgとどのくらい相関があるかがわかればよいだろう。それがわかればかなり面白いことになる。個人的な印象でいうと、違いがあるように思える。
 いずれにせよ、入社試験の知能テストや適性検査が、直接的には職務遂行能力を反映していないとは言えそうで、そのことについての村上氏の結語はかなりきついものになっている。なぜこんなことになったのか。

 その理由として、企業の人事部が優秀でないことが挙げられる。知能テストや適性検査に通じている人はほとんどいないし、選抜システムの研究もしていない。勢い、テスト関係は外部委託が中心となる。その場合でも専門的知識がないので、予測的妥当性を検討して依頼している人事部は皆無だろう。
 もう一つの理由は、日本の心理学の水準が低く、科学として未成熟であるからである。人事部の人々が優秀で、勉強したくても、書籍や研究成果がなければどうにもならない。知能テスト関係は嫌われるし、研究もされていない。その結果、正しい知識も普及していない。
 学問が遅れていて、学会関係者がツケを払うのは自業自得である。しかし、基礎研究を軽視するツケは大きい。基礎がなければ応用もない。現在、日本社会はそのために膨大なツケを払っている。そのコストは年数百億円だろうか。数千億円だろうか。そろそろ気づいてもよいのではないか。

 gをむき出しにした黒船が東西からやって来れば、あかんぜよ、となるかもしれない。あるいは、黒船はすでに着ていても、上喜撰のカフェインは足りないのかもしれない。

|

« [書評]心理学で何がわかるか(村上宣寛) | トップページ | [書評]世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで(飯田泰之) »

「書評」カテゴリの記事

コメント

内容もつまらなければ、文才もないっすね。もっと端的にまとめろよ。
てか、SPI等は一種の振るいがけで、一定水準得点すれば通過するじゃん。受験者多いと一人一人見てらんない。
今の企業で筆記を重視してるとこなんてそんなにないし。内容なんてセンターどころか、中学レベルがほとんどじゃないっすか。

投稿: はいはい | 2010.03.16 12:30

採用試験の面接についても行動経済学の実証研究でそれほど(いい人材が獲得できる)意味はないというものがあるらしいです。

私はNewsweek日本板2009年11月4日号の特集『経済学超入門』で知ったのですが…。

その該当部分、52頁『企業幹部に、採用面接をすることで本当に将来会社に役の立つ人材が誰かを正確に判断できるかと尋ねると、大多数は、人材の潜在能力と職務との適合性を評価するのは得意だと答える。だが多くの実証研究が示すところでは、人間はこういう作業に向いておらず、面接担当者の予測能力はほとんどゼロに近いことがわかってる。…略
 実験によれば、面接をせずに履歴書や推薦状、志望動機の作文などだけで採用を決めるほうが、面接もして決めた場合より結果としていい人材を採用できることがわかっている。面接をすると、面接者は自分の判断により自信を持つようになるが、現実の成果は逆に落ちてしまうのだ。』
執筆者は行動経済学はダン・アリエリー。著書に『予想どおりに不合理』がある。

投稿: さる | 2010.03.16 12:59

私も、最初の勤め先と失業後の人材派遣会社の入試でやらされました。心理テストと適性検査。ばかばかしいと思いました。雇用者側が自信がないからああいう試験をするのだろうと思います。

今時だから、漢字の正誤問題を4択で出すとか、英語のミススペルを訂正させるとか、英熟語のあやまりを訂正させるとか、そういう試験が有効なのではないかしら。必要な職場は、専門知識の試験をしたり、エクセルの試験もすればいいと思うけれど。

面接試験というのは、あれは、経営者の面子なんですよ。でも、逆に、社長が直接面接して採用した幹部社員だから簡単に解雇できないとか、事業所長が面接して採用した現場採用社員だから、課長には容易に生殺与奪の権を行使できないとか、社員が簡単に解雇や退職勧告されないようにセーフティネットになっている一面もあるんです。それに、雇われる側だって、トップがどんな人かわからないで雇われるのは、やはり不安だと思います。

投稿: enneagram | 2010.03.16 17:08

優秀な人は2~3年で辞めるから、優秀でない人だけの追跡結果になってしまわないでしょうか?

人事部のひとも同じ会社に居続けているということは優秀でない証拠だし・・・まあなんとなく思っただけですが・・・

投稿: kensho | 2010.03.17 01:27

適正試験は知的障害者や精神病を患っている人たちを事務的に円満にオミットするための対策じゃないでしょうか?

ホームレスや犯罪者も仕事を求めてきますし・・・

まあ、実際の所知りませんけど。普通に道あるいてても怖いご時世だし・・・

投稿: kensho | 2010.03.18 00:39

担当者は正規分布すら理解していない可能性が大きいと思います。

投稿: んー | 2010.03.20 10:48

選抜効果について知らないんでしょうか?
落ちた人と受かった人で職務遂行能力を比較しないと、検査に意味があったのかはわからないと思います。
能力検査の結果で具体的にここまで成果を出せます!とか言ってるんならそりゃウソになりますが。

投稿: | 2015.04.20 02:59

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 採用試験の検査がダメな理由について少し考えてみる:

» 酢キャベツ(キャベツのための酢):上喜撰のカフェインが足りないだけかな? [godmotherの料理レシピ日記]
 今日は、超簡単なレシピです。生のキャベツによく合う「酢」と、「出汁」の混合比のレシピです。 因みに、画像は水じゃありません。  そもそもこの食べ方は、息子の知る居酒屋メニューなのです。また、聞くとこ... [続きを読む]

受信: 2010.03.17 09:07

« [書評]心理学で何がわかるか(村上宣寛) | トップページ | [書評]世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで(飯田泰之) »