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  • お香の伝統と現代のくらしの「交差点」でありたい(後編)|山田悠介

    2022-03-22 07:00  

    編集者・ライターの小池真幸さんが、「界隈」や「業界」にとらわれず、領域を横断して活動する人びとを紹介する連載「横断者たち」。今回は、和の香りの専門店「麻布 香雅堂」代表取締役社長の山田悠介さんに話を伺いました。江戸寛政年間より200年以上続くお香一家に生まれながら、実は「お香そのもの、めっちゃ好き」ではないという山田さん。後編では、そんな山田さんが、現代のライフスタイルにフィットした「和の香り」のあり方を探求するようになった軌跡をたどります。(前編はこちら)
    小池真幸 横断者たち第8回 お香の伝統と現代のくらしの「交差点」でありたい
    実は「お香そのもの、めっちゃ好き」ではない
     覚醒作用と鎮静作用を併せ持ち、日常と非日常のあいだを行き来させてくれる、和の香り。山田さんはその魅力を、さまざまな他業界とのコラボレーションや、サブスクリプションサービスなどを通じて、お香にこれまで馴染みのなかった都市部の現役世代にまで届けようとしている。どうすれば多忙な若い人にもお香を楽しんでもらえるのか、試行錯誤を重ねる日々だという。
    「サブスクリプションサービス『OKO LIFE』の会員の方々に答えていただいたアンケートの結果を見ると、気分の切り替えのために使っていただいている人が多いようです。コロナ禍になってリモートワークやお家にいる時間が増え、仕事とプライベートの境目がよくわからなくなる。そんな中でコーヒーなどいろいろな気分転換を試した中で、お香がとてもしっくりきたと。ただ、その気分転換の中身がどんなものなのかは、今探っているところです。朝昼夜それぞれで意味合いが違うと思いますし、先程お話ししたような神聖さを求めているときもあれば、そうでないときもあると思うんです。そもそも、本当に疲れていたり忙しかったりすると、いくら手軽にパッケージングしているとはいえ、『お皿に乗せて、火を付けて、片付ける』というプロセスを経る余裕すらない。そうした人にどうやって癒やしや気分転換を提供できるのかは、今後の課題ですね」
     和の香りの魅力やその探求の軌跡について、ふんだんに語ってくれる山田さん。約200年続くお香一家に生まれ育ったという経歴もあわせると、彼に対して、“お香一筋”の人だというイメージを抱くのは自然だろう。しかし、意外にそうでもないらしい。誤解を恐れずに言えば、山田さんの中に明確な「やりたいこと」があるわけではないのだという。
    「他業界・他業種の人とのコラボは、100%、向こうからお声がけいただいて始まります。僕はそっちのほうが断然得意で、『どんな人が』『どんな理由で』『どのくらいの量を求めている』という制限があるほうが頭が働きやすく、結果的にいいものが作れる。逆に、『●●万円予算があるので、とにかく好きな香りを作ってください!』と言われたら、困ってしまうでしょうね。お香の好き度合いって、人によっていろいろあると思います。めっちゃ好きな人もいれば、『そこまで興味ない』という人もいる。僕はもともと、その度合いは平均かむしろちょっと下で、そこまで興味がなかったんですよ。『絶対にこんな香りが作りたいんだ』と感情が溢れ、やりたいことが先行しているアーティスト気質ではなく、むしろ一歩引いて見ている。でも、『お香そのもの、めっちゃ好き』ではないからこそ、どんな人とでも、とにかく面白そうだったら先入観なく付き合ってみることができるのだと思います。僕が『一生ずっとお香一筋』だったら、『お酒や化粧品とのコラボなんて、香りに対して失礼だ』という考えになっているかもしれません」
     意外な返答ではあったが、「お香そのものに強いこだわりがないからこそ、掛け合わせを探求できる」というロジックにはたしかに納得感がある。一体、彼は「お香大好き」ではないにもかかわらず、どういった経緯で現在のような精力的な活動に至ったのだろうか?
    「近いけど、遠い」存在だったお香
     山田さんが香雅堂の仕事を本格的に手伝うようになったのは、25歳の時。大学生の頃、興味本位でアルバイトとして少し手伝ったことはあるものの、社会人になって仕事として携わるつもりは「その瞬間までなかった」。幼少期に香道を習ったこともなく、お香はすぐ側にありながらも、まったくもって近しい存在ではなかったという。
    「私には兄もいるのですが、兄も私も、父母に『香りを聞け』『香木の見方を覚えておけ』『香道のお稽古をしろ』とは、一回も言われた記憶がなくて。この店舗の上の階が実家なので、お香は物理的には近いものではあったのですが、意識としては本当に遠いものでした。家で父が香木を整理していたときの香りなどが記憶に染み付いているので、反抗期のときの複雑な感情を含め、『お香イコール父』という印象はあったかもしれませんが。ただ、職業や生き方として意識したことは、まったくありませんでしたね」
     そうして山田さんは、慶應義塾大学経済学部を卒業した後、お香とはまったく関係のないIT系企業に就職。働く中で教育領域への関心が強まり、会社自体は1年半で退職した。次の動き方を決めるまで、しばしモラトリアム状況に置かれることになったが、「そういえば、うちの店、このご時世なのにまだ伝票が手書きだったよな」と思い出したという。そうして、当面のつなぎとして、香雅堂を手伝い始めた。すると、結婚や東日本大震災など公私ともに目まぐるしい変化が起こる中で、気づけばフルタイムで働くようになっていたという。ファミリービジネスや家業といったキーワードから縁遠い筆者としては、「家業を継ぐ」というのは一大決心を伴うものだと想像していたので、山田さんの肩の力の抜け具合が、意外に思えた。
    「『人生をお香に捧げるぞ!』と覚悟を決めたような瞬間も、多分なくて。性格的なところが大きいと思うのですが、これからもずっとない気がします。もちろん、今はお香も好きなことの一つではあります。知識や経験が少しずつ増えていく中で、その楽しさもどんどんわかってきましたし、知的好奇心も刺激されている。本能的に感じる、香りの良さにも純粋に惹かれますしね。ですから、これからもお香とは長く付き合っていきたいと思っています。ただ、あるタイミングで気合を入れて、『すべてを懸けるぞ!』みたいな気持ちにはなっていなくて。両親も未だにお店や香道に関わり続けていますし、細く長く、ゆるーく好きなことを続けていきたいんです。教育領域への興味も、今も変わらず続いているので、何か香雅堂の事業の中で位置付けができないかと考えていますしね」
    30年で約10倍の価格に。立ちはだかる「香木バブル」
     最初は「つなぎ」として、山田さんが香雅堂を手伝い始めたのが2011年。それから10年以上が経った。さまざまな壁を乗り越えてきたであろうことは想像に難くないが、その中でも特に大きかった出来事が、ここ10年ほどで一気に加速した「香木バブル」だという。
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  • お香の伝統と現代のくらしの「交差点」でありたい(前編)|山田悠介

    2022-03-14 07:00  

    編集者・ライターの小池真幸さんが、「界隈」や「業界」にとらわれず、領域を横断して活動する人びとを紹介する連載「横断者たち」。今回は、和の香りの専門店「麻布 香雅堂」代表取締役社長の山田悠介さんに話を伺いました。約1500年の歴史があり、日本の伝統文化と密接なかかわりを持ってきた「お香」。現代のライフスタイルにフィットした、「和の香り」のあり方を考えます。
    小池真幸 横断者たち第8回 お香の伝統と現代のくらしの「交差点」でありたい
    現代のライフスタイルに「お香」を取り入れる
     コロナ禍になってからというものの、ライフスタイルにおける試行錯誤を、より一層重ねるようになった。自宅で過ごす時間を少しでも上質なものにしようと、瞑想の習慣を取り入れようとしてみたり(せっかく買った坐蒲は、完全に乾かした洗濯物置き場となってしまった)、魚を捌くスキルを身に着けようとしてみたり(せっかく買った出刃包丁は、購入から1年近く経った今でも、開封すらされていない)、ハンドドリップの珈琲、煎茶やほうじ茶を飲むようにしてみたり(これはある程度定着している)……さまざまな角度からライフスタイルの変革に取り組み、死屍累々を積み重ね、そのうちのいくつかは生活習慣となっていった。
     そんなささやかなチャレンジの一つに、「お香を焚いてみる」というものがあった。インターネットの海でたまたま、「お香のサブスクリプションサービス」なるものを見かけたのがきっかけだ。季節のお香を毎月プロが選び、原材料や文化的背景が記されたリーフレットと共に届けてくれるという。これまでの人生で、「お香」に関する何かに触れた記憶といえば、ほぼ「お線香」くらい。その香りそのものはなぜだか幼少期より嫌いじゃなかったが、まさか自発的に生活の中に取り入れる日が来るとは思っていなかった。このサブスクリプションサービスは、20〜30代でも親しみやすいような、小綺麗で比較的キャッチーなデザインでパッケージングされており、不思議と食指が動いた。後から聞いたところによると、同世代の知人も何人か、ほぼ同時期に同じサービスに申し込んでみていたらしい。ちなみにお香に関しては現在も、たまに疲れた夜に焚いてみるなど、生活習慣の一部として生き残っている。
     今回インタビューした山田悠介さんは、このお香の定期便「OKO LIFE」の運営者であり、同サービスを手がける和の香りの専門店「麻布 香雅堂(以下、香雅堂)」の代表取締役社長。1,500年の歴史を持つお香の世界の中で、業界慣習にとらわれず、化粧品やお酒、ゲームとのコラボレーションなど、他領域のプレイヤーと積極的に手を組みながら、新たな楽しみ方のスタイルを模索する〈横断者〉である。  山田さんはなぜ、お香文化と現代のライフスタイルの架橋に取り組むようになったのか? 深淵なるお香文化の歴史や特徴、そして彼の歩みと想いに迫っていくと、“お香に首ったけ”ではないからこそ実現している、「交差点」としての価値創出のかたちが浮かび上がってきた。
    産地にも製法にも、謎が多い「和の香り」
     麻布十番駅から、徒歩5分経たず。大通りから路地に入った、およそ「東京都港区」という響きが持つギラギラとしたイメージとは対極にある静かな通りに、香雅堂はある。店に入ると、上品で心地よいお香の香りに包まれる。京都で江戸寛政年間より200年以上続く薫香(編注:お香の香料のこと)原料輸入卸元「山田松香木店」をルーツに持ち、七代目の次男だった山田さんの父が独立。1983年に麻布十番で開店したのが、この香雅堂だ。山田さんは、二代目当主である。店舗の二階、香道(詳しくは後述するが、お香を楽しむ芸道のこと)の稽古や体験教室が行われる和室にて、インタビューを実施した。  香木や香道具、香りにまつわる雑貨の販売はもちろん、お香文化にまつわる幅広いプロダクトやサービスを手がけている香雅堂。先程触れたサブスクリプションサービス「OKO LIFE」のほかにも、化粧品の香りの調合やカクテルの香りの監修、オンラインゲーム『刀剣乱舞』をテーマとした香りと香袋の開発、一般向けの香道の体験教室の開催、さまざまな一般人の香りにまつわる物語を集めたウェブマガジン「OKOPEOPLE」の運営……幅広く手を広げている。山田さんによると、事業の軸は「先祖代々得意としている『和の香り』でできることの探求」だという。

    ▲香木の一例。後編でも詳述するが、上質なものだと、この小さな一片に、車一台買えるほどの値がつくことも珍しくないという。
     そもそも「和の香り」の源泉は、「香木」と呼ばれる樹木だ。通常、香木と呼ばれる種は「白檀」「黄熟香」「沈香」の3つだけ。主な原産地は東南アジアやインドで、さまざまな内的/外的要因によって樹木が変質することで香木になると言われているが、その正確な原産地や変質メカニズムは詳らかになっていない。それゆえ、人工的に作ることもできないという。  この香木を刻んだり、粉末状にしたり、それを調合したりしたものが「お香」だ。調合の際は、香木に加え、八角やクローブ、シナモンといったスパイス、さらには貝殻、植物の樹脂などを混ぜ込むこともある。お香の形態はさまざまで、削った香木をそのまま「炷(た)く」(炭の熱で間接的に温める)こともあれば、調合して棒状にした「線香」の形で焚くことも(仏事の際に用いるいわゆる「お線香」もこの一種)。巾着などの袋に入れて「香袋」(匂い袋)にしたり、手紙と一緒に添えて「文香」にしたりすることもある。こうしてお香の香りをかぐこと一般を、和の香りの世界では「聞く」と呼ぶこともある。

    ▲線香は、こうした「お香立て」に一本ずつ立てて焚くのが一般的。長さや材質にもよるが、一本はたいてい約30分ほどで燃え切る。
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