ある人材育成機関の最近の調査によると、マネジャーの悩みや関心事の第一位が「人を育てること」だったそうです。マネジメントの最重要課題が「人材育成」なのかどうかはさておき、多くの人がこの「人の育成」に悩んでいるのは間違いなさそうです。

 今回は、この「人材育成」をテーマに、もしドラッカーがここにいたらどういう助言をするだろうか、という視点で書いていきます。はじめに、ある企業の人事部人材育成チーム長と、その企業を支援するコンサルタントとの会話から始めさせてください。

(某企業の人事部人材育成チーム長とコンサルタントとの会話)

人材育成チーム長(以下人材チーム長):「マネジメント向けの研修を企画しているので、ちょっと相談させてもらえますか。経営層からも『マネジメント層への教育をもっとしっかりやるように』という指示が降りてきていて。会社も大きく変わろうとしている時期なので、まずはマネジメントの意識を変えたいという意図です。」

コンサルタント:「マネジネント層の行動の、どのような点を変えていきたいとお考えですか。」

人材チーム長:「いろいろありますが、部下を育てる、人材を育成する、という感覚がとりわけ低いというのは最もよく言われています。」

コンサルタント:「ご自身たちにその実感はあるのでしょうか。」

人材チーム長:「先日とった役職者向け意識調査アンケートでも、悩みとして最も上位に来ていたのが『業務が忙しすぎて人を育てられていない』というものでした。働き方改革の流れで業務時間について相当プレッシャーを受けていることも拍車をかけているようです。」

コンサルタント:「なるほど。『そもそも論』になってしまいますが、人材育成とは、つまり何をすることだとお考えですか?」

人材チーム長:「育成とは、ですか・・それはもちろん、仕事のやり方を教えて、一日も早く部下が一人前になるようにすることなんじゃないですか。」

コンサルタント:「教え、一人前にすること、ですか。」

人材チーム長:「うーん、言われてみれば、『育成』と言っている割には、掘り下げて考えたことはありませんでした。部下の数も多い中で、くまなく知識を教えたり、時間をゆっくりとってやり方を伝えたりする、というのは現実的ではないですね。部下もそれを求めているわけでもなさそうです。」

コンサルタント:「そのようなスタイルでみっちり教えられてモチベーションが上がる、という人も特に現代の若い世代には少ないでしょう」

人材チーム長:「なるほど・・・。改めて、うちの会社でいう人材育成とは具体的には何を意味するのか、考えた方が良さそうですね。」

コンサルタント:「どうなれば人材が育っていると言えるか。これを考えることで、有効な打ち手がいろいろと出てきそうですね。」

人材育成とは、何をすることなのか?

 私がドラッカーから学んだ知恵の中で、仕事で最も使えると思えることの一つが、「使っている言葉の定義を明確にすること」です。マネジメントとは何か、イノベーションとは何か、リーダーシップとは何か。このように言葉の定義を明確にすることで、「意味することの解像度」が上がります。仕事において言葉は意思を表現するものだとすれば、その言葉の意味をクリアにすることで、意図が実現しやすくなります。

 「人材育成」についても同じアプローチで考えてみましょう。多くの人が口にするこの「人材育成」とは、何をすることなのでしょうか。明確な定義を持っている人は、経営者でも少ないかもしれません。

 私は以前、ある勉強会でご一緒した学校教育の専門家の方にご質問したことがあります。「人が成長するとは一体どういうことでしょうか?」と。その方の答えは明確でした。あくまで「学校教育の現場での考え方」だと前置きされた上で、こう答えられたのです。

「成長とは、『自立』と『協調』ができるようになることです」

 とてもシンプルな定義でした。しかし、私はこれを聞いた時に、「企業でも本質は同じだな」と思いました。

 「人材育成に手が回らない」人たちは、知識や技能を教える時間を長く取らなければいけないと考えています。部下の数も多くなれば、それには相当の時間がかかるので、自ずと後回しになります。けれど、もし「自立と協調」という2つの軸で考えると、マネジメントに求められる役割も意識も随分変わってきそうです。

 

人の「自立と協調」を目指すマネジメント

 実は、ドラッカーも同様のことを言っています。

「人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである」

(ドラッカー 「現代の経営」)

 ドラッカーは、「組織において個々人が自立し、自ら貢献することを決め、仲間と協働・協調」することで、優れた成果を生むことを目指した人でした。「セルフマネジメント」によって自立した人間同士が、目的を強く共有して協働することで、最大の成果が生まれると信じたからです。それが、ドラッカーのマネジメント論の根幹です。

「自由裁量」がモチベーションの鍵

 私はよく、企業へのコンサルティングやトレーニングの場で「最もやりがいが高かった職場と理由」をあげてもらいます。その理由の中で最も多い回答が、

① 目的の共有
② 自由裁量を与えられ、任されていること
③ 信頼関係とコミュニケーション

 の3つです。①と③はある程度予想できたのですが、②が実は圧倒的に多く回答されたことが、当初は私にとって意外でした。どのような状況であれ、人間はある程度の自由を与えられ、自ら責任を持って仕事に取り組みたいと願っているようです。

「君のこういう能力や姿勢を信頼しているから、任せたい。」

 この言葉以上に、人がモチベーションを掻き立てられるものはないのかもしれません。

育てようとすればするほど、人は育たない?

 ドラッカーはマネジャーにとっての「人材育成」についてどのように考えていたのでしょうか。彼は、「人材育成こそがマネジメントの仕事だ」とは考えていませんでした。あくまで人の能力を生かして「(組織が目指す)成果」「新しい価値」を生み出すことが目的であり、それらと並列の目的として、「人材育成」を捉えていました。

「あらゆる組織が三つの領域での貢献を必要とする。すなわち、成果、価値の創造、人材育成である。これらすべてにおいて貢献がなされなければ、組織は腐り、いずれ死ぬ。したがって、この三つの領域における貢献を、あらゆる仕事に組み込んでおかなければならない。」

(ドラッカー 「現代の経営」)

 今の組織の多くのマネジャーは、「人材育成をしなければ」という呪縛に囚われ過ぎているように見えます。「育てなければ」と思うあまりに、マネジメントの本質を見失っているように見えるのです。実はドラッカーが言いたかったことは、人の強みを生かして成果と価値を生む結果として「人が育つ」ということだったのではないでしょうか。

 私には、ドラッカーが今ここにいて、多くのマネジャーが「人材育成」に頭を悩ませているという話を聞いたら、こう言うような気がします。

「育てようとすればするほど、人は育たない。人を育てることを目的にすると、どうしてもその人の弱点の強化に目がいく。マネジメントが向き合うべき問いは、『どうすれば育てられるか』ではなく、『この人の強みを生かして、どのような優れた成果を生み出せるか』だ。」

やりがいのある責任と自由を与えることで人が育つ

 今、多くの企業で業務が「細分化」されすぎています。細分化された業務のさらに細部を「管理」されることで、社員はモチベーションを失っています。「仕事の全体が見えない」「お客さんがこの仕事でどう喜んでいるのか、想像ができない」といった声をよく聞きます。このような現状の中で社員が「受け身」になっている状態が、「人が育っていない」という風に映っているのかもしれません。

 能力がある人でも、管理が強すぎる職場の中で、「のびのびと自由に活躍するフィールド」が与えられていません。逆に、そのようなフィールドを与えられている人は、過程では失敗、挫折、苦悩があっても、結果的にはその仕事にやりがいを感じて「成長」していくものです。

「人が育つ」ための8つの条件

 私なりに、ドラッカーの思考をフル活用しながら、かつ多くの組織の現場の人たちの意見を聞きながら、「人が育つ条件」を整理してみました。ドラッカーが教えてくれたことを総合して導き出した8つの条件でもあり、私自身が「この人の下で働く部下は育っているな」と感じる人たちの特徴を集めたものでもあります。

1. 信頼関係がなければ人は育たないことを肝に命じること

  子供も大人も一緒です。本人との間に「信頼関係」がなければ、育成のためのコミュニケーションは成り立ちません。信頼関係は相手を無理に好きになるとか迎合するとか、そういうことではありません。では、どうすれば「信頼関係」が築けるのか。育てたい部下がいる場合は、そこから考え始めると良いのではないでしょうか。

2. 「育成」の目的を考えること

 「育成」はあくまで手段です。育成の結果として、どういう人材になって欲しくて、どんな形でいきいきと活躍する人になって欲しいのか。 実はほとんどの人がこれを考えられていません。「自分たちはこうして育った」の発想は捨てるべきです。これからの新しい時代に、部下がどのように育って成功して欲しいか、それを考えるべきです。

3. できる限り「自由裁量」を与える勇気を持つこと

 能力や業種によって程度の差こそあれ、人を育てるには「自由裁量」をある程度与える以外にありません。そして、「自由裁量」の中で自分なりに創意工夫していくことが「モチベーション」の源泉になります。上司は、「この仕事でどれだけの自由裁量を与えて任せてあげられるだろうか」「どこまでの失敗なら許容してチャレンジさせてあげられるだろうか(失敗からも学べることがあるとすれば何か)」と考えることです。勇気がいることかもしれません。しかし、子供と同じで大人も、成功も失敗も自分で経験しないことには、成長しません。

4. 仕事の目的と成果を明確にするために、コミュニケーションし続けること

 自由裁量、任せること、の前提にもなりますが、「仕事の目的と目指す成果」については絶えず、コミュニケーションし続けることです。「伝える」ではなく「コミュニケーションし続けること」がポイントです。なぜなら、対話を繰り返さなければ、本当に上司と部下双方にとって腹落ちする「成果のイメージ」は共有できないからです。腹を割って、仕事が進んでいる途中でも、繰り返しこの「目的は何だったか、目指す成果は何か」を話し合うこと、そしてドラッカーも言うように「書き留めておくこと」がとても有効です。これができればできるほど、部下は自らの裁量で、「何をすることが正しいことか」を考えて動きやすくもなります。自由裁量の度合いは、目的共有の度合いに比例するのです。

5. 強みの発揮を促し、勇気を持たせること

 自由裁量で仕事にあたると、部下はいろいろな困難にぶつかるでしょう。その時に、何を持って乗り越えられるか。それは自分の中にある「強み」を知り、それを発揮することです。ドラッカーも「何事かを成し遂げられるのは、弱みではなく、強みによってである」と語っています。自分の強みを認識させ、自分は難題にも立ち向かえるのだという勇気を持たせることです。
 強みを意識させることによって、同時に「弱み」も明確になります。そうすれば、弱みは自分で気をつける、可能な限り改良する、仲間の力を頼る、という建設的な判断につながっていきます。

6.必要なときに相談に乗り、手助けすること

 「自由裁量を与える」ことと「丸投げをして、放置する」ことは全く違います。任せながらも、助けが必要な時は相談に乗ってあげること、本当に危機的なトラブルになりそうな時は上司である自分が責任を持って出て行く準備をしておくことです。組織でよくある「梯子を外す」などというのは論外です。そのようなことをすれば、二度と信頼関係を取り戻せないどころか、部下本人も、それを見ているその他の部下も、自ら挑戦しようとする気持ちは失ってしまうでしょう。

7.一緒に、「横の関係」でフィードバックと評価を行うこと

 「4」で考えた仕事の目的や成果について、数ヶ月、あるいは数週間内に振り返る「フィードバック」の時間を持つことです。ここでも一方的に上から目線で「これはできたな、これはできていないな」などと「評価」をしないことです。上長の自分が考えていた目的や任せ方に改善の余地もあるかもしれません。大切なのは、なるべく横の関係で、対等な目線で行い、達成できたことは率直に褒めることです。
 また、このフィードバックを行うことのもう一つの利点として、「部下の本当の強みが何か、強みでないことは何か」が徐々に見えてくることがあります。強みと強みでないことが見えると、今後の仕事のアサインメントや、期待する役割をそれに応じて調整していくこともできます。

8.このプロセスを繰り返していくこと

 部下個々人の性格やキャラクターに応じて調整は必要ですが、人が育つ環境を作りたいと思うのであればこれら7つのことを常に考えて、過程を書き留めて、繰り返していくことです。人を育てるマネジメントは、スポーツと同じで、練習すればするほど上達していきます。

上司として大切なこと

 有名な、山本五十六氏(太平洋戦争開戦時の際の連合艦隊司令長官)が語ったと言われる言葉があります。

 「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」

 部下と対話をすること、任せること、信頼すること。

 古今東西、「人を育てる」ことの本質には共通原則がありそうです。

「あの時、あの上司がいたから、今の自分がいる」

おそらく誰にでも一人は必ずいる、そのような上司が増えていくことで必ず職場は元気になります。そしてそれは、人も、組織も、社会も幸福にする大切なマネジメントの仕事です。

(第4回 終わり)
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