ビジネスパーソンのみなさんは、毎朝の通勤ラッシュで、会社にたどり着くまでにぐったり疲れてしまってはいないだろうか。「生産性の向上」が叫ばれて久しいが、通勤で疲れてしまっては元も子もない。

 一般的に鉄道の通勤ラッシュは緩和傾向にあると言われている。国土交通省の統計では、1975年度に221%だった東京圏31区間の平均混雑率が、2015年度には164%になっている。

 しかし、利用者の実感は違うようだ。周囲へのヒアリングやアンケート調査を見る限り、通勤ラッシュに悩む人は依然として多い。

 こうした訴えを機敏に感じているのか。8月に東京都知事選に就任した小池百合子氏は、「満員電車ゼロ」を公約に掲げている。実際にいくつかの電車に乗車したうえで、独自のアンケート調査も踏まえながら、通勤ラッシュの現状と対策を検証する。

11月28日の横須賀線の武蔵小杉駅。電車に乗り込むのも一苦労だ。諦めて次の電車を待つ人も多い。(撮影:北山 宏一)
11月28日の横須賀線の武蔵小杉駅。電車に乗り込むのも一苦労だ。諦めて次の電車を待つ人も多い。(撮影:北山 宏一)

 最初に断っておくと、雑誌記者は比較的柔軟な働き方をしており、毎朝、混雑がピークの時間帯に電車に乗っているとは限らない。ただ、周囲と鉄道に関する話題になった際、最も多く出る話はやはり通勤ラッシュへの強い不満だ。

 「背か小さいので命の危険を感じる」「無理な体勢で立っているので、会社にたどり着くまでに疲れる」「パソコンが潰されて壊れないかとヒヤヒヤする」「しばしば喧嘩が起こっている」などの不満の数々を語ってくれる。

 一方の鉄道会社は「通勤ラッシュの混雑は緩和されつつある」と口をそろえる。利用者の実感とはかなり異なるようだが、実際はどうなのか。そんなシンプルな問題意識から取材を進めた。

 まずは、混雑の悪評が高いいくつかの路線に乗ってみた。

 11月28日朝。東日本旅客鉄道(JR東日本)の横須賀線と湘南新宿ラインが乗り入れる武蔵小杉駅のプラットホーム。7時半頃から混雑が始まる。

 武蔵小杉駅の周辺は近年、タワーマンションが相次いで建設され、人口が急増している。総務省が発表した2015年簡易国勢調査によると、武蔵小杉を含む川崎市中原区の2010年度比の人口増加率は5.8%で、神奈川県内の市区別で伸び率が最高だった。人口減少が続く中での逆行高は目立っている。

 また横須賀線の停車駅である品川駅や新橋駅の周辺には高層ビルが建設され、新たに多くの企業が入居している。こうした背景から、通勤で武蔵小杉駅から品川駅や新橋駅に通勤する利用者は多い。

 あっという間に、ホームが人でごった返す。7時43分に品川方面行の横須賀線がホームにやってくると、ほとんどの乗客が下りず、武蔵小杉駅で列に並んでいた利用者の中でも、乗車を諦める人が出てくる。

 混雑は激しい。7時49分の品川方面行横須賀線では多くのドア付近で、押し合いが見られる。ドア付近では眉間に皺を寄せた顔をホームに向け、背中を車内に向けて、ドアの上部を右手でつかみ、自分の身体を車内に力いっぱい押す。「乗れないかな」と思うケースでも最後の一押しで乗れてしまう。

 各車両の上にランプがあり、ドアが閉まらないと点灯したままになる。ところどころのランプが消えず、発車が少し遅れる車両が出てくる。

 7時56分。非常停止のボタンが押され、ホームにブザーが鳴り響く。どうやらドアに荷物が挟まっていたようだ。駅員が安全確認に走り、2分遅れて電車が発車する。

 そのわずか2分が大混雑をもたらすから驚きだ。

 ホームいっぱいに人があふれ、ホーム内を進みづらい状況に。当日の遅延はこのタイミングだけだったが、悪天候や人身事故で遅延が生じた際は、どれだけ駅がごった返すのかと想像できないくらいだ。

混雑率は本当に200%以下?

 こうした車両はどの程度の混雑なのか。鉄道各社は混雑率というデータを発表している。

 混雑率とは輸送力を分母に、輸送人員を分子にして算出している。混雑率の目安もイラスト付きで公表している。

 目安によると、100%の混雑率は「座席につくか、つり革につかまるか、ドア付近の柱につかまることができる」だ。ちなみに150%は「広げて楽に新聞を読める」、180%は「折りたたむなど無理をすれば新聞を読める」、200%は「体がふれあい相当圧迫感があるが、週刊誌程度なら何とか読める」、250%は「電車がゆれるたびに体が斜めになって身動きができず、手も動かせない」だ。

 国交省のデータによれば、ピーク時1時間の横須賀線の混雑率は、193%である(2015年度)。公表データはあくまで、1時間の全車両の平均であり、瞬間的な混雑率ではない。とはいえ、ホームであらゆる車両を見ている限り、少なくともピーク時に、200%以下の混雑率というのはありえないと感じた。

 当日は撮影でピーク時に乗れなかったが、11月17日の8時頃に武蔵小杉駅で実際に乗車してみた。

 1つ前の電車をやり過ごして列に並び、8時過ぎの電車に乗り込む。車両の奥に入りたかったが、ドア付近の踊り場で止まってしまう。混雑が激しく、体勢を維持しづらい。

 周囲の人たちと身体が完全に密着して、身体を自由に動かすことができない。この様子をスマートフォンにメモをしようと思うが、ポケットに手を入れることができない。先の混雑率の目安を参考にすると、限りなく250%に近いと感じた。

 大半の人がスマホを見ているか、何もしないでじっとしている。見知らぬ人同士ですし詰めになって、何を思っているのか。心の声が解放されたら、人々の不満の大声が車内中に響き渡るのではないか。イライラしないように、無心になろうとしているのかもしれない。

11月28日の横須賀線の武蔵小杉駅。最後の一押しでどうにか乗り込む。(撮影:北山 宏一)
11月28日の横須賀線の武蔵小杉駅。最後の一押しでどうにか乗り込む。(撮影:北山 宏一)

外国人が驚く改札前の行列

 横須賀線で品川駅に着くと、ドアから外に飛び出す。自らの意思で出るというより、圧力でポンと弾き出されるようだ。

 ホッと一息をつきたいところだが、降車後も行列が待ち構える。改札を出るために20メートルほど並ぶ。品川のホテルに泊まっていたのだろうか、改札を入ってきた外国人女性が行列を見て、おどけたように両手を挙げて驚いていた。

 改札の外でも通勤ラッシュは続いている。

 品川駅の改札からオフィス街である港南口に向かうコンコースの風景は圧巻だ。通路いっぱいに人があふれ、もくもくと歩いていく。コンコースの上から眺めると、豪雨の後の濁流を思い起こさせる。

 この景色は外国人の間でも有名らしい。インターネットで検索すると、いくつかの動画がアップされている。この流れを横切ろうとする人がいるが、上から見ると流れに押しつぶされそうな印象を受ける。

品川駅のコンコース。品川駅の改札から港南口のオフィスに向かうビジネスパーソンが多いと見られる。通路いっぱいに人があふれ、もくもくと歩いている
品川駅のコンコース。品川駅の改札から港南口のオフィスに向かうビジネスパーソンが多いと見られる。通路いっぱいに人があふれ、もくもくと歩いている

 通勤ラッシュは何もJRが特別な訳ではない。記者の肌感覚からすれば、私鉄各社の「痛勤」も解消されていない。

 11月15日、東急の田園都市線に乗ってみた。8時過ぎに二子玉川駅から渋谷方面行の電車に乗る。スマホは使えるが、週刊誌は読めない。

 東京急行電鉄は田園都市線のピークの1時間の平均混雑率(2015年度)を184%と発表している。当日の体感でいうと、200%は超えている。車内の熱で車両の窓が曇り、外が見えない。少し遅れて8時20分に三軒茶屋駅に着く。ほとんどの乗客が降りないため、さらに混む。スマホを見るのも難しくなってきた。混雑率は250%くらいに感じる。

 密着する男性の若者が、ポケットから無理やりスマホを取り出そうとして、軽い肘鉄を食らう。この状況で、文句も言いづらい。混雑というより、運動不足のせいかもしれないが、肘を曲げて鞄を持ち続けていたら、上腕二頭筋がつった。

 普段でも激しい通勤ラッシュがあるうえに、遅延などがあればさらに混むこともある。雨が降れば、お互いの傘が満員電車でお互いを濡らすだろう。

 ビジネスパーソンの働き方改革や生産性の向上が言われて久しい。だがオフィス内の対策だけでは、不十分ではないだろうか。激しい通勤ラッシュは、心身共に負担が大きい。これが生産性向上の阻害要因となっていないだろうか。

 30~40年前に比べれば通勤ラッシュは緩和されたのかもしれないが、多少マシになったということに過ぎない。武蔵小杉駅のように、タワーマンションの林立で人口が急増していたり、人気の路線ではむしろ混雑が悪化している可能性がある。働き方改革や生産性向上というテーマからも、満員電車による“痛勤”が未だに大きな課題であることは間違いない。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

初割実施中