6月24日、セコムの株主総会が開かれた。好業績のなかで今年5月に当時の会長と社長が解職され、ガバナンスのあり方に議論を呼んだ。この日の総会では創業者の飯田亮・取締役最高顧問の発言が注目されたが、本人は体調不良を理由に欠席。取締役選任などの議案は滞りなく承認されたが、複数の株主からは83歳という高齢でもある飯田氏に対し「そろそろ卒業されては」など引退を勧める意見が上がった。

 株主総会は東京都千代田区の「ベルサール半蔵門」で開かれた。入口には直立不動のセコム社員が並び、会場内に入っていく株主に丁寧に頭を下げていた。報道陣も別室でモニターでの見学を許されたが、会場内の撮影や録音は禁止。セキュリティ業界の最大手であるセコムらしい「鉄壁」ぶりだ。

 セコムは今年5月11日の取締役会で、前田修司会長(当時)の解職動議が出され、11人中6人の賛成により可決。前田氏とともに業容拡大を推進してきた伊藤博社長(同)も解職となった。両氏は取締役も辞任し、名誉職の特別顧問に就いた。

 解職の理由について、新たに社長に就任した中山泰男社長は5月の発表時に「前田氏は強力なリーダーシップを発揮してきたが、副作用として自由闊達に議論する気風が失われた。中長期的な成長が見込めないと判断した」と説明。だが、2016年3月期は純利益が4期連続で最高となるなど業績は順風満帆。人事案を議論した指名・報酬委員会や取締役会での経緯の不透明さも指摘された。

 さらに、セコムを創業した飯田亮・最高顧問の存在もある。飯田氏は1962年に前身の日本警備保障を設立し、日本のサービス業を代表する企業の1つに育て上げた。1997年に最高顧問となったが今なお取締役として大きな影響力を持つ。今回の前田・伊藤両氏の解職では飯田氏も賛同したとされ、株主総会での発言が注目されていた。

冒頭で「体調不良で欠席」の告知

 株主総会が始まったのは午前10時。議長を務める中山社長は冒頭、集まった株主にお礼を述べるとともに、「開会に先立ちお断りがございます」と切り出した。「本日は取締役の飯田亮が体調を崩したことにより、大事を取りまして欠席しております」。集まった株主の細かい様子は分からなかったが、真の「主役」の不在に肩透かしを食った人も多かったのではないだろうか。

 そのまま、議事は淡々と進行していく。事業報告や連結計算書類の説明が映像で流され、事業報告ではセコムの多様なビジネス展開が詳細に語られた。ドローン(小型無人機)を活用して不審な車両や人物を追跡する監視サービスや、ネットバンキングなどの不正送金の防止サービス、高齢者が自宅で暮らす際のサポートサービス――。

 同社はセキュリティで培ったネットワークをベースに、ICT(情報通信技術)を積極的に取り入れて事業領域を拡大している。2020年の東京五輪・パラリンピックに向けては成長がさらに期待される企業だ。その同社で起きた「解職劇」に株主はどのような判断を下すのだろうか。

 報告事項が一通り終わると、10時半過ぎから議決事項の説明と株主質問に入った。今回の株主総会で会社側から提案された事項は2つ。第1号議案「剰余金の処分の件」、第2号議案「取締役10名選任の件」だ。飯田氏、中山社長ら5人の再任のほか、飯田氏の娘の夫である尾関一郎執行役員ら社内外の5人が取締役の新候補となった。

 最初の質問はやはり取締役の選任について。男性株主が質問に立った。

株主
「2号議案について、懸念があるわけではないが参考までに聞きたい。指名・報酬委員会で活発に議論がなされたとのことだが、意見の一致をみなかったとはどういうことなのか。創業からの理念に関係があることなのか」

中山社長
「基本的には活発な議論がなされたが、最終的に前田氏、伊藤氏の解職ということに至った。コーポレートガバナンスの徹底を目標とするなかで、中長期で企業価値を高めていくには2人の解職が結論となった。自由闊達な風土を損なうのではないかとの懸念があり、人心を一新して成長につなげる体制づくりが必要だと判断した。最終的には取締役会で新人事案を上程し決定したということ」

「ぼちぼち卒業されてはどうか」

 続いて質問した男性株主は、欠席した飯田氏について突っ込んだ意見を述べる。

株主
「何度か株主総会に出席しているが、このように自由に議論ができる雰囲気は貴重なものだと考えている。例えば東日本大震災の折には、ソフトバンクの孫(正義)さんの多額の寄付を引き合いに、ある株主が飯田さんに『どうするのか』と問いかけるなど率直な意見も多く出ていた。こうした点はまさに飯田さんの功績だと思う」

 「ただ、業績も役員の選任も内容には何の問題もないが、飯田さんのこれまでの実績を考えると、どんな取締役も飯田さんの個人的な意見は否定できないのではないか。イトーヨーカ堂(セブン&アイ・ホールディングス)の鈴木(敏文)さんのケースではないが、飯田さんもだいぶお年を召されている。もうぼちぼち、ご卒業され、若い人たちに存分に活躍させてあげられるようにけじめをつけられてはどうか。飯田さんの功績を否定するものでは全くないが、経営の継続という点から、時期を逃さないでもらいたい」

中山社長
「飯田も83歳という高齢で、今回は体調を崩して大事を取らざるをえず、やむを得ず本日は欠席した。貴重なご意見は正しく本人に伝えるようにする。飯田最高顧問には大所高所から経営に対する助言をもらっており、やはり飯田を含めてになるが、新体制が一丸となって、株主に喜んでいただける企業価値の向上にまい進していきたい」

 男性株主は同じくガバナンスの観点で大きな議論を呼んだ、セブン&アイHDの鈴木敏文名誉顧問の退任劇を引き合いに、飯田氏に引退を提案。中山氏は真摯に受け止める姿勢を示しつつ、新体制には引き続き飯田氏の存在が重要との考えを述べた。ただ、その後の質問でも、同様の趣旨の発言が相次ぐことになる。

 ある男性株主は、今春に企業・富裕層の租税回避の実態を暴き世界中で注目される「パナマ文書」と飯田氏の関係を問いただした。これは、飯田氏や共同創業者で元最高顧問の故・戸田寿一氏らにつながる複数の法人が1990年代に租税回避地に設立され、当時の取引価格で計約700億円を超す大量のセコム株が管理されていたことが明らかになったもの。会社側は一連の報道に対し、「法律的に問題はない」との認識を示している。

株主
「パナマ文書というものが明らかになり、メディアなどで大きく取り上げられている。飯田氏の名前も含まれている。法的には問題がないと思うが、一般世間から見れば道義的には問題があると言えるのではないか。税金逃れでやったものか、事業を起こすために海外に資金を移したのか、分かる範囲で教えてほしい」

中山社長
「私も飯田最高顧問と話をしており、聞いた内容をお伝えする。そもそも本件は個人の財産管理の問題だが、法的な部分はどうなのか、きちんと確認させていただいた。最高顧問としては、今回の事実関係その他必要な情報は税務当局に随時開示しており、対応しているということ。法律の専門家にも話をし、適法性について意見をもらったうえで実施したということだ。租税回避の事実はなく、法的には問題がないということで対応したと聞いている。きちんとした手続きであるため、問題はないと私も考えている」

 また別の男性株主。取締役選任の過程について2点質問した。

「大所高所からのアドバイスは重要」

株主
「取締役候補を決める議論のなかで、飯田氏が取締役から外れるという議論はなかったのか。また、各候補者の経歴を見ると、金融系や管理部門の経験が長い人が多いように思う。現場や技術系の方が少ないが、セコムにとって技術は非常に重要な部分。経営上の判断を誤るようなリスクはないのか」

中山社長
「我々は指名・報酬委員会で人事案を議論しているわけだが、取締役にふさわしい基準が社内的には存在する。その基準に沿って具体的な名前を出して議論を深め、取締役会で決めるわけだが、今回飯田最高顧問が退任した方がいいかという議論が出たかと言えば出てはいない。やはり、飯田最高顧問の経験、大所高所からの的確なアドバイスは非常に我々としてはありがたいと考えている」

 「2点目についてもご心配はよく分かるが、我々としても慎重に議論しているところ。コーポレートガバナンスの観点、また広い視野に立った人材ということで今回の決定に至っている。一方、セコムにおいては、取締役は非常に重いポストだが、同時に執行役員も重要。業務を執行するこのポストについては技術系の人材も充実している。より役員同士が連携できる仕組みを作り、議論を深めていこうと考えている」

 飯田氏の大所高所からの意見が経営には欠かせないと繰り返し強調する中山社長。ただ、高齢の飯田氏が取締役として「現役」を続行する以上、取締役会にどのように関わり、どのような役割を持っているのかを明らかにすることも必要ではないか。このほか、飯田氏に関する質問では以下のような2人の株主の発言が目立った。

株主
「昨年度の取締役会は12回開催されたということだが、飯田さんは何回出席したのか」

中山社長
「社内の取締役は常に社内で議論をしているため、会社法上の立てつけとして事業報告では出席回数の開示などは義務付けられていない。出していないからという意味ではないのだが、飯田最高顧問は本当に必要なとき、大きな議論に必要なときは出てきているが、それ以外のときには出席をしていない。回数が何回かというのは申し上げにくいところだが、そうご理解をいただきたい」

株主
「飯田最高顧問については、取締役最高顧問を辞めて『名誉取締役』とでもいうのか、そういった立場に就かれた方がいいのではないか」

中山社長
「名誉取締役というものが現状の日本の会社においてあるのかどうか分からないが、最高顧問は非常に重要な役割、大所高所の見地からアドバイスをいただいている。取締役のメンバーとして参加してもらうのが、私としては一番いいと考えている」

問われる創業者との関係

 次々に繰り出される株主からの質問や指摘に、中山社長は冷静かつ丁寧に答えていった。発声も分かりやすく答えに詰まることもなく、飯田氏への意見については「本人にきちんと伝える」と繰り返すなど、株主への配慮も目立った。

 こうして進んだ株主とのやり取りを経て、11時55分ごろには2点の決議事項について採決が行われ、無事に承認、可決がなされた。新任の取締役の紹介も終え、閉会したのは11時59分。トータルでかかった時間は昨年より50分長い1時間59分、出席した株主の数は昨年より78人多い550人だった。

 終了後に話を聞いたある男性株主は、飯田氏より1歳年下の82歳。長年セコムの株を持ち、飯田氏を応援してきたという。「セコムの総会は毎年うまくまとめているイメージで、中山さんの司会ぶりもうまかったね。ただ、飯田さんが引退したらという意見が出てくるのも分からないではない。色々な声もあるだろうし……」と苦笑した。

 飯田氏が日本を代表するカリスマ経営者の1人であり、まったく新たなビジネスモデル、市場を作り出した功労者であるのは疑いがない。ただ、5月の会長・社長の解職騒動があり、また個人的な財産管理の問題とはいえ、世界を揺るがすパナマ文書との関わりが取りざたされている以上、株主の関心が飯田氏に集まるのは当然だ。

 今回の株主総会でも多くの株主は、こうした問題に対する飯田氏の肉声での説明や反論を期待してきたはず。体調不良でやむなしとはいえ、株主にとっては残念な結果となった。寄せられた意見や懸念の声をどのように受け止め、創業者との関係や経営のあり方をどのように考えるのか。就任したばかりの中山社長をはじめとする経営陣に突き付けられた課題は重い。

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