中小・ベンチャー企業向け人材採用コンサルティング会社として一世を風靡したワイキューブ。優秀な人材を新卒で採用するノウハウを提供し、2007年には売上高約46億円にまで成長した。いわゆる「就職人気ランキング」では、並み居る大手を抑えて16位に食い込んだことがあるほど、学生からの人気も高かった。それが一転、2011年3月30日、民事再生法の適用を申請した。なぜ経営破綻に至ったのか。元カリスマ社長の安田佳生氏がその理由を語る。

 ワイキューブという会社の名前を覚えている方もいると思います。1990年、リクルートから独立して私が立ち上げた人材採用コンサルティング会社です。その会社を2011年3月30日、自らの手で潰しました。東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請したのです。負債総額は約40億円でした。

ワイキューブ時代(2008年)の安田氏。日経ベンチャー(現・日経トップリーダー)のインタビューにも応じていた(写真:いずもとけい)
ワイキューブ時代(2008年)の安田氏。日経ベンチャー(現・日経トップリーダー)のインタビューにも応じていた(写真:いずもとけい)

 人材採用会社のカケハシスカイソリューションズ(東京・新宿)に事業を引き継いでもらい、一年間立ち上げ業務を手伝った後、私はカケハシを離れました。14年に企業のブランディングを手掛けるブランドファーマーズ・インク(東京・港)という会社を立ち上げ、再び社長をしています。といっても、正社員は1人だけ。プロジェクトごとにフリーランスのデザイナーなど約15人と一緒にチームを組み、私自身も一プレーヤーとして、仕事をする小さな会社です。

「日本初」の採用コンサルティング会社

 ワイキューブを知らない人のために、手掛けていた事業の内容を説明しましょう。まだ日本で「採用コンサルティング」という業種がない時代に、おそらく最初にこの言葉を使ってサービスを始めた会社です。主要ターゲットは、新卒採用をしたことがない、あるいは新卒採用をする予定のない中小・ベンチャー企業。そうした企業に、私たちが考案した採用ノウハウを提供し、通常なら大手に就職するような人材を引き入れるというビジネスを展開していました。

 資金力のないベンチャー企業が、リクルートなどが手掛けていた大手企業向け中心の新卒採用ビジネスに後発で参入しても、到底勝ち目はない。だったら、潜在マーケット(市場)を掘り起こそうと。それで、中小・ベンチャー企業向けに特化しました。

 

 会社が潰れた理由に一言で答えるのは難しい。直接の原因は、リーマンショック後に規模の大小を問わず、企業が一斉に新卒採用を抑制し、顧客が激減したことにあります。しかし、冷静に振り返ると、私自身の中では、それ以外の主因が2つあると思っています。

 1つは、中小・ベンチャー企業の新卒採用市場の規模を読み誤ったこと。当時、大手を中心に新卒を定期採用する企業は2~3万社ありました。一方、日本には約400万社の企業がある。そのため、397~398万社は、ワイキューブが開拓する余地のある潜在顧客と考えていました。私たちは累計で5000社くらいの顧客を開拓し、人材採用コンサルティング事業だけで、売上高30億円くらいまでに拡大しましたが、100億円くらいまではいけると思っていました。

ワイキューブ時代は7種類のノートを使い分け、青いインクの万年筆を愛用していた
ワイキューブ時代は7種類のノートを使い分け、青いインクの万年筆を愛用していた

 ところが、そうならなかった。まさにそれが潜在市場の怖さです。何しろ土の中に埋まっている市場を初めて掘り起こすわけですから、どれくらいが適正規模なのかが分からない。売上高30億円を過ぎたあたりから、顧客を1社獲得するコストが段々上がり、利益率が下がり始めたのです。

 最終的には獲得コストが当初の2倍となり、粗利益率は65%から半減し、業績が悪化しました。これは結果論ですが、売上高が30億円に届くか届かないかくらいで維持していれば、しばらくは高い利益率を確保でき、健全な経営ができたと思います。でも、当時はそれが分からないんですよ。

 しかも、1社で20億円を超えてくると、それなりの市場規模。そうすると、競合他社が後追いで参入してくる。体力のある企業の中には「ワイキューブさんと同じサービスを半額で提供しますよ」といった営業を展開するところもありました。私たちのノウハウは分かりやすく、まねしやすかったこともあって、対抗できなくなりました。

「不真面目」なサービスでも人が採れた

 2000年代半ばくらいまでは、表面的に斬新なサービスを展開すれば、中小・ベンチャー企業でも学生が採用できてしまう時代でした。今考えると、「不真面目」なサービスを結構、展開していました。見た目が大切なので、就職説明会に出るために社長にスーツを新調してもらったり、髪型を変えてもらって、格好良く見せたり。社長と社員の会話をわざとフランクにするように演出して、風通しのいい会社というイメージを与えたりもしましたね。

 「企業の事業内容や社内の人材教育制度などの魅力で採用するのが本来の姿だ。ワイキューブのノウハウは採用の本質を捉えていない」と当時、批判を受けたりもしました。それでも、結構いい子が採れてしまった。しかし、リーマンショック以降は、採用方法が百社百様となり、単一の勝ちパターンが通用する時代ではなくなりました。むしろ、本来の姿での勝負になりましたが、当時はちょうどその変わり目だったと思います。

借入金を原資に給与を2倍に

 2つ目は、2000年代半ばに、社員の給料を2年で2倍にしたこと。これが一番、打撃が大きかったと思います。当時、230人くらいの社員がいて、ざっくり言えば、年収400万円を800万円に引き上げたのです。この給料の原資が、本業で稼いだ利益の中から出していたのなら、何の問題もなかった。

 ところが実際には、銀行からの借入金が原資でした。成長企業であるワイキューブには、当時は銀行がどんどん資金を貸してくれた。金利2%前後で40億円くらい資金調達したと思います。業績が伸び続ければ返済できましたが、それができなくなって破綻しました。前述の通り、本業の利益率が下がったからです。

 そこで、慌てて給料を下げたりコスト削減をしたりして、短期的には半年で4、5億円の利益を出し、返済を始めました。しかし、そこにリーマンショックが起き、資金繰りが極端に悪化しました。

 借入金を原資にして給与を2倍にするなど、あり得ないと思うかもしれません。しかし、当時の私には、それなりの理由があった。採用コンサルティング事業が主力である以上、社員という人的資産と会社のブランディングが生命線です。だから、待遇を良くしたし、ブランディングの一環として、当時一部から批判も受けましたが、本社の地下にバーを設け、社員同士が自由に酒を飲めるようにしたりもしました。

 多くの中小企業の経営者は、社員を採用して実績を上げたら給料を増やすと言います。しかし、その順番では中小企業になかなか人は来ない。だから、順番を逆にしようと。まずリスクを負って給料や福利厚生をよくして入りたい会社にする。そうすれば、いい人材が集まって、その人たちが業績をつくってくれると考えた。ただ、いくら優秀でも、昨日まで学生だった人がいきなり実績を出すというのは、どこかで無理があるとは分かっていました。それでもやってしまったんですね。

地位や名誉に興味はなかった

 実は、自分の中の一番大きな目標は、日本で一番社員の給料が高い会社をつくるということでした。その会社の社長が最も格好いいと思ったんです。家の大きさや金融資産の多さ、企業規模などに全く関心はありませんでした。事実、家は買ったことがありませんから。でも、それは稼いだ利益の中から達成しないといけなかったんですね。

 ブランディングは、当初から割とうまくいっていたと思います。社員数がまだ100人以下のとき、いわゆる「就職人気ランキング」で大手銀行や有名テーマパークより上の16位に入ったこともありました。そうすると、ワイキューブに頼めば、すごい採用ノウハウがあるんじゃないかというイメージが広がって顧客の申し込みが増え、業績が伸びるという好循環が生まれました。

 ただ、本当のことを言うと、07年のピーク時の少し前あたりから、自分たちの採用ノウハウが本来の価値以上に評価されていると自覚していたんです。「売り方の工夫が得意なだけで、儲かりすぎだ。このまま売れ続けるはずがない」と分かっていました。自分自身と社員の実力を両方知っているのは社長である私だけ。やっぱり社長じゃないと気付かない部分がある。

 とはいえ、さすがにそんなことを社員には言えませんし、当面は儲かっているので、「とりあえず、まあいいか。飲んで忘れよう」と見ないようにしていました。本来であれば、この段階で採用ノウハウの商品力をブラッシュアップして、誰もまねできないレベルにまで引き上げるべきだったと思います。

 もちろん、何も手を打たなかったわけではありません。主力の採用コンサルティング事業の賞味期限があることを見越して、企業のブランディング事業を立ち上げていました。しかし、こちらは主力事業より守備範囲が広いサービスなので手間もかかるし、高い品質を顧客から求められました。そのため、なかなか利益が出なかった。

 そうすると当然、主力事業を担当しているメンバーから不満が出ます。「何で俺たちが稼いだ利益を新規事業のメンバーが使っているのか」となる。それでも、6、7億円くらいにまで最終的には拡大したのですが、その事業の利益だけでは、主力事業の利益率の悪化を支えきれませんでした。

「いい会社だね」と言ってもらい喜んでいた

 もともと起業家志向はそんなに強いほうでありませんでした。むしろ、自由志向が強い。人に指図されずに仕事をするにはどうしたらいいかと考えた結果、自分で社長をやるしかなかったという感じですね。

 自分としては、雇う側と雇われる側の垣根がない関係の会社をつくりたかった。だから、社員に高い給料を払って、みんなで社内のバーで飲んだりして「いい会社だね」と言ってもらうことで喜んでいた。顧客の満足度を高めるという「外向き」よりも、「内向き」の考えが強かったですね。でも、社員数が200人を超えてくると、フラットな関係を維持するのが物理的に難しくなりました。そこはなかなかしんどかったですね。

 私自身、売るのは得意ですが、やっぱり長い目で見ると、自分が提供するサービスの価値を感じてもらって対価をもらうことで、顧客と長い信頼関係を築く。それが本来の事業のあり方です。後半の人生はそちらに力を入れたいと考えて、今の会社を立ち上げました。

 社員とフラットな関係でいたいという会社という気持ちは今も変わっていません。だから、組織上、一応社長という立場を取っていますが、社員は1人しかいないし、プロジェクトごとにチームを組み、その中の一員として業務委託契約の形で私も入っています。社長業より現場の仕事をしたいんですよ。

(構成:久保俊介、編集:日経トップリーダー

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