「より遠い宇宙へ」――。そんな人類の夢が、宇宙開発の過程で放置されたゴミで阻まれている。その解決に挑むベンチャー企業が、シャープや東芝への支援撤退で注目された産業革新機構からの出資を獲得した。40年以上も実現していない人類の月への到達へ、道は開けるか。

 1972年、地球から約38万km離れた月に米国が打ち上げたアポロ17号が有人着陸を遂げた。それより後、人類は高度1000kmを超える宇宙に有人ロケットを飛ばしていない。その理由の1つが、宇宙ゴミ(スペースデブリ)だ。

 大気圏外には大小の人工衛星に加え、役目を終えた衛星や切り離されたロケットの残骸、これらがぶつかり合って飛び散った破片などのデブリが浮ぶ。米航空宇宙局(NASA)によると高度600~1000kmの間だけで大きさ10cm以上のデブリが約2万個、確認されている。

 高度によっては、デブリは秒速8kmで地球を周回し続けている。小さい破片でも、宇宙を飛来する衛星などに衝突すれば金属や炭素繊維複合素材を重ね合わせた機体をも貫く。デブリの渋滞を横切り、より高くまで人工物を飛び立たせるのは高いリスクが伴う。有人ロケットの機体が破損する悲劇も起こり得る。破損までは至らなくても、デブリとの衝突で衛星が軌道を外れるケースもある。軌道を外れた衛星が別の衛星に衝突し、連鎖衝突でも起こせば一大事だ。現代社会は放送から通信、GPS(全地球測位システム)、気象予測、航空機や船舶の運航などまでが衛星サービスに依存している。小さなデブリの衝突が、生活に欠かせないインフラのブラックアウトにも直結しかねない。

 そんなデブリを除去する「宇宙掃除ビジネス」のベンチャーが、産業革新機構からの出資を獲得した。シンガポールに拠点を置くアストロスケールだ。3月1日、産業革新機構は同社の第三者割当増資を引き受け、3000万ドル(約34億円)を上限に出資することを発表した。

キャリア20年の機関投資家が「GO」を出した

 アストロスケールの岡田光信CEO(最高執行責任者)が強調するのは「宇宙のゴミは100%、人が起こした環境問題」ということ。「開発の過程で取り残されたゴミを除去し、次の世代が飛び回るであろう宇宙を持続可能な場に戻すのは我々世代の役目」と岡田CEOは話す。

 2018年前半にデブリを除去する衛星の初号機を打ち上げ、2020年までの事業開始を目指す。最終的に200個を除去するのが同社の計画であり、目標だ。「実現に向けてNASAや欧州宇宙機関(ESA)など海外機関と調整を重ねている」(岡田CEO)。産業革新機構からの出資前の2015年には、ベンチャー・キャピタルなどからも資金を調達した。同年4月から東京都墨田区の工場で初号機の製作に着手している。

 「あまりに無謀じゃないか」。リスクのある投資案件だけに「そんな反対も散々受けた。当初は誰も賛成してくれなかった」と、産業革新機構の専務執行役員・戦略投資グループ長を務める土田誠行マネージングディレクターは打ち明ける。

 シャープや東芝への支援撤退で注目されたが、産業競争力強化法に基づいて2009年に創設された同機構は「新たな付加価値を創出する革新的な事業」への投資がその役割だ。

 「機関投資家として20年のキャリアを積んだ」と話す土田氏は「投資を決める時、危ない、儲からないと感じれば私もすぐに手を引く。しかし岡田CEOの夢は実現できると確信した」と話す。

アストロスケールの岡田光信CEO(右)と産業革新機構の土田誠行氏(左)。3月1日に開いた会見には宇宙飛行士の山崎直子氏(中央)も駆けつけた
アストロスケールの岡田光信CEO(右)と産業革新機構の土田誠行氏(左)。3月1日に開いた会見には宇宙飛行士の山崎直子氏(中央)も駆けつけた

 2人は2年にわたる議論を重ねた。「当初は技術もビジネスモデルも曖昧だった」が、岡田CEOの下に日本を代表する技術者が結集し、日を追って技術やビジネスモデルが形になる様子に「背中を押された」(土田氏)。アストロスケールは同機構からの出資で、2018年前半の除去衛星初号機の開発と打ち上げ費用などを賄う。

低コストで宇宙ゴミの解決目指す

 アストロスケールが編み出した除去の方法はこうだ。除去衛星を打ち上げてデブリに接近させる。数十cmまでの距離に近づいた衛星は、除去用の子機を放つ。子機は独自開発の特殊な粘着剤でデブリを捕獲する。子機を発進させるとデブリは他と衝突しないように軌道から外れ、大気圏に再突入する。その時、デブリと子機は焼失する。除去衛星の初号機は高さ1m、幅と奥行き60cmと意外に小振りだ。

 この方法で大きなデブリを除去する。他にも無数にある小さなデブリは、この方法ではとてもではないが除去し切れない。そこでどのような大きさのデブリが、地球からどの程度の高度を飛来しているかが分かるマップを作成し、今後の衛星の打ち上げ時に衝突を回避できるようにする。アストロスケールは2016年末~2017年初頭を目途に、マップ作成のための観測衛星を打ち上げる計画だ。

 岡田CEOは費用を明かさないが、同社の方法なら1つの大きなデブリを除去するのに国際機関などが見積もる額(約40億~50億円)の10分の1以下にまで抑えられるとみられる。事業開始後は、世界の宇宙機関からの受注を狙う。

 アストロスケールの下に「スペーススウィーパー(宇宙の掃除屋)」と名乗る技術者らが集まったのは2013年のことだ。次第にメンバーを増やし、現在は民間企業と、大学、研究機関、高等専門学校のエンジニアらが名を連ねる。

 2014年に打ち上げた超小型衛星実証機「ほどよし」3、4号を開発した東京大学の他、東京理科大学、首都大学東京、九州大学、九州工業大学など9つの大学、2つの高等専門学校、航空宇宙関連部品などの製造を手掛ける由紀精密(神奈川県茅ヶ崎市)、切り出し工具の製造・開発で世界トップシェアのオーエスジー(愛知県豊川市)などが集まり、アストロスケールと共同で開発のめどを付けた。オーエスジーは観測衛星のメインスポンサーでもある。

 3月1日に開いた会見ではスペースウィーパーに名を連ねる技術者、産業革新機構の他、同じく除去事業に出資するジャフコらが一同に介した。岡田CEOは「エンジニアと投資家、そしてここに集まったメディアも、これからの宇宙開発を進めるために総力を挙げて、立場など関係なく宇宙掃除に挑まなければならない。異業種の力を結集して総合格闘技で挑まないと」と、熱弁を振るった。

左はデブリを除去する衛星の子機、右は小さいデブリのマップを作成する観測衛星のモックアップ
左はデブリを除去する衛星の子機、右は小さいデブリのマップを作成する観測衛星のモックアップ

正月に思い立ち、4カ月で起業

 岡田CEO自身は、宇宙業界では新参者で除去技術を確立できるエンジニアでもなかった。農学部で学び、旧大蔵省に入省後、経営コンサルタントに転じた。IT(情報技術)企業も起業した。40歳を前に、人生を何に投じるか自問した。答えのヒントは、宇宙飛行士体験プログラムに参加するため、15歳で訪れたNASAの思い出にあった。

 「気持ちを腐らせた少年だった」(岡田CEO)が、その地で訓練を受けていた毛利衛氏に出会って変わった。「宇宙は君たちの活躍するところ」という自筆メッセージを受け取って発奮し、帰国後は勉強に打ち込んだ。「自分を奮い立たせてくれた毛利氏や、宇宙に関わる人たちに恩返しをしたい」。ふとそんな気持ちが湧いた。2013年の正月のことだ。調べると、宇宙でデブリが問題になっていた。

 その年の2月には海外の宇宙関連会議を訪れ、学者や政府関係者にデブリについて尋ねた。ところが、誰も解決策を持っていない。「自分が解決する」と決意し、5月に起業した。

 アストロスケールは大塚製薬との協力事業を進めている他、いくつかの宇宙関連事業を展開した収益でこれまでの研究開発費を賄っている。遠い宇宙に飛び立ちたい人類の夢を支える宇宙掃除ビジネスの離陸が近づく。

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