8月2日、東京証券取引所の兜クラブ。2016年度第1四半期の決算発表をした伊藤忠商事の鉢村剛CFO(最高財務責任者)は、米国の空売りファンド、グラウカス・リサーチ・グループが「不正会計」と指摘していた問題について、大反論を展開した。
問題のレポートをグラウカスが公表したのは7月27日。英語版で42ページ、日本語版では44ページにも及ぶもので、冒頭では東芝の不正会計問題を引合いに出し、「弊社の見解では、伊藤忠商事は財務報告の訂正と不正会計の存在を認めることを命じられる次の日本企業となる可能性が高い」とセンセーショナルに指摘した。伊藤忠の株価は同日、前日比で一時10%も下落する事態となった。
これに対し伊藤忠は、「当社の会計処理に関する一部報道について」と題するA4で1枚の文書を、7月27日に2通、8月1日に1通開示。グラウカスに対して、法的措置も辞さない構えを見せていた。日本取引所グループの清田瞭グループCEO(最高経営責任者)は7月28日、「(伊藤忠株を売り出した後にリポートを出したのなら)倫理的に若干、疑問がある」(日本経済新聞より)とコメントしていた。
グラウカスは2011年に空売りファンドとして設立。これまでに22件の投資で特定の企業をやり玉に挙げ、粉飾決算や不適切な資金の流用などを指摘するレポートを発表してきた。そのうち5件では、経営者が証券詐欺罪で起訴されて1社は上場廃止になり、それ以外の企業についても株価は適正な水準に調整されたとしている。伊藤忠は、同社の日本市場参入の最初の“標的”となった。
米ファンド「伊藤忠の対応はアベノミクスの政策に反する」
グラウカスのレポートに対する伊藤忠の反応や、日本証券取引所グループの清田CEOのコメントについて、グラウカスでリサーチ・ディレクターを務めるソーレン・アンダール氏は8月2日早朝、日経ビジネスとの電話インタビューで次のように話した。
「コーポレート・ガバナンスや透明性にコミットしているアベノミクスは、日本企業にこれまでより高い基準で会計、透明性、ガバナンスに取り組むことを求めている。しかし、そうした政策が有効に機能するには、市場は空売りファンドも含めた幅広い投資家を必要としている」
「これまで、米国や中国、香港などで投資活動をしてきたが、(伊藤忠が匂わせているような)法的手段に出られたことなどない。法的手段に訴える前に、まずは投資家に対して説明責任を果たすべきだろう」
「伊藤忠はこれまでのところ、我々が指摘した3つのポイントについて、意味のある詳細な説明をしていない。それは、アベノミクスが進めるコーポレート・ガバナンスの政策に反している。伊藤忠は著名な上場企業であるにもかかわらず、このような対応は説明責任と透明性の著しい欠如を示している。(伊藤忠は第1四半期の業績を公表するが、)我々がレポートで指摘したポイントについて、意味のある反応をするべきだ」
グラウカスのアンダール氏は、安倍晋三政権が進めてきたコーポレート・ガバナンス強化の流れを巧みに引き合いに出しながら、自らのレポートの正当性を強調した。
一方、伊藤忠の決算会見では、鉢村CFOが第1四半期の業績説明に続いて同レポートへの反論を展開。時折、怒りを露わにしながら、グラウカスの主張を真っ向から否定した。
「空売りファンドと同じ土俵には乗らない」
伊藤忠の鉢村CFOは次のように主張する。
「グラウカスのレポートには、自分たちは空売りファンドで、伊藤忠の株価が下がることで相当の利益を得ることができると明確に書かれている。しかも、ディスクレーマー(免責事項)として、これは自分たちの特殊な見解であって、本件の内容については責任を負えないと明記。レポート内容に責任を持たない特殊なファンドが、伊藤忠に悪影響を及ぼすであろうという内容を発表しつつ、その内容については免責事項があるので、(投資家は)自分たちで判断してくれ、と言う」
「レポートが指摘する事象について、グラウカスは1つ1つ意図をもってピックアップし、本来とは全く違う結論に導いている。ようするに、伊藤忠は不正会計をしているから、他社のように罰則を食らう可能性がある。なおかつ株価は今の価値の半分になるであろうと指摘している」
「当初、レポートを読み終わった時、細かく免責事項を見ていなかったので、これは我々に対する名誉棄損にもなるし、事実に反することを言うのであれば、株式操作になるのではないかと思った。しかし、免責事項を読むと、責任を取らないと書いてある」
「こういうファンドに対して、監査の適正意見を取っている我々が、どのような対応を取るべきか悩んだ。適正監査を受けた内容を決算発表の段階で細かく説明しているので、今さら何をどう説明するのか。同じ土俵で説明することが、必ずしもいいことではないと考えた」
「騒げば騒ぐほど、株価は下がる。それは、彼らが日本の株式市場に入ってくる中で、彼らのネームバリューを上げることにもなる。そういうことに我々がのるべきなのか、疑問があった」
「我々が心配するのは、一般株主や中長期に我々の価値が上がることを信じている株主が、狼狽してマーケットが混乱すること。それは本意ではないので、若干のポイントを申し上げておきたいと思う」
反論①:資産の公正価値評価をし、監査法人から適正意見を得ている
【グラウカスの指摘①】
伊藤忠は、コロンビアの炭鉱に対する出資持分の価値が著しく下落していたにもかかわらず、不適切な区分変更(注:持分法投資から一般投資へ)によって、1531億円相当の減損損失の認識を意図的に回避し、2015年3月期の当期純利益を過大報告した
「まず、3点のうちの1つ目。コロンビアの石炭事業についてですが、彼らは(米ドラモンドとの合弁会社が)持分法適用会社のまま過去に減損処理をしておくべきだったという理屈で、いろんな数字をピックアップしている。伊藤忠は2011年6月に投資をした段階から、100%子会社の伊藤忠コールアメリカという会社を経由して、合弁会社に20%出資している。毎年度末に伊藤忠コールアメリカは持っている資産について公正価値評価をしており、その中に合弁会社の資産も含まれている。その都度、減損する必要かあるかどうかをテストしてきた」
「連結決算の監査法人はトーマツだが、伊藤忠コールアメリカはアーンスト・アンド・ヤング(EY)。なおかつ、資産評価は同じ監査法人では好ましくないので、KPMGに依頼している。KPMGが資産評価し、EYが連結への利益の取り込みを認め、最終的に我々がその評価を正しいとして、トーマツの数字を使って決算をしている。持分法だった時でも減損の必要性はないという意見に基づき、持分法利益の取り込みをしてきている」
資産評価のやり方の不備や事実誤認も
「また、一般投資化の是非については、少し分かりにくかったのかもしれないが、次の通り。資源開発の投資をする時に最も大事なのは、(パートナーの資源会社から)キャッシュコール(資金拠出の要請)があったら、それに応えることだ。ドラモンドとの合弁会社への投資自体が正しかったとは思っていない。価格が高い時に投資をして、(価格が下がっても)いずれ回復すると考えていた。しかし、これ以上、エクスポージャー(マーケットの変動にさらされる資産の割合)を増やすことはリスクだと考えて、キャッシュコールがあった時に応えなかった。その結果、ドラモンドが必要な資金を支払い、伊藤忠の権利は希薄化した」
「20%の持ち分は伊藤忠が持ち続けたが、資金は80%を保有するドラモンドが出した。その結果、合弁会社の表面上の出資比率は80対20で変わらないが、実質的にドラモンドは80%強の権利を持つようになって、我々の持ち分は20%以下になった。その結果、我々が権利を失ったというのは明白だと言うことで、一般投資化をした」
「1500億円を超える資産の減損とも書いているが、資産評価の手法には様々なものがある。彼らが使っている売上高マルチプルという指標は、売上総利益率がだいたい業界で一定のような場合には使用されることもあるが、資源事業では表面上の売上高では利益は決まらなくて、採掘条件によってオペレーションコストがものすごく違ってくる。キャッシュコールがどうなるかもわからない、将来の価格動向もよく分からないという中で、資産評価にはディスカウント・キャッシュ・フローという指標を使うのが一般的。そのため、売上高マルチプルだけで見ているのは適切ではない」
「事実の誤認もある。レポートで引用している、合弁会社や伊藤忠コールアメリカの幹部の肩書や住所などでミスも見受けられる。こうしたことを踏まえれば、彼らのコロンビアの石炭事業についての指摘は、ちょっとな、と首をかしげる」
反論②CITICへの投資、連結が条件
【グラウカスの指摘②】
伊藤忠がCITIC(中国最大の国営企業・中信集団)を持分法適用関連会社とし、その利益を連結会計に取り込むことは認められるべきではないと考えている。CITICは中国政府によって運営され、議決権の過半を保有されている。つまり、伊藤忠がCITICの戦略、運営、方針決定に何らかの重要な影響を及ぼせる可能性はきわめて低い。CITICを連結会計から除外することは、伊藤忠の純利益見通しが20%減少することを意味する。
「CITICについての彼らの議論は、極論だ。国営企業と一緒に仕事をするにあたって、持分投資が一切認められないのかと言う議論に等しい。単なる提携以上に踏み込んだパートナーとして仕事をしている。中国政府が国営企業の民営化・国際化を図るにあたって、彼らが78%弱持っていたものを民間に移していこうという流れの中で、日本の金融機関を含めた海外投資家を募る動きをとったのが2014年頃。その頃に、我々も1%の株式をCP(伊藤忠が提携しているタイの財閥チャロン・ポカパン)と一緒に投資している」
「我々としては、より深い関係となって影響力を行使していくためには何ができるのかを議論していた中で、伊藤忠が中国の民営化に貢献できなら、10%くらい持ってはどうかと言う話がCITIC側からもあった。しかし、重大な影響力を行使するためには、CPと一緒になって最低20%の株式、つまり、CPと一緒に議決権を行使できるだけの持ち分を持つ必要があると考えた。CITICへの投資は、20%にこだわって交渉した結果だ」
「20%という株式を持つと、強制的に持分法の対象になる。持分法を適用しないなら、そうしない相当な理由がなければ認められない。我々は大きなビジネスをしようと将来をかけてやっているわけで、連結ができなくて6000億円もの投資をすることなどありえない」
「しかもCITICは非上場の中国政府が管轄している特殊な会社ではなく、香港で上場している会社だ。どういう理屈で彼らが指摘しているのか、理解できない」
反論③利益を出すために持分法を外したとの指摘はひどすぎる
【グラウカスの指摘③】
中国食品・流通大手の頂新に対する非支配株主持分の区分変更に伴い認識された600億円の特別利益について、この利益が発生したタイミングと投資先の収益性低下に照らして、強い疑念を抱いている。2015年3月期の期末わずか4週間前になって、伊藤忠が奇跡的に600億円の特別利益を発見したことは、期初計画を600億円未達となることが見込まれた時期であったことを考え合わせると弊社には信じがたいことに思われる。
「これがちょっと一番ひどいと思うが、600億円の利益を埋めるために、数週間の間に持分法を外して益出しをしたという指摘は、極めてよろしくない。というのは、伊藤忠の経営方針は、アジア・中国を中心として生活消費関係を伸ばしていくこと。その中で、我々が中国でビジネスを広げていくために最初にいいパートナーだと考えたのが頂新だった」
「頂新とは2009年に包括的な提携をしようということで、株式を持った。その中で、我々の取引先であるカゴメやカルビーなどを紹介しながら、中国でビジネスを展開していった。ただ、残念ながら、頂新のビジネスに我々がトレードで関与できなかったり、彼らのビジネスが想定していたほど大きく進捗しなかったりして、この先どうやって中国を攻めていくかが、我々の大きな経営課題となった」
「その中で、2014年7月にCPグループとの業務提携を発表した。この提携は食品分野が中心で、頂新と競合する。この問題を解消しない限り、CPとの提携を進めることができない。つまり、頂新を持分法から外さない限り、CPともCITICともビジネスを大きく伸ばしていくことができない。そのため、社内ではずいぶん早い段階から、頂新を連結から外すことを前提に議論を進めてきた」
「頂新に出資した時もそうだが、上場企業を傘下に持つ頂新だから、その価値も常にKPMGに正しく評価をしてもらっている。頂新との関係解消は、CP・CITICとの提携の話の流れの中で出てきているので、数週間やそこらでできる話ではない」
「長々と申し上げたが、これくらいやらないと分かっていただけないので。これをいちいち、皆様方に説明するのかと。既に我々は決算公表もしているし、監査法人からも適正意見をもらっている。アナリストも、すべて知っていた内容だ」
「ただ、グラウカスは、『違う見方ができる』と言っている。そう言っている以上、議論することはできないでしょう。同じ事実でも、違う組み合わせ方で違う結論を導き出すことができる。しかも、その結論については、責任を取らないと言っているんですから。責任を取らない結論をベースに、我々の株価が下がることにポジションを張って、このレポートを出している。それで株価が下がったことで、彼らは利益が出ている」
「こういう対象に対して、どういう対応をすべきなのか。日本にとっても初めてのケースだ。対応を間違えば、日本のマーケットへの影響は極めて大きい。我々が事実に反すると思う指摘もあるし、日本取引所グループのCEOもおっしゃっていただいていますが、そもそも、ポジションを持ってからレポートを出すという倫理観はどうなっているのか。こうした点を考えて、対応を考えていかなければならない」
「法的対応も選択肢の1つだが、皆様の意見を参考にして決めていきたい。少なくとも、私どもには一点の曇りもない。こういう対応を許していいのかと言うのは、私どものだけの問題なのか、証券市場全体の問題なのか、日本全体の問題なのかという問題意識を、僕は持っている」
本文3ページ目で「日本の金融機関を含めた海外投資家を募る動きをとったのが2010年頃」としていましたが、正しくは「日本の金融機関を含めた海外投資家を募る動きをとったのが2014年頃」の誤りです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2016/8/3 13:00]
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