北海道の林道に親に置き去りにされた、田野岡大和くんが無事に保護されたニュースは、ここ英国でも主要メディアが速報で伝えた。BBCなどテレビの他、ロンドンの夕刊紙イブニング・スタンダードは一面トップで田野岡くんの写真を大きく掲載。「ALIVE!(生きていた!)」の文字の下に、「両親の言うことを聞かず森に置き去りにされた少年、6日後に見つかる」と言う見出しが付いていた。

 行方不明となった山林には熊が出没することや、田野岡くんを発見した自衛隊員に「お腹がすいた」と話し、おにぎりやパンを食べたこと。また、診察した医師が「驚くほど元気で落ち着いている」と述べたことなど、発見当時の状況を詳しく伝えている。発見現場が夜には気温が7度まで下がり、雨も降ったことや、田野岡くんがTシャツしか着ておらず、マットレスの間で暖をとっていたことなどを詳しく説明。さらに、南アフリカ共和国や米国などで行方不明となり、無事に生還した子供や成人の例も併せて紹介している。

 民放テレビ・チャンネル4の夜のニュースでは扱いこそトップではなかったものの、自衛隊が山林を捜索する映像や、田野岡くん発見を告げられる親族の様子、父親の謝罪などの映像を用いて、一連の経緯を詳しく伝えた。その上で「日本では、この少年の両親が親権を持ち続けるべきかが議論されているが、少なくとも一人の『サバイバー』を育てたことは疑いようがない」と締めくくった。

オバマ広島訪問、北朝鮮ミサイル発射に次ぐ注目度

 日本発のニュース映像を世界に配信するロイター通信日本支社テレビ部、シニア・プロデューサーのオリビエ・ファーブル氏によれば、事件発生当初から各国の注目は高く、毎日新しい映像を入手するたび、世界の放送局向けに情報発信し続けたという。無事に保護された3日は、日本時間夕方6時の時点で既に5回の配信を行っていた。

 「最近の日本のニュースとしては、オバマ大統領の広島訪問、北朝鮮のミサイル発射に次いで3番目に注目度が高かった」と語るファーブル氏。日本での取材歴20年以上のベテランだが「日本の子供の安否不明に関するニュースがこれだけ海外の注目を集めたのは、取材してきた中で過去に例がなく、極めて特殊なケース」だという。

 ロイター通信の配信映像を使用しこのニュースを伝えたのはBBCなど英国メディアをはじめ欧州が多く、フランス、スペイン、イタリア、ポーランドと続く。また、中国中央テレビ(CCTV)、韓国YTN、そしてアルジャジーラなど、中東各国の放送局でも使われていたという。

 ファーブル氏によれば「子供のしつけについては、特にソーシャル・ネットワーク上、多くの議論がなされており、そのトレンドに乗ったのではないか。米国などではこれは子供の虐待にあたるのではないかとの指摘もあり、無事に見つかったとしても、子供は児童保護サービスに渡されるのかとの問い合わせも相次いだ」 と言う。

「一体、どうやって1週間もサバイバルしたのか」

 英国の大手新聞ガーディアンも、田野岡くんが行方不明となった先月28日に一報を伝え、6月1日の一面で事件の経緯を詳報した。その後、田野岡くんの無事を伝えた速報記事は、掲載から8時間ほどでフェイスブックで1万5000件以上の反応(いいね!など)と2000以上のシェアを記録し、ここでも関心の高さを見せつけている。

 執筆にあたった東京特派員のジャスティン・マッカリー記者によれば、英国を始め米国、オーストラリア、カナダ、そして日本からのヒットが多かったという。英国での関心の高さの理由についてマッカリー記者は「恐ろしいことが起きたという驚愕と、見つかって良かったという安堵感、そして好奇心」とが入り混じっていたのだろうと語る。

 「英国の多くの読者は両親の行動に批判的である一方、同情的な人たちもおり、一体どうなってしまうのだろうと、釘付けになっていた。無事に生還した時には、たった一人、山の中で一週間近くどうやってサバイバルしたのか、情報を渇望していた」

 更にマッカリー記者は、言うことを聞かない子供に堪忍袋の尾が切れてしまった親の単なる判断ミスだ、という意見から、この事件を子供の虐待問題だと捉え、警察による捜査が必要だとする厳しい見方も多く存在したことを指摘する。

 「一概には言えないが、このニュースに興味を持った人たちは、日本では法的に子供を守る術が少なく、また、子供の虐待に対する社会的な認識が英国より低いのではないかと感じていると思う」とマッカリー記者は分析する。

「子供を一人にさせてはならない」という意識が強い英国

 こうした子供の置き去りが英国で起きた場合、どのような結果となり得るのか。英国児童虐待防止協会(NSPCC)は、事件の経緯に関する情報が足りず、必ずしも英国の場合に照らし合わすことはできないとしながらも、筆者の取材に、文書で次のように述べている。

 「英国では子供が一人で出かけて良いとする最低年齢は、法律で定められていない。子供の安全は親、もしくは法的な保護者に委ねられ、子供がどこへ行かれるか、また外出に適した発育を遂げているのかを決めるのは彼らである」

 「子供が危険にさらされた場合、その親が子供の安全を守るための適切な段階を怠っていれば、ネグレクト(育児放棄)で起訴される場合もある。適切なステップとは、一緒にルートを歩く、迷子になった場合、子供が親やその他の人にどうやって助けを求めたら良いかを確認するなどである。しつけや、子供を懲らしめるためにと危険にさらすことは、絶対に許されない」

 英国における子供の虐待防止における法整備の歴史は、19世紀に遡る。子供を守るための「児童虐待防止法」が制定され、親子の間に法的な介入を行うことが可能となったのが1889年だ。この時から警察は、子供が危険だと判断すれば家宅捜索を行い、危険に晒した大人を逮捕することができた。

 以来、親による虐待で子供たちが命を落とすという痛ましい事件が起こるごとに法改正などを行い、子供を守るシステム作りを行ってきたとNSPCCは回答している。

 「英国ではこれまでに、ネグレクトによる弊害への理解がより深まっている。情動を奪われた経験のある子供たちは、精神衛生上の問題を抱えたり、社会や人との関わりのスキルが乏しくなったりする。また、犯罪を犯してしまう傾向が多いことも明らかになっている。英国政府も批准している『国連・子供の権利に関する条約』も、子供を身体的と同時に、感情的にも育成していくことが重要だとしている」(NSPCC)

 英政府サイトによれば、子供を一人にして良い年齢は法的に定められてはいない。しかし、子供にリスクを与えるような場所に置くことは違法であると明言し「不要な苦しみや、健康を害するような」場合、親への起訴が可能だとしている。これは1933年の児童少年法で定められている。

 4年前に大手調査会社YouGovが行った世論調査では、子供が親や保護者を伴わずに通学して良い平均年齢を大半の英国人が10歳と答えた。更に、子供だけで自宅に数時間いても良い平均年齢は13歳とする結果が報告されている。

 英国の大人が、日本の児童が子供だけで通学する姿を見てしばしば仰天するのも、日英の治安状況の違いもさることながら、子供の安全に関する認識の違いも背景にあると推察される。

「もっと明るいニュースを」と襟を正す英国メディア

 先に引用したイブニング・スタンダード紙は田野岡くんの両親が、今後ネグレクトで起訴される可能性に言及している。また、上記ガーディアンの記事に反応したフェイスブック利用者からも、両親の刑事責任を問う声が多数明記されている。

 しかし、英国メディアや国民の全てが親のネグレクトの可能性に憤慨している訳ではなく、奇跡的な生還のニュースを歓迎する声もまた多い。

 ガーディアン紙に至っては、田野岡くんが無事だったことが心底喜ばしいとして、こんな英国発のコラムを掲載している。

 「田野岡くんが誘拐もされず、殺害もされず、熊にも食べられずに無事でいたことは、今朝多くの人たちを笑顔にした。(中略)田野岡くんのストーリーは、私たちが『24時間ニュース中毒文化』である今を生きる中で、結果が良かったことに遭遇することは稀だと気づかされる。その代わり、ニュースメディアはぞっとするような、毒々しい、邪悪なネタを強調して顧客を、さらには利益を増やそうとする。その結果生まれるのは、世界が暗く悲嘆に満ち、良いことが殆ど起こらないという、歪んだ視点である。(中略)私はかつて同僚から、精神衛生上効果的な3つのことは、アルコールを断ち、運動をし、ニュースを読むのをやめることだと言われたことがある」

 このコラムニストは、つい3日ほど前まで田野岡くんに関して最悪の事態も覚悟していたと言い、こうした「良いニュース」を既存のメディアはもっと発信すべきだと指摘した。今回の小2行方不明事件は、英国のメディアのあり方を考える機会にまで発展した模様だ。

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