プロスポーツビジネスがファンに提供するものは「試合を通じた感動」というシンプルなものである。しかしながら、裏側でそれを支える関係プレーヤーは多岐に渡り、ビジネスの権益は複雑に絡み合っている。全体的視野や、長期的視野を持ったビジネスリーダーが全体の仕組みをうまく構築していかないと、全プレーヤーが満足し、持続的に成長することは望めない。

 そういった中で、プロ野球はスタジアムと一体化経営を進め、様々なアイデアと新サービスで、ファンを増やすことに成功している。バスケットボール「Bリーグ」はスマートフォン(以下、スマホ)を中心とした新たなプラットフォームを活用することで好調なスタートを切り、2年目を迎えている。

 では、今年25周年を迎えるプロサッカーリーグ「Jリーグ」は、どんな戦略や中期的展望を持って、どんなことを具体的にしようとしているのか?また、そこに関わるオフィシャルパートナーとしての企業は、どんな期待を持ち、どんな関わりをしようとしているのか?

 2017年8月には、スタジアム観戦の価値向上を図る目的でスマホアプリ「Club J.LEAGUE」を公開した。ポイントプログラムの提供や、スタジアムWiFiで「DAZN(ダ・ゾーン)」の無料視聴ができるなど、スタジアム観戦をより楽しくすることを目指す。大きな特徴は、ファン・サポーターだけではなく、リーグのパートナー企業がマーケティング活動にも利用できる仕組みを取り入れたことだ。

 今回は、新たなデジタルプラットフォームの中核を担うJリーグデジタルの杉本渉氏に、公式アプリの開発やデジタル戦略の今後について話を聞いた。次回の後編では、オフィシャルパートナーとして、実際に今回のアプリの活用を始めた明治安田生命保険の西山英之氏の話をお届けする。

(聞き手は、石井 宏司=SPOLABo)

「Club J.LEAGUE」アプリを紹介する<a href="https://www.jleague.jp/app/" target="_blank">ページ</a>。(Jリーグウェブページから)
「Club J.LEAGUE」アプリを紹介するページ。(Jリーグウェブページから)

新たなサポーターに、いかにスタジアムを訪れてもらうか

「Jリーグ・25周年」おめでとうございます。ここ数年を振り返ると、2年連続で来場者数1000万人を超え、着実にプロスポーツビジネスとして成長していると思います。次の四半世紀に入っていくに当たって、どんな成長戦略を描いていますか。

Jリーグデジタル デジタル戦略部 コミュニケーショングループ グループマネージャーの杉本 渉氏(写真:筆者)
Jリーグデジタル デジタル戦略部 コミュニケーショングループ グループマネージャーの杉本 渉氏(写真:筆者)

杉本:ありがとうございます。まずは、この図(下図)のように整理しているのですが、目指す姿としては、「プレーの質」と「それを伝える質」を上げていくということです。これは「観るスポーツ」としてプロスポーツビジネスの永遠の基本であり、その基本を改めてきちんとしていこうよ、ということで掲げています。

 そして、それを実現するための5つの重要戦略を策定し、現在実行に移しているところです。スマホは、このうち「デジタル技術の活用推進」というところに入る戦略施策で、最終的な「ファンとの接点」になってくるという意味で非常に重要な戦略だと認識しています。

リーグが掲げる5つの重要戦略(出典:Jリーグ)
リーグが掲げる5つの重要戦略(出典:Jリーグ)
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Jリーグでは2007年から「イレブンミリオンプロジェクト」を掲げ、2009年には「ワンタッチパス」というICカードとウェブサイトを活用したCRM(顧客関係管理)の共通システムを導入してきました。これを第1次導入と位置付けると、今回のこの戦略は第2次の戦略展開であると位置付けられると思います。その中で今回、「Club J.LEAGUE」というスマホアプリをリリースしました。これは、どんな背景や課題から生まれてきたものなのですか。

杉本:一番大きなところからいうと、「従来のワン・ツー・ワン(one-to-one)型CRMからの進化」を挙げることができます。ワン・ツー・ワン・マーケティングは、1度来場していただき、接点を作れるようになったサポーターに対して再来場を促すことには有効だと思います。つまり、既存のサポーターの熱量を保つことには向いているものでした。

 しかし、それだけでは固定客ばかりになってしまう。新たなサポーターにスタジアムに来てもらって、試合を楽しんでもらうことが改めて大事だと思うのです。

 そのためにリーグや各クラブが努力することはもちろん大事で、その努力が成果として現れて、ここ数年は来場者数も伸び、一定の成果が出ていることは確かです。ただ、このままでは今後目指しているレベルには届かない。そのためにはさらに進化したプラットフォームが必要だという認識にいたったわけです。

新たなサポーターを呼び込む仕掛け

そのためのスマホアプリというわけですね。時代の流れからすると、スマホ対応はもはや当たり前ともいえます。しかし、一方で今やスマホのアプリはレッドオーシャン(激しい競争状態)で、リリース直後にダウンロードが一時的に伸びても、翌月にはランキング外に消えていくという厳しい環境でもあります。単にアプリを出しただけでは新規サポーターを取れるというものでもないと思いますが、そこにはどんな仕掛けがあるのですか。

杉本:まずはアプリとしての基本機能を充実させました。試合日程が分かる、Jリーグに関連するニュースを読むことができる、チケットを購買できる、クラブのホームページやSNSとリンクされているなどです。

 さらに今回、新たなサポーターを呼び込むための仕掛けを入れました。

 第1に、既存の熱量が高いサポーターが、友人や知人を呼び込むための仕掛けです。第2に、Jリーグには多くのパートナー企業がいます。このパートナーが持っている顧客をお互いに活用する仕掛けを初めて導入してみました。第3に、これまで公式戦がある週末近くにしか接する機会をなかなかつくれなかったところを、パートナー資源を活用し、平日にも増やすような仕掛けを導入したことです。

これまでなかなか到達できなかった潜在層に対して、既存のサポーターからの紹介というチャネルと、オフィシャルパートナーというチャネルの2方面からアプローチを掛けようということですね。具体的にはどんな仕掛けを導入したのでしょうか。

新たなチャネル経由で潜在層を取り込む(図:筆者)
新たなチャネル経由で潜在層を取り込む(図:筆者)
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杉本:今回のアプリには「ゲーミフィケーション」の要素を取り入れています。サポーターがアクションするたびに、「スター」が獲得できたり、「メダル」がもらえたり、「ランクアップ」したりします。

 例えば、メダルが増えると様々なキャンペーンに応募できたりします。つまり、Jリーグを楽しめば楽しむほど、より楽しめる企画へのチャンスが広がるようになっているというわけです。

 ゲーミフィケーションの中には、Jリーグ関連の情報をSNSで拡散するとメダルをもらえるといった、今いるサポーターと潜在的なサポーター層がつながりやすくなる仕掛けや、ペアチケットに当選すると、その当たりチケットを友人や知人にアプリを通じて送ることができるような仕組みがあります。こういった仕掛けを通じて、既存のサポーターが潜在層サポーターを少しでも誘いやすくなればと考えています。

ゲーミフィケーションを取り入れた「Club. J LEAGUE」アプリ(画像:Jリーグ)
ゲーミフィケーションを取り入れた「Club. J LEAGUE」アプリ(画像:Jリーグ)
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パートナーと一体となって接点を増やす

スポーツ関連のアプリとスポンサーの関係では、これまではアプリ内画面にバナー広告が出る程度が普通でした。今回の新アプリでは、その「同居」というレベルから「協働」というレベルに踏み込んだパートナーシップを構築できる可能性があると聞いています。その仕掛けについてもう少し詳しく教えてください。

杉本:まさにJリーグが「スポンサー」ではなく「パートナー」と呼んでいる理由がそこにあります。「パートナーと一体となって接点を増やし、Jリーグを応援することを通じて地域を応援する」ということがJリーグのミッションでもあります。だからこそ、新たな仕組みが必要だと感じていました。

 現段階では、明治安田生命とイオンの2社とこの新たな取り組みをスタートしています。

 明治安田生命は全国にアドバイザーと呼ばれる顧客接点を作っている方々が3万人います。おかげさまで、2016年シーズンは、22万人もの方をJリーグの試合に連れてきていただきました。そこで、明治安田生命のお客様がJリーグのファン・サポーターになって地域を応援するきっかけを、もっと提供しやすい仕組みにしようということになりました。

 具体的には、アドバイザーの紹介でこのアプリを使い始めた方には、明治安田生命の特別なコードをプレゼントし、それを入力すると特別なバッジがもらえるという取り組みをまず提供しています。

 イオンでは、位置情報を使ってイオングループの店舗に10回チェックインすると同じようにバッジがもらえる仕組みを導入しました。アプリで関連部分をタップすると地図が現れ、自分の近くにあるイオングループの店舗が出てきて、チェックインできる。つまり、アプリを起点に来店を促進するような仕組みを提供しています。

近年、スポーツのスポンサーシップにおいては、単に露出するだけでなく、もっと様々に活用(アクティベーション)することが重要だと言われています。そういった中で、スポーツをパートナーのリアルビジネスにつなげられる仕組みの提供は意味がある取り組みですね。

杉本:そう言ってもらえるとうれしいです。やはり、これからの中長期的なパートナーシップを考えると、パートナーにもっとメリットがあって、パートナーの課題解決ができて、その結果、Jリーグの課題も解決できるという互いにメリットがある、深いパートナーシップを結んでいくことが大事だと思っています。

 例えば、今回のアプリのゲーミフィケーション機能によって、Jリーグは主に週末の公式戦だけではなく、平日にもアプリを立ち上げてチェックインしてもらうことで、平日にも顧客と接点が持てるようになります。また、そのことが同時に、パートナーがこれまでなかなか会えなかった顧客と接点を持つ可能性につながっている。その意味で、お互いにメリットがあるわけです。

 現在の機能は、序の口のチャレンジにすぎません。ただ、サポーターにとっても便利で楽しい、パートナーにとってもJリーグにとっても良いという「三方良し」の方向性を持ったデジタル戦略を、実際に形にしてリリースできたことはよかったと感じています。

Jリーグはデジタル配信については「DAZN(ダ・ゾーン)」、オンラインショッピングでは楽天、スタジアムソリューションではパナソニックとNTTとの提携を発表しています。これからのJリーグの発展に向けて、パートナーシップの体制は整ってきたと感じますが、どんな可能性が出てくると考えていますか。

杉本:例えば、スタジアムにチェックインするアプリの機能を使って、今日・誰がスタジアムに来ているかが分かるようになれば、来場したサポーターに特別なサービスなどを提供することができます。

 また、アウェイで初めて訪れて土地勘がない方には、帰り方のナビゲーションを提供することもできるでしょう。オンラインショッピングとの連動もできるようになるでしょう。

 チケット、来場、オンラインショッピングなどを共通プラットフォームで連動できるようになれば、デジタルを活用してもっと多くの方の顧客動向をきちんとリアルタイムに把握することができ、スタジアムに来場したサポーターをもてなすことができると考えています。

逆に、今後の課題や取り組むべきことは何でしょうか。

杉本:まずはこのアプリ自体がもっとサポーターにダウンロードされ、使われるようにならないといけないと思っています。システム的にも、もっとバージョンアップすべきところがたくさんあります。

 また、リーグとして提供するこういったデジタルプラットフォームを各クラブがもっと活用できるように支援していくことが必要だと感じています。

 現状は多くのクラブでデジタル分野に詳しい人材が不足していると感じています。どんなに素晴らしいデジタルテクノロジーやプラットフォームを提供しても、最後にそれを使い、魅力ある試合体験を提供するのは「人」なのですから、そこも引き続き強化していきたいと考えています。

(次回に続く)

スポーツイノベイターズ オンライン 2017年10月23日付の記事を転載]

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