がんやC型肝炎の治療薬を巡り、昨年末から高額医薬品に関する議論が沸騰した。だが、薬の適正使用について課題は他にもある。日本の薬の使われ方は世界の非常識──が実態なのだ。

 日本で売れる医療用医薬品は何か。米調査会社IMSヘルス日本法人のアイ・エム・エス・ジャパンによると、2015年度に売上高で1位と2位を占めたのは「ハーボニー」と「ソバルディ」だった。いずれもC型肝炎の治療薬で、それぞれ2693億円、1508億円を売った。

 両剤の最大の特徴は12週間服用すれば、ほぼ100%治癒できること。その分値段は高く、保険適用が認められた際には、1錠当たり約8万円と6万円の高い薬価が付いた。12週間使えば薬代だけで500万~700万円もかかる。それだけ高額でも、自治体の医療費助成により、患者負担は月1万~2万円で済むこともあり、広く使われた。

 あまりに売れ過ぎたため、厚生労働省は2016年度の薬価制度改革で、年間販売額が1000億円超などの条件を満たした製品の薬価を最大50%引き下げる仕組みの導入を決めた。

 その後も厚労省は、効果は高いが価格もとびきり高い薬剤の扱いに関する対策を進めた。きっかけは1人当たり年約3500万円もかかる新型のがん治療薬「オプジーボ」だ。投与対象の半分となる5万人が使用すれば、薬剤費だけで年1兆7500億円となる。それゆえ、厚労省は追加対策を打ち出し、高額医薬品への規制を強化することにした。

 高額な医薬品についてはこれで解決に向かう可能性が高いが、日本と世界で売れる薬を比較してみると、別の課題が浮かび上がってくる。それは日本特有の薬の使われ方だ。

医者はケチと思われたくない

 日本でトップ10入りしながらも、世界では上位30品目にも入っていない薬が3つある。抗血小板薬「プラビックス」、降圧薬の「オルメテック」、経皮鎮痛消炎薬「モーラス」だ。これらは決して高額ではなく、1人の患者が1日当たり使う価格は数十~数百円程度にとどまる。にもかかわらず売上高が大きいのは、それだけたくさんの人に使われていることを意味する。

 例えばプラビックスは、日本では2006年に発売され、特許が切れて価格の安いジェネリック薬が登場したのは2015年6月だ。欧米であれば特許が切れたら速やかにジェネリック薬へ切り替えが進むのは普通だ。だが、日本では医者も患者もいまだにジェネリック薬の使用をためらう風潮がある。

 逆に、オルメテックが日本で売れているのは降圧薬の中で新しいタイプの薬剤だから。ARBと呼ばれる種類の新薬で、価格は古いタイプの降圧薬(カルシウム拮抗薬や利尿剤)に比べて高い。とはいえ、その効果が、昔ながらの安価な降圧薬より本当に優れているかどうかは議論が分かれるところだ。

 実際、米国では降圧薬の第1選択薬は利尿薬となっている。利尿薬は安価な上、臨床的な有効性も確立しており、そうした薬を第1選択とするのが世界の潮流だ。そのためオルメテックは、欧米では日本ほど普及していない。

 日本の医薬品売上高ランキングで、モーラスが上位に食い込んでいる理由もかなり“お寒い”。そもそも海外では大半の国で、湿布薬自体が公的給付の対象外となっている。だが日本人は湿布好きで、自分はおろか家族の分までも処方してもらいたいと考える人が少なくない。投与も長期間になりがちだ。

 ジェネリック薬が出ても、長く使われてきた先発薬からの切り替えが進むのに時間がかかる。新薬が登場すれば、医師も当たり前のようにそれを処方する。そして使い始めたら半永久的になる。そんな日本独特の薬の使用がまかり通ってしまっているのが実態なのだ。その背景には、自己負担が低額で済む現行の保険制度の影響も見て取れる。

 医療現場からは、「患者は病院に来たらお土産代わりに薬を欲しがる」という話をよく聞く。そうした要請を断ると、医師はケチと思われてしまう。しかも医師は薬を処方すればするほど、もうかる仕組みとなっている。そんな構造問題を抜本的に改めなければ、「世界の非常識が日本の常識」という状況は長く続くことになる。医療費が膨張する本質的な原因はここにもある。

(日経ビジネス2016年8月8日・15日号より転載)

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