大都市ではスマートフォン(スマホ)の普及率が9割に達するとも言われる中国。日本(約5割)を大きく上回る。日本以上に、消費者の生活にとってスマホが欠かせないものになっていると、以前から聞いてはいたが、約5年ぶりに訪れた上海近郊の都市で見た風景は、記者の想像を大きく超えていた。
記者が最も驚いたのは、浙江省杭州市のレストランを同僚と訪れた時のことだった。テーブルに通されて席に着くと、すぐに違和感を覚える。テーブルの上に、当然あるはずのものがないのだ。
注文をしようとしていくら探しても、料理のメニューがない。その代わりに、テーブルの上に貼ってあったのはQRコード。日本でも、プロモーションのためにQRコードの読み込みを客に呼びかける飲食店は見たことがあるが、どうやらこの店では違う使い方をするようだ。
早速、テーブルの上のQRコードをスマホで読み込んでみると、アプリが立ち上がり、たくさんの料理が表示された。これが、メニューらしい。
アプリ上で料理を選んで、注文すると、厨房にその情報が飛ぶ。すると、アプリ上に並んだ料理写真の横には「調理中」の表示。自分が注文した料理が今、どういう状況なのかが逐一わかる。
客にアプリから注文させることでどんなメリットがあるのか。店内を見渡したところ、フロアにいる店員の数は、日本のレストランとそれほど変わらない。省人化の効果はなさそう。どうやら、アプリをダウンロードさせてその後、お知らせを送るなどのプロモーションに使う狙いがありそうだ。
同僚らとスマホを見ながら注文し、いつ頃料理が運ばれてきそうか画面でチェックするのは、確かに楽しい。エンターテインメントとしての効果もありそうだ。だが、記者は注文しながらふと不安になってきた。スマホを使いこなせない人はどうするのだろう、と。実は記者自身も、スマホでQRコードを読み込むなんて、日本ではほとんどやったことがない。
そこで、店員に「頼んだら、紙のメニューはもちろん持ってきてもらえるんですよね」と聞いてみた。すると、「紙のメニューはない。スマホで注文するしかない」との答え。仮に日本のレストランでこのサービスを取り入れるとすれば、スマホがない人に配慮して紙のメニューも用意するに違いない。だが、このレストランではもはや、スマホを使えなければ料理も注文できないらしい。スマホの普及が急速に進んでいる中国都市部だからこそのサービスと言える。
ちなみに、おいしい杭州料理を楽しんだ後、会計の際に中国人の同僚が取り出したのも、財布ではなく、スマホ。1人が対話アプリ「微信(ウィーチャット)」の決済サービスを使って代表して支払った。その後、別の同僚は、アリババの決済サービス「支付宝(アリペイ)」を使って自分の分の料金をその人に送金していた。
中国で、想定以上のモバイル化を体感したのは、このレストランだけではない。一番強く実感したのが、道路上でタクシーを捕まえようとした時のことだった。
以前、記者が中国を訪れたのは2010年。上海万博が開催され、人が溢れていた当時の上海では、タクシーを拾うのも一苦労だった。たくさんの人が路上で片手を上げて、タクシーの奪い合いをしたことがとても印象に残っていた。
ところが、今回訪れた上海と杭州では、この風景が一変していた。タクシーが捕まりにくいという状況は変わらないが、路上で手を挙げている人はほとんど見当たらない。彼らが代わりに手にしているのはスマホ。横から様子を伺ってみると、どうやら、タクシーの配車アプリやライドシェアを手掛ける「Uber」などを使って、車を呼んでいる。
2015年末にシェアリング・エコノミーに関する特集で、いかに中国でUberが浸透しているかを取り上げた。そのため、ある程度はこのような状況を予想していたが、驚いたのが杭州のホテルのフロントでタクシーを呼んでくれと頼んだ時のことだ。
フロントの女性はおもむろに自分のスマホを取り出し、配車アプリでタクシーを呼んでくれた。電話を使ってタクシーを呼ぶという文化も中国ではなくなりつつあるらしい。
日本とは全く異次元のモバイル化
そもそも、今回、記者が上海近郊を訪れたのは、中国のEC(電子商取引)に関する特集の取材のためだった。その中でも触れているが、中国のEC市場は2016年に100兆円を超えると言われており、その6割弱がスマホ経由。しかも、何を買うかを検討する際に、必ずと言っていいほど情報源として利用するのが、ウィーチャットなどの対話アプリやブログだという。
中国では共働き世帯が多く、平日は自宅で荷物の受け取りがしにくいため、ECを利用するとオフィスを届け先に指定することが多い。中国市場戦略研究所の徐向東氏は「昼休みにオフィスに届いた荷物を開いて周りの人と感想を言い合ったり、チャットアプリで意見交換したりしてまたその場で、ECで買い物をするのが日常の風景だ」と、話す。
当然、ECで中国市場を攻略しようと考えている日本企業は、チャットアプリや有名人のブログなどを使ったマーケティングを強化しようとしている。ただ、今回久しぶりに中国を訪れて肌で感じたのは、日本とは全く異次元のモバイル化の実態だった。変化のスピードは想像以上に速く、消費者は新しいサービスを貪欲に求めている。日本企業が、日本国内の常識やスピード感でモバイル対応を進めていては、中国の消費者の心を掴むのは難しい。
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