集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法案が参議院で審議中だが、これをきっかけに一般市民が戦争に巻き込まれることを危惧する声が広がっている。

 日本は憲法9条で、自衛のための手段を除いて「戦争放棄」を掲げ、米国の軍事力の下で戦後70年の間、平和を享受してきた。一方で、世界の安全保障を取り巻く環境は大きく変わってきた。同盟国である米国から見た場合、日本はどのような立ち位置にあるのだろうか。米国で、安全保障の専門家として知られるブルッキングズ研究所上級研究員のマイケル・オハンロン氏に聞いた。

(聞き手は広野彩子)

日本では安保関連法案の国会審議をきっかけに、徴兵制の復活などで、将来的に一般市民が戦争に巻き込まれることを懸念する声も聞かれます。安倍晋三首相は「(徴兵制は)憲法違反。導入は全くあり得ない」などと否定しましたが、一方で徴兵制を肯定するような政治家らの声も報道されています。ところで徴兵制ですが、米国は1960年~75年のベトナム戦争を最後に、やめましたね。

オハンロン:そうです。やめた理由はたくさんあります。ご存じの通り、ベトナム戦争は、米国人に大変な苦難と悲しみをもたらした戦争でした。当時は徴兵制でしたが、対象になる全員を動員する必要はなく、くじ引きでした。

 米軍の規模は大きかったものの、巨大というほどではありませんでした。第二次世界大戦時は約1000万人の軍隊でしたが、ベトナム戦争では300万人規模でした。第二次大戦レベルほどの徴兵をする必要はないのに、当時は兵役を義務付ける方が適切だと判断したのです。

いまだ傷癒えぬベトナムの記憶

 ですから実際は、多くの人々が兵役免除になりました。どんな人間なら徴兵を避けられるのかについて、大きな議論が起こりました。しかもこの戦争に派兵された人々は、やる気があったわけでもなければ、きちんと訓練を受けたわけでもありませんでした。急に動員されて、短期間で帰還するという感じでした。兵力のレベルが必要な水準に達していなかったのです。

<b>マイケル・E.オハンロン(Michael E. O'Hanlon)氏</b></br> 1961年生まれ。米プリンストン大学で公共政策・国際関係論の博士号(Ph.D.)を取得。現在、ブルッキングズ研究所上級研究員兼外交政策研究部長。安全保障問題の専門家としてメディアを通じて積極的に発言し、米コロンビア大学、プリンストン大学などで教鞭も執る。 (写真は加藤康、以下同)
マイケル・E.オハンロン(Michael E. O'Hanlon)氏 1961年生まれ。米プリンストン大学で公共政策・国際関係論の博士号(Ph.D.)を取得。現在、ブルッキングズ研究所上級研究員兼外交政策研究部長。安全保障問題の専門家としてメディアを通じて積極的に発言し、米コロンビア大学、プリンストン大学などで教鞭も執る。 (写真は加藤康、以下同)

 このレベルの低さが戦争の結果に大きく影響したと思われます。率直に言えばミスを犯したのは上官たちで、戦地の兵士たちではなかったでしょう。しかしいずれにせよ、大変不幸な経験でした。もっと違ったやり方があったはずです。

 しかも当時は資金不足でした。書類上の数字などを見ると一見問題なさそうに見えましたが、かなり「空洞化」していたのです。(士気や装備、戦闘能力など)中身もボロボロだったのです。

 ベトナムの教訓を受け、過ちを繰り返さないための策の1つが軍隊の「職業軍人化」でした。個人の自由意志に基づいた志願制で任務についた軍人たちを、きちんを手厚く処遇し、最新の装備や訓練を提供できるような環境整備を進めていったのです。

 この職業軍人化が、レーガン政権時代に確立した「優秀な米軍」という評判につながりました。ベトナム以後の、米軍をめぐるパラダイムの転換です。レーガン大統領がすべての改革を実行したわけではありません。一部は70年代から着手していましたが、米軍は素晴らしいと国民から広く認知されるようになったのが、レーガン政権以降だったのです。

 

 本人の意思に基づく志願制で、資金も潤沢にあり、健康保険や年金、全国レベルの政治的サポートといった形で手厚い待遇を実現しています。そうでなければ優秀な人材を集めることなどできません。

 もちろん中には、国家への奉仕としての兵役の義務付けを強く主張する方もいるのですが、基本的には米国で現在の、志願制が変わることはないでしょう。

はるか古代に遡るとローマ帝国も、徴兵制から志願制の職業軍人へと変遷しました。徴兵制よりも、志願制の方がレベルが高い、という判断なのですか。

オハンロン:米国の歴史上、大勝利を収めた戦いはすべて徴兵制でした。例えば南北戦争と2つの世界大戦です。しかしそうした戦争はどれも、国家の存亡をかけた戦争であったと同時に、科学技術面でも現代よりはるかにシンプルなものでした。そうした時代だったからこそ、勝てたのだと思います。一方、現代の職業軍人は当時とは全く違い、高度な技術的知識を備えた専門的な職業人と見なすべきです。

 また、職業軍人になるには少なくとも5~6年の経験及び2~3回の任務を経験することが必須です。経験が大事です。戦闘能力や戦闘意欲の高さなどとは違う資質が重要で、それが現代の軍事活動の要です。過去の大きな戦争で必要だった資質との決定的な違いでしょう。

 ベトナム戦争の時のように強制的に召集したら、戦いたくない人を大勢巻き込んでしまうことになります。ベトナム戦争はとにかく大きな間違いを犯した戦争でした。ここで、ベトナム戦争で失敗したから徴兵制も全くだめだ、というような短絡的なコメントをするつもりはありませんけれど。

ベトナム戦争の時は資金不足もあったということですが、人数的に同じ規模であれば徴兵制の方が志願制よりコストがかからなかったわけですね。

米軍を支えるのは「適切な愛国心」

オハンロン:コストの点でいえば徴兵制のほうがかかりません。魅力的な待遇で採用活動をする必要がないからです。しかし質の高い軍隊をつくろうと思えば、(民間企業と比べて)魅力的な給料を支払わなければならないのです。少なくとも米国ではそうです。

 例えば27歳の、高卒で5~6年の勤労経験がある人材がいます。軍隊に適性のある人間で、軍人と民間企業勤めの人を比べると、健康保険や住宅手当を含めた軍の待遇の水準は、民間企業のトップレベルと同等でこそありませんが、上から15パーセント位のレベルになります。軍の年金は含みません。

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