わが国に自民党政権が復活して、その対外政策に各国が注目している。ロシアでも大統領に復活したプーチン氏が、安倍政権の対ロ政策に関心を示した。

 安倍晋三自民党総裁は総選挙で勝利した直後の記者会見で「プーチン首相も大統領に復帰され、私も首相に復帰する中で、日ロ関係を改善していく。さらには領土問題を解決して、平和条約の締結をしたいと思います」と述べた。これに対してプーチン大統領は12月20日の記者会見で、サハリンの記者の質問に答え、安倍メッセージを歓迎し「建設的対話」を呼び掛けた。日本の各メディアも、平和条約に対するプーチン大統領の「前向きの姿勢」を報じた。

 ただ、プーチン発言を注意深く検討すると、日ソ共同宣言で約束した歯舞、色丹の返還さえも疑わせる厳しい姿勢が垣間見える。ここでは、わが国のメディアがきちんと伝えていない側面を指摘したい。そのために、まずサハリン記者とプーチン大統領とのやり取りを紹介する。

サハリン記者:クリル諸島について尋ねたい。2006年から第2次クリル計画が実施されています。この計画は2015年までです。中央政府はその先をどう考えていますか?

 さらに領土問題について。第3回の南クリル諸島の調査において、無名の小さな島に名前を付けました。これらは採択されると思います。小さな島の1つに、例えば「プーチン島」と名付ける案についてどうお考えか。そうすれば、皆がすぐにこの島はロシア領だと分かるし、将来ロシアが割譲することもないでしょう。

プーチン大統領:そのためには、必ずしも私の名前である必要はない。トルストイとかプーシキンとかの名前を付けてもよい。その方がはるかに生産的だと私は思う。

 今、国際問題の側面には幕を閉じたい(封をしたい)と思う。領土問題に関しては、私たちは日本の同僚たちと建設的な対話をしたいと思っています。日本の政権に復帰した政党指導部から、平和条約締結に関心を抱いているとのシグナルを受け取りました。これは非常に重要なシグナルです。私たちはこれを高く評価し、この問題に関して建設的な対話を行う用意があります。

 経済面では、クリル計画は2015年まで、という誤解はしないでほしい。極東発展の長期計画の中で、クリル諸島発展問題にも必ず注意を向けます。

歯舞・色丹の「引き渡し」は「返還」ではない

 この発言を検討する前に、これまでのプーチン大統領の対日姿勢を簡単に説明しておく。彼が最近、日本との関係改善に強い関心を抱いていることは間違いない。特に安全保障や、エネルギー分野をはじめとする経済、最新技術、投資関連の協力を推進したいと考えている。そのために、領土問題、平和条約問題を避けて通れないことも理解している。

 また、首脳会談などで、日本側が常に北方領土問題を突きつけることにうんざりもしている。それゆえ、彼が何とかケリをつけたいと思っているのは本気だ。だから、2012年3月の朝日新聞の若宮啓文主筆などとの会談では、彼の方から「ヒキワケ」「ハジメ」という柔道用語を持ち出して、一見、問題解決に前向きのポーズを示した。日本のメディアはこれをセンセーショナルに取り上げたが、3月7日のコラム「ロシア高官が驚いた日本のナイーブさ」で詳細に検討したように、実際は極めて強硬な姿勢だった。

 つまり、北方4島の面積の93%を占める択捉島、国後島の交渉はまったく問題外とした。そして残りの色丹島と歯舞群島も、たとえ1956年の日ソ共同宣言に従って「引き渡し」をしても、それは条件付き、しかも主権はその後もロシアが保持する可能性を示唆した。つまり、「引き渡し」は「返還」ではないという強硬な論法だ。

プーチンが提案する「対話」は「交渉」ではない

 では今回、この強硬姿勢を改めた兆しが見えるか検討しよう。結論を言えば、今度のプーチン大統領の発言にも、かなり強硬な要素がある。質問者は「ロシア領と示すため」「将来割譲しないために」という意図を明確に述べて、北方領土の無名の小島にもプーチン島といったロシア名を付けるべきではないか、と質問している。我が国のメディアはこの点をほとんど報じていない。

 これに対してプーチン大統領は、「そのためには」として、つまり、その意図を実現するために、トルストイなどロシアの代表的作家の名前を提案しているのだ。紛争地に対する命名行為が領有権の国際的な主張とみなされることは、尖閣諸島周辺の島に日本が命名した時の中国の激しい反発を見ればわかる。

 ちなみにサハリン州は、北方領土の小島や岩礁の領有権を示すために、州関係者や地理学者、ジャーナリストが何回か調査航海を行っている。2012年9月にも約140人が調査航海を実施し、歯舞群島の2つの小島にロシアの軍人(1945年8月の千島攻撃の司令官)や著名な物理学者の名前をつけた。現在、当局による正式採択を待っている状況だ。サハリンの記者はこれを背景に質問している。プーチン大統領は小島の領有権を示すための命名について、具体的な代案まで提示しているのである。

 さらにプーチン大統領は、日本との建設的「対話」を提案しているが「交渉」という言葉は使っていない。かつて日ロ両国は単なる「対話」ではなく平和条約の「交渉」をしていた。

 「今、国際問題の側面には幕を閉じたいと思う」という表現も意味深長だ。今年3月の発言で、日本との領土問題は「最終的に幕を閉じたい」と述べていたことを想起させる。3月のこの発言を、日本のメディアは「最終的に解決」などと翻訳して報じた。しかしその時プーチン大統領は、幕を閉じた後の日ロ関係の目標を「領土問題の解決が本質的な意味を持たなくなり、後景に退いて、私たちが…真の友人になること」と説明している。「幕を閉じる」が解決でないことは明らかだ。「棚上げ」すなわち「封をする」のニュアンスである。

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