有権者の1票の価値が地域によって異なる、いわゆる「1票の格差」を巡る問題。日本で60年以上続くこの事態を違憲として、昨年、訴訟を起こしたのが、升永英俊弁護士である。青色発光ダイオード訴訟の裁判で、一躍名を馳せた人物だ。

 昨年7月に、著名な法曹関係者・企業経営者らと共に「一人一票実現国民会議」を立ち上げた。「生涯の仕事」と位置づける升永弁護士に、自民党の勝利で終わった参院選を振り返りながら、その意義を改めて聞いた。

(聞き手は蛯谷敏=日経ビジネス記者)

 ―― 7月11日に投開票された参院選で、「1票の格差」を巡って8月までに全国8の高等裁判所と6の高裁支部で違憲訴訟を起こすことを表明しています(既に東京、大阪、名古屋、広島、松江、仙台、高松で提訴済み)。

升永英俊(ますなが・ひでとし)
弁護士。1942年生まれ。65年に東京大学法学部卒業。銀行勤務を経て東京大学工学部も卒業。73年弁護士に。79年米コロンビア大学ロースクール修了。首都ワシントン弁護士、ニューヨーク州弁護士の資格も取得。青色発光ダイオード訴訟の原告側代理人など特許訴訟や税務訴訟で活躍。現在、TMI総合法律事務所パートナー(写真:菅野勝男)

 升永 これはね、1票の格差ではなくて、「住所による選挙権の差別」です。こんな住所による差別の仕組みがあってはならない。

 民主主義の本質は、国民の多数決です。最大多数の最大幸福です。本来、一人ひとりが投じた票が同じ価値でなければ、多数決は成立しません。

 ところが、今の住所による1票の差別では、少数の有権者が多数の国会議員を選んでしまいます。まさに少数決です。

 今回の参議院選挙区での最大の格差は、神奈川県と鳥取県の間の5.01倍でした。つまり、神奈川県の有権者は、鳥取を1票とすると0.2票ということです。

民主党より少ない票で圧勝した自民党の不思議

 全選挙区での総得票数と議席数を比べると、少数の人口が多数の国会議員を選出している結果が如実に表れています。

 民主党は、2270万票で28議席を獲得した一方、39議席を獲得した自民党は、約1950万票にすぎませんでした。

 選挙区でも比例区でも民主党を下回る票しか集められなかった自民党が、議員の当選者数では、勝っているわけです。これは、明らかに1票の不平等ですよ。

 「正の代議制」ではなく、「負の代議制」と言い換えてもいい。少数の人口が多数の国会議員を選ぶのですから。民主主義国家であってはならないことが、この日本で起きているのです。

 もちろん、私たちは民主党のためにこのような主張をしている訳ではありません。民主党が大勝した昨年の衆院選挙でも、違憲訴訟を提起しています。

 ―― 国民には「1票の格差」が生活に与える影響を、今ひとつ実感できていない面もありませんか。

 いやいや、これは皆さん一人ひとりに関わる大きな問題ですよ。当然ですが、皆さんの暮らしに関わるあらゆる政策は、選挙で選ばれた国会議員が立法します。

 そして、国会議員の多数が選んだ内閣総理大臣の組閣した内閣が様々な政策を決めていくわけですよ。

 仮に、自分の期待する政策を実現しようとしている政党の国会議員に投票しようと思った時に、あなたの票が実は、他県の0.9票分しかなかったら、どう思いますか? 誰だって、「おかしい」と思うはずです。

国政への発言力に、住所による差別があってはならない

 日本は今後、少子高齢化が一段と進みます。社会保障を始めとして、国会議員が決める政策次第で、国民の生活は大きく変わるでしょう。

 その国会議員に対して唯一、発信することができる投票という行為に、不平等があってはなりません。繰り返しますが、これは民主主義の根幹に関わる問題ですよ。

 昨年の衆院選でも、訴訟を起こしましたが、前回は高知3区の有権者1票に対して、政令指定都市などの有権者は0.4~0.6の投票権しか持っていませんでした。今回の参院選はさらにひどい。私は皮肉をこめて「清き0.9票」と呼んでいます。

 ―― とはいえ、この問題に対する疑問の声は国会議員からはあがりませんね。

 国会議員は、現行の一票の不平等を前提とする公職選挙法によって当選した人々です。今の公職選挙法が憲法違反で無効となってしまうと、国会議員の地位を失います。

 まさに、国会議員は、利害関係者なんですよ。そんな利害関係者である国会議員に1人1票を実現する声を上げるよう期待してもムダです。

 ―― 升永さんは、青色LED(発光ダイオード)の職務発明訴訟などの裁判を続けられてきました。なぜ「1票の格差」の是正に取り組まれているのですか。

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