「5月まではまだ時間があるし、銀行との本格的な交渉はこれからだ。決まったら話すから今は勘弁してほしい」

 3月19日夜。あるシャープ幹部は、大阪の自宅前で記者数人に取り囲まれていた。その表情は硬く雑談には応じるものの、同社の経営に関わる質問に対しては口が重いまま。冒頭の発言以上のことは語らず、10分足らずで自宅の中に入った。

 業績の「再」悪化により、2月上旬に2016年3月期までの3カ年を想定していた中期経営計画の見直しを表明したシャープ。5月をメドに公表する2018年3月期までの新たな中期計画では、不採算事業の撤退や人員削減など抜本的な改革に踏み切る考えだ。海外テレビ事業からの撤退や国内部品工場の閉鎖を軸に調整を進めるほか、国内外の従業員を対象に6000人規模の人員削減を視野に入れる。

 口は重いものの、主力銀行との経営再建策の検討が進んでいることを否定しなかったシャープ幹部。実際、経営トップである髙橋興三社長は、3月上旬から少なくとも2回、資本支援を要請するために東京の本店を訪問。新たな中期経営計画の進捗状況を説明している。

 再び経営危機に陥ったシャープ。だが、3月19日夜の取材で筆者には気になることが一つあった。この幹部の帰宅に広報が付き添っていたことだ。経営陣にもかかわらずその発言を監視されているのような対応は、奇妙な光景にも映る。

幹部の帰宅に広報が同伴

 「けったいな(変な、道理に合わない)文化を変える」――。

昨年7月、日経ビジネスの単独インタビューに応じたシャープの高橋興三社長(写真:菅野勝男)

 2013年5月の社長就任時にこう力強く宣言した髙橋氏。以降、経営不振の根本原因が疲弊した組織にあると考え、社内の風土改革に精力を注いできた。事実、就任1年目は業務の改善や人事制度改革など、人や組織に焦点を当てた取り組みが目立った。

 「文化を変えずに(2016年3月期までの)中期計画を乗り切ったら、それが一番の不幸。1000年続くDNAを作る」。事業再編など踏み込んだ改革の可能性を問われると、髙橋はこうう反芻してみせたほどだ。

 だが、業績悪化に伴い、髙橋社長が何よりも変えようとした「けったいな文化」は社内の至るところで散見されるようになった。冒頭で紹介した、広報が同伴した幹部の帰宅は、その一例と言っていいだろう。

 さらに、ワンマンと隠ぺい体質を最も嫌った髙橋社長本人も、「けったいな発言」によって社内の人心を失い始めている。

社長自らが「けったい」に 

 3月20日、シャープの国内全拠点はただならぬ緊張感が漂っていた。前日に社長社長による緊急メッセージが全社で放送されることが通知されていたからだ。

 中期計画の見直しを発表した2月以降、事業構造改革や人員削減などシャープに関する報道が相次いだ。その度に社内のイントラネットには経営陣から「我々が発表したものではない」という経営陣のコメントが掲載されてきた。

 社外から伝わる深刻なニュースと経営陣が発するメッセージとの大きなかい離に、不信感を募らせていくシャープの従業員たち。こんな状況だが、従業員の中には髙橋の発言にわずかな期待を抱いていたものもいた。「たとえ痛みが伴う改革でもいい。今度こそ髙橋さんの本音が聞けるのではないか」(研究開発部門の40代管理職)。

 だが、そんなシャープ社員の期待はもろくも打ち砕かれた。

 「報道には惑わされないようにしてほしい」「銀行ではなく自分たちの力だけで立て直せるはずだ」「経営陣を信じてほしい」――。

 夕方から始まった約5分間の緊急メッセージで髙橋社長の口から飛び出したのは、イントラネットの掲載内容の繰り返しと言えるもの。社員の不安を和らげる狙いがあったとみられるが、むしろ逆効果となった。別部門の40代社員はこう怒りをあらわにする。「なぜわざわざ放送したのか意味が分からない。会社のことをより信じられなくなった」。

 深まる経営陣と従業員の溝。そもそも髙橋社長ら経営陣も2016年度3月期までの中期計画のハードルの高さは認識していた。日立製作所やパナソニック、ソニーが抜本的な事業構造改革に踏み切る中、髙橋社長が即効性の薄い風土改革に賭けたのは、シャープと取り巻く事業環境が他の国内電機各社のそれと大きく異なるからに他ならない。

「液晶一本足」から抜け出せない

 日立のインフラ事業、パナの車載、住宅、ソニーの金融、エンタメ(娯楽)など、他社には韓中台の電機各社と競合しないデジタル家電以外の主力事業を抱える。だが、液晶事業に集中投資してきたシャープにはこうした事業が見当たらない。

 複写機や白物家電は、収益性こそ高いものの売上高規模は共に3000億円程度。「1兆円近い負債を返済しながら成長路線を描く牽引役にはなり得ない」(電機関連のアナリスト)。

 中期計画を乗り切るには、既存事業の利益を積み上げに期待するしかない。自己資本比率が10%程度であり、リストラ費用もままならないシャープにとって選択肢はなかった。風土改革という半ば精神論に近い取り組みは苦肉の策だったといえる。

 事実、撤回した2016年3月期までの中期計画でも牽引役として期待されたのは、過剰投資によって経営危機の一因となった液晶事業。髙橋社長自身、「新規事業が育成されるまでの数年間は液晶事業の成長に掛かっている」と話していた。

この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます
残り2502文字 / 全文文字

【初割・2カ月無料】お申し込みで…

  • 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
  • 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
  • 日経ビジネス最新号12年分のバックナンバーが読み放題