2001年に若年就労支援を専門とする任意団体「育て上げ」ネットを立ち上げ、若年無業者(ニート)の問題に取り組んできた工藤啓(くどう・けい)氏。2014年6月、「無業社会 働くことができない若者たちの未来」(朝日新書 工藤啓・西田亮介共著)を上梓し、日本の雇用の在り方について改めて世間に問題提起した。 記者は9月末、工藤氏と著書の読者を招いて都内某所で座談会を開催した。偏見に満ちた質問を投げかける記者らに対し、やさしく誤解を解こうとする工藤氏。以下はその、バトルトークの再現ルポである。

 「働くことができない若者」という言葉を聞くと、記者は違和感を覚えてしまう。働かなければどうやって日々の暮らしの糧を得るのだろうか。

 厚生労働省が2014年9月末に発表した8月の有効求人倍率(季節調整値)は1.10倍で、1992年6月に並ぶ高水準だったという。国内の製造業の中には、人手不足に頭を悩ませる企業も多い。乱暴な言い方をすれば「選り好みさえしなければ、働く場所はあるのではないか」という思いが、記者の頭からぬぐえないのだ。

 しかし、思い込みでは記事は書けない。現実を知るべく、記者は若年無業者の問題に詳しい一人の男性に目を付けた。工藤啓氏(37歳)。最近「無業社会 働くことができない若者たちの未来」(朝日新書 工藤啓・西田亮介共著)を上梓し、無業の若者を支援するNPOを10年以上にわたって運営する専門家だ。工藤氏によると「孤立する若者が社会や情報から断絶される」ことが問題の根底にあるという。

 ぜひ工藤氏に会って話を聞きたい。しかし、図体はでかいが肝っ玉は小さい記者が一人で挑むと、長年この問題に携わってきた工藤氏に言いくるめられてしまうのではないか。そこで、労働問題の専門家や派遣労働者の経験がある女性など、バラエティに富んだ知人を呼び集め、工藤氏を質問攻めにすることにした。

認定特定非営利活動法人「育て上げ」ネット理事長
工藤啓(くどう・けい) 氏
1977年、東京都生まれ。米ベルビュー・コミュニティー・カレッジ卒業。若者の就労支援を手掛ける任意団体「育て上げ」ネットを2001年に設立。2004年にNPO法人化して理事長に就任する。著書に「NPOで働く―社会の課題を解決する仕事」(東洋経済新報社)、「大卒だって無職になる」(エンターブレイン)など。(写真は的野弘路、以下同)

 最初は記者自身が質問した。製造業の取材が長く、工場など現場で働く若者の取材の経験もある。「無業社会」で描かれた若年無業者は「甘えているのではないか」。一読した後からずっと、著者に聞いてみたいと思っていた。

Q 著書の中には「資格を取ったが面接が苦手で引きこもった若者」など、何人か若年無業者の例が紹介されていた。ただ正直な感想として、甘えている部分があるのではないか、もうすこし頑張れるのではないかと、思わざるを得なかった。

A (工藤氏) ちゃんと仕事をしている社会人が読むと物足りなさを感じるかもしれません。昨年、「働かないの?働けないの?若年無業者について思うこと」と題した記事をあるウェブサイトに掲載したら、私のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の投稿欄が「炎上」しました。「俺たちはこんなに頑張っているのに、甘えすぎだ」という意見が大半です。ただ、投稿にはある傾向がみられました。地方で働く個人事業主らしき方からの意見が目立ったのです。

 地方では仕事が都市部に比べて少なく、個人事業主が働くのは確かに大変です。つらい気持ちは理解できるのですが、私から見ると、「しんどい人」が「さらにしんどい人」を叩いている構図があります。私が問題提起したいのはそうした階層の違いではない。社会に対して「働くことのできない若者が国内に220万人も存在している。それでいいのですか?」と問いかけたいのです。

注:内閣府や厚生労働省では、15~34歳の非労働力人口のうち、通学、家事を行っていない者を「若年無業者」と定義付けている。本書(「無業社会」)では失業者を含む15~39歳までに定義を広げており、国内の若年無業者数は220万人を超えるという。

 なるほど、顕在化していない若年無業者の存在を広く知ってもらうことが最初の課題だという意見には賛成できる。ただ、「甘え」についてはまだ納得できない。次の質問者は事務職の女性。料理人だったが、体調を崩して転職をした。その過程で派遣労働者として働く矛盾を感じた経験もあるという。

工藤氏の著書「無業社会 働くことができない若者たちの未来」(朝日新書、西田亮介氏との共著)

履歴書は採用活動の最後に確認すべき

Q 働ける人が、どうして働けなくなってしまうのか。何度か転職した経験がある私には、そこが理解できない。料理人をやめた後、派遣社員をしていたときは「同じ仕事をしているのに、なんで年収で100万円もの違いが出るのだろう」と感じていた。でもそこで腐ることなく転職活動を続け、今では正社員として働いている。無業になるかどうかは、結局は本人のやる気次第ではないか。

A 「働かない」のではなく、「働けない」人もそれなりに多いことは理解してください。社会人として働いていた人が、病気やけがをきっかけに働けなくなる例は多いのです。内閣府の「平成25年版 子ども・若者白書」によると、無業である理由として「病気・けが」と回答している割合は、20代後半から30代後半では3割、30~34歳に限ると4割に達します。こうした人を目の前にしたら「甘えているだろう」とは責められないでしょう。

 確かに、病気やけがで苦しむ若者に対して、「甘えている」と責めることはできない。それでも、日本という豊かな国に暮らしているからこそ、無業でいられるのかもしれない。次は海外経験が豊かで自身もNPOで働いた経験を持つ、少し気の強い女性が工藤氏に挑む。

Q 東南アジアでは、労働環境が厳しくても、生活のためにお金を稼げる職を求めている人が多い。国内でも、農業や漁業では人手が足りていないと聞く。そう考えるとやっぱり日本人は甘いのではないか。

A 無業者に「農業、漁業をやれ」という人は多いのですが、肉体的に向き不向きがあります。また、やりたくない仕事に就いても継続することは難しい。特に若い求職者の中には「自分がやりたくないこと」が何か、分かっていない人も多いのです。

 私は年に4回ほど、岩手県の陸前高田市で漁業を体験する企画をしています。若者を連れていき、漁師と一緒に働いてもらうのです。多くの若者は「仕事にするのは難しい…」と言いますよ。 体験を通じて「やりたくないこと」をはっきりさせるのは大切です。残っている選択肢をポジティブに選べるようになりますから。だから、まずは何でもやってみること。「やりたくない」体験をできるだけ多く積み重ねることが、より良い就業につながるのではないでしょうか。

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