日銀の新しい総裁に黒田東彦・アジア開発銀行(ADB)総裁が就任する方向になった。「大胆な金融緩和」にはひとまず海外のお墨付きも得られた形だが、熊野英生・第一生命経済研究所首席エコノミストは金融政策に求められるのは地道に課題を解決する持久戦だと主張する。
(聞き手は渡辺康仁)
2月の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議では円安誘導という批判は免れました。アベノミクスは国際的に信任を得られたのでしょうか。
熊野:アベノミクスも海外の視線を気にしなければいけない領域に入ったということは言えます。まだグレーな部分もありますが、少なくとも何が反則であるかが分かったのでしょう。それは日銀による外債購入や為替介入です。
政府が日銀の金融政策に圧力をかけ、日銀が屈服する形で円安がどんどん進んできました。これは違反ではありませんが掟破りです。掟破りがG20でどう評価されるかが問われたのです。為替操作ではなく金融政策であると線引きされたことは非常に重要です。つまり、金融政策である限りはOKだけど、そこから先はNOであると。日銀総裁の候補でもあった人が主張していた外債購入はアウトになったんですね。
政権としても、為替に影響が及ぶことは相手がある話だと改めて自覚したのではないでしょうか。日本国内で「3本の矢」と言ってみても、それが海外に影響が及ぶようなら対外的な調整をしなければならなくなります。いわば外交の世界に入ったんでしょうね。他国の利害を脅かさずに行けるところまでは一応行ったということです。アベノミクスはこれから機動性を失っていくと見ています。
株価上昇や円安はこれまで勢いがついていましたが、今後は一時的に期待外れのことが起こったり、市場も一つひとつの材料をもっと中長期的に考えたりしていくでしょう。株高・円安という麻酔が効いている間に、様々な業界や利害関係者に苦言を呈することもしなければなりません。TPP(環太平洋経済連携協定)への参加や医療費や年金問題などへの取り組みが求められる段階に入ってきました。
政治の変化に対応できなかった白川日銀
白川方明・日銀総裁も金融政策に関しては様々なチャレンジをしてきました。安倍政権からの圧力はやむを得なかったのでしょうか。
熊野:白川体制は不幸なことに、政治的な環境ががらりと変わる中でうまく適応できなかったのでしょう。政権が変わり、ある程度、新政権の期待に応えながら対話していかなければならなかったと思いますが、安倍政権はあまりにも日銀に厳しかった。日銀は環境変化にうまく対応できなかったのは間違いありません。その課題はまだ残っています。
日銀は1月に2%のインフレターゲットと無制限の金融緩和を約束しましたが、いろんな論理矛盾が起こっています。最大のものは何かと言うと、2%は自分たちで決めたから圧力に屈していないということです。これは裸の大様に等しくて、世の中の99%の人が日銀は政府の圧力に屈したと思っています。
金融政策には限界があるけれど、政府の要請に応じて受け入れましたと言うべきだったのです。政府の要請を受け入れるからには、政府にもしっかりやってもらわないといけないと。日銀は2%の目標を実現するために政府の成長戦略に期待したいと言っています。2%は政府がやってくれるから我々は受け入れるというのはおかしなスタンスです。
日銀は自分の能力やツールの限界をあらかじめ知り、できないことはできないと言うべきです。できるようにするにはどうすべきかを提案しながら、金融政策の領域以外もどんどん発言していかないと孤立無援になってしまいます。
政府・日銀が一体と言っていますが、政府の命令を受けて日銀が動くのは一体とは言えません。本当に一体化するには、日銀が金融政策の庭先だけをきれいにするのではなく、経済財政諮問会議などでデフレ解消のためにオールラウンドで議論を展開していくことが必要になります。2010年から包括緩和をやっていましたが、実は政府・与野党の協力は得られていなかった。それで今回、レジームチェンジというか、ちゃぶ台返しをされたということなんでしょうね。
日銀を巡る一連の騒動は将来に禍根を残すことになりませんか。
熊野:日銀がなぜ2%のインフレ目標という、決定的とも言える方向転換を決めたのか。それは日銀法を改正されたくないからというのが本音でしょう。しかしよく考えると、日銀法の精神は、金融秩序がおかしくなったり、通貨価値が将来不安定になったりすることを犯してはいけないということです。法の精神は守られているのかを問い直すと、特に金融市場では不安視する声が強いように思えます。
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