夢み通りの人々
「夢見通りの人々」(宮本輝)は10章で構成された連作短編集。闇市跡に形成された小さな「夢見通り商店街」を舞台に、そこで生活する人たちの生き様を描いた人情小説だ。山本周五郎さんの「青べか物語」、藤沢周平さんの「本所しぐれ町物語」などと同系列だが、それらの作品に比べても見劣りしない出来だ。会話部分が関西弁なので明るくコミカルで本来は湿っぽい話になるのに、そうならないところも良い。読後、もっとこの商店街の人たちの物語を読んでみたいと思わせてくれる作品だ。
<その名前とはうらはらに、夢見通りの住人たちは、ひと癖もふた癖もある。ホモと噂されているカメラ屋の若い主人。美男のバーテンしか雇わないスナックのママ。性欲を持て余している肉屋の兄弟…。そんな彼らに詩人志望の春太と彼が思いを寄せる美容師の光子を配し、めいめいの秘められた情熱と、彼らがふと垣間見せる愛と孤独の表情を描いて忘れがたい印象を残すオムニバス長編。>
ところで、宮本輝さんの「お天道様だけ追うな」というエッセイで、今でも自分の心の奥深くに残っている父親の言葉を書いているのだが、なかなか含蓄のある良い言葉なので引用すると、
<70年生きてきてやっと判ったのだと父は言った。「自分は日の当っているところを見て、いつも慌ててそこへ移った。けれども辿り着くとそこには日は当たっていず、暗い影になっている。また焦って走る。行き着いてやれやれと思ったら、たちまち影につつまれる。振り返ったらさっきまで自分のいた場所に日が当っている。しまったと思って後戻りしてもおなじことだ。ひとところに場所を定めたら、断じて動くな。そうすればいつか自分の上に太陽が廻ってくる。>
こういう言葉が分かるようになるのは、何度も失敗を繰り返した後のあれこれを冷静に振り返ることができる年齢に達したときなのだろうけれど、人は、失敗しなければ先人の言葉をなかなか理解できないようにできているものらしい。