「正社員」を「敵」として祭り上げる言論の流行
社会主義に関しては、ロシアを含む東欧諸国での実践例の失敗をもって、その全てが否定されることが多い。しかし、そのような論法を採用する論者の多くが、新自由主義に関しては、ピノチェト政権下のチリやエリチン政権下のロシアでの実践例をもってこれを否定することを行わないことはなんだかアンフェアなように思われます。
新自由主義的な経済運営のもとでは、富が一部の人や企業に集中します。当初一部の人や企業に集中化した富は、いずれ、それ以外の人々にもしたたり落ちてくるといういわゆる「トリクルダウン」理論が唱えられていたことがありましたが、実際にはほとんどの場合そうはなりませんでした。一つには、国内労働者からの搾取により集められた富は、株式配当等を通じて、その多くが外国に流出してしまい、国内消費に回らないということがあるでしょう。また、企業や一部の富裕層に留保された富は、金融商品という観念的なものに化けてしまい、市場に還流しなくなるということもあるのでしょう。
従って、新自由主義的な経済運営の下では、仮に輸出主導でGDPの増加をもたらしたとしても、国内消費は増加せず、むしろ減少することにも繋がることになります。そして、中間層として標準的と考えられている消費生活を行うことを現に行えず、中長期的に行うことができる見通しが立たない人々が増加していくわけですが、それらの人々にとっては、そのような結果をもたらした経済・社会体制を維持するメリットは基本的に存在しないということになります。民主主義国では、議会を通じて、新自由主義的な経済運営により一部の人や企業に集中化された富の再配分を強化し、又は、富の集中化を緩和する施策がとられることとなります。
逆に言うと、新自由主義的な経済運営を継続させようと思ったら、国民の多くに貧困を甘受させる工夫が必要となります。ピノチェト政権下では、軍事力を行使することで不満を押さえつける方法により行ったわけですが、これは政治的には危険すぎるオプションです(池田先生は、すべての個人はひとしく「譲渡不可能な基本的人権」をもっているという信念を「根拠のない」ものとしますが、基本的人権を認めない法制度を採用できるかといえば、国内政治的にも国際政治的にも事実上不可能です。)。新自由主義を終結させ又はその弊害を除去するため一定に修正を図ること=社会主義的とレッテル張りをし、そうなるとソ連ないし北朝鮮のような社会が到来するかのように煽り立てることは、あまり広い範囲には功を奏しません。そこで、生活実感に根ざした素直な投票行動とは異なる投票行動を多くの有権者に行わせるための工夫が必要となります。このために有力な手段が、打ち倒すべき「敵」を作り上げることです。新自由主義に異を唱えること=利敵行為とまで思わせれば彼らにとっては最高ですが、そこまで行かなくとも、新自由主義によりもたらされた貧窮の是正よりも優先すべき投票テーマを設定できればそれはそれで上々です。経済における新自由主義が、保守的な宗教団体と結びつきがちな理由の一端がそこにあります。
最近、日本のネット言論では、「正社員」を「敵」として祭り上げる言論が流行しているようです。しかし、「正社員」に対する解雇規制を撤廃し又はその処遇を引き下げたところで、企業の内部留保や株主への配当が増えるだけで(そして、外国人投資家を通じて流出する富が増えるだけで)、非正規社員の待遇の改善には概ね繋がりません。むしろ、「正社員」への給与を通じて企業から国内市場に流れていた富が減少することにより、サービス業での非正規労働者の雇用は減少し又は待遇が悪化するかもしれません。
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