Ａｆｔｅｒｎｏｏｎ　Ｃａｆｅ

昨日裁判員裁判で初の死刑判決がでました。
国民の合意が得られないまま昨年5月に無理矢理始まった裁判員制度も1年以上たち、その存在に慣れて来た頃合いを見計らうように真打ち登場。いよいよ来るべき日が来た、という感じです。

Ⅰ.
現代社会では私人間の仇討ち、報復等の懲罰を禁じ、国民の信託を受けた国家だけが独占的に刑罰権を行使できるという仕組みを取っています。
人を長期にわたって監禁したり、時には殺したりすることを唯一正当化できるのは、刑罰においてのみです（もっとも私は死刑廃止の立場に立っていますが）
刑罰とは国家権力の生々しいむき出しの物理的な力であり、生殺与奪の死刑判決はその最たるもの。

裁判員裁判で裁判員が死刑を宣告するということ。それは国家権力が、突然否応なしにくじで選ばれてしまった市井の人間に権力の重い刃を無理矢理持たせ、後ろから「殺したかったらこれで殺しても良いのだよ」と囁くことではないでしょうか。
とうとう国家権力が一般市民をして他の市民に対し死の宣告をさせたのだ、と私は感じます。
猪野亨弁護士は次のように仰っており、私も同感です。

◆弁護士　猪野亨のブログ

裁判員裁判　初の死刑判決　横浜地裁
（引用開始）
川上拓一氏は、『裁判員裁判の直面せざるを得ないハードルを一つ乗り越えたといえる。検察官は永山基準を引き合いに求刑し、裁判員はそれを前提にして従来の裁判と変わらない判決を出した。裁判員が冷静に判断した結果といえる。裁判員の方々には、お疲れさまと言いたい』だそうですが、無理矢理、義務として出頭させ、死刑判決にまで関与させておきながら、「お疲れさま」とは、一体、どういうことでしょうか。
　そこにあるのは、国家主義的、軍国主義的思想そのものです。
　まさに「共通」の敵に向かって銃を撃てと命じ、それに国民を従わせている構図なのです。
（引用ここまで）

Ⅱ.
　家で他人事としてニュースを見るのならこんな残虐非道な犯人は死刑しかないと単純に思えても、裁判員になればそうはいきません。冷酷な犯人にも赤い血が流れており、親も友人もいるし、反省する生の姿を目の当たりにするわけですから。
　裁判員になった男性は「初めに弁護人が『極刑はやむを得ないが、被告の人間性を見てください』と言われて、これは本当に重いんだなとすごく悩みました」と振り返った上で、「何回も涙を流してしまった。今でも思い出すと流してしまう」と語ったそうです。

裁判官も人の子、死刑判決を下すときはやはりその重さに悩むと聞きます。
この重荷は司法という国家権力を行使する主体である裁判官が負うべきなのであって、決して一般市民ではないはずです。
しかもこの裁判員、なりたい人間が自発的になるわけではありません。名簿から無作為に選ばれ、正当な事由がない限り、断ることはできないのです。つまり、指名されたら基本的に裁判員の席に座る義務が課せられる、まさに現代の赤紙です。

自分の意思とは関係無く、加害者にも被害者にも縁もゆかりのない人間がたまたま裁判員に選任されてしまったと言うだけで、一生十字架を背負わされねばならない理由はなんなのか
永山基準すら初耳だったという素人に、事実関係の有無から量刑までなにもかも裁判官のまねごとをさせることに何の意味があるのか
未だに私にはひとつとして理解できません。

Ⅲ.
裁判員による死刑判決は、裁判員が心に傷を負う一方でこんな効果ももたらすだろうと思われます。以前の記事から再掲しましょう。

何のための裁判員制度なのか～国会閉会中の死刑執行より

ちょっとの間だけ権力の席に座らせてもらいその蜜の味を少し舐めさせてもらうことで、自分が統治する側にまわったような気にさせられることを、小田中教授は「統治主体意識」と呼んでいます。普通なら殺人の罪になるところ、法と正義の名の下に堂々と人に死を命じることが出来るのが権力というものです。
（中略）
何のための裁判への市民参加なのでしょう。死刑廃止が世界的な流れになってるにもかかわらず、死刑制度をより強固な草の根に染み渡らせるための市民参加なのでしょうか。

「統治主体意識」という言葉は、現在の裁判員制度の本質を表すキーワードだと思います。（「統治主体意識」についてこちらをお読みください）

現在、世界中で死刑判決が増加しているのは日本だけです。しかも凶悪犯罪が減少傾向にあるにもかかわらず、です。
これからも死刑判決は今までと変わらない調子で量産されるでしょう。
そしてこれからは、それが市民の手で直接生産されるのです。

市民が死刑を下すことにより、人々はますます死刑制度の存在に疑問を抱かなくなるでしょう。
裁判員裁判は死刑判決を減らすのではないかという当初の淡い期待は打ち砕かれたと思った方が良いのではないでしょうか。市民が死刑を宣告できるようになって、死刑はなんの不自然さもなく空気のように隣にある制度となっていく気がします。

その一方で死刑を巡る議論など一向に進んでいません。千葉法相が「決死の覚悟」で死刑執行の現場に立ち会ったことなど、やはり何の役にもたってないのです。実に虚しい「覚悟」でしたね。

Ⅳ.
私は裁判員となった人々の発言に、権力に従順な悲しい日本人の性というべきものを垣間見ました。
今回の裁判員も他の裁判の裁判員同様「良い経験になった」と述べています。
人に死を宣告することのどこが「良い経験」なのでしょうか？何故自分をごまかすのでしょう？
また、裁判員制度が始まる前はこの制度に反対する人の方が大半を占めていたのに、何故一様に「良い経験になった」として制度を肯定しようとするのでしょうか？
これって現状を追認するため精神分析で言うところの「合理化」の一種なのかな、と推測したりします。

また、「死刑制度がある以上いつまでもこれを回避していては制度の意味がなくなってしまう」という声もありました。
しかしこれは本末転倒、制度のために人が存在するわけではありません。制度はあくまで手段であって、おかしいと思う制度はどんどん変えていけばいいのです。
こんな発言にも「お上が定めた制度は遵守しなくては」という権力に従順な性質を感じます。

Ⅴ.
判決言い渡しでは被告人に対し控訴をすすめたそうです。
これは被告人にとっては実にふざけた話ではないでしょうか。この死刑判決の結論は欠陥判決であることを自ら白状しているようなものです。

裁判員制度が始まる前に、死刑判決は多数決ではなく全員一致にすべきだ、死刑回避のための便法としてでも仮釈放のない終身刑を創設すべきだ、評議会でなされた議論に守秘義務を課すべきではなく、オープンにすべきだ、という問題提起はなされてきました。
しかしそれについて何ら議論を深めないまま、大急ぎで拙速にスタートさせたのこの制度。
何のために、誰のためにもっと慎重にという声を無視したのでしょうか。

それからこの審理はたったの3日だったことも付け加えておきます。人の生死を決めるのにたったの3日・・・

また、死刑事件が今回のように事実関係に争いのないケースばかりではありません。
もし否認事件ならどうするのでしょうか。


こんな欠陥だらけの制度の下、市民が裁判に参加する制度を取っている国のうち市民が死刑を選択しなければならない場面に直面するのは日本だけであることをと繰り返し記しておきます。

裁判員制度は早急に見直されなくてはいけないと思います。
小泉構造改革の一翼であるこの司法改革ならぬ「司法改悪」をいつまでも温存させておく理由はないのです。


【関連記事】
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現代思想10月号より、裁判員制度を考える（6）ー「司法はポピュリズムの暴風にさらされている」
何のための裁判員制度なのか～国会閉会中の死刑執行

【関連ニュース】

国連：「死刑一時停止」採択、日本は反対　総会第３委員会　
毎日新聞　2010年11月12日
【ニューヨーク山科武司】国連総会の第３委員会は１１日、死刑執行の一時停止を加盟国に求める決議案を賛成多数で採択した。決議採択は０８年以来。日本は反対した。賛成は０８年の総会より１カ国増えて１０７。反対は日本や米国、中国、イラン、イラクなど３８（０８年総会４６）、棄権は３６（同３４）だった。

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