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>鍵コメント提供者さん
現代思想10月号は昨年のものなんです。今でも手に入るかどうか・・・一度書店で尋ねてみてくださいね^^
「もちろん、普通の人間は戦争を望まない。しかし、国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ」byヘルマン・ゲーリング
98年に財界の要望(アメリカの要望)でまずは民事裁判の迅速化が始まった。それが小泉の構造改革や規制緩和が重なり、いつの間にか刑事裁判に飛び火した。最初は反対していた最高裁も日弁連もなし崩し的に賛成にまわり、「国民の司法参加」などという美辞麗句が後付のように言われ出した。
安田弁護士は、これを次のように分析する。(※小田中先生も詳しい分析をされています)
Ⅰ.裁判員制度は国民に統治者意識を持たせるために、裁判という統治行為に国民を総動員するのが目的ではないか。
国民に統治する側の意識を持たせる新国家主義的な発想が、規制緩和の議論に便乗した。
国は国民に、愛国心とか国に奉仕する心とかを手を替え品を替え要求してきており、これもその一環だ。
改革という錦の旗には裁判所も法務省も抵抗できず、与野党とも司法改革には問題意識がなかったのであっさり法案を通してしまった。
しかし、現在の裁判に絶望しきっていた弁護士会は、裁判に民意が入ることによって少しでもいかんともしがたい裁判の現状を好転させることが出来るのではないか、この機会を逃してはならない、と期待する者も多かった。
もちろん現在の裁判は絶望的でなんらかの形で司法改革は行われなくてはならないけど、これは最悪の制度だ。これは「21世紀の徴兵制」だ。
裁判員になることを刑罰でもって強制している。良心的拒否の規定もない。これは徴兵制と同じだ。憲法でさだめられた国民の義務(納税の義務、子供に教育を受けさせる義務)として新しく裁判員になる義務を課すのだから憲法的議論がされなければならないのにそれもない。
(現代思想10月号 小田中聰樹 あるべき「司法への国民参加」とは p.61~より)
司法制度改革審議会は、この制度を提言するにあたり「裁判の民主化」とか「国民主権」という言葉は全く使いませんでした。(略)「統治主体」としての公共意識を持ち能動的姿勢を強めるために国民に裁判に加わってもらうのであり、そのために裁判官と役割を分担し協力してもらうのだ、と説明しました。
ここでの国民の「統治主体意識」というキーワードが非常に重要です。一見するとそれは国民主権の原則の下に主権者育成を目的とするものであるように(略)見えるのですが、しかし実際には、(略)経済的強者とこれに一体化している国家権力が操作する市場メカニズムによる統治体制へと国民を組み込んで行くための巧妙で狡猾なマジックワードなのですね。
これは(略)国民を政治的な操作の対象としてとらえているのです。裁判員制度の場合には、このマジックワードが非常に巧妙な欺瞞的効果を発揮して、その罠から抜け出すのを非常に困難にしました。
(これは)新自由主義の時代における支配の道具であり支配の技術なのです。
ー参加させるのだけど、それはあくまで擬似的であり、結局は参加させられつつ統治される、ということですね。
(略)
90年代半ばからとられたこの技術は、新自由主義という一つの大きな時代潮流の中で、国民を社会的に分裂させ、異端者を作り上げ、それへの国民の敵意を煽り立て、操って統治するという手の込んだものに仕立て上げられ、そのため国民にとって非常に批判・抵抗しにくいものになっています。
(略)
国民は統治者と被統治者に分断され、被害者/加害者が一種リバーシブルな関係にあるということにたいする想像力が寸断されますね。これでさらに人権問題はなおざりにされるし、犯罪がいかにして起きたのかということを社会問題として共有する道が閉ざされるように思います。
(略)
本来犯罪者も社会の一員であり、社会はそれを抱え込みながら柔軟かつ弾力的に対応していくべきものですが、新自由主義下の弱肉強食と格差拡大にともなう社会不安の深刻化と自己責任の名による弱者へのしわ寄せから、「被告人は犯罪を犯した者、私はそれを裁く者」という分断化が国家の手を通じてあらゆる面ですすめられています。(略)この流れの中で見れば、裁判員制度が、「裁判員として裁判する人/被告人として裁判される人」という分断化の構図に国民を絡め取っていく統治戦略、支配的技術の発言であることは明らかです。
Author:秋原葉月
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