ハガキメール leaf mail

現実世界の手紙には封書とハガキがあります。封書は宛名の人のみが開封して読む権利がありますが、他人にはありません。ハガキも同様のはずですが、構造上(ひっくり返せば読めちゃう)他人に読まれてしまうとはありえます。このように無防備な、半公開ともいえる通信手段が残っているのは、なぜでしょう。きっとハガキには封書にない、何らかの捨てがたい機能があるのです。それは読み手にではなく、むしろ書き手にとってです。

ところで電子メールには封書がありますがハガキはありません。
そこで私はインターネット上でハガキに相当する通信ができないかと思い、考え出したのがこれです。名付けてハガキメール(leaf mailのがかっこいいか)。
やりかたは簡単です。ブログのコメント欄をそのまま使います。

で、いきなり宣言しますが、以下のコメント欄は全て私のハガキメールエリアとして使用しますから、宛名以外の人は読んじゃダメです。たまたま字面が目に入って気になっても、そこはぐっと堪えて読まないでください。もし読んでしまっても咎めませんが、そのかわり気分を害しても当方は一切関知いたしませんので悪しからず。

なお、ハガキメールは不特定多数の匿名の寄せ書きではなく、個々の文章が特定個人のものであることを示したいので、唯一無二性と悉皆性(しっかいせい)を確保するために、差出人の名前として時番号jibangoを使用します。
みなさんも、よろしければ時番号を取得して、ハガキメールしてみてください。
ちょっと変則的なスタンスですが、今まで経験したことのない新鮮な感覚で文章が書けると思いますよ。

個人情報は何から保護されるべきか

氏名、住所、電話番号などの個人情報はいったい何から保護されるべきなのでしょう。
結論から言えば、それは世間と呼ばれる赤の他人様が作る社会からです。
一個人の属する輪を思いつくまま小さい順に並べると、家族、血縁、友人、個人的な知り合い、近隣の住人、職場の同僚、仕事上の知り合い、顧客、民間企業、公的機関、国家、グローバル企業、世界政府(私は陰謀論に弱いのだ)などでしょうか。これらの同心円のどこかに、インナーサークル(身内)とアウターサークル(世間)の境界があって、個人情報は、アウターサークルから保護されるべきなのです。ちなみにインナーサークル(身内)においては、個人情報は漏洩を防ぐどころか、むしろ積極的に知ってほしいものです。
さて、その境界の内と外で、何が違うかは明確です。それは、お金のやり取りが介在する関係かどうかです。要するに、アウターサークルは、お金を請求するために個人情報が欲しいのです。ビジネスとして必要なのです。
ところでビジネスとプライベートを使い分けると言いますが、人はアウターサークルの一員として仕事をし、インナーサークルでは個人の顔を持って生活しています。わかりやすい例でいうと芸能人は芸名と本名、作家はペンネームと本名を持っています。芸名やペンネームは世間に向けた名前であり、芸能人や作家はそれを公開し、その名でビジネスして世間からお金を稼いで、一方では本名を隠してプライバシーを守っているのです。
インターネットが普及する以前は、情報発信する場や手段は限定されており、芸名、ペンネーム等、本名以外に別名を持つ必要がある人は、ほんの一握りの特別な人に限られていました。しかし、インターネットが発達し、誰もが世界に向けて情報発信が可能となり、個人日記と宣伝広告が混然としたカオスの世界では、インナーサークルとアウターサークルの境が曖昧になり、一般個人も本名以外に、世間に向けた“世間名”のようなもの、アウターサークルにおける名前が必要とされるのは必然なのです。
そこでJibangoの登場です。Jibagoは一般個人において、本名の代わりに用いることで、芸名やペンネームと同じ働きをします。Jibangoはビジネスの世界で、たとえブラック企業の顧客名簿に載っていても、あなたの個人情報を守ることができます。渡る世間は鬼ばかりの世界で個人を守る心強いツールです。

鍵を落とした場合

こんちは!時持人です。4年半の歳月を経て、このブログを復活します。
ただしTimeOwnerJijitto改め、Jibangoとして復活です。でも、プロフィールは当面、過去のjijitto19850726131431のまま行こうと思います。
さて、みなさんは鍵を紛失したことありませんか?あれは、本当に困ります。冬の寒い夜に、自宅にようやくたどり着いて、いざドアを開けようとしたら鍵が無い、なんてことに気づいたら最悪です。
そういう場合はどうしたら良いか。正解は、鍵の業者に連絡して開けてもらい、早急に錠前ごと新しいモノに交換して、失くした鍵のことはスパっと諦め、永遠に忘れることです。やってはいけないことは、失くした鍵を取り戻そうとすることです。自分で捜すならまだしも、鍵を落としたことを他人に尋ね回って、交通機関の紛失届などに名前と住所を記帳することです。その名簿など、鍵を拾った泥棒さんにしてみれば、空き巣のターゲットリストみたいなものでしょう。また、鍵を落とした場合に備えて、事前にキーホルダーに名前と住所などの札をつけておくことはNGです。他人の善意に甘えすぎています。もし悪意の人に拾われたら、その住所を辿られて空き巣に入られかねません。
とはいえ、賃貸住宅で、おいそれと錠前を交換できない場合や、鍵の束ごと紛失してしまった場合など、全てを交換するのは途方もないことです。
そこでJibangoの登場です。キーホルダーにJibangoだけを記載した札をつけておけば、拾った人に、あなたの名前や住所などの個人情報を知られることなく、その鍵の持ち主であることが証明され、鍵を取り戻すことができるでしょう。
また、普通の人が、拾った鍵にJibangoが付いていれば、落とし主に戻る可能性が高いので、警察などに届けてくれるインセンティブが働きますが、何も付いていない場合は、落とし主はもう諦めているだろうと思ってスルーしてしまうのが都市生活者の現代人気質でしょう。まさか誰のものともわからない鍵を、落とし主を探そうと奮闘するような人がいたら、それは奇跡の人です。結婚しよう。

参照リンク
鍵の110番救急車
落し物検索:警視庁

共通番号の雛型

いったん漏洩した個人情報というのはいかなる方法でも回収不能です。情報によっては一生が台無しになる可能性もあるのです。たとえば先天疾患の病歴などが漏洩したら、建前は別として本音の世界では結婚差別されるかもしれません。前科などがバレたら罪を償った後でも就職差別されるかもしれません。そして、ネットに政府の意向に反する書き込みをしたら、民主的でない国家なら“抹殺”されるかもしれません。
そもそも人は番号など背負って生まれてこないのです。番号無しで何不自由なく生きていけるようにできているのです。“名無しでいる自由”というものがあるのです。社会組織によって個人が特定され監視されていると考えただけで、行動が制約される気がするのは私だけでしょうか。指紋が登録されていない自由。逃げ切れる自由。変な言い方ですが、犯罪は犯さないけれど、犯せる可能性は失いたくないみたいな感覚はおかしいでしょうか(ちょっとおかしい気もしますが)。
また、人は過ちを犯すものであり、隠したい秘密のひとつや二つあるのが普通だと思います。私など穴を掘って隠れたくなる恥ずかしい思い出がたくさんあります。それを、人は忘却するから、あるいは他人も同じように忘却してくれるはずだと期待できるから、何とか心の平和が保てているのです。それが、ネット上のどこかに記録として残り、更新され、日々拡散して一生誰かに笑われ続けるのだと思うと、内向きの性格の人は死にたくなるでしょう。外向きの人だったら、そんな社会を破壊する行動に出るかもしれません。
このような本質的な問題やデメリットに比べ、税金が確実に徴収できて不平等が是正されるとか、役場の窓口に行かなくて事務手続きが減って便利だとか、死んだ時に無縁仏になりにくいなどというメリットは、あまりにも表層的なもののように思えます。
しかし、一方で共通番号が今後の情報化社会の発展にともなって、ますます必要性が高まってくることも確かです。いえ、個人が世界中の不特定多数の人とコミュニケーションするツールが人類社会に登場したからには、ネット上で個人個人が識別されるのは必然とすらいえるのです。人類社会がいつまでも情報原始社会でとどまってることは不可能です。だとしたら、どうせ番号制度の導入が必然なら、国家に強制されるより、国民がイニシアティブを取って自由度の高い番号を獲得した方がよいに決まっています。
そこで、私が提案するのが「時番号」です。この番号は国民の一人ひとりが主体となって獲得して、それを国に預けて使わせてあげるという形を取ります。番号を変更することも個人の意思で可能で、個人情報との紐付けの履歴も残しません。違う番号にすることは、違う個人になると思ってよいでしょう。ただあまりに恣意的に個人の気まぐれで変更していたら、匿名の「捨てハン」と同じで、個別番号で識別する意味が薄れてしまいます。そこでJibangoでは一定期間はよほどの犯罪でない限り番号変更を認めず、その代わり一定の周期で、全員が一斉に番号を変更するようにします。
具体的には12年に1回全ての番号を更新します。情報漏洩したとして、その被害は最大12年間でおしまいで、次の12年は真っ更な人生を歩むことができるようにするのです。考えて見れば、年という単位の上に、人生を区切る単位が無いのが不思議です。Jibangoは干支を一区切りの人生の単位と考えて、12年ごとに全員の時刻番号を更新することで、被害の期間を短くします。時刻番号の個人情報の漏洩対策は、漏洩を防ぐためにガチガチにセキュリティーを高めることではなく、情報は漏洩するものと考えて、被害の期間を許容できる程度に短くする方法をとるのです。
以上のような時刻番号を共通番号の雛型として私は提案します。

共通番号制の導入障壁を回避する方法

現在、国が導入を検討している共通番号制の問題点で、まず思い浮かぶのは個人情報の漏洩でしょう。この場合の個人とはリアル個人です。リアル個人の情報が一旦、漏洩した場合、回収は絶対に不可能です。もしリアル個人の犯歴や遺伝病などの情報漏洩があった場合、その人の一生が台無しになるリスクがあり、可視化される共通番号制の導入には慎重にならざるをえません。
また、もっと根源的な部分で、個人が国家という組織に完全に監視支配されるという不気味さを感じます。それは、社会的存在である以前に、自然としての存在である人間の本能が警鐘を鳴らしているようにも思えます。国家権力に服従しない個人は、生物としての存在も脅かされるのです。もし将来、極右あるいは極左のファシスト政権ができたら、反対の意見を持つ個人は社会的に、そして生物的にも葬られるリスクを覚悟しなければなりません。このような不安がある以上、国にとって、共通番号の導入障壁は非常に高いと言えましょう。
そこで私はこの問題を回避する方法を考えました。それはWebというバーチャルな世界に、バーチャル個人(アバター)を設定し、それに一意性を持った番号をふってその名前とし、国が監視支配する対象をアバターに限定するのです。通常の考え方では、国はWebを通してリアル個人を監視支配しようとします。その考え方を変えて、国が監視支配できる対象を、あくまでWeb上のアバターのところで止めるのです。リアル個人は一着のアバターを着込んでWeb上で活動し、国や他者からはそのアバターの姿しか見えないようにするのです。そうすればアバターの情報が漏洩しても、リアル個人はそのアバターを脱ぎ捨てることで、被害をそのアバターでくい止めることができます。ここで重要なのは、リアル個人と結びつく紐付け情報をWebから完全に切り離しておくことです。Web上で活動するのは一意性を持った匿名のバーチャル個人というわけです。私はこのアバター名にJibangoにおける時刻番号を推奨したいと思います。
この時刻番号(個人識別番号)は世界で唯一で、同姓同名が無く、一意性が確保できます。可視化され公開される番号ですが、使われる際にリアル個人しか知らないパスワードで認証されるので(パスワードが盗まれない限り)成りすましは困難です。万が一情報漏洩した場合も、別の番号に変更することで、被害を一代のアバターに限定できます。リアル個人の一生は守られます。
このように、国の直接の支配下にリアル個人を置かず、間に着脱可能なアバターというバーチャル個人をワンクッション置いて、個人の側にも、情報漏洩に対抗する手段を持たせることで、共通番号制の導入の障壁が回避できると思います。
また、国とアバター、アバターと個人の間の金銭や現物のやりとりに関しては、別のエントリーに提言しました。

世界経済を救う「情報本位制」、なんてね。

世界のおカネの世界は既に破綻しているそうです。近年、おカネの世界では金融工学とやらで生み出された“核爆弾”が世界中で炸裂し「お前は既に死んでいる」ってことのようです。実感がわきませんが、何でも想定元本6京円(6兆円の1万倍)超という天文学的金額の不良債権がまるで“放射性廃棄物”のように世界中を埋めつくし、世界経済はにっちもさっちも行かない状態で、世界各国の首脳はその対策に頭を悩ませているらしいのです(首悩だったりして)。大恐慌や戦争まで想定されていそうで物騒です。一方、そうとは知らない実社会の人間は、その損失に対して統計的に無視できる誤差の範囲内で、小さなおカネを奪い合って生きているのです。悲劇なのか喜劇なのかわかりません。
この破綻の原因まで遡って行くと、ニクソンショックと呼ばれる金本位制から変動相場制へ移行したことに突き当たるそうです。絶対量に限りのある金(ゴールド)という重りから解き放たれた紙に刷ったおカネの価値を人類が盲信して膨らませて巨大なバブルを形成し、それが破裂してしまったのです。こんな破綻した世界経済を救うには、素人的には元の金本位制に戻せばよいのではと思うのですが、紙のおカネの便利さを知ってしまった人類が、再び昔の窮屈な金(ゴールド)に戻ることは事実上不可能でしょう。
そこで私の提案ですが「情報本位制」です。金(ゴールド)という金属に(それどころか貝殻にさえ)この世のありとあらゆる価値を憑依させ、それが乗っていることを信じることのできる人類なのですから、「情報」にだって価値を認めてそれをおカネだと信じることも可能なはずです。
金(ゴールド)の特徴は、時間的に変化しないという永遠性と、世界で広く多くの人に価値が認められているという普遍性です。したがって、そのような永遠性と普遍性をそなえた「情報」であれば充分に「情報本位制」として金(ゴールド)の代わりを務めることができると思います。
ところで、金(ゴールド)の価値の大きさを計る単位はオンスですが、金(ゴールド)に匹敵する「情報」にも価値の大きさを計る単位やモノサシが必要です。私はそれはランキングだと思います。映像や音楽などの情報は万国共通ですが、それ以外の多くの情報は言語が関係してくるので、まずは1つの国家ないしは言語圏を母集団として、それに属する情報享受者(視聴者、読者)の間で“人気投票”してランキングするのです。また情報はカテゴリーに分けられ、それによって享受する人間の数が違いますから、カテゴリーごとにランキングテーブルを分ける必要があるでしょう。前後しますが、永遠性に関しては時間的要素を加味して、週、月、年ごとにランキングすれば、長期間人気上位の情報が価値が高いということになります。このランキングの行程は、まるで金鉱脈を掘って不純物の多い鉱石から金(ゴールド)を精錬する作業みたいです。
さて、このようなランキングで多くの情報の中から抽出された順位の高い情報は、価値の高い情報といえるでしょう。これは希少で誰もが価値を認める金(ゴールド)と同じに見えてきませんか。このような価値の高い情報を土台にした貨幣経済を「情報本位制」と呼ぶのはどうでしょうか。
Jibangoではこのランキングの投票者に割り当てるのに適した「時刻番号」というものを提供しています。

個人認証システム

クレジットカードはリアル世界では直筆サインが求められるのに,インターネットという不特定多数の人間が行き交うバーチャルな世界で個人認証が求められないのはどこか不安で,インターネットでクレジットカードの利用をためらう人が多いのも無理からぬことでしょう。どうやら個人認証というのは情報技術の進んだ現在でも解決しきれていない難問であるようです。
さて,クレジットカードに限らず,インターネットには個人認証が必要なサイトが数多くありますが,その一つ一つに別々にIDとパスワードを設定するととても覚えきれません。逆に多くのサイトに同じIDとパスワードを登録すると,究極的には不特定多数の人々があなたのIDとパスワードを知っているという事態になり,パスワードを秘匿する意味が失われます。そこでユニバーサルIDやオープンIDなど一部の企業に個人認証を委ねるシステムが考案されましたが,未だ標準化されるには至っていないようです。
その理由の一つには営利目的の企業や企業グループが運営すると必然的に会員の囲い込みが起き,対抗する企業グループが別に囲い込みをするなどして,それぞれのグループごとにIDを使い分ける状況は変わらないからです。これを解決するためには非営利組織のNPOが運営することです。
一方で個人認証を公的機関が運営すれば、公務員の業務には無謬性が要求されるため,堅牢で大掛かりなシステムが避けられず,利便性が著しく損なわれることになります。ちょっとした買い物をするのにも生体認証が必要となるようなものです。したがってこの観点からは非政府組織のNGOの運営が適しています。
そこでTimeOwnerJijittoはNPO/NGOの立場で営利を目的とせず,水や空気のように全員が無料で自由に利用できる公共物的な個人認証システムを提供することにしました。
このシステムは堅牢性と引き換えに利便性を高めてあるため,情報漏洩などで甚大な損害を被るおそれのある用途には適していません。
堅牢性を落としたことによるデメリットは悪意による攻撃に弱いということです。現在,電子メールは膨大な数のジャンクメールによって,知らない人からのメールを開けて読む人はほとんどいないそうです。結果として電子メールは使えないツールになりつつあります。水を濁した者は,自らもその水に住めなくなることを自覚し善意により利用されることを希望します。
興味のある方はJibangoの個人認証システムを試してみてください。