「“此の山、月満つる夜に口を開き、宝を呑み吐く”……?」
若侍・藤堂新之助は、巻物を逆さにしてもう一度読んだが、やはり胡散臭い。だが祖父は生前、やたらと含みのある笑みで「いずれ分かる」と言い残していた。
「……行くか」
山は思ったより普通だった。普通すぎて逆に不安になるくらいだ。
「ここに宝……ねえ」
「あるよ」
振り返ると、木の上に少女が座っていた。黒装束、やたら軽そうな身のこなし、そして妙に人懐っこい笑顔。
「忍び……か?」 「そう。で、あんたはカモ?」
いきなり失礼だった。
「宝を狙ってるなら同業だな」 「同業って言うほど上品な仕事でもないけどね」
「私はお紺。山の“番人”みたいなもの」 「番人が宝を狙うのか?」 「番人だからこそ、場所を知ってるの」
なるほど、倫理観は軽かった。
夜になると、山は確かに“口を開いた”。
岩壁が音もなく裂け、暗い洞穴が現れる。
軽口を叩きながら、お紺は先に進む。新之助も慌てて後を追った。
新之助が一歩踏み出した瞬間、祠がぐにゃりと歪んだ。
いや、歪んだのは空間の方だ。
黒い塊が、ぬるりと這い出てくる。
「出た。化物」 「軽っ!」
お紺はため息をついた。
「こいつ、宝の番人。欲深い奴を見ると出てくるの」 「それ先に言え!」
化物はぬらぬらと近づきながら、奇妙な声を発した。
「何をだ!?」 「知らないけど、だいたい欲しがる側が払うんだよね」
理不尽だった。
新之助は刀を抜いたが、刃は化物をすり抜ける。
お紺は腕を組んで考えた。
「欲深い奴に反応するなら……」
ちらりと新之助を見る。
「何だその目は」 「試してみる?」
お紺は急に新之助の腕を引き、ぐっと顔を近づけた。
「え?」 「ちょっと“欲”をずらす」
そのまま、唇が触れた。
一瞬、頭が真っ白になる。
「な、ななな……!?」
化物がぴたりと止まった。
「……ホシイ……? ……ナニヲ……?」
明らかに混乱している。
お紺はにやりと笑った。
「ほらね。欲が変わるとターゲットも迷う」
顔が熱い。戦いどころではない。
化物はやがて、しゅるりと縮んで消えた。
祠の中には、小さな箱が残る。
「勝ち」 「……勝ったのかこれ」
「おお……!」
新之助が目を輝かせると、お紺が肩を叩いた。
「半分ね」 「当然だな」
少しの沈黙。
また少し沈黙。
「もう一回試す?」 「何をだ!」
笑いながら、お紺は先に洞窟を出ていった。
山の外、月明かりの下。
――“宝は欲を試す。されど、欲はまた別の宝を招く”
「……祖父め」
新之助は苦笑した。