2026-04-12

うっすら希死念慮がずっと横にいる

ご飯は美味しい、好き嫌いは少ない、アレルギーもない、手取り30万以上で地方都市不自由なく暮らしていて、子供時代不登校になるようないじめもとくになく(友人との喧嘩トラブルは人並みにあった)、

兄弟比較されたり、親の求めるレベル(進路とか諸々)の高さや方向性の違い疲弊したこともあるがそれはどの家庭でもあるだろう。

でも希死念慮はいつも横にいる。

30代半ばでも親に愛されているな、という実感もあるし、子供時代に厳しくされたことも親の愛情だったんだなと理解できる余裕がいまの自分にはあるし、私がいま独り身でも友人たちと楽しく過ごしている様子を親も楽しげに見守ってくれている実感がある。

大きな病気は一回したけど寛解状態で再発の恐れもほぼなく、生活に困ってない。

でも希死念慮はいつも横にいる。


仲のよい友人もいて、大人になってからの友だちも複数いる。

ふと連絡して週末会えない?ここに行ってみない?と連絡できる距離感の友人たち。

それでも自分の横に常に希死念慮のようなものがある。

いつからかは分からないけど、一番古い記憶だと小学校の1〜2年生くらいのときに「別に今死んでも良いな」って思った覚えがある。

しか体育か音楽か覚えがないけど何かの実技のテストが嫌で、別に死んでも良いなと思った。続きが気になるアニメや好きなアイドルがいても、それは死んだら関係ないことだから今死んでも別にいいやと。

実際死んでないのでここにいるけど、ずっといま死んでも良いし、するっと痛みなく消えてこの世からなくなれるならそれはそれで良いなって気持ちがずっとある

何か嫌なことがなくても、「そこの門をくぐれば死です〜」と言われたら普通に選択肢に入るような感じ。

大病したときに、これほんとに死ぬのかも?と思って自分の死が人生で最も現実に近づいてきたとき、恐怖よりも終活準備とかを修学旅行出張の準備のように考えれる自分がいた。

なんならわくわくしていたかもしれない。友人集めて生前葬生前贈与フリマとかできるかなとか考えてたのに数ヶ月で元気になってしまった。

悪性腫瘍腫瘍サイズだけでステージ3と言われたが摘出してみたら悪性部分が小さかったので摘出後の念のための抗がん剤をしたらただの元気な人になってしまった)

死にたい」というほど積極的に死に向かって行こうという気持ちはないけど、「死ですか?エスカレーターで下るだけですよ」と言われたらじゃあ行こうかな、くらいの距離感にずっとある

友人たちにはさすがに言いづらいし、みんなたぶんこんなふうに考えてないだろうなと思う。

何かちょっと嫌だな、面倒だなと思う度に、死ねたら楽だな、いま死ねたら楽だろうなと考えてしまうし、そうでなくても楽に選択できるところにあれば考えてふっと流れていきそうな感じ。

来週は友人たちと楽しみの予定がある、好きなアイドルライブは今月末。行きたい場所Googleマップにたくさんピン留めしていて、友だちを誘って旅行しようか、母を誘って行ってみようかと楽しみに考えてる場所がある。

それでも死んでもいいなっていう気持ちが離れていかない。

これは人生もっと楽しいことや夢中になれることがあれば解消されるのか、それとも死ぬまでずっと自分そばで横たわり続けるものなんだろうか。

  • 俺もあるよ 別に積極的にそのための行動とったり、準備したりすることはないけど手軽な選択肢として現れたらそちらにふわふわと流れていきそうな感覚はある 人に心配されたり変な目...

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