2025-08-22

侵略した国の人を救った戦争

かつてのカンボジアポルポトクメール・ルージュ)は、国内で大規模な虐殺強制労働を行い、数百万人規模56していたという。それだけにとどまらず、友好国ベトナムに対する国境地帯への挑発越境攻撃は何度も続き、カンボジアが思い通りにならないどころか牙を向く事態をどうにかしたいと考えたベトナムカンボジア傀儡にするため、それらを口実にカンボジアに対する侵略戦争を開始、エリートや優秀な軍人処刑し、少年兵だらけのカンボジアが耐えられるはずもなく、たったの2週間で首都を陥落させた。新たにカンプチア人民共和国樹立され、学校仏教寺院の再開、私有の復活など、ベトナム共産党らしからぬ政策で、社会は徐々に正常化へ向かった。これはカンボジア人にとって、屈辱的ではありつつも、同時に暴君から解放でもあった。

しかし、日本を含む西側諸国中国同盟国はこの行為を侵攻とみなし、新政権承認を渋ったうえ、カンボジア国連議席はしばらくポルポト側に残された。さらポルポト支援し、近しい関係にあった中国1979年に対ベトナム戦争を仕掛けたが、結局撤退ベトナム軍のカンボジア駐留1989年撤退まで続く。

ベトナムの侵攻、侵略により、結果として大虐殺は止まり、多くの人びとが強制労働飢餓から解放され、侵攻が解放をもたらした稀なケースとなった。

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