日本では参政党が大きくなって、それを海外の極右とか排外系の躍進と結びつけてる分析がある。
要はこれって、各々の国で人口が多い「難しいことはわからんけど、生活がだんだん苦しくなってる、もともと多数派認識のある人達」の、「外から食い物にされて俺達(≒我が国)が苦しいじゃねーか」という気持ちに、「自分たちの国を守れ!」と掛け声をあげる変わり者がうまくハマってるということだろう。
以前は、マスメディアがなんだかんだ政治家・官僚系のエリートと教育水準が近くて、「環境・人権・長期目線・国際分業」とか複雑多様な難しい観点は相互に認識したうえで、右派とか左派とか争ってたのだけど、マスメディアも弱まって、「その手の難しい話はわかんねー」という人達が、素朴な生活実感に基づいて参政党とかトランプとかを支持しているんじゃないのかな。だから、マスメディアリベラル的な人からみれば素朴な生活実感は右派的にも左派的にも反知性的にも見えるってことだろうと思うし、そこでマスメディアリベラルが「愚かなので正しく啓蒙せねば」とかやると、ガッツリ反発されるんじゃないの。
反ワクチンもスピリチュアルも外国人排斥も、思想があってどうこうじゃなくて、なんか高度な論理や科学が素朴な人間実感にとっては受け入れがたいということだと思う。多くの人たちにとって、「科学的/政治的な正しさ」って、気持ちよくないんだよな。