2025-05-20

ジークアクスオメガバース

はじめに:本文は「なんでも許せる人向け」となります

筆者は腐向け文化に疎く、オメガバースに関しても各種webページで調べた程度の知識です。そのため、文章中に各種誤りがある可能性がございます申し訳ありませんが、その旨をご認識の上で本文はお読みいただけますよう、お願い申し上げます

また、本文は特定人物同士の関係性を深く掘り下げる意図は含んでおらず、あくま思考実験としての範疇を出ない領域となります。そのため逆カプなどの解釈違いが発生する可能性がございますが、そういったものを擁する・排する目的はございません。こちらもあらかじめご了承ください。

改めてとなりますが、最初に記してあるよう「なんでも許せる人」となっております。あらゆる解釈に対し否定批判意図は一切含んでいないということを踏まえた上でお読みください。叩かないで…!ゆるして…!

オメガバースについての軽い説明

オメガバースとは、主に二次創作に用いられる架空性別社会構造を持つ設定である登場人物アルファベータオメガ三性に分類され、オメガ性別関係なく妊娠可能であり、発情期(ヒート)といった独自生理現象を持つ。番(つがい)と呼ばれる運命的な絆や、支配・被支配関係性が描かれやすく、特にBL作品で人気を集めているが、近年は異性愛百合にも広がっている。

pixiv百科事典オメガバース」より要約)

ジークアクスは「オメガバースではないか」という理論

結論から述べるが、マチュが「アルファ」であり、ニャアンが「よくできたベータ」、シュウジガンダム・クアックス(以下クアックス)が「オメガである

では、以下にその理由説明していく。

まず、六話までの話を通じ、それぞれのポジションは現状こうなっていると予想する

これらの要素からジークアクスという物語は、オメガの側を求めるアルファと、気の利かないベータ三角関係物語であると考える。

場所という「オメガ

シュウジだけ、またはジークアクスだけをオメガとしないのはなぜか?

シュウジの隣に居られれば良いというわけでもなく、ジークアクスに乗れれば良いというわけでもなく、「シュウジのマヴ(=ジークアクスに乗った、パイロットとしてのパートナー)」というポジションに居られるということが、彼女たちにとってのオメガであると考える。

ガンダム・クアックスとはなにか?

オメガサイコミュを持つ、「特別モビルスーツである。現状、このオメガサイコミュを機動させられたのはマチュ、ニャアンの2名のみである。エグザべにできず彼女たちにできたのは「感情の強さ(覚悟の差、とも言える)」の違いではないかと考える。ここはアルファオメガというよりもティーンエイジであることが大きい。

現状、シュウジのマヴという「居場所オメガ」を構築する最大の要素=戦闘力であり、「てシュウジとともに戦いの中でキラキラを追いかける」という行動をするために絶対不可欠なものである。それゆえに、これもまたアルファを狂わせる一つの要素として、オメガではないかと捉えている。

キラキラアルファオメガ

アルファオメガけが通じあえる共通言語が「キラキラであると考える。いわゆる「アルファを引き付けるフェロモン」であり、オメガを追いかける理由こそが本作におけるニュータイプ性=キラキラを見られる感受性ではないかと考えている。

キラキラ」は現状、ニュータイプならびにそれに近しいものしか感じ取ることのできない要素であり、常人には理解できない。この特別性もまたオメガバースとしての特異性ではないかと思う。

マチュについて

まれた家庭に生まれ、両親(現状母親しか姿は見えないが)の期待を一身に受けて育った一方で、先天的ニュータイプから地軸とのズレやコロニーの閉塞感というものを感じており、「自由」というものへの強い憧れがある(本編中、「宇宙って、自由ですか」と発言もある)

進路に関しても、おそらく彼女自身に「ほんとうにやりたいこと」などないのだろうが、回りや親からのすすめもあり、焦りやいらだちというものを感じていたのではないかと思われる

その最中出会ってしまった、マチュとクアックスという「オメガ」によって、彼女人生は大きく狂わされ、そしてまたそのオメガに強く執着を示しているように思える

ニャアンについて

戦争難民であり、両親も(おそらく)居ない。軍警と過去にやり合ったりしていることから、おそらく身分存在するのだろうが、相当に迫害されているものと思われる。ただし、こうした出自に対して彼女自身は驚くほどに落ち着いているように見られ、受け入れているか諦めているかのどちらかではないかと考えられる。

また、ニャアンが見たものは「キラキラ」ではないのか?という点についてだが、諸説あると思うが本文(6話終了時点・7話開始前)では「キラキラではない」と定義する。あくまで高い感情の昂りによりそれに類似するものを見た、ないし入口に到達した程度であり、ニュータイプとして覚醒したとはいいづらいのではないかと思っている

彼らのオメガバースについて

マチュは「私の居場所を奪わないで!」と本編で叫んだことから自由場所を強く切望している。だが、5話でニャアンが取った行動は、マチュから侵略的な行いに見えた。ニャアンはおそらく、みんなの居場所を守りたいという気持ちだけだったのではないかと思う。

そしてシュウジはおそらく「なにも考えていない」。ガンダムが言っているように、彼は求められるがままに動いているにすぎないのだ。

このいびつ三角関係が7話、そしてそれ以降でどうなるかで、このオメガバース論がどうなるかが決定づけられると考える

結びに

「赤いガンダムって型番アルファで、ガンダム・クアックスって型番オメガなんだぜ。あれ、なんかアルファオメガって同人文化であったよな」というだけの出発点です。知人に話したところ、オメガバース知識による補強を受け、上記のような結論に至りました。笑ってください。

ここがおかしい!とかあそこが間違ってる!とかあれば、各自激論を展開していただいて構いません。なぜなら、この話事態があまりにも荒唐無稽な与太話なのですから

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