<7>世紀超え再浮上目指す
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飛行船 空飛ぶトラック 「Zipang」プロジェクト
20世紀中頃まで、航空輸送の一翼を担う存在だった飛行船。府内13社の町工場と研究者からなる「『Zipang(ジパング)』プロジェクト」は、第一線から姿を消して久しい飛行船の復活を目指す。飛行機と違って、飛行船に大量の化石燃料は要らない。メンバーたちは「飛行船はSDGsにマッチする。きっと世紀を超えて見直される」と信じている。
万博までに全長5メートルの実験機を完成させ、飛行する様子を動画にして、大阪ヘルスケアパビリオンで上映する。浮力の源であるヘリウムガスを増減させることで、飛行船を垂直に上昇、下降させる「可変浮力機能」の模型も展示してアピールするつもりだ。
プロジェクトリーダーは、大阪市港区の機械部品加工会社「成光精密」社長、高満洋徳さん(48)。府内の町工場などからなる、ものづくりの拠点「ガレージミナト」のマネジャーでもある。ガレージミナトは、斬新なアイデアはあっても製品化の手立てがない新興企業を、腕に覚えのある町工場が支援する“技術屋集団”だ。
短期間で製品化にこぎ着けることがガレージミナトの信条。それだけに、約20年にわたって飛行船を研究する一般社団法人「飛行体空間協議会」の武藤康正理事長から、飛行船の構想を持ちかけられた当初、高満さんは「実現に長い時間がかかりそうだ」と、気乗りがしなかったという。
大阪商工会議所から「万博に出展しては」と背中を押され、依頼を受けることにしたのが2022年秋のこと。溶接や成型などの技術を持つ13社が集まった。
飛行船の要は、ヘリウムなどを
ペットボトルに使われるポリエチレンテレフタレート(PET)にアルミを蒸着させたシートを用いたが、貼り合わせた部分からガスが漏れた。同市平野区で金属製品製造を手がける「ノジマ」社長の野嶋靖史さん(53)らは、熱溶着や接着など幾通りもの手法を試した。
試行錯誤の末に見つけたのが、「接着面を折り曲げ、テープで貼る」という手法。「単純な方法が一番だった」と野嶋さんは笑う。ただ、ガス漏れを恐れてテープをむやみに貼ると、その重さで浮力がそがれる。無駄なく効率的に貼る工夫を凝らした。
全長3メートルの実験機をつくることに成功したのが24年7月。下部にプロペラ付きの推進装置を取り付けて、水平移動も可能にした。翌月には市内であったものづくり関連のイベントなどで披露した。
「あるメーカーが実験機に興味をもっている」。9月、メンバーからの知らせに高満さんは耳を疑った。実験機にカメラを付けて、建造物の点検に使えないか、と考えているというのだ。
点検には通常、ドローンを用いる。だが、ドローンは動力が止まるとたちまち落下するため、事故のリスクを拭えない。その点、飛行船はガスがある限り急降下することはなく、長時間の運用も可能だ。そうした特徴が関心を呼んだらしい。
高満さんは「子どもにも興味を持ってもらおうと作った実験機に、ビジネスの可能性があるとは」と驚く。実験機を売り出せるなら、ビジネスチャンスは広がる。飛行船の特徴は定点観測にもピッタリだ。「例えば防犯カメラ。普段は静止して、必要なら対象を追跡することもできる」と高満さん。打診を受けて早速、実験機にカメラを取り付ける方法を思案中だ。
目指すカタチは壮大だ。全長、全幅ともに120メートル、ヘリウムを充填した巨大な「ガス袋」を中央と左右に配置する。輸送能力60トンの「空飛ぶトラック」として、被災地や山岳などに物資を運ぶ。宇宙船を思わせる流麗で未来的な姿に、かつての飛行船にあったノスタルジーはみじんもない。
まずは30年までに輸送能力1トンの飛行船の製作を目指す。高満さんは言う。「町工場の強みは、数々の失敗から工夫を施して、新たな製品を生み出すこと。それが社会貢献につながっていく」(中山亨一)
(おわり、番外編に続く)
19世紀の生まれ 世界一周成功も
飛行船は、大気よりも軽い気体をガス袋に入れることで宙に浮く。19世紀に生まれ、空を自由に移動できる乗り物として注目を浴びた。1929年にはドイツの飛行船が世界一周に成功。大西洋を横断する定期航路も就航した。
だが、37年にドイツを出発した「ヒンデンブルク号」が米国に着陸する寸前、炎上して爆発。犠牲者が30人を超える惨事となった。
当初はガス袋の水素が原因とされたが、真相は解明されないまま、飛行機の普及もあって、飛行船の活用機運はしぼんでいったという。現在は引火の恐れがないヘリウムを用いて、気象観測などに使われている。